「…あんた、誰?」
金剛はそう目の前の男に問いかける、『誰だ』と聞きはしたが、男の服装を見ればどんな立場の人間かは嫌でも分かった。
その権力と立場を利用し、身体も、心も、尊厳も、果ては命までも…自分たちから文字通り全てを壊し奪っていった存在…。
(新しく
その男の格好を見ただけで金剛は怒りと憎しみを沸々と沸き上がらせる。本当は今すぐにでも殺してやりたいくらいだが、感情を抑えて男が名乗るのを待つ、
「俺は南方彰、お前たちを救うために本日付けでここに配属された提督だ、よろしくな」
そう言って、目の前の男…南方は金剛にそう名乗った。
「…金剛型戦艦一番艦の金剛よ、それにしても…へぇ、あんたがねぇ…」
(
金剛が南方に抱いていた興味は、この瞬間に全て消え失せた。“私たちを救うために来た”、“私たちの味方だ”、このような謳い文句を言いながらここにやってきた提督はこれで何人目だっただろうか、と金剛は記憶を辿り始めるが、すぐにキリがないと思い止めた。
しかし南方の到着は金剛にとっても『予想外』であった。いつもであれば当人の経歴が書かれた大本営からの書面が事前に届くのだが、今回に限っては金剛は何も貰っていない。
(まぁいいわ、そんな事は些細な問題よ、それより今は…)
「それじゃ悪いけど、帰ってくれる?」
金剛は対空用の機銃を顕現化させると南方に突き付ける。もうこれ以上大本営の思惑には付き合っていられない、この南方が何をやってここに流れてきたかは知らないが、この幕張鎮守府に来るということはロクでもない悪事を働いたのだろう。
きっとこの鎮守府でも好き放題やって私達から全てを奪うつもりなのだ、その前にここでこの男を排除して鎮守府にいる艦娘たちを守る、その一心で金剛は南方に容赦なく殺意を向けた。
「ま、まて金剛!!お前たちの置かれている状況は事前に聞いている!俺はお前たちを救うために来たんだ!俺は金剛の味方だ!」
南方は金剛に銃口を突きつけられて尚そのような事をのたまった、そのリアクションの何から何までが今までの連中と一緒だ、そうやってこちらの心に取り入り、懐柔したところで裏切るように突き放すのだろう、この男には悪いがそんなやり口はもう何度も見聞きしているのだ、もうその手には乗らない。
「…もう一度言うわ、今すぐここから立ち去りなさい」
南方の発言で今までの提督連中から受けて来た仕打ちが金剛の脳裏に嫌でもフラッシュバックし、苛立ちと嫌悪感と憎悪を募らせながら再度南方に警告する。本当であれば今ここで撃ち殺してやってもいいのだが、嫌な記憶を掘り起こされた憂さ晴らしとしてもう少しこの男の恐怖心を弄んでやりたいという考えが浮かび、泳がせるようにして問答を続ける。
「…金剛、俺の話を聞いてくれ、確かに俺は訓練提督を終えたばかりの何も知らない新米提督だ、だけど元帥からこの鎮守府を救ってくれと頼まれてここに来たんだ、俺はお前たちを救う使命がある、だから信じてくれ、俺は前任のような事はしない、もしそれでも信じられないなら、せめて俺に時間をくれないか?」
(…新米…?どういうこと?)
『新米』という南方の言葉が金剛の中で引っかかった、この幕張鎮守府の
新人という貴重な人材をそんな粗末に扱うほど大本営も馬鹿ではないだろうし、それに元帥に頼まれたと言ったが、そもそもこの鎮守府を今の今まで放置していたのは元帥を含めた大本営の連中だ、今更私たちのために動くなどそれこそ有り得ない、つまり…。
(なるほど、そういう
「…時間を与えて何になるの?」
もう少し設定の子細を聞き出そう、そう考えた金剛はさらに問答に応じる。
「俺は俺のやり方でお前たちを救う、それで俺という人間をお前に見極めてほしい、もしそれで危険と判断したらその場で殺せばいい」
「…………」
金剛は機銃を下ろすと、顎に手を当てて検討するふりをしながら考えを巡らせていた、南方が新米という設定で来たという事はこの幕張鎮守府がどういう場所なのかは事前に聞いているはずだ、おまけに大本営が事前に私たちに書類を送っていることは今までの提督連中の反応から見て本人には知らされていない、そうでなければ“新米”などという設定は使わないだろう。
(そうか、だから今回は何も送られてこなかったんだ)
先程の疑問が金剛の中で氷解する、いつもは事前に流されてくる提督の経歴が書かれた書類が大本営から送られてくるが、今回は何も送られてきていない、つまり大本営とこの南方は最初からグルなのだ、書類が無い=書面に書き起こすだけの経歴がないということで新米という設定を信じさせ、私たちをこの男のなすがままにさせようという魂胆なのだろう。
(まてよ…それなら…)
ここで、金剛の中である考えが芽生え始めた、向こうが嘘を吐いて接触をしてくるのなら、こちらもそれを利用するまでだ。
「…分かったわ、ひとまずはあんたの言うことを信じましょう」
「…本当か?」
金剛の言葉に南方の表情が期待に満ちたものになっていき、しばらくの間は見極め期間として監視するということになったが、当の金剛は南方を信用するつもりも見極めるつもりも毛ほども無く、泳がせるために適当に話を会わせているに過ぎなかった。
(そっちがその気なら、こちらもあんたの事を利用させて貰うわよ)
(私たちの
悪魔のような笑みを心の中で浮かべながら、金剛は南方を提督室まで案内する。
◇
「意外と綺麗なもんだな、もっと荒れてるかと思っていたが」
南方を提督室に通すと、開口一番に放った言葉がそれだった。
「八つ当たりとしてここで暴れてるとか思ってたの?お生憎様、ここの娘たちはそんな精神的余裕すらないのよ、むしろここで暴力や辱めを受けた艦娘の方が多いから近付きたくないってみんな言ってるわ」
南方の発言に少々苛つきを覚えた金剛は嫌みを交えて返す、この鎮守府の艦娘事情も知らないクセに好き勝手言ってくれる、あるいは知っているが知らないフリをしているのかもしれないが、どちらにせよ全くもって腹立たしい。
「…艦娘不当接触罪が日常的に行われてたってのは本当だったんだな、全く反吐が出そうだ」
「善人ぶらないでくれる?提督である以上今のあんたもその括りに入ってるんだからね」
南方のその言葉に金剛は即座に反応し、鋭く切り返す。
(
新米という設定故に無知を装った言葉のひとつひとつが金剛を苛つかせ、早くもどうにかなりそうだったが、何とか理性を働かせてそれに耐える。
◇
そうしているうちに南方が幕張鎮守府の所属艦娘リストを渡してきた、どうやら書かれている内容に間違いがないかを確認して欲しいとの事なので、金剛はそれを受け取って目を通していく。
書かれている名前をひとつひとつ見ていくが、目に入ってくるのは今はもういない艦娘たちの名前ばかり、名簿の内容から察するにおよそ半年くらい前だろうか、データが古すぎて驚いたが、それほど大本営も艦娘の在籍状況などに興味は無いのだろう。金剛たちが調査に来た人間を追い返しているというのもあるが、それにしたって古すぎる。
「…………………」
金剛は南方から受け取ったボールペンでいない艦娘の名前に打ち消し線を引いていく、そのたびに艦娘との記憶が掘り返され、胸が締め付けられるように苦しくなるが、今はそれをこらえる。
(…見てなさいよ、今に思い知らせてやるんだから)
◇
「…はぁ、仕方ない、とりあえずここの艦娘たちに着任の挨拶をしよう、艦娘の人材について考えるのはその後だ」
着任早々鎮守府の人材問題に頭を抱えることとなった南方だったが、ひとまず艦娘への挨拶をする事にしたようだ。
(挨拶か…それなら艦娘たちを集める必要があるわね、だったら…)
「なら私が艦娘たちに声をかけてくるわ、あんたが放送で呼んだって誰も来ないだろうし、私が集めてきてあげる」
「そうか、ならお願いするよ、ありがとう」
南方に礼を言われたが、金剛はそれを無視して提督室を出て行く、金剛が召集を買って出たのはもちろん南方の為ではなく、他に目的があったからだ。
(まずはこの“計画”を最初に誰に話すかよね、とりあえずあのふたりの所へ行ってみましょう)
◇
「さっき新しい提督が流れてきたわ、着任の挨拶をしたいんだって」
「またなの?最近の提督の風紀はどうなってるのかしら…それでどうするの金剛?挨拶をするなら艦娘たちを集める必要があるけど、何体集まるか…」
榛名が心底呆れたように言って溜め息を吐く、長門の方も露骨に顔を歪ませているが、当然金剛もその辺は織り込み済みだ。
(まぁ、榛名がそう言うのも仕方ないわね、ここの所それなりの頻度で提督が流れてきてるし、私も最近の提督の風紀については呆れるばかりだわ)
「実はその事で相談したいことがあるんだけど、みんなに一芝居打って貰いたいの」
「一芝居?どういう事だ?」
「実はね…」
金剛は自分の中で考えている“計画”を長門と榛名に伝える。
「…なるほど、それはいいアイデアだな、よし乗った」
「榛名も賛成です、なんだか面白そうですし」
金剛の提案にふたりは乗り気でOKしてくれた、長門たちなら乗るだろうという確信はあったが、やはりふたりに持ち掛けて正解だった。
「榛名は今から言うメンバーを集めて計画の説明を、長門は残りの艦娘に今夜食堂に集まるよう連絡をお願い」
「了解した」
「分かったわ」
長門と榛名がそれぞれ動き始めたのを見届けると、金剛も南方を食堂へ呼ぶべく提督室へと向かっていく。
◇
そしてその日の夜、着任の挨拶で精神をすり減らしている中執務を始めようとする南方を適当に言いくるめて休ませると、金剛は食堂へと向かった。
「お待たせ、あいつはもう休んだわよ」
食堂へ入ると長門たち含む幕張鎮守府の全艦娘が集合していた、皆一様にどこか緊張した面持ちである。
「みんな集まってくれてありがとう、今日は我が幕張鎮守府に流されてきたあの南方彰について話があって呼んだの」
金剛がそう話を切り出すと、着任挨拶に参加していた長門たち以外の艦娘の顔が強張る。“着任挨拶には参加しなくてもいいから今夜食堂に集まるように”という伝言が長門を通じて回されていたが、金剛がどんな内容を伝えるかは一切知らされていなかったため“不安”という空気が漂い始めた。
「実はね、みんなに提案があるんだけど…」
「人間に復讐するための演劇をするつもりはないかしら?」
「「?」」
『復讐』『演劇』というあまりかち合わないようなふたつの単語に艦娘たちは一様に疑問符を浮かべる。
「みんなも知っての通りこの幕張鎮守府は初代提督である矢島洋一郎が逮捕されて以来、罪を犯した提督連中が送られるお仕置き部屋…いわゆる流刑地としての使われ方をされてきたわ、まじめに復興するよりも今の現状を利用した新しい活用法を編み出した方が手間もコストもかからない、当時の大本営はそう考えたんでしょうね、実際当時の幕張鎮守府の内情はひどいものだったから、そう考えても無理はないけど」
口では冷静さを装っている金剛だが、その両手は怒りを堪えるためにギュッと握り締められていた。金剛は幕張鎮守府が発足した矢島の時代から秘書艦をずっと勤めていたため、辛い記憶が嫌でも浮かんでくるのだろう。
「それ以降この鎮守府には色んな前歴を持った提督がやってきたけど、海軍で汚職をするような胆力のあるクズがそんなことで改心するわけが無かった、あいつらはここでも鎮守府運営法違反や艦娘不当接触罪にあたるような事を平然と繰り返し、私たちから全てを奪っていったわ、そんな中で今日…南方がやってきた、南方は私たちを救うために来た新米提督だ…なんてうそぶいていたけど、今まで幕張鎮守府に来た提督たちの事を考えれば、あいつもきっと何かをやらかしてここに飛ばされた犯罪者に違いないわ、新米なんてのも私たちに過去を隠すために吐いた嘘に決まってる」
そう言って金剛は懐から書類の束を取り出し、テーブルに広げる。それは今までこの幕張鎮守府に着任した提督の名前や経歴などの簡単なプロフィールが書かれている履歴書のようなものだった、性別や年齢はそれぞれバラバラで、一見すると共通するものは何も無いように見えるが、汚職や艦娘への暴力など、何らかの犯罪を犯した『前歴』を持っているというただ点だけは唯一の共通点であった。
「それで、具体的にはどうするの?演劇と言っていたけど…」
計画の内容をまだ聞いていない加賀が金剛に問い掛ける。
「簡単な話よ、私たちみんなで南方と仲良くする演技をするの、あいつに救われていく艦娘を演じて、嘘の信頼関係を築いていく、そしてそれが最高潮になったときにバッサリと裏切って絶望の淵に叩き落とす、信頼されていると思っていた艦娘たちから裏切られれば、さぞかしショックも大きいんじゃないかしらね、向こうが新米なんて嘘を吐いて近付いてくるなら、こちらもそれに対抗するまでよ」
金剛は自分の中で思い描いていた“計画”の全貌を得意げに語る。
「それで、どうかしらみんな?散々私たちを弄んできた罰を、
金剛は改めて目の前にいる幕張鎮守府の艦娘たちに作戦への参加を呼び掛ける。
「…決まりね」
そこには、全員が手を挙げて参加の意思を示す艦娘たちがいた。
「面白そうですね、私も参加します」
「私も参加する、人間に日頃の恨みを晴らす絶好の機会だ」
「どんな風に演技しようか」
「演技指導って金剛さんがやるんですか?」
艦娘たちは皆乗り気で今後の演技方針について話し合い、次第に計画の内容が実体を帯びていく。
(見てなさい南方、あんたにたっぷりと味わわせてあげるわ)
私たちから
人間の悪意という毒気に当てられ続けた幕張鎮守府の艦娘たちには、南方を信用するといった考えは微塵も残っていなかった。彼女たちの“心”という名の白いハンカチは、すでに落ちようがないほどの黒い染みで染まりきっていた…。
次回「演目、開演」
一応何回か見返しながら書いてますが、突っ込みどころは多々あると思います、でもDeep Sea Fleetの頃からそうなので容赦してください。