魔王生徒カンピオーネ!   作:たけのこの里派

48 / 49
第四十六話 神々の警告と、争乱の始まり

 

 

 

 スサノオの幽世。

 あばら家が如き庵にて『古老』と呼ばれる神域三者が頭を下げた事で、漸く会話が始まった。

 やや渋りがちなスサノオでさえ、目の前に突き付けられている弾頭には怖気づいた。

 正しく天敵、己の死神が殺意を以て鎌首を傾けていたのだから、天衣無縫な神話を残す彼とて大人しく己の非を認めた。

 無論、それは彼が『まつろわぬ神』でない事が大きいのだが。

 そこまでして、漸く皐月はお前を絶対に殺すの意(アグネア×レーヴァテイン×カグツチ×超振動)を黄金の波紋の中に納めた。

 

「んで、何の用だよ。今度は週前からアポ取れやアポをよ。こちとら学生の身分なんだからよ」

「度重ねて謝罪と、皐月様の御慈悲に感謝を」

「悪かったよ……豹変し過ぎだろ」

 

 ボソリと、スサノオが溢した愚痴を『玻璃の媛君』と名乗った女性が睨みを利かして黙らせ、改めて皐月に向き合う。

 

「ご要件は幾つかありますが、一番はこの地に封じられた御方についてです」

「アンタの(オトコ)だろ? 封印に関してはボイジャー計画3号に成ってもらったよ」

「ご存知でしたか」

 

 運命神より救世の神刀と《盟約の大法》を授かり、それを全て打ち倒す《魔王殲滅の勇者》に与えられる異名であり、『この世の最後に顕れる王』。

 そして『最後の王』の佩刀にして、分身である鋼────救世の神刀によって完成する、地上に蔓延る魔王の数だけその力を跳ね上げる粛清装置。

 『最後の王』が眠りにつく際は、神刀は竜骨として刀身が朽ちた状態に変貌。

 

 最後の王当人は現状、スサノオ達によって房総半島上空の衛星軌道上にて封印されていた。

 そんな隠蔽されていたものを、皐月は毘沙門天の権能で加工。

 衛星軌道上処か、太陽系外へのロケットとして射出され、竜骨は皐月の宝物庫に収容された。

 既に封印は、少なくとも地球近辺に存在しない。

 

「まぁ、これが所詮時間稼ぎだってのも知ってる。距離無視して担い手の元に勝手に戻る武器なんて、北欧やらケルトなら標準装備(デフォ)だろうからな」

 

 かの王は『運命神の戦士』としての加護と権能を得ている。

 運命神がバックに居る以上、どんなインチキで地球に戻ってくるか判らない。

 

「それでも、要らん奴が封印をどうこうしようとするのを大幅に防げるんだ。十分だろ」

 

 千年前に顕現した『最後の王』を封じた彼等は、この日本に初めて現われた神殺しの魔王というトラブルメイカーに、忠告とも称賛とも取れるソレを告げる。

 原作でもあったイベントな、と皐月は内心呟きながら肘を突く。

 

「それにしては、俺に接触すんのが遅過ぎんじゃねぇの?」

 

 原作にて、新たなヒロイン(清秋院 恵那)の登場と共に起こったエピソード。

 だがそれは、原作主人公(草薙 護堂)が魔王になって一年以内に起こったモノ。

 魔王という、魔術・呪術組織にとって問答無用で庇護下に入り王冠を戴く存在故に、正史編纂委員会の総帥に成るには後ろ盾である彼等『古老』の了承が必須なのだ。

 しかし皐月が総帥になって五年以上が経っている。

 総帥と認めるのも、『最後の王』の封印について話すのも余りにも遅過ぎる邂逅だ。

 

「それは……」

「あ〜それなァ。色々理由があったんだよ」

 

 言い淀む『玻璃の媛君』に代わり、頭を掻きながらスサノオが答える。

 ちなみに『僧正』は本気で皐月から嫌われた為、出来得る限り発言を控えていた。

 

「先ずは……お前さんは不愉快だろうが、あのクソ猿の封印を解いた嬢ちゃん達を警戒した」

「アスナとアカリか。まぁ警戒して然るべきだな。実際利用されちまったし」

「意外だな。怒らねぇのかよ」

「もう殺したクソで一々不機嫌になるのは、損だろ」

「確かに」

 

 百年前と今代最高の禍払い(マジックキャンセラー)

 こと封印の解除というならば、アスナとアカリはこれ以上無い人材と言えるだろう。

 魔王の庇護下に無ければ、利用しようとする者は枚挙に暇はない。

 それこそ、数年前から確認されている、アーサー王の王妃(グィネヴィア)を自称する神祖などがそれである。

 最後の王の封印を護る『古老』達の警戒は当然だった。

 

「それに、十にもならない齢で神殺しを成した餓鬼も初めてだったからな。慎重にならざるってモンよ」

「それはそう。皆そーする、俺だってそーする」

 

 手段と力だけ持った人格形成さえ儘成らぬ齢の子供など、厄介窮まりない。

 そこに要らぬ情報など与えては、万一悪戯に封印の解除さえ可能性として浮上してしまう。

 彼等が慎重になるのは必然とさえ言える。

 事実最古参の魔王ヴォバンという、まつろわぬ神と戦うために自ら招来するという愚行の前例が存在してしまっているのだから。

 

「故に、お前の人柄や成長の方向性を見定める必要があった訳だ」

「で? キレ芸に一家言ある俺の評価は?」

「封印の上に更に封印を施し、宙の彼方に投棄するとはなぁ。まぁ、何でかは知らんがあの小僧の事を知ってた上での処置。民草への最大限の配慮と神殺しとして相応しい実力────まぁ、俺の杞憂だったわ」

「寧ろ、我々にとってこれ以上ない程好ましいと言える御方でした」

「持ち上げても何もでないぞ? あ、これ蔵で保存してたショートケーキなんだけど」

 

 まつろわぬ毘沙門天に始まり、一般人への最大限の配慮を行いながらの、見事な手腕を彼等は非常に評価していた。

 それこそ、千年前に居たら最後の王を打倒していたのではと思う、対『鋼』に特化している炎の魔王。

 そんな皐月は、彼等に望外の展望を見出させる程だった。

 

「あくまで奴が復活したらではあるが─────お前なら、あの小僧も救えるかもしれない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第四十六話 神々の警告と、争乱の始まり

 

 

 

 

 

 

 

「─────救う?」

「応よ」

 

 日本に封印されし、千年前に顕現した『最後の王』。

 選ばれた神の名は、理想王ラーマ。

 インド神話の一つ、『ラーマーヤナ』の主人公にして魔王殺しの勇者である。

 

 その特筆すべきは、彼の精神性。

 最後の王として顕現した彼は、まつろわぬ神としての歪みと狂気を全て、流浪の旅を続けたラーマに唯一、生涯付き添ったとされる従属神────弟ラクシュマナが引き受けているという点である。

 それは即ち、姫を攫いし羅刹王なら兎も角、自然や人民が傷つくことを嫌っている、まつろわぬ神にあるまじき良識を保有していることを意味している。

 その使命に従い戦う度に、多くの民草や諸行に大きな被害を出す『最後の王』の役目など果たしたくない、という理想王の名に相応しい考えである。

 千年もの長期間封印できていたのは、当の本人がその使命に抗っていたからに他ならない。

 

 何故なら最後の王は、多くの神祖を従えるという。

 そして彼女達は主が再臨を果たした時、麾下に馳せ参じて()()()()()でもあるとされるとも。

 あるいは、大地母神だった彼女達を最後の王が喰らい殺した姿こそ、神祖であるとさえ。

 つまり最後の王に選ばれたラーマは、この場にいる『玻璃の媛君』───最愛の妻たるシータをも死なせなければ成らない。

 否。既に彼女が神祖として在る以上、その在り得ない想定は成されたのだ。

 

 理想王ラーマ。

 彼は羅刹王に最愛の妻シータを奪われ、これを遂に救い出しながら彼女の純潔を民衆に疑われ、貞潔の証明としてその命を手放し、結果として永遠に離別しなければならなかった逸話を持つ。

 生涯彼女のみに愛を貫いたラーマにとって、そんな最愛の妻を『最後の王』としての力の補填の為に今度は己の()によって殺される。

 彼にとって、自由さえあれば自害も辞さない事態だ。

 だが、彼は世界の真理と同等の重みと強靭さを持ち、神具と同じく不朽不滅である『救世主の運命』に囚われている。

 

「お前は間違い無く、歴代最強の『鋼殺し』だ。それに関しては俺が保証する。そしてお前の炎なら、『救世主の運命』を断ち切れるかもしれねェ」

 

 魔王という運命神の運命の糸に囚われないイレギュラーの、更に事対鋼の英雄神に対しての死神。

 最後の王にさえ、正面から打倒しうる究極の鋼殺し。

 それは、運命の糸さえ断ち切れるのではないか。

 スサノオはそう言っているのだ。

 

 北欧神話に於いて、終末装置であるスルトは世界そのものたる世界樹を自らごと、ほぼ全ての神々を焼き殺しつつ炎上させた。

 北欧神話ほど、多くの神々が『壊滅』と呼べる程死んだ神話はそうそうない。

 無論、生き残った蘇った神々は存在する。

 だが、そこに『運命の三女神』が該当するとされる記述や逸話は無い。

 そもそも北欧神話に於ける、運命の三女神に関する逸話がかなり少ないのだが─────。

 スルトの炎は。それと起源を同じくする権能を有する皐月ならば、三女神の最源流たる『運命の担い手』さえ、殺し得るのではないか。

 それが、スサノオの仮説だった。

 

「まぁ良いけど」

「軽いわ。絶対に枕詞に『どうでも』がついてるだろ」

「その前に聞きたいことがある」

 

 皐月が対鋼としての力を得たのは、奇しくも簒奪した権能の殆どが炎の権能であるからだ。

 物体を融かす道化の叫炎(ローゲ)

 神話を滅ぼす終末の黒炎(レーヴァテイン)

 不浄を清める浄化の白炎(アグニ)

 生命を滅ぼす死滅の毒炎(アグネア)

 神に死を齎す神戮の煌炎(カグツチ)

 

 それらを組み合わせれば、相乗させれば殺せない神は存在しない。

 例え、各神話の運命神の最源流たる『運命の担い手』であろうとも。

 運命の糸は、ただの糸のように容易く燃え散るだろう。

 しかし、逆に言えば都合が良すぎるのではないか。

 

「ちょいと作為めいていないか? ここまで連続して火の権能を持つまつろわぬ神とカチ合うのは」

 

 だが、そんな魔王が意図的に生み出されたのだとすれば? 

 若き異例の魔王に、炎に関する逸話を持つ神々を当てがい、その権能を簒奪させてしまえば? 

 

 この内ロキとアグニに関しては良い。

 恐らく『古老』達はこの最初期に簒奪した第一と第三の権能に関しては、把握しようがないのだから。

 だが、毘沙門天とカグツチに関しては話が別だった。

 京都という正史編纂委員会の総本山が存在する、ある種スサノオの領土である出雲と並ぶ場所で、魔王が立ち寄った途端まつろわぬ毘沙門天が顕現したのは何故か? 

 ならもし、もしも。

 

 

「─────カグツチをあやかの弟で『なぞり』を起こしたのは、お前等の都合か?

 

 

 皐月の顔から、一切の感情が削げ落ちる。

 もし、愛する幼馴染の弟を魔王が介錯する事になった原因が、雪広あやかから弟を奪ったのが神々の姦計なのだとすれば。

 最早殺さない理由が無い。

 

 先程納めた以上の絶許の殺意が、黄金の波紋から()()覗く。

 虚偽は赦さない。嬲りもしない。

 ただ、そんな怨敵が存在することを皐月は決して許容しないだろう。

 

「……毘沙門天は俺等の差し金だ。元々起きそうだったから、折角コッチに来たオマエとカチ合う様に調整した。お前の実力と人柄を見定めるのには、丁度良かったからな」

「で?」

「だがカグツチ(アレ)は、流石に想定外だったぜ。そもそも速須佐之男命(俺様)がアレを顕現させると思うか?」

 

 素戔男尊。

 三貴子の末弟である彼は、母神イザナミを求め彼女のいる根の国に行きたいと願い、父神イザナギの怒りを買って追放されてしまう逸話がある。

 

 そんなイザナミを死に至らしめたカグツチは、殊更忌避すべき相手である。

 如何に対鋼性能向上を求めようとも、流石にそれは堪えられない。

 即ち、容疑を否認した。

 チラリ、と皐月は十二単衣の女を見遣る。

 目を伏せ、されど確りとその否認に頷いた。

 

「……そうか。なら、話はおわりか?」

 

 再び弾頭と共に黄金の波紋が消え、皐月は立ち上がる。

 苦い思い出を思い出したからか、十分長居したと話を切り上げようとする。

 或いは、八つ当たり気味の行動を恥じたのか。

 

「─────理由はもう一つある」

「…………まだあんの?」

 

 だが、そんな彼をスサノオは引き止めた。

 

「お前にとって、コレが本題つっても良いくらいのな」

「はぁ? 裏火星(魔法世界)関連とかか?」

「無関係じゃ無いがな。ある意味、俺等にとって最大の不確定要素でもある」

「あ?」

 

 スサノオは、神として『あの世とこの世の均衡』を保つことに務めている。

 では、そんなスサノオが警戒する、反運命に至り得る魔王と並ぶ不確定要素とは何か? 

 

「このタイミングで皐月王、貴方をお呼びしたのは、とある御方が貴方の傍に居なかったからです」

「あのクソ猿が復活した時は、中国の魔王が居たからな。そういう意味ではお前を拉致ったのはこのタイミングしかないと思ったからだ」

「……オイ」

 

 それは火星上に異世界が存在しながら、まつろわぬ神々が顕現し神殺しの魔王が生まれ得る世界線。

 その中でも、ソレが炎の魔王が成り立ての頃に起こった、とある可能性でのみ生じ得る不確定要素。

 

「闇の福音だったか? あの変態女の娘────エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。()()アレが()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから、皐月が一人で京都に訪れるタイミングを、彼等は待ち続けた。

 炎の王の側の最も近くにおり、彼が最も信頼する女性。

 造物主と名乗る女の造りし、()()()()()()()()()()()()の存在であった。

 

 そういえば───盲目の偽神によって造られ劣化真祖にした彼女の術式は、どうなっていた? 

 

「『成る』のも時間の問題だぜ?」

 

 何に、とは───その笑う神は答えなかった。

 皐月は殴り倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スサノオの幽世からヴィマーナで現世に帰ってきた皐月は、山道で取り残されていた甘粕を回収。

 共に正史編纂委員会の総本山であり、嘗ての近衛家の実家に到着していた。

 黄金の飛行船での到着であり、予定外ではあるがそこは魔王のネームバリュー。

 その程度の出鱈目は、彼が総帥となって数年以上が経つ現在は慣れたモノだった。

 

「お待ちしておりました、皐月王」

 

 恭しく跪くのは、皐月より少し年上のショートヘアの男装の麗人。

 現関西呪術協会───正史編纂委員会の長役である、沙耶宮馨である。

 

「途中、脱糞野郎に拉致られてな」

「既に此方でも確認しております。『御老公』の御相手は───順調とは行かなかったようですが、寧ろ有利に運べた様子で」

「まぁまぁだ。核をブチ撒ける様な事にはなって無い。まぁ無駄に意味深台詞吐いたから張り倒したけど。あぁ、後あのミイラは殺したかったな。悟りから程遠かったし」

「おやおや」

 

 元より他の重鎮と比較すれば、遥かに歳の近い馨。

 更に皐月が麻帆良在住という関係から、直属の部下である甘粕を伝令、小間使い役に派遣する関係上、実はこれが初対面ではなかったりする。

 

 長役の執務室に入ったら、二人の口調が途端に逆転する。

 

「長役って忙しそうですけど、元気してました?」

「気遣ってくれて有難う。少なくとも、君のようにまつろわぬ神や神獣を相手にするより余程マシさ。君の威光のお蔭で、面倒な老人が揃って黙りこくってくれているしね」

 

 少なくとも、魔王の威容を式神越しに観て畏れて相対すら恐れる老人達より、皐月にとっては相応に付き合いやすい相手であった。

 

 なので面倒な輩が居ない場所では、年功序列を重視した関係で、皐月が敬語を使ってさえいる。

 彼にとって馨とは、年上の仕事仲間なのだ。

 なら、敬語を使うのは自分の方だと、この様な形となっている。

 

「それで、反魔法世界の派閥の動きは?」

「『民』の術者と結託した可能性のある者は、海外や地方の仕事を与えて近畿から遠ざけているよ。流石に魔王の笠を着る長役の指示に表立って逆らえば、免責どころか最悪の場合もあるからね。腹に何抱えていようが、大人しく出張して貰っているよ。

 流石に『民』の術者の動向は何とも」

「となると不確定要素は『民』の術者の動きと、後はアーウェルンクス連中ですかね」

「件の火星世界の眷属神だったね。狙いは両面宿儺の試運転だったかな」

「ソレぐらいしか心当たりないですわ。

 アスナはまず捕捉されて無さそうだから、後はアカリ目当てかもなぁ。ネギ君は本国へのゲート近辺とはいえ、あっちはタカミチさんがスタンバってるらしいからまぁ、問題はアッチで解決してもろて」

「一応、麻帆良の修学旅行生はマークしておくよ。とはいえ、そこまでガッツリは難しいけどね」

 

 何せトップ同士の内情はどうあれ、麻帆良の魔法協会を関東と呼ぶことさえ怒りがある程の確執が、存在している。

 毎年麻帆良学園への停電時の襲撃者が、純粋犯罪者の悪性術者以外のほぼ全てが魔法世界や関東魔法協会憎しの呪術師なのは伊達ではない。

 

 大戦に巻き込まれた恨みか、明治にて文明開化のドサクサに神木たる蟠桃の影を土地ごと奪われた恨みか。

 あるいは侵略者そのものである彼等が日の本に存在して居ることが我慢ならないのか。

 そういう意味では、組織の恩恵を得ている委員会の傘下よりも、在野であり一族単位でその土地を受け継ぎ、護ってきた『民』の術者の怨恨はその比ではない。

 最早、目的と手段が逆転していない者を探すのも億劫か。

 

「……? これは────」

「へぇ、意外だな」

 

 本来、幹部や直属の部下しか入ることの許されない執務室に、幹部でも無い者が雪崩れ込む様に扉の前で叫ぶ。

 

『皐月王に、御目通り願いまする!』

 

 直後扉が開かれ、大眼鏡のこの場では年長な、それでも確実に若輩と呼べる齢の着物姿の女が現われた。

 その姿に、皐月は見覚えがある。

 

(確か、天ヶ崎だっけ……。原作だと大分はだけてたケド、まぁ普通にキッチリ着付けされてますね。当然か───────は?)

「無礼者! 王の御前に赦しも無く現れるとはッ!」

 

 チラリ、と下手人とさえ呼ぶに相応しい無礼者を形だけ詰りつつ、魔王の前に出た馨は皐月の顔色を窺う。

 馨は、この程度で皐月が怒りなどしないと解っている。

 まつろわぬ神が相手ならまだしも、彼の身内に手を出したのならまだしも。

 たかが直談判程度『はい、何?』と普通に応対するだろう。

 少なくとも平時の彼は、それだけの良識を兼ね備えた希少な魔王だと、馨は本人との付き合いや甘粕の報告から理解していた。

 

 だがそれでも、彼女の役割は灼熱の魔王の御機嫌伺い。

 そんな馨が、身内という解りやすく回避しやすい逆鱗以外の地雷を探すのは仕事でさえある。

 

 時代錯誤の直談判。恐らく、皐月が予感する事件の始まりになるやも知れない。

 それに、彼がどんな反応を示すか。

 

「王よ────……、皐月君?」

 

 反応の無さで、思わず馨が振り返る。

 皐月はまだ名乗る時間さえ無かった無礼者も、思わず素に戻った馨さえ見ず。

 

「馨さん。俺、どれぐらい幽世(アッチ)に居た?」

「え……────2日程ですが。『御老公』からも、そのように連絡があったので甘粕には出迎えに行かせていましたが」

「あぁ……、甘粕さんを拾ったせいで勘違いしてたか」

 

 明後日の方向を悍ましい怒りで満ちた色の瞳を蓄えて、無表情で睨み付けていた。

 

「次から次へと……────舐めやがって

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 それは、皐月が幽世に引き摺り込まれた故に起こった、時間差故の陥穽。

 京都の街並み、その一区画が結界に覆われていた。

 それは『民』の術者が作り上げた、外部との空間を遮断、堂々巡りを起こすことで対象を閉じ込めるもの。

 そこに、魔王と親しい少女達が閉じ込められていた。

 

 何の問題もなかった。

 無かった筈なのだ。

 

 彼女達は、強い。

 六年を超える歳月を、雪姫や茶々丸、茶々ゼロを師とし、魔法世界に於いて既に最強クラスと呼ばれるレベルに極めて真っ当に登り詰めた。

 格上と言うなら魔法世界旧世界それぞれで魔王と呼ばれる二人が隔絶した次元から見下ろし。

 格下相手なら麻帆良学園の警備で、同格相手なら彼女達同士で戦えば、経験は十二分に積める。

 唯一多対戦こそ充実とは言えないものの、それは『今回』は関係がなかった。

 

 片や魔法殺し。

 片や半妖退魔。

 片や半魔歴戦。

 片や不老不変。

 片や極東最強。

 彼女達に相応しい肩書きは、決して名前負けしていない。

 例え彼女達が何れ戦う運命にある、造物主の眷属神を相手にしても、その主が封印されている以上、勝利出来るだろう。

 

 そんな彼女達が、血溜まりに沈んでいた。

 剣や呪符、念の為と渡していた神鉄による魔道具が悉く斬り捨てられていた。

 あり得ぬことに、神の寵愛を受ける夏凛さえ、出血こそしていないがその不変の五体が両断されていた。

 彼女達が意識を保っていたのは、木乃香という回復役を護り通した成果であった。

 そして、相手が命を取るつもりが一切無かったからであった。

 

「────何度でも問おう」

 

 黒い長髪に、褐色の肌。

 まるで時代劇に出るような外套を纏った、万象絶ち切らんとする()が居た。

 

「魔王は、何処だ」

「だ、れがッ」

 

 彼こそ、無謀な『民』の術者達の鬼札。

 名を、獅子巳十蔵と言う。

 七百年という悠久を、ただ剣のみに捧げた斬鬼の不死が、魔王という強者を求めて大地を少女の血で濡らしていた。

 

 

 

 

 

 

 




ほぼ一年ぶりの更新、お久しぶりです。
仕事が忙しく、執筆活動自体を休止してました。
取り敢えずラーマの封印と神刀の封印を勘違いしてたので、修正して問題無いか確認したので、まず修正忘れがあるかと。
お待ち頂いた方には、謝罪と感謝をば。

数多くの修正指摘に感謝を。
また誤字脱字、修正指摘あれば随時修正します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。