『演劇』と言う名の復讐劇が本格的に始まった次の日、南方は早速金剛を秘書艦に執務を開始した、とは言え初日なのでまずは簡単に今後の運営方針のスケジュールを立て、午後からは各艦娘たちの面会を行う…という流れになった。
(取りあえず昨日打ち合わせたとおり、まずは大和と瑞鶴の所に行かせて様子を見てみましょう、最初はどちらも拒絶する様子を見せてそう甘くはないってことを思い知らせる、とりあえず初日はそれくらいで十分よね)
八木崎元帥から受け取ってきた資料を見ながらスケジュールを考えている南方を横目に、金剛は演劇の予定を頭の中で組み立てていく、後で明日以降の艦娘たちの台詞指導もやっておこうか、などと考えていたとき…
「資源が思ったより多いのはラッキーだな、となると目下の問題はやはり人手不足か…」
南方がどこかホッとしたような様子でそんな事を言った、どうやら備蓄されている各種資源の貯蓄量を見ていたようだ。
「っ!!」
それを聞いた瞬間、金剛はすんでのところで南方に飛びかかりそうになったが、何とかそれを堪えることが出来た。
(その余剰分の資源がどこから来てるのかも知らずに、ラッキーで済ませるなんてね…!)
南方から見えないようにギュッと拳を握り締め、金剛は怒りを沸き上がらせていた、南方の言うとおり幕張鎮守府の備蓄資源量は他の鎮守府と比べてもかなり余裕のある数字であった、出撃が無いに等しい場所なので納得のいく事であるが、実は南方が来るより前のある時期に備蓄資源が大幅に増えるという出来事があった、当時は遠征もろくにやっていなかったのに…だ。
その理由は簡単、南方のひとつ前に来た提督が矢島時代に
(いけないいけない、今は冷静になって…感情を抑えなきゃ、でないと演劇が無駄になる)
「そう言うことなら建造を考えた方が良いんじゃないかしら、遠征が出来るだけの人数を揃えれば備蓄だって強化できるし、戦力も今後出撃を考えるなら今から拡充しておくのも手よ」
何とか冷静さを装い金剛は南方にそう提案する、理由こそ真っ当なものだが、金剛には別の目的があった、新たに建造された艦娘をこちら側に引き込んで演劇の手駒にしようと考えていたのだ、しかし新規建造の艦娘なので当然人間への恨みは無い、よって新しい艦娘たちが協力するとは思いにくいが、“前歴のある提督を懲らしめる”とでも適当に言いくるめれば何とかなるのではと考えていた。
人員増加は出撃にしろ遠征にしろそう遠くないうちに必要となるので、南方にとってもこの提案はプラスになるはずだ、当然南方も乗ってくるだろうと金剛は考えていたのだが…
「…いや、建造はしばらくは無しだ」
しかし南方の答えは金剛の予想を大きく裏切るものとなった。
「あら、どうして?建造して艦娘を増やした方が人材は潤うし、何よりあんたに従順な艦娘を手元に置けるかも知れないわよ?」
予想外の返答が返ってきたため、先程のラッキー発言への意趣返しも込めて多少の嫌みを交えて問い掛ける。
「だからだよ、確かに建造すれば人材は潤うだろう、でもそれはここの鎮守府の艦娘たちとの関係をきちんと構築してからじゃないとだめだ、今建造艦娘を迎え入れれば
「だからしばらくの間は出撃も遠征も無し、まずはここの艦娘たちと話をして関係を深めていくことから始めるとするよ、幸い資源の備蓄は十分にあるしな」
(…え)
南方の言葉に、金剛は驚きのあまり呆然としてしまっていた、それではまるで、本当に私たちのことを心配して…本当に私たちを救おうとしているようではないか。
「どうしたんだ?そんな驚いたような顔をして」
「いえ別に…ずいぶん深く私たちのことを考えているのね」
南方にそう指摘された金剛は当たり障りのない言い訳で取り繕うが、心の動揺は未だ無くならないでいた。
「当たり前だろ?俺は金剛たちを救うためにここにいるんだ、ならそのために真剣に考えるのは当然さ」
南方はそれがさも当たり前のように言って、再び執務に戻る。
(もしかしたらこの男は、本当に私たちの事を…?)
いや、そんなはずはない。
時間にしてほんの数秒、そんな事を考えかけたが、すぐに金剛はそれを否定した。何を
「(…上っ面だけの言葉はもうたくさんよ)」
金剛がとても小さな声で呟いたが、それが南方の耳に届くことは無かった。
そうだ、自分は騙されない、どんなに優しく、甘い言葉をかけられようが惑わされるものか、きっとその裏には醜い本音が隠されているに違いない、人間は悪、そうに決まっている。
いや…
◇
昼食後の昼下がり、早速南方は艦娘たちとの面会を開始した、やはりと言うべきか南方は最初に会うべき艦娘を聞いてきたので、当初の予定通り大和の名前を出す。先程までは南方の無知という設定故の発言にイラつく事が多々あったが、こういうときは自分の意のままに誘導できるので非常に都合がいい。
そして現在、南方は大和の部屋の前で長門からヤクザのごとくガンを飛ばされて冷や汗を流している、こうなることは南方自身も予想していたようだが、やはり面と向かって敵意を剥き出しにされるとメンタルをゴリゴリ削られるようだ。
「…金剛からここの艦娘たちと面会をするという話は昨日の夜に聞いている、彼女がそう判断するのなら私は何も言わん、だが少しでもおかしな動きをするようであれは容赦はしないぞ」
そんな状態が十数秒続いたところで、長門は昨日打ち合わせたとおり“金剛が事前に話を通した”という体で南方を警戒しながら部屋に通す。
南方と仲良くなるという演技をするからには彼を部屋に入れないわけにはいかない、しかし昨日の着任挨拶であの様な態度をとった(これも打ち合わせた上での演技である)手前いきなり部屋に入れてしまっては艦娘たちの人間不信という部分に説得力が出にくい(人間不信なのは本当だが)、なので長門を含む艦娘たちが信を置く金剛が働きかけたという設定をワンクッション挟む事でそれを解消することにした。
「長門は金剛の事を心から信用してるんだな」
「当たり前だ、金剛はこの幕張鎮守府が設立されてから今日まで秘書艦としてここを支え続けた…言わばこの鎮守府の要石のような存在だ、だから私は金剛には全幅の信頼を置いている、お前を部屋に入れたのも金剛の判断に従ったまでのこと、分かったらさっさと用を済ませろ」
そう言って長門は対空用の機銃を南方の頭に突きつける、少しでも変な真似をしようものなら撃つ、そうプレッシャーをかける意味でのパフォーマンスだったのだが、効果がありすぎたようで冷や汗を流しながら身体を小刻みに震わせていた。
(少し効き過ぎたみたいね、これじゃ緊張のあまり南方の普段通りの行動を見張れないかも…)
「長門、悪いけど機銃は一旦仕舞ってもらえないかしら?こいつは少なくとも今ここで手を出すような馬鹿ではないわ」
少し手を抜く必要がある、金剛は長門にそう言うと、さらにウインクをして発言の意図を伝えようとする。
「…金剛がそう言うなら」
長門は金剛の言わんとしていることを察したようで、不服そうな雰囲気を装って機銃を仕舞う。
「(サンキューな)」
「いいわよ別に、それよりさっさと始めなさいな」
本気で自分のことを気遣ってくれたと勘違いした南方が小声でお礼を言ってくるが、金剛はそれを軽くあしらって面会を始めるよう促す。どうせ彼が何を言おうと何をしようと面会の結果はこちらが書いた台本通りにしか進まないのだ、せいぜい無駄な努力をするがいい、そんな事を思いながら金剛は大和と向き合う南方をつまらなさそうに見る。
「…大和、俺は先日この幕張鎮守府に着任した南方彰だ、今日はお前と話をしようと思ってここに来た」
(当たり障りのない挨拶と自己紹介から話を切り出したか、無難な所から来たわね)
「俺はお前たちを救うためにここに来たんだ、前任がしてきたような事は俺は絶対にしない、だからもう安心していいんだ」
(大和を安心させるために自分の目的を話す…か、どうでもいいけど“私たちを救う”って少しワンパターンじゃないかしら…ここでも場数が少ない新米設定が効いてるの?)
金剛は南方が大和にかける言葉を注意深く聞いていく、発言に込められた意図などを分析するためなのだが、今の所はまだ重要な情報を推察出来そうな事は言っていない。
「今更…何をしに来たと言うんですか…あの人のせいで…私のせいで…!あの娘たちが沈んで!それを今更!何を!誰を救うというんですか!」
金剛が頭の中で色々と考えているうちに、大和の演技は今日の最終局面に差し掛かっていた、台本は昨夜渡したばかりだというのにここまで迫真の演技が出来る事に金剛も内心驚いていた。
(今日はここまでね)
「お、落ち着いて大和!一旦離れなさい!ほら南方も!」
「あ、あぁ…」
金剛は取り乱した大和を引き離して落ち着かせる演技をし、大和も金剛になだめられて落ち着きを取り戻す演技をする。
「金剛、今日はこの辺りが限度なんじゃないか?」
「…そうね、南方、大和の面会はまた日を改めてって事で良いわね?」
長門の言葉に金剛はそう言って今日の大和の面会を終わらせようとする、当然これも予定通りの流れだ。まだ初日なので大和も長時間の演技は無理だろうと判断した金剛は、途中で大和が癇癪を起こし金剛が強制的に中断するという方法で短時間で面会を終わらせる台本を考えついた。
「分かった、すまない金剛、上手くやるつもりだったんだが…」
そして金剛の目論見通り、南方は何も疑うことなくそれを受け入れた、何とも引っかけやすい、チョロい男である。
「別に良いわよ、それに大和が人間に対してあんなに感情を露わにして何か言うなんて今まで無かった事だもの、むしろ予想外の大前進にこっちが驚いたくらいだわ」
「…そうなのか?」
「えぇ、ひょっとしたらあんた、何か“持ってる”のかも知れないわね」
そして最後に不本意ながら南方にフォローを付け加える、いきなり大和から否定的な感情を向けられて南方も少なからず精神的にダメージを負ったはずだ、しかしここでポジティブな言葉をかけることにより自分の頑張りが僅かながら評価されていると勘違いさせてモチベーションの維持を図る、これを繰り返していけば艦娘たちを救った気になっていく哀れな
「そういえばさっき長門が言ってたけど、今日の面会のこと、昨日から既に話を通してくれていたのか?」
「“私たちを救う”なんて豪語するあんたのことだから、ここの艦娘全員と会う機会を作ろうとするんじゃないかと思ったのよ、だから昨日の内に会いに行くかもしれないって話しておいたの」
次に面会する艦娘である瑞鶴の部屋へ行く途中、南方が冒頭に長門が言っていたことに対して聞いてきたため、金剛は適当に話を合わせて答えた。
「そっか、ありがとな」
南方は金剛の言葉を疑う様子は微塵もなく、笑ってお礼を言った。
(あんたのことを信じようとしている艦娘なんて誰もいないのに、嘘の信頼関係を疑うことなく信じているなんて、本当に…)
哀れな人。
次回「金剛
恋愛シミュレーションゲームの好感度管理みたいな事をし始めた金剛さん。