魔王生徒カンピオーネ!   作:たけのこの里派

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第四十九話 覚醒回の戦闘はアッサリめぐらいが丁度良い。

 

 

 

 ─────エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルとは、一体何者なのか? 

 

 麻帆良学園の一般生徒はこう語るだろう。

『麻帆良学園の女帝』『美人教師ランキング例年覇者』『冷たい眼差しで踏んで欲しいランキング1位』の瑞葉雪姫。

 あるいは約五年目で何故か、学年主任と二十年近い相棒めいた空気さえ醸し出している、大人気女教諭。

 

 魔法世界の一般人、魔法使いはこう語るだろう。

 魔法史上屈指の闇魔法使い、歴代最高額の懸賞金額の大犯罪者。

 異名などは最も有名な『闇の福音(ダークエヴァンジェル)』を始め、『人形使い(ドールマスター)』『不死の魔法使い(マガ・ノスフェラトゥ)』『童姿の闇の魔王』『悪しき音信(おとずれ)』『禍音の使徒』『真祖の吸血鬼(ハイディライト・ウォーカー)』など。

 彼女への畏怖から来る異名は、事欠かない。

 

 あるいはヘラス帝国、アリアドネー中立国、メセンブリーナ連合系列の魔法生徒達なら、こう語るだろう。

 現代で最も偉大な立派な魔法使い(マギステル・マギ)たる、『千の呪文の男(サウザンドマスター)』に討たれた悪の一つと。

 あるいはメガロメセンブリア元老院なら、畏怖と共にこう語るだろう。

 メセンブリーナ連合による地球侵略を阻んだ、旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)魔王(守護者)だと。

 

 あるいは完全なる世界(コズモエンテレケイア)の古幹部を名乗る褐色黒髪イケメンなら、最近広域指導員としての仕事も本格的におざなりにしているのではなかろうか、あの眼鏡。と、最近より追撃が苛烈となった怨敵の愚痴を漏らしながらこう語るだろう。

 

 ─────我が主の至高の研究、その失敗作だと。

 

 そう。エヴァンジェリンは『完全なる世界』の首魁、『造物主(ライフメイカー)』が創り上げた娘である。

 被造物という意味では、魔法世界と其処に存在する『人間』以外の全ての存在同様だ。

 その『造物主』と純粋な力では比肩、或いは凌駕し得る『千の刃』ジャック・ラカンが問答無用で硬直させられる関係である。

 そんなエヴァンジェリンは十歳の誕生日、彼女は吸血鬼となり果て、人外としての孤独を強要されてしまった。

 ────この時点で多くの違和感が存在する。

 

 後天的な吸血鬼である彼女は、その時点で『真祖』ではない。

 しかし『吸血鬼の貴族』を名乗る『正真の真祖』達にとっても、無視出来ない程の『完成度』を有していた彼女。

 そんなエヴァンジェリンは、曰く『不死の実験』の失敗作だという。

 では、何のための『不死』か? 

 

 造り主は、魔法世界の創造者にして『始まりの魔法使い』の名を冠する神。

 このユニバース■■/■■世界では、零落した神祖として在る者。

 曰く「究極の人()否定者」。曰く「究極の平等主義者」。「敗者の王」「慈愛の女神」─────その真名、IF未来世界にて自らを『ヨルダ・バオト・アルコーン』と名乗った。

 

 即ち、ユダヤ教とキリスト教の要素を取り入れた、ある意味其れ等に中指おっ立てるグノーシス主義。

 ソレに記されし、偽りの完全世界(魔法世界)を造った偽神(第一のアルコーン)

『ナグ・ハマディ写本』で傲慢な造物主として言及され、ユダヤ教の唯一神(ヤハウェ)と同一視される神。

 それが神祖に零落した姿が、ヨルダ・バォト────ヤルダバオトの成れの果てである。

 

「まぁ、我々が用があるのは()()()()()()()()────兎も角、肝要なのはその零落だ」

 

 そして神祖とは、神の座から追われた大地母神の一部が人の姿に成った者達の総称。

 あるいは『最後の王』が顕現した際、かの王に仕える巫女であり献身(いけにえ)とも。

 

「何故、我が愚母は神祖に堕ちた?」

 

 裏火星(魔法世界)を構築し、まつろわぬ神はおろか神殺しの魔王さえ誕生し得ない環境を二千年前に造り上げ、其処に身を置き続けた者が『最後の王』の巫女なんぞに甘んじるだろうか? 

 仮に魔法世界構築に必要なリソースとして神格を対価にしたにしても、リスクがデカすぎる。

 

「ならば、神祖に成る事自体に意味があったと考えるべきだろう」

 

 ヒントは、かの偽神の軌跡に存在する。

 魔法世界という隔離幽世を構築。更に最低二十年以上前に、その再編を目的に行動させていた組織を『完全なる世界』と名付けた。

 これは、既存の魔法世界を『不完全』と認識している反証だろう。

 

 真祖の吸血鬼バアルと手を組み、メガロメセンブリア元老院を掌握していた件に関しては、そこまで考慮する必要は無い。

 魔法世界最大国家の政界の根っこを掴むのは、様々な行動に都合が良いと判る。

 それに地球こと旧世界侵攻未遂も、バアルが主犯となっている事からも無視して良い。

 

 そしてマクダウェル家にて、エヴァンジェリンを娘として誕生させ(造物し)た五百年前。

 つまり不完全な楽園から態々地球に来訪し、『不死実験』の産物としての彼女に殺害。憑依転生後、これを放置している。

 

「我が事ながら、明らかに注視すべき点は此処だろう。

 加えて言うなら、その『倒した敵に憑依して乗っ取る』能力である『報復型憑依能力』。

 そもそも神祖の『転生能力』との類似点故に、愚母を神祖と断じているが、流石にこれは明らかに度を越している。

 私が吸血鬼に変じた際に殺して当時の私が無事な時点で、憑依先や死亡後の取捨選択で融通が利くのは確実だ」

 

 報復憑依とは何だったのか。

「殺害という呪詛に対する呪詛返し(報復)とちゃうんかい」と、話を聞いた木乃香はツッコんだ。

 なので、実質憑依能力と断言して良いだろう。

 事実20年前の大戦時に英雄ナギがヨルダを殺害し、しかし殺害した当人ではなくその場で戦死していた師ゼクトの肉体を奪っている。

 雪姫の前例を抜きにしても、事例は確認されているのだ。

 

 では、果たして条件はどうなるのか。

 答えを教えてくれたのは、こと時間に関して科学的第一人者である超鈴音であった。

 

「かの偽神の憑依能力の根源ハ、後付けで設けられた埒外な感応能力の産物ヨ」

 

 タイムマシンを作成し、未来から時を超えた天才。

 勿論だが、そんな天才が過去を観測する手段を持っていない訳がない。

 無論制限は有る。

 過去観測は未来観測とは難易度と精度は比較にならない程高いが、時間軸を超えた視座を保有する存在には悪手である。

 

「特に神々や魔王陛下相手に覗き見しようものなら、どんな竹箆返しが来るか分かったものでは無いからネ。ワタシはテイレシアスに成りたくないのだヨ」

 

 深淵を覗く時、深淵もまた此方を覗いているのだ。

 神々の視線は恩寵とされるが、神を直視する場合は十中八九罰が下る。

 例えば、かのギリシャ神話に於いて大君主ゼウスと女神王ヘラにさえ教えを授けたという、盲目の予言者が存在する。

 しかし盲目になった理由が、戦女神アテネの沐浴を覗いたのが原因である。しかもこの覗き犯が授けた教えは、男女の性感度である。

 まぁ恐らく、あくまで当時の情勢や歴史を残すための比喩なのだろう。でも残すにしてももうちょっとこう、なんとかならんかったんか?

 閑話休題。

 

「能力の名ハ、『共鳴り』」

 

 そう名付けられた、埒外の精神感応能力。

 その感応規模は、現在や未来のみならず既に苦しみや悲しみが存在している事が確定している過去にまで及ぶ。

 明らかに偽神の想定を超えたモノだろうと判断出来る程には、沙汰の外だった。

 

「総人類と呼ぶべき、真の意味で全ての人間の負の感情との共感能力。このセルフ発狂によっテ、かの偽神は埒外かつ無条件な転生能力を有しているのだヨ」

 

 後天的とされるこの能力獲得後、かの慈愛の女神はその時点で過去・現在・未来の人類総ての負の感情を背負った。

 人類が滅亡してもなお、その苦痛が終わることはないだろう。

 それによって「誰も苦しまず、悲しまず、安らかに過ごせる世界を創る」という元来尊ぶべき理想は、負のエントロピーによって腐り果てたが─────重要なのは、直接・間接問わずヨルダは総ての人類と感応しているという点。

 知性があるなら、全ての人間との『縁』が生じている。

 

「果たして能力に対しリスクの釣り合いが取れているか……甚だ疑問ではあるが、封印以外で真にこの神祖を殺害出来る者は、少なくとも魔法世界には存在しないだろう。

 ナギが仕損じる筈だ。思えば、魔法世界に霊魂へのアプローチが明らかに乏しい事も、自己保存の手段の一つだったのやも知れんな」

 

 魔法世界由来の、所謂『裏火星魔法』は魂や非実物質存在へのアプローチが殆ど存在しない。

 精々精神攻撃である闇属性魔法と、ヨルダ当人が創り上げたであろう最上級古代魔法『ヨルダの御手(マヌス・ヨルダエ)』だろうか。

 前者はセルフ発狂を思えば誤差でしか無く、後者は開発者故に幾らでも対策は仕込める。

 幾らナギ・スプリングフィールドが、辻褄が合わない程の戦闘力を保有していようとも。

その戦闘方法は、あくまで裏火星魔法の範疇を超えていない。

 

「初心がどれだけ美しかろうが、勝手に自爆した阿呆に付ける薬などないのだがな。我が愚母ながらいい迷惑だ」

 

 結論として勝手に背負った総人類の負の感情の包括として、偽神(ヨルダ)は人類廃滅(救済)を目的としている。

 本末転倒カマしているとしか思えない有り様だが、厄介なのは依然変わりなく。

 

「本来ならば憑依時に空間か時間を固定し、アスナやアカリが刻めれば辛うじて倒せるだろう。所詮は自ら神祖に身を落とした零落者。ここまで情報が揃っている以上、私や奴の造物の動きが封殺されるリスクはあるが……」

 

 その場合のリスクは、雪姫の乗っ取りである。

 報復憑依の条件ガバガバっぷりは前述の通りだが、本来の条件を彼女は五百年前に満たしてしまっている。

 自身が危機的状況に陥った場合、即座に雪姫の乗っ取りを慣行する可能性は否めない。

 しかしそんな最悪の可能性を────ぶっちゃけ雪姫(エヴァ)や超は、そこまで問題としていない。

 何故なら既に、神殺しの魔王の殺意が当の昔に火矢をつがえている。

 

そのまま焼けばええやん

 

 関西圏との繋がりから、中途半端な関西弁に毒されつつある魔王が身も蓋も無く断じる。

 ただ殺すだけなら、何の問題も無いと。

 戦術的ゴリ押し。

 究極のギミック無視が、無慈悲に行われる。これは確定した未来だ。変更は無い。

 最強の鋼殺しの魔王の殺戮能力は、当たり前の様に魂や精神を灼き尽くすのだ。

 

「というか、皐月ならあらゆる前提も不要だろう。……憑依先のナギを考慮しないのなら、封印ごと灼けば終わる」

 

 無論、それはあくまで最終手段であり、そも超の計画に乗った以上ありえぬ仮定。

 皐月達は、()()()()()()()()()()()()を殺す。

 

「あァ、話がそれてしまったネ」

「─────結局、()()()()()()()というものだな」

 

 結論として────エヴァンジェリン(雪姫)とは、ヨルダにとって希望の種だったのだ。

 それが、両面宿儺という極めて特殊な神を前にしたことで、開花した。

 

 ────両面宿儺。

 二十年前、『紅き翼』の面々が京都に訪れた際に顕現した、まつろわぬ神である。

 計八本の手足に頭の前後両面に顔を持つという異形の姿は、羽白熊鷲に土蜘蛛といった大和王朝に服さない勢力に対する蔑視から来るモノと考えられる。素直に考えるとするならば、結合双生児だろう。

 

『日本書紀』において仁徳天皇の時代の飛騨に現れたとされ、武振熊命に討たれた叛徒。

 一方で毒龍退治を行ったり寺院の開基となった、服わぬ者達にとっての英雄でもある特殊な神だ。

 そんなかの英雄神が鬼神とされたのは、そんな背景が存在するのだろう。

 

 さて、コレがザックリとした両面宿儺の概要だが、まつろわぬ神としての概要はどうだろうか。

 服わぬ反逆神、即ち八岐大蛇といった怪物としての側面を持ちながら、土着としては英雄神でもある二重属性。

 

 加えて類似例としては、千年前『最後の王』として顕現したラーマはまつろわぬ神としての側面を、弟である従属神ラクシュマナに事実上押し付ける形で、その理想王としての高潔さを維持していた。

 その意味合いでは、両面宿儺は双頭四腕という異形故に単体で双子神として成立しうる、稀有な神格だ。

 ────さて。

 

 そして神とは、其処に在るだけで周囲に多大な影響を及ぼす存在だ。

 あり得たかもしれない世界線に於いて、戦神ウルスラグナが顕現した際に、それに応じるように神王メルカルトが現れたように。

 かつて狡知神ロキが顕現した際、告知神ヘイムダルが連鎖顕現した様に。

 今もまつろわぬ両面宿儺に対し、あるいは武振熊命が顕現する下地は存在している。

 では、そんな神と相対する存在が、極めて特殊な存在であり、かつ最後の後押しを待っていたのだとしたら? 

 

 挙げ句ソレが、メガロ政府(朝廷)から魔王(鬼神)と畏れられ、しかし地球人類(服わぬ者達)にとって守護者(英雄)となり、果てにナギ・スプリングフィールド(武振熊命)に討たれた逸話を持つ者だったならば? 

 

 否応なしに、照応するだろう。

 人体の小宇宙(ミクロコスモス)銀河の大宇宙(マクロコスモス)が照応される様に。

 人ならざる神と人に墜ちた女が照応する。

 即ち、偽神(アルコーン)が理想にする真神(アイオーン)と望まれて造られ、奇しくもその神話をなぞる様に生きた少女が真に至る。

 

 

 

 

 

 

第四十九話 覚醒回の戦闘はアッサリめぐらいが丁度良い。
 

 

 

 

 

 

 

 

「アハハハハハハハハッ!」

 

 その姿はまさに『童姿』と呼ぶに相応しい、かつて『闇の福音』と呼ばれた全盛期の姿。

 否、それより幾分か成長している年月。

 既に彼女に歳月など意味をなさない。

 一時教職を放りだした今、何となく皐月と同じ年頃に成りたいと思ったから成っただけ。

 何せ今こそが、五百年を超える彼女の生に於ける全盛期なのだから。

 

『ぬんッ!』
 
『ぬんッ!』

「はッ!!」

 

 その巨躯に相応しい巨大な光槍に、エヴァ(雪姫)の『断罪の剣(エンシス・エクセクエンス)』が打ち合う。

 一瞬の鍔迫り合いの後、断罪の剣が炸裂する。

 相転移現象を強制的に起こす魔法は、しかし極大呪文でもないソレでは本来何の脅威にもならない筈のモノ。

 

 そも極大呪文が神々や魔王に通用する唯一の裏火星魔法なのは、その根本が魔法世界の最上位精霊の権能の再現故である。

 魔法世界にて自然発生した、使徒(アーウェルンクス)の様な造物の眷属神とは異なる存在。魔法世界版『真なる神』とも言える存在の権能の模倣故に、魔王や神々の魔術耐性を突破できる唯一の魔法と言えるたろう。

 そして極大呪文以外は、雪姫が扱う術が裏火星魔法である以上あり得ぬ話なのだ。

 

『グゥッ!?』
 
『遣ってくれたなッ!』

「ハハッ、私が吸血鬼だったのならば消し飛んでいたかもなァ! ───── 契約に従い(ト・シュンボライオン) 我に従え(ディアーコネートー・モイ・ヘー)氷の女王(クリュスタリネー・バシレイア)!! 来れ(エピゲネーテートー) とこしえのやみ(タイオーニオン・エレボス)!」

『ぬッ!』
 
『ぬッ!』

 

 絶対零度の展開。対象をほぼ確実に凍結させ、そのまま完全粉砕魔法に繋げ対象を仕留めるエヴァの必殺コンボ。

 無論まつろわぬ神の魔術耐性を覆すものではない。

 だがそんな常識を覆しながら、両面宿儺の肉体は呪文完成と共に影響を受けていた。

 

『は、はははッ! 我は始まり、門を捧げられ開く者也!!』
 
『は、はははッ! 我は始まり、門を捧げられ開く者也!!』

 

 それを、槍の一振で蹴散らす。

 元より怪物退治の逸話を持つ両面宿儺だ、魔法を祓うそれは理解できる。

 だが、その直後起こった現象は雪姫も面喰らった。

 

「!?」

 

 切り開かれた一閃をなぞるように、『道』が出来た。

 湖が割れ、エヴァまで整えられた通路が拓かれたのだ。

 同時に、鬼神の半身が放った豪矢が放たれる。

 間髪入れずそれに続くのは、封印の残滓から『道』によって解放された宿儺の疾走。

 矢を避ければ続け様の、槍の一撃が彼女を襲うだろう。

 かといって、まつろわぬ神の一撃は片手間に防げる様なモノではない。

 

「チッ、時の回廊(ホーラリア・ボルティクス)!」

『なにッ!?』
 
『これはッ!?』

 

 それはエヴァが持ち得ない筈の、裏火星のアーティファクトの名。

 無論それを手に入れたわけでなく、その効果の呪文による再現。

 効果は時間の加減速、及び時間操作の空間指定である。

 

「下手に模倣するのは拙かったか。しかし、これは……」

 

 時間操作に空間凍結。成り掛けている今のエヴァに、速度や緩急という概念は通用しない。

 そんな余裕は、一つの答えを導き出した。

 即ち、神性の習合。

 

「ローマ神話の双面神(ヤヌス)との習合か!」

『そういう貴様は随分面妖な有り様だな!!』
 
『そういう貴様は随分面妖な有り様だな!!』

「安直な貴様に言われたくはない!」

 

 当然と言えば当然。両面宿儺もまつろわぬ神として当たり前の様に習合していた。

 

 双面神ヤヌス、あるいはヤーヌス。

 曰くローマ神話の神々の殆どがギリシア神話の神を由来としているが、これに対応する神はない。

 両面の神として有名なのは、寧ろ此方だろう。

 出入り口のシンボルでもあり、一月(はじまり)を司り故に物事の始まりを象徴した門の神。

 その姿は、前と後ろに反対向きの2つの顔を持つ(結合双生児)とされる。

 多くのローマ神がギリシャ神格を元としている中で、数少ないローマ神話固有の神性だ。

 

 一方でしばしば「門をくぐる」動作でイメージされたことから、総ての門がヤヌスに捧げられるようになったという。

 そして門の神である以上、同時に家の戸口の守護神にもなり、門番の杖鍵をその事物としていた。

 

「(杖と鍵か、つくづく私になぞらせるつもりか)」

 

 最早作為を感じるなというレベルの共通点。

 魔王を名乗ったツケか、あるいは運命神とやらの悪戯か。

 だが、今はソレでいい。

 

 先程から、エヴァの攻撃が遮られ続けている。

 両面宿儺─────まつろわぬヤヌスは全ての門を捧げられた神。

 ならば其処に『城門』が含まれない訳が無い。

 

「(アイアスの盾のように、城門は伝説や神話の盾の比喩に用いられることが多い。これは突破するには破壊力が足らんな)」

 

 破魔の槍矢と武芸に、鬼神の怪力。

 凡そエヴァでは突破困難な防御。

 あらゆる(障害)を潜り抜ける権能。

 双面故に死角無し、四腕故に隙無し。

 ならば、どうする。

 

「……ククッ」

 

 神殺しの魔王ならぬ身で、まつろわぬ神ならぬ身で。

 魔王の雛の様に、理外でもってその不条理を成すのでもなく。

 ただ術者として、まつろわぬ神の戦力分析で勝機を模索するなど沙汰の他である。

 だが、それの為せている事実に思わず嗤いが溢れる。

 

「あぁ、そうだとも。何を馬鹿真面目に分析などしているのだ」

 

 戦いの愉悦に浸れ。

 勝機の模索など以ての外だ。

 倣うべきは、最愛の弟子にして家族である灼熱の神殺し。

 玄人振って出し惜しみなどしている場合か。

 

 影から呪符を取り出したエヴァは、其処に込められた魔法を解放する。

 

解放(エーミッタム)─────『終わりなく白き九天(アペラントス・レウコス・ウラノス)』」

『!』
 
『!』

 

 その術は彼女の伝説に於いて、裏火星からの侵攻を阻止したエヴァオリジナルの大呪文。

 氷の大竜巻とそれを構成する冷凍雷撃。

 その雷氷の蔓が敵を追尾し、仮に従属神級の障壁や防御が有ろうとそれごと包み込み、その周囲を凍らせ続ける。

 敵は死なずに精神のみ生き長らえるため、永遠に恐怖が続く防御不能の封印魔法。

 

術式固定(スタグネット)!」

 

 無論、ソレが放たれることはない。

 まつろわぬ両面宿儺(ヤヌス)は極限の後の先。

 防御不能の凍結封印など、玄関を開けるが如く破られるだろう───ならばどうする?

 ギャリギャリッ!! と放たれる魔法を押し留めつつ、その術式そのものを取り込む。

 それは闇の福音の禁呪にして、彼女の真骨頂の解禁を意味していた。

 

掌握(コンプレクシオー)───実戦投入は久方ぶりだな!! 魔力充塡(スプレーメントゥム・プロ)術式兵装(アルマティオーネム)ッ!」

『来るかッ!』
 
『来いッ!』

 

 即ち、『闇の魔法(マギア・エレベア)』。

 吸血鬼に変貌したてのエヴァが、10年の歳月をかけて完成させた独自技法。

 その力はあり得たかもしれないイフに於いて、本来届かない最強クラスへの邪道(ズル)としてネギ・スプリングフィールドが命懸けで習得した禁呪。

 その本質は、自らの魔法を取り込むことで身体を精霊化させる変幻自在の昇華変生。

 人の領域を明確に超越する、魔道の業。

 

「─────『劫波済度(エワンゲリウム・サルヴァティオ)』」

 

 だがそれも、今の彼女にはただの強化技法以上の意味を為していた。

 今此処に、新たな真なる神が顕現した。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 同時刻、フェイト・アーウェルンクスと名乗っている白い少年が顔を押さえた。

 

 そこはまつろわぬ両面宿儺の封印、その要石の一つが安置されている地脈だ。

 その要石を破壊し、地脈の流れに沿う形でまつろわぬ両面宿儺を麻帆良学園─────延いては転移門から魔法世界に送り込む予定だった。

 故に、本来彼等の計画ではまつろわぬ両面宿儺の完全な封印の解放は魔法世界に送り込んだ後。

 そもまつろわぬ神の制御など、人の身では不可能。

 それ故に彼等『反魔法世界派』は神を爆弾として送り込む予定であった。

 

 無論、その計画の要であったフェイトにそんなつもりは毛頭無い。

 ヨルダの造物で唯一、一切の忠誠心をパラメータされなかった彼は、しかし魔法世界そのものへは十二分に感情移入している。

 そして来る終末への現状最善策としてヨルダに従い、その『完全なる世界』計画に従事していた。

 故に、唯でさえ脆弱となっている魔法世界にトドメを刺しかねない異物(まつろわぬ神)など、魔法世界人に重きを置くフェイトにとっても許容出来るモノではない。

 下手をすれば、その時点で魔法世界が崩壊しかねない。

 だからこそまつろわぬ両面宿儺の封印を完全に解き、本来魔法世界で起爆する爆弾を即座に爆ぜさせたのだ。

 

「フェイトはん?」

 

 側に立つ白髪の少女がフェイトの様子に気付いたのか、足元に『反魔法世界派』の術師達を転がしながら声をかける。

 整った容姿と柔和な表情に反し、彼等の返り血に濡れていた。

 青山家所縁の者でありながら、その狂気故に京都神鳴流を追放され、されど我流で弐の太刀(奥義)を会得せし異端の鬼才。

 名を、祝月詠という。

 

「……殺すなと言った筈だけれど」

「いやいや、それは寧ろ酷やで。フェイトはんは優しいから、命だけは謂うんやろうけど……この人等に待っとんのは、恐ろしい魔王サマのお仕置きやで? 

 族滅も大いにあり得る諸行を行ってでも、本懐を遂げんとする不退転。素敵と思いませんか?」

「それをボク達が語る資格は無いよ」

 

 フェイトの否定を、しかし月詠は返答を聞いていないのか。

 陶酔した表情で言葉を続ける。

 

「ほんに族滅を防ぐため、こん人等は名前を棄てたんですよ? それをウチ等のお情けでそこまで台無しにするんは、無粋言いますよって」

「…………」

 

 名捨て。

 名を自ら棄て、呪術的に無銘となる事で己の正体を隠蔽する術。

「名を捨てて実を取る」を体現する、しかしメリットに対しデメリットが釣り合わないソレ。

 それを行う事で、親類縁者に類を及ぼさない様にする背水の陣。

 そして死ねば科学的検査は勿論、例え魔女であっても正体を明かす事は不可能。

 それこそ、魔王や神の権能でない限り。

 

 そんな自らあらゆる縁を捨てた不退転の覚悟を、フェイトは踏みにじった。

 慈善事業さえ行っているフェイトにとって、6700万と数億の人間を護るためとは云え、流石に思う処はある。

 

「…………」

「そないなことより、どないしはったんですか? その目、潰れてますやん」

「不用意に覗き過ぎた。まさか魔王以外にあんなものが出てくるなんて」

 

 流れ出ていた、血液に相当するであろう白色の液体を拭うと、水を媒介とした転移術を発動する。

 

「退くよ。此処じゃ巻き込まれる」

「あらら、そないな人が居はるんですか」

「……闇の福音、魔法世界の御伽話だ。噂が本物なら、ボクと君の二人掛かりでも蹴散らされるだけだろう。それに────」

「それに?」

 

 潰された片目を中心に、まるで薄氷のようにひび割れているのを確認したフェイトは、ソレが明らかに魔法の域を超えているのを理解した。

 それはかつてフェイト────三番目(テュルティウム)ではなく一番目(ウーヌス)を元にした、後継機故に持つ当人のものではない記録。

 魔法世界という一個の世界を切り取り、象った造物主の奇蹟。

 即ち、神の権能に酷似していると。

 

「彼女があんな化物になっているだなんて、聞いていないよデュナミス」

 

 薄氷を割るかのように潰されたフェイトの視界に映っていたは、同じく氷のように砕かれたまつろわぬ両面宿儺と。

 それを為した、後光を背負うが如く輝くエヴァの姿であった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

『成ったか』

 

 幽世からスサノオは、その戦いを見ていた。

 五百年間穢れた存在(吸血鬼)として地上を彷徨い、しかし魔王によってその呪縛を解いた者を。

 

 世界には尊き存在が何らかの失墜によって身を貶し、その後地位を回復し復権すると云う神話・伝説・物語が多く存在している。

 ある意味、貴種流離譚がこれに該当するだろう。

 そして上記のソレを、グノーシス主義では『ソピアー神話』と呼んでいる。

 

 バルベロ・オピス派、ヴァレンティノスの教説、プトレマイオス派、また『ナグ・ハマディ文書』である『ヨハネのアポクリュフォン』や『真理の福音』などにおいて、「世界が不完全なのは〇〇が悪い」というバチバチのグノーシス主義的主張である。

 

 ─────アイオーン。

 仏教などインド哲学の用語では劫波。

 古代ギリシア語である「期間」「或る時代」を指す、或いは永遠・永劫を象徴する神ともされている名だ。

 ミトラス教では獅子の頭に有翼、人間の身体を持ち、蛇を身体に巻き付けた姿の像などが残っている。

 

 そしてグノーシス主義では、人間は「真の自己」について「無知」な状態にあるとして人間に宇宙と高次についての「真実」を開示し、智慧を伝えて高次へと魂が帰還するのだとしている。

 その契機として地上に訪れる救世主的存在が『救済者(ソテル)』─────高次の神霊(アイオーン)である。

 

 ソピアーはそんなアイオーンの人間の地上への落下と救済、そして高次への帰還のプロセスの象徴的存在だ。

 そして偽神(ヨルダ)は自らを低次の神(アルコーン)と名乗り、自らの造物であるエヴァにソピアーの神話をなぞらせた。

 ヨルダ自身がその肉体を乗っ取り、高次の神域(プレーローマ)に到る為に。

 娘と母の関係の逆転、あるいは『生まれ直し』。

 竜殺しの英雄ジークフリートが、竜の血を浴び不死身の英雄となった様な。それは不死身となったのではなく不死の英雄として生まれ変わらせたという側面が強い。同様の逸話を持つアキレウスも同様に。

 他ではシンデレラが魔法(化粧)によって姫に変ずるような、神話的再誕。それがヨルダのエヴァを用いた計画だった。

 それこそ、真なる神に変性したエヴァの様に。

 

 しかしこの所謂『不死(永遠)計画』に於いて、偽神(ヨルダ)は2つの失敗をした。

 一つは、真なる神(アイオーン・ソピアー)として仕立て上げるには、エヴァンジェリンとしての名が広まり過ぎた事。

 故に真なる神として覚醒したエヴァは、同時に魔法世界の魔王『闇の福音(ダークエヴァンジェル)』としての側面を色濃く持つ。

 それこそソピアーとしての側面が霞むほどに。

 

 二つ目は、本来肉体を憑依能力で乗っ取った後に自己救済し、完全なる人類(不完全な存在)の廃滅に乗り出す計画だった。

 だがその救済をする自身は、神祖という進化の可能性を残したが故に英雄の肉体ごと封印され。

 一般入門弟子が魔王となり、エヴァを救済してしまった。

 

 アイオーン・ソピアーとして真なる神と成りながら、同時に闇の福音(ダークエヴァンジェル)として畏れを───即ち信仰を受けるが故に、決して変質することが無い存在へと。

 

「勝ったぞ、皐月」

『やるじゃん流石ぁ』

 

 こうなれば、まつろわぬ両面宿儺に勝ち目は無かった。

 思考動作の永遠化。神経伝達の永遠化。権能行使からの全行動の永遠化。

 即ち「対象を『永遠』にする」というエヴァが得た権能の一つは、まつろわぬ両面宿儺にとって相性が最悪だった。

 無論、権能行使そのものは防げない為に『破魔(権能破り)』で「永遠」を突破する事も可能だった。しかしそれが武器を触媒にしているが故に、権能破りを成すには矢や槍を振るう必要があった。

 あらゆる障害を開き通る『門』の権能も、踏み越える足が動かなければ意味はない。

 

 行動を封じられ、それを突破する手段が無い以上待っているのは敗北のみ。

 仮にトロイア戦争の大英雄の投擲をも防ぐ盾、それに匹敵する門で攻撃を防ぐ事ができたとして。

 成る程、確かにエヴァにはそれを突破する貫通・破壊力を持たない。

 

 だが彼女の扱う裏火星魔法は、基本面攻撃を主体とする。

 難攻不落の城門を持っていようと、兵糧攻めを受ければ干上がるしかない様に。

 奇しくも異なる世界に於いて両面宿儺が至った末路と同じ様に、凍り砕かれる最期でもってまつろわぬ神は弑逆された。

 

 残身の後に、鞍馬山周辺で轟音を響かせる最愛の家族に意識を向ける。

 お得意の炎が一切立ち上っていない。本来ならば、花火大会を思わせる爆音を爆ぜ鳴らしている処を。

 無論花火の玉薬となるのは敵なのだが、現状そうなっていないのだけは見て取れた。

 どうやら、珍しく苦戦しているらしい。

 

「偶には泥に塗れた勝利を掴んでみせろ、我が弟子。さすれば望む褒美をくれてやるぞ」

『久し振り過ぎて、最早違和感あるね「悪の魔法使いムーヴ」。急にどしたん? 話聞こか?』

「喧しいわッ! というか律儀に念話を返すな目の前の敵に集中しろ!!」

 

 肉体に引っ張られたのか、普段より下手くそな照れ隠し。

 念話で容易く揶揄われ返されるも、そんな遣り取りは何年振りか。

 まるで皐月がまだ魔王になる前のようなソレに、思わず吹き出してしまう。

 真なる神と成ろうとも、あるいは成ったからこそ。

 ソレが彼女の精一杯の愛情表現だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




取り敢えず出来たので投稿。
あとがき解説……追記出来たら良いなぁ。

誤字脱字指摘いつも有難うございます。
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