魔王生徒カンピオーネ!   作:たけのこの里派

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第四十五話 ボッシュートになります

 

 

 

 麻帆良学園男子中等部三年。

 彼等は日本を離れ、空の旅についていた。

 

「ヒャッホォイ飛行機飛行機ィ!!」

「ワーイ飛行機、俺飛行機ハジメテ!」

「キャビンアテンダントさん、ちょっとすいません黙らせますんで」

「お前らが今やらかしたら、後で皐月に何されるか分かんねぇだろうが!」

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

「オイ発症してる奴がいるぞ!」

「アイツ何したんだ」

「ヨコチン、昔結構悪質な虐めっ子だったんだよ」

「今じゃ率先して、他人の為に動く良い奴なのに……」

「寧ろ皐月に何された」

 

 騒がしくも慎みやかな彼等は、海外への修学旅行への高揚を隠し切れていなかった。

 そして、彼等への抑止はその場に居なくとも十二分に機能する。

 そんな彼等に同調しつつも、飴屋一空はそんな抑止に頼まれた事を意識する。

 即ち、帰郷にも拘らず普段より大人しいというより、沈んでいるネギに視線を向けた。

 

 それに気付いたネギは、そのまま口を開く前に己の中指の指輪に、ほんの少しだけ意識を向ける。

 

「あ、ちょっと待って下さい」

 

 己の師(アルビレオ)から与えられた魔法発動体(指輪)は、正しくネギの魔法を発動させた。

 

「今の魔法は?」

「認識阻害です。一々言い訳するのも苦しいですし」

「秘匿意識ちゃんとしてきてるね」

「えぇ……それはもう」

 

 ネギは頭を抱えながら、麻帆良で正しく学んだ秘匿意識と自身の未熟さによる黒歴史から必死に眼を背ける。

 だが、一空が着目したのはソコではない。

 

(今の……普通にヤバくないかい?)

 

 一空は魔法の素人だ。まともに扱うものも、全て超の『魔法(マギア)アプリ』に依存する。

 だが、それぞれの魔法を『コスト』として消費する電力諸々でその難易度を極めて正確に理解していた。

 

 ガバガバだった認識の反動だろうか。

 ネギの認識阻害を筆頭とした秘匿関連の魔法の精度は、余りにも高い。

 そもそも認識阻害は麻帆良学園でも、メンテナンスの大停電の夜を除き常時使用されている魔法だ。

 だが、その運用は根本的には世界樹の魔力性質の拡張に過ぎない。

 というか麻帆良大結界のメインは魔性の弱体化である。

 それこそ様々な媒介を用いた上で、魔法世界に於いてさえ高値で販売されている程である。

 少なくとも、個人で扱う者は非常に限られるだろう。

 その上、完全無詠唱。

 どれだけ訓練リソース突っ込んだのだ。 

 

(確か、基礎魔法の鬼だったっけ)

 

 皐月の言と、超から渡された情報。

 それによれば、こと基礎魔法は自己主張の少ないネギの自慢の『得意分野』であった。

 

 原作に於いて未来から齎され、一時彼が得た懐中時計型タイムマシン『カシオペア』。

 それを戦闘に用いる為に『小物を動かす魔法』と『占い(未来予測)の魔法』という、極めて基礎的な魔法を使用。

 ナノ秒以下の精密操作と、時間跳躍後の時空間の正確な事象予測を上記の基礎魔法のみで、挙句一日で実戦運用可能レベルにした能力と才覚。

 

(五年そこら、噂の別荘(精神と時の部屋)を用いているなら倍程度かな。極めて真っ当に最強レベルになったアカリ君も、そりゃ凄いんだろうけど……)

 

 戦闘面という派手で目を引きがちな、彼の双子にして魔王の従者。

 魔法使いの殺戮者とも形容できる、今代屈指の禍払い。

 少なくとも一空にとって雲の上の才を見せる金髪の少女が、思わず霞んでしまう程の万能性。

 未来の天才、超鈴音の先祖というのも納得であった。

 

「成程。皐月が『同等の才』と呼ぶ訳だ」

「さ、皐月さんが何かおっしゃってたんですか?」

「やっぱり、皐月と何かあったのかい?」

 

 小さく呟かれた困った友人の魔王の名前に、僅かに聞こえたのか明らか様な反応するネギに苦笑する。

 

「実は────」

 

 周囲の目と耳を気にする必要が無くなったネギは、数日前の魔王との会合の内容を口にする。

 

「えぇ……」

 

 一空の感想は、ただ只管のドン引きだった。

 そもそも、アカリに劣るもののネギの過去も相当重い。

 故郷を滅ぼした魔族の群れと、それを召喚した何者か。

 ネギが五年抱えた、先の見えない復讐心。

 

 それに対し、その謎の復讐相手の正体を知っている魔王。これならまだ分かる。

 魔王としての様々な情報網を持ち、日本最大の魔術結社の総帥である。成程、納得も良く。

 だが、それを「ソイツ等、あと数カ月後に皆殺しにするよ。だから悪いけど諦めてね」とか言うのは、幾らなんでも流石におかしい。

 『巌窟王』を筆頭に色んな復讐をテーマにした物語は数多く存在するが、これでは復讐劇とさえ呼べない。

 ある種、世の無常と言えなくも無いが。

 

 ネギへの説得も、遣り口が表面上良心的ではあっても根本的にはヤクザのそれだ。

 勿論きっとあの何だかんだ律儀な魔王は、他人の事情に無責任に首を突っ込む事を不適切と考えたのだろう。

 だからこその、胡乱な距離の取り方をしていたのだ。

 

「えっと」

「僕、どうすればいいんでしょうか?」

(どうしようもないんじゃないかな?)

 

 思わず口にしそうな返答を、一空の良心が必死に堪える。

 実年齢こそ15歳だが、精神年齢は意識不明で入院していた二年がそれから引かれる。

 そういう意味では、ネギと意気投合したのは精神年齢の相似が他より近かったからかもしれない。

 少なくとも、ネギの迷いを拭う言葉など一空は持ち合わせていないのだ。

 

「皐月は、今頃移動中の新幹線の中かな?」

「公休扱いにする為、移動も魔法や権能は使っていないんでしたっけ」

 

 彼に出来たのは、必死に話題を変えて有耶無耶にするだけだった。

 少なくともトラブルメイカーとしては、魔術的記号的な意味合いで魔王以上はそうはないのだが。

 

 一方、話題の魔王たる皐月はネギと一空の会話通り、女子中等部と同じ新幹線に乗って京都に向かっていた。

 無論、それには理由がある。

 原作では敵の術師に、悪戯紛いの干渉を受け混乱させられていた。

 攻撃とさえならないそれだって、悪質な術を用いれば幾らでも危険性は跳ね上がる。

 挙げ句、場所は移動する新幹線内。

 脱線事故となれば、秘匿の必要が無い程の凄惨な状況を作り上げられるだろう。

 

 だからこそ、抑止力として皐月が乗っている。

 

 その新幹線に何らかの魔術、呪術的干渉を行えば、知覚に長けた皐月は必ず気付く。

 少なくとも万が一にも魔王の機嫌を損なう可能性を抱えてでも、関東魔法協会の者にちょっかいを出すのは余りにもリスキーであった。

 というか基本的に一般人が大多数なのでまず手は出さない。日本の術師は某型月のソレの様な人でなしは案外少数である。

 そんな原作を知るからこその懸念は、杞憂に過ぎなかった。

 

 

「────おっきい声出すんじゃないよ! 他のお客さんがいるでしょーが!

 

 だからこそ、魔王は学友の面倒を見ることになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

第四十五話 ボッシュートになります

 

 

 

 

 

 

 

「つっくん、この新幹線に乗ってるの?」

「つっくんって、例の彼だよね? 今男子イギリスでしょ。え、行ってないの?」

 

 それは、男女別々の修学旅行に於いて当たり前な疑問から来る回答だった。

 修学旅行先への話題を当然行い、それが尽きれば男子の修学旅行先の話題に移る。

 すると、噂の飛び級の留学生(ネギ・スプリングフィールド)が男子中等部に存在していることが話題に上がり。

 その話題となると、必然同じクラスに存在し初等部である程度付き合いのある人物の話題も口先に上がる。

 クラスメイトの幾人かは、その人物への好意を隠そうともしていないからだ。

 思春期真っ只中の彼女達にとって、身近な恋愛話は興味を唆る話題である。

 そして、関係者ならその人物こと皐月が、自分達の乗る新幹線に同乗している事を知るだろう。

 

「せやで。ぶっちゃけ仕事関連でな、どうしてもこの時期に京都に行かなアカンようなってんて。公休ってヤツや」

「仕事って……」

「まぁ超達も、仕事してるっちゃしてるけど」

「仕事って、何の仕事ー?」

「ウチの実家もやっとる事業で、神社仏閣関連も含まれとるヤツなんやて。役員さん? 株主ってのともちゃうなぁ? まぁ、取り敢えず皐月はソコのお偉いさんやねんでー」

「マジで!?」

 

 特に隠している訳でも無く、隠す理由も無い。

 加えて、木乃香の言葉に嘘は無く。事実のみを伝えていた。

 神秘の一切を口にしていないだけで、嘘ではない。

 近衛家が長役を務めていた事。その更に上の地位に皐月が居ること。

 何一つ嘘ではない。

 だが、そこまで言われれば更に興味を惹かれるのも仕方の無いことである。

 

「えぇ。皐月さんには雪広財閥の事業にも、数多く出資して頂いています」

「つまり、オカネモチー!?」

「つっくんって、そんなに優良物件だったの?」

 

 そして毘沙門天という七福神の一角から簒奪した権能は、造物神の神具創造とそれが納められた『蔵』。

 数多くの財宝が納められたソレは、逆説的に財宝を集める性質を有する。

 どっかの英雄王の蔵がこの世全ての財宝の数々を納められ続けた結果、その蔵自体が納められた財宝全てを超える価値と神秘を得たのと同じ。

 そしてその蔵を所有する者は、必然多くの財を集める天運を持つ。

 それが、皐月の黄金律の仕組みである。

 そこから芋蔓式で出てくる、昔の男友達の表向きの現在が明かされると────はてさてどうなる。

 

「ちょっと媚びてくる!」

「アタシも!」

「お菓子貰えるかも!」

「しかも高いの!」

「ココで取材しない奴はマスコミじゃないねぇ!」

「は!? ちょ、待ちなさい貴女達!」

「アンタは待ちな朝倉ァ! マジで拙いからァ!!」

 

 チア部三人組と一際外見年齢が低い双子、麻帆良のパパラッチを皮切りに多くの生徒が駆けだした。

 原作に於いても、麻帆良祭でかなりアレなメイド喫茶をやろうとしていた彼女達。

 そんな彼女達がお小遣い目当てで皐月の元に突撃するのは、極めて残念ながらそこまで不思議な事では無かった。

 

「オイお前ら、どうすんだこれ」

「どうする楓?」

「どうするも何も千雨殿、刹那殿。かなりヤバイと思うで御座るが」

「というか、アスナさんお嬢様達が止めないのがかなり驚い───」

「明日菜殿と木乃香殿なら、真名と一緒に突撃したで御座るよ」

「このちゃんンンンンン!? というか真名、お前もか!」

「というか桜咲! ツッコミはいいが、アカリの眼がやべぇぞ!!」

「しまった、過激派が切れた!」

 

 ここに戦力が拮抗してしまった。

 アスナ、木乃香、真名がこれ幸いと皐月に会いに行ける口実に乗じ。

 皐月への迷惑を考慮し、コレを止める為に動いたのは刹那、楓。

 しかし第三勢力に、バチバチにキレ散らかしたアカリが止めるというのとはまた別の意味合いで動いてしまった。

 どうしたら良いか戸惑う、のどかと夕映。

 葉加瀬や超、裕奈や美空達は引き気味にクラスメイトの暴走を傍観することで身を護った。

 また、夏凛がこの混乱に紛れ、教員の居る車両に向かったのは完全に余談である。

 

 そして止める側の人数の少なさと、一般人のクラスメイトの暴走を力ずくで止めづらい点。

 結果、アスナ達をキレ散らかしながら息の根ごと止めようとするアカリにやや本気で対応する。

 そしてアカリの手数の多さと技量に対抗するため──────。

 結局、千雨が携帯で速やかに雪姫を呼ぶ、という最適解を行うまで魔王一行の内部分裂は継続してしまった。

 

 そして冒頭に戻る。

 

「ここ学校じゃねーの! 新幹線、公共機関!! 明日SNSにゴミカスJCとして晒されんぞ! おぉん!?」

「「「「「「「「御免なさい」」」」」」」」

 

 ノータイムで暴力に移行しなかったのは、ひとえに彼のハリボテの倫理観の賜物である。

 少なくとも同性であれば、全員京都まで顔面を腫れ上げさせた上で眠らせるだろう。

 その代わり起きたのが、物理的に重圧の発生する正座説教であった。

 一方、皐月の視界の端には両手を合わせて謝るハルナと、頭を下げるあやかが居た。

 勿論、止めに動いた者達は例外である。皐月は彼女達を素直に歓待した。

 

 そして暴走したアスナ達は此処に居ない。

 元の車両を出る事無く、その場で雪姫による氷と雷の元素共鳴()が敢行されていた。

 

「でもでもっ! この車両、他に人乗ってないと思ったんだよ!」

「俺の仕事仲間が居ますが!? 少なくとも、誰かはいると思ってる行動すんのが常識じゃないんですか桜子さァん!」

「すいませんホント気付かなかったんですぅ!」

「アハハハ」

 

 或いは草臥れた様に笑う男は、そんな光景を和やかに見守っていた。

 

 甘粕冬馬。

 そろそろ三十路を迎える、正史編纂委員会のエージェントであり、甲賀忍軍の上忍である。

 実際、皐月────というより正史編纂委員会が貸し切ったその車両に騒ぎながら入った彼女達は、甘粕の姿を視認できていなかった。

 

 忍びとしての極めて基本的な、されど上忍に至った領域の隠遁術。

 それは某幻のシックスマンのそれを遥かに超え、長瀬楓さえ上回る。

 一般人である彼女達が現れると同時に、完全にその存在を隠蔽する様は、皐月をして鮮やかと言わざるを得ない。

 勿論それを知っている皐月は、あくまで論点をマナーと常識に絞っていた。

 

(魔王が常識を説く姿は、中々思うところはありますねぇ)

 

 現在の長役の事実上の懐刀の立場である甘粕は、同時に総帥である皐月の接待役としての役目もあった。

 裏の事件で魔王である皐月が動く案件は、基本的に人間の手に余るものだけ。

 必然まつろわぬ神々や、それに準じる神獣などのみとなる。

 そんな案件を皐月に持ち込み、甘粕が現場まで案内するのがいつもの流れだ。

 故に、委員会でも最も皐月との付き合いがあるのが彼である。

 その上で、祖国に生まれた魔王が彼で良かったと心から思っていた。

 

「いやはや、若い方々は元気でいいですねぇ」

「ホラァ! こんな当たり障りの無い発言しか出来てないじゃん!! 

 謝って! 完全にドン引きしてる甘粕さんに謝って!!」

『ごめんなさいでした』

「はい。皆さんこれからは気を付けて下さいね」

 

 仮に他の魔王なら、彼女達は全員悲惨な姿か死体となっていただろう。

 まつろわぬ神々という、思考し行動する異常災厄を正面から殺し尽くす超越者。

 それが曲がりなりにも現代社会に溶け込めている事こそ、甘粕は異常と認識していた。

 

(反魔王の者達は以前の脅迫で比較的大人しいとはいえ、それはあくまで委員会の者達だけ)

 

 チラリ、と。

 皐月が座っていた席に、先程まで彼が読んでいた資料を見る。

 それは自分達が集めた情報であり、目下不穏な行動を取っている者達の報告書。

 

『──────「民」の術師達が、数百年前から確認されている人物と接触した恐れあり』

 

 魔王に対する脅威。

 果たして、それはまつろわぬ神々だけでは決して無いのかも知れない。

 人の極限こそ神殺しの魔王であるのなら、人を超えた者が相対するのが道理なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 その後問題児達を殲滅した雪姫が、皐月の貸し切った車両にやって来たことで、その場に居た生徒たちは悉く回収された。

 更に雪姫だけでなく、生徒指導の『鬼』の新田が監視の為に参戦。

 完全一般人の教員を配置する事で、魔法生徒(というかキチガイ共)の暴走を秘匿の側面から抑制したのだ。

 そして当初の騒動に反し、余りにも穏やかに京都到着。

 その後も京都駅の大階段の壁を登ったり、最上段からローラースケートなどで滑り落ちる等の蛮行も無く。

 抜け出そうとした一部の生徒も、担任教師の監視によって敢え無く失敗。

 最初の修学予定地である、二条城に向かい皐月と甘粕と別れた。

 

「……行きましょうか」

「そっすね」

 

 一気に静かになった二人は、予め用意されていた車に乗り込む。

 甘粕が運転しながら、彼の趣味の雑談こそ挟みつつ速やかに元近衛家屋敷────即ち、正史編纂委員会の総本部に向かっていた。

 目的は多々あれど、原作での一大イベントの舞台である京都に、保険として魔王が居る必要があったからだ。

 その建前と実利も含め丁度良いと、近年正式に着任した正史編纂委員会の新たな長役との面会を設けたのだ。

 

「沙耶宮(かおる)さん、だっけ。昔チラッと見たことあるんですよね。ホラ、宝塚に居そうな感じの」

「えぇ、その男装趣味で合ってますよ。彼女は以前から私の上司ですから」

 

 神木の巫を務め公家の五摂家筆頭の末裔たる近衛家に、それを平安の世から仕える四つの名家。

 その内の、ここ150年ほどの間は四家の中で最も強い発言力を持ち続けている、智慧者と謳われる沙耶宮家。

 その当主も務める、未だ現役女子校生の若き新たなリーダーである。

 

「そんな若いのに、他の家が良く了承しましたね」

「ぶっちゃけ今の委員会の長役というのは、皐月さんとの折衝役ですからね」

「成程。防護服も無しに蜂の巣をつつくのは嫌と」

「もっと言えば、爆発を予測されている活火山の傍で生活したくない感じですね」

「老人特有の不用意な発言で、躊躇無く爆発する自信がありますねぇ!」

 

 こんな怪獣のご機嫌取りは御免だ。

 とまぁこんな風に、つまり保身に長けた老人方は若者を生贄にする選択を取った訳である。

 

「老後を穏やかに隠居して貰えれば、まぁ良いんじゃないですか? その判断が既に鼻に付くけど」

 

 その口振りに、老人達が本当に賢い選択をしたと甘粕は思う。

 同時に、今まで長役(近衛詠春)を軽んじ実質裏から影響力を伸ばしていた────増長し好き勝手していた彼等と、この若き魔王との相性は最悪であると。

 

爺が子供生贄にするってシチュエーション、俺がどう思うか数ミクロンでも思い至らないんだろうか? 馬鹿が

 

 約四年前の、『魔王の狂宴』。

 元より倫理観を強く意識するこの少年は、それ以来より強く意識している。

 生贄、特に権力を持つ高齢者が未成年に対しそれを行う事は、完全に地雷となっている。

 そしてどれだけ甘粕に気を遣って、剰え趣味の話にさえ興じてくれていても。

 彼は荒ぶる神々をも、その怒りを以て叩き潰す天蓋破砕の暴君であるのだと。

 

「ん、そろそろですね」

「え、えぇ。どうしても徒歩の必要があるのが如何ともし難いですね」

「関係者だけ距離弄る結界とか、あっても良いんじゃないですかね?堂々巡りの術式応用する感じで」

「進言しておきましょう」

 

 稲荷神社を彷彿とさせる、異様に多い鳥居と参道は途中休憩所がある程である。

 そんな改善案を話しながら車を降り、鳥居を跨ぐ。

 ────同時に、景色が一変した

 

「……あ?」

 

 鳥居と参道が続く風景は、幾らか相似こそ有れど明らかに別の風景に変貌していた。

 確かに参道は山道ではあるが、通行の為に十二分の整備が成されており、電灯だってあった。

 だが、これでは本当に未開発の山奥そのものだ。

 というかそもそも先程まで、こんな荒れ模様の雨空ではなかった。

 そして、雨風に神性を感じ取れる。

 

 明らかな、異界。

 それも魔王としての感覚は、皐月にこの異界が人間の術者による結界の類ではない事を訴えていた。

 即ち、神殺しの魔王の不倶戴天の神々が統べる、幽世である。

 更に、権能で千里眼を有する皐月は道程の先にある辛うじて庵と呼べる掘立小屋に、この世界の主が存在する事を知覚する。

 それだけではない。その主以外、少なくとも二つ気配と視線を感じる。

 片方は申し訳なさそうな、慎ましい視線である。

 それはいい。そうであるべきだと皐月は考える。

 だが、片方の此方を勝手に見下した挙句愉悦混じりに粘着するような視線があった。

 まるで、此方を一方的に見定めんとする様な、視線。

 

 

 

「────ケシ飛ばすわ

 

 

 

 上から目線の謀士気取りが気に入らねェ

 人の交通の便をイキナリ遮ってんじゃねェよカス

 

 困惑して然るべき、突然の激変。

 それでも迷う事無く彼が戦闘行動を取ったのは、舐め腐った態度に一瞬で沸点を超過したから。

 彼は魔王になってから忍耐を鍛え続けてきたが、それはあくまで人に対してのみ。

 神々への沸点は、初めて神殺しを為した時から一ミリたりとも変わってはいない。

 ナメられたから、殺す。それだけである。

 

 金色の波紋が魔王の背後に生じ、拡大していく。

 現れたのは、最早弾頭というのも憚られる機構の槍。

 複数の神話の核兵器が組み合わされた、死の槍であった。

 この場は幽世。地上にあらゆる影響を及ぼさない独壇場である。

 

我は終える者、世界の災厄。万象を灰燼に帰す、破滅の枝を産み落とす者なり

 

 その祝詞に、彼を見る視線の三者がその灼熱に比するように凍り付く。

 その力を、その火にこそ彼等は目を付けたというのに。

 それを見定める為に招き、しかし試そうとする前に既に絶体絶命であった。

 舐めていた。甘く見ていた。

 言ってしまえば、それだけの話である。

 

 終末の災枝(レーヴァテイン)を、開帳した核神話(アグネア)に付与する。

 対界、対生物権能。

 無論それだけでは、今の彼の全力には程遠い。

 

爾天神之命以(ここにあまつかみのみこともちて)布斗麻邇爾ト相而詔之(ふとまににうらへてのりたまひつらく)

 

 思わず、幽世の主が引き攣る。

 詠われた祝詞と共に、未だ名付けられぬ母神殺しの権能が猛り狂う。

 権能三重行使と、それによる負荷を全て狡知神の慟哭へ変換し更に乗算する。

 事実上の権能四重行使。その全てが世界、神、運命を焼き落す滅びの終末である。

 この幽世は滅びるだろう。魔王の怒りに触れた愚行を、その身を以て贖う事になるのだ。

 この破壊が放たれたが最後、どんな手段を用いようと文字通りの御終いである。

 

 ────対星兵器(ほしをこわすへいき)

 現世でもって、絶対に許されざる滅塵滅相の死槍。

 その身を弓の様に引き絞り、この世界の主を射殺す。

 そこに回避の意味は無く、着弾と共に世界を滅ぼすだろう。

 

 その破滅に、急ぐように幽世に嵐が生じるが────それがどうなるというのだろうか。

 この世界の主は、世界の滅びに相対した事など無いのだから。

 権能を一時的に簒奪する術があっても、幾重にも込められた殺意のどれ程を削れるというのか。

 そもそも権能殺しが二つもある以上、それさえ満足に出来ないだろう。

 故に彼女は、力ではなく言葉で応対した。

 

「────お待ちください」

「嫌だね」

 

 制止の声が、皐月の側から発せられる。

 皐月は一瞥すらしない。そも皐月の知覚は初めからその姿を捉えている。

 十二単を身に纏う、唯一皐月にとって相応の態度を取っていた人物。

 

 皐月は彼女の正体を知っている。

 理想王の妻にして、羅刹王に攫われた挙げ句に離別の呪いを受けし、悲劇の姫君(シーター・ジャナカ)

 現在、玻璃の媛君と名乗る神祖にその身を堕とした、『最後の王』の影に喰われるが定めの哀れな贄。

 そんな彼女の決死の嘆願を、即座に切り捨てる。

 

「俺は喧嘩を売られたんだよ。それを買って何が悪い。あのゴミカス共を止められなかった手前を恨めや」

「我らが愚行、心からお詫び申し上げます。我が身が出来る償いならば、如何様にも。故にどうか、どうかその怒りを御鎮め下さい」

 

 その様子に、しかし欠片も動ずる事は無い。

 お前が謝っても何の意味も無いと、そう告げるように呪力がどんどん練り上げられ、比例するように充填の余波だけで嵐を掻き消し続ける。

 

「下げる頭が足りねェな」

「お二人共、お早く」

「……判ってるよ」

「承知しておりますとも」

 

 蒸発間際の世界に現れたのは、即身仏としか見えない袈裟を来た木乃伊の坊主。

 そして明らかに他の二人と異なる、極めて強い神性を有する老年の大男であった。

 

 片割れの即身仏には殺意のみを向け、皐月の警戒と視線はあくまでも神にのみ向けられていた。

 益荒男が隠居中、そう言わんばかりの簡素な着物と蓬髪。

 されど鍛え上げられた二メートル近い巨躯は、老人が明らかに武神の性質を有している事を示していた。

 その神を皐月が直接観たと同時に、幽世故に異様な精度の霊視が働いた。

 日本神話に於ける、最も有名な(へび)殺しの英雄神。

 日本という島国を造りたもう創生神『伊邪那美』自ら生んだ、諸神の中で最も貴いとされる三貴子の末弟。

 即ち────

 

「姉貴の職場に脱糞したDQNじゃん」

「取り上げ所! 過去最悪だぞお前!!」

 

 正史編纂委員会を統べる四家と近衛家。それらにさえ容易く指示を行える、『古老』と呼ばれる人外のものたち。

 千年前、この国に『最後の王』と呼ばれる魔王殺しの英雄神を封印した者達とのファーストコンタクトは、有体に最悪であった。 

 

 




さつき何某
 人外相手に何の成長もしていない魔王。
 人の進路遮った挙句、彼等の「相手を一方的に見定めようとする、無意識の傲慢」にノータイムでキレ散らかした。
 ちなみに、危険物はまだ何時でも投げられる状態の模様。

甘粕おじさん
 作中年齢を考えたら、初登場時はまだ三十路じゃないのでは?と作者が訝しんだニンジャ。
 いきなり消えた皐月にかなり焦ってる模様。

古老
 所謂委員会の御意見番的ポジの人達。
 唐突に幽世に引き込む事で精神的イニシアティブを取ろうとして、盛大にミスった。
 スサノオのお爺ちゃんと木乃伊、ラーマの嫁さんの神祖の十二単の美人さんで構成されているお偉いさんのお偉いさん。
 ちなみに皐月が同行者に身内(茶々丸や雪姫などの人外以外)を連れ添っていた場合、スサノオの人間への対応がクシナダヒメ的な措置をされる為、対話の余地は無かった。
 ちなみに皐月がキレた一番の原因は、原作でも明らかに悟りから遠そうな性格の悪い木乃伊の模様。


 ようやっと更新できました。
 投稿が遅くなり、本当に申し訳ありません。
 エタるつもりは一切ないので、今後また執筆が遅れるやもしれませんが、完結までどうか御付き合い頂ければ幸いです(魔法世界編は実質消化試合なので、事実上本編は原作時系列での麻帆良祭まで)

 いつも誤字修正指摘ありがとうございます。
 急いで描いたので修正箇所が多々あるかと思いますが、文問題箇所があれば随時修正していきます。
 

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