十刃になりたかったお姉ちゃん   作:バラフバフ

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第2話

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だから  思ったんだ

 

俺は死ぬまであいつらを守ってやらなきゃいけないって

 

そう   思ったんだ

 

 

 

 

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6月17日、毎年この日には黒崎家総出で墓参りに向かう。

 

夏へと向かうこの季節、その日は随分と暑かった。

 

そして同じだけ黒崎一心も暑苦しくウザかった。

 

逆立ちしながら坂を上ったかと思うと娘の足元へとスライディングをかまし、スカートの下からパンツを覗いたかと思えば、もう一人の娘に蹴りを食らい、坂を転がり落ちるという想像するだに鬱陶しいことこの上ない乱痴気っぷりを見せていた。

 

その様子に呆れながら黒崎一護はふと6年前のあの日へと思いを巡らす。

 

雨に濡れたあの日の記憶、それと共に誰かとした古い会話が何故か思い出された

 

『そっかー、でも……

 

「あれ、先客がいる」

 

妹の言葉にふと我に返る。

 

「ホントだ。あの人もお墓参りかな?」

 

見ると少し先に小柄な人影が見えた。……何故か既視感を覚えた。

 

「でしょ。あ、こっち向いた」

 

(なんでいるんすかーーーー!!!)

 

そこには矢鱈と眩しい笑顔でこちらに大きく手を振る、彼と因縁浅からぬ死神の少女(?)………朽木ルキアの姿があった。

 

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「なんでついて来てんだよっ!?」

 

あの後、黒崎一護は家族に断りを入れたのち、雑木林の中、朽木ルキアと二人きり(彼女のカバンにコンもいるが)で向かい合っていた。

 

勝手についてきた彼女に詰め寄るも、反省するどころか不機嫌そうな態度を見せることに面食らってしまう。

 

「……………お前、何怒ってんだ?」

 

「別に、怒ってなどおらぬ…………なあ、一護、貴様何を恐れている?」

 

「…………は?」

 

思いがけない言葉に一瞬思考が止まる。

 

「初めは母親と姉の命日が近づいていることで気が立っているのだと思っていた。しかし、それだけではないだろう?コンとの一件の後のことも一切語ってはくれぬが、思えばあの時からか」

 

「…………何が言いてえんだよ」

 

「……殺された、と言ったな、貴様の母親…」

 

「…言ってね-よ」

 

「…誰に殺された?」

 

「言ってねっての。忘れろよ」

 

「貴様は物心ついた頃から霊が見えたと言ったな。……ならば、だ」

 

「………」

 

「貴様の母親を殺したのは………虚ではないのか?」

 

チッ

 

「そして………貴様が恐れているのは、その虚の姿を確認したからではないか?」

 

ああ

 

「物心ついた頃から霊が見えるほどの霊的濃度だ。貴様が虚に目をつけられていたとしても何ら不思議ではない」

 

まったく

 

「あの時、かすかにだが遠方で霊力を感じた。貴様はそれを確認したからこそ……」

 

「やって…らんねーーーー!!!!」

 

「っ?!」

 

「冗談じゃねーぞ」

 

まったく本当に冗談じゃない

 

「てめ-にかかったらナンでもカンでも虚の仕業になっちまうのな」

 

ああ、それがどれだけ、()()()()()()()()

 

「もとからジョーダンじゃねーのにだ、そんな理由にされちゃ、更にジョーダンじゃねーことこの上ねー」

 

ああ、この理由だけは譲れない。()()()()()

 

「…虚とかじゃねーよ!」

 

彼は朽木ルキアに向き直り、言葉を続ける

 

「予想が外れてザンネンでした……」

 

否、続けようとした。その先を続けることは出来なかった。何故なら彼の視線の先には

 

「ウ…ウソだろ…」

 

彼の罪の象徴の姿があったから

 

「……姉貴……」

 

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思い出すのはずっと昔の話

 

「あーんた、いっつも泣いてんね」

 

遠い遠い、いつかの記憶

 

「ぐすっ……う、うるさいっ!姉ちゃんだってこの前映画観て泣いてたくせにっ!」

 

「……うーん、それを持ち出されると弱いなー。けど、さすがに転んでちょっと擦りむいたくらいじゃ泣かないかなー」

 

近所に姉貴と二人でアイスを買いに行って、その帰りに俺がバランスを崩してすっころんだんだ。

 

「ほらほら泣かないの。……歩ける?」

 

「……ずぴっ…大丈夫……」

 

「そう……でも、辛いなら言いなよ?お姉ちゃんがおぶってくから」

 

「……うん、分かった」

 

ホントは痛かったけど、強がって歩いたんだっけ。

 

家に帰ってから、姉貴が消毒液をかけて絆創膏を張ってくれた。

 

その消毒液がまた染みて痛かったけど、泣くとまた揶揄われるから、グッと我慢した。

 

「……うん、これで良し」

 

「ぐすっ」

 

……いや、ちょっと泣きかけてはいた。

 

「ふふ、痛かったでしょー。よく頑張ったね。えらいえらい」

 

思えば、随分と大人びた人だった。俺と二つしか違わないはずなのに、駄々もこねないし、泣いたところを見たことも殆どなかった。さらには勉強もできたし、足も速くて、喧嘩も強かった。人からよく頼られてたし、何より本人が困っている人を見過ごせない質で、慕う人も多かった。

 

あの頃の俺にとって、姉貴は何でもできるヒーローだった。

 

だから、

 

「……姉ちゃん」

 

「ん?なーに?」

 

「オレ、もう泣かない」

 

「……」

 

「オレ、強くなんだ」

 

姉貴みたいに、誰かを守れる人に、遊子も夏梨も、おふくろも、俺の大事な人をみんな守れるような人に

 

なりたいって、そう思ったんだ

 

「そっかー………うん……かっこいいじゃーん!……うん、強くかあ………でもさ、一護………

 

………あれ?

 

あの時姉貴はなんて言ったんだっけ

 

 

 

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「はあっ、はあっ」

 

あの後、姉の姿を確認した黒崎一護は突然駆け出した。

 

朽木ルキアはそれを必死に追い、やっとその足を止めさせることに成功したのが今だ。

 

「な……なぜ逃げる!なにが…」

 

急な彼の行動を問い詰めるも、

 

「…ねぇんだよ」

 

彼の絞り出すような声に言葉が詰まる。

 

「虚でもなんでもねぇんだよ……!おふくろを殺したのは……

 

 

 

……俺なんだ…………」

 

 

 

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あの雨の日を思い出す

 

あのとき、俺は道場に通って少しずつ強くなってて、守りたい対象も増えていて、その中には当然姉貴も入ってて

 

だから、姉貴がいなくなったって聞いていてもたっても居られなくて

 

無理言っておふくろについてって

 

だから、

 

あの時、いっつも守られてたヒーローを自分が助けるんだなんて

 

そんなオレだったから

 

 

 

あの時の姉貴の眼は未だに覚えてる

 

あんなに冷たい瞳の色を

俺は他に見たことがない

 

 

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「もーーーーーー。いい加減泣くのやめなよォ!」

 

泣いている双子の姉とそれを宥める妹。

 

黒崎夏梨は毎年この日になると泣いてしまう姉の遊子に呆れながらも、それも無理からぬことと思ってもいた。

 

すると遠くから間の抜けた笛の音が響く。

 

「!ホラ!立って遊子!ヒゲが集合のフエ吹いてるよ!行かなきゃ!」

 

「うん……」

 

姉を立たせ、父親の下へと向かおうとする。

 

ふと、遠くの切り立った崖に人影が見えた。髪型から女性のようで背丈は自分と大して変わらない。

 

「……?あの子、あんなトコで何してんだろ?」

 

「え?どれ?」

 

姉の反応を見るに、霊感のある自分にだけ見えているようだ。

 

(…じゃあユウレイか、あの子……)

 

それにしてもどこかで見たことがある気がする。

 

姉に少し待つように告げ、件の幽霊の元へと向かう

 

しかし、近づけば近づくほど既視感は大きくなり、やがてそれが誰かはっきりとわかると、歩調も速くなった。

 

「ね、ねえ!」

 

少し緊張気味に声をかける。致し方無いだろう、なにせ相手は

 

「お姉ちゃん!……だよね?……」

 

6年前の今日、亡くなった彼女の一番上の姉だったから。

 

姉と思われる人物はゆっくりとこちらに向き直り、徐に口を開く。

 

「あなた……私が見えるのね?」

 

「…え?あ、ああ、見えるよ!ばっちし」

 

「……声も、聞こえるのね……」

 

「お姉……ちゃん……?」

 

「ああ、やっとだ、やっと終われる」

 

「………あんた、誰?」

 

「それにとても

 

 

うまそうだ……!!!」

 

 

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ドクン

 

 

「「!!!」」

 

それを感じたのはほぼ同時だった。

 

黒崎一護と朽木ルキアは虚の出現を感知し、その場へと急ぐ。

 

「…よう!」

 

「うむ!」

 

途中、合流を果たす。

 

「………何も……訊かねえのか?」

 

「……訊けば答えるのか?」

 

「…………………」

 

別れる寸前の問答が思い出され、自然とその話になるもお互いに続ける言葉を持たない。

 

故に、彼女は告げる、「待つ」と彼が自ら話したいと……話してもいいと思った時まで待つのだと。

 

「………いや、いい感じにしてっけど、お前、さっきは結構人の心に土足で踏み入ってたよな?」

 

「……い、言うな!私も反省したのだ!大体貴様がいつまでもウジウジと………」

 

やがて言い争いになるが、先ほどまで胸にあったわだかまりはスッキリと消えていた。

 

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黒崎一護らが現場に着けば、彼の妹たちが今まさに虚に喰われそうになっている瞬間であった。

 

彼は即座に上の妹を捉えていた虚の舌を切断、間髪入れずに末の妹を押さえつけていた虚の腕を切り飛ばし、二人を回収すると岩陰へと避難させた。

 

「…………」

 

彼は虚の姿を改めて視界に納め、尽きぬ疑問で頭を埋める。その場に彼の姉の姿があり、その振る舞いががまるで虚と結託しているように見えたためである。

 

「……どういうことだよ……?……姉貴…だよな?どうして……虚といっしょにいるんだよ……!?」

 

「…………」

 

「何とか言えよ!」

 

「……やかましい小僧よの」

 

「っ!?」

 

瞬間、姉の姿をしていた()()の皮が剥けたかと思えば、それの頭頂部から触手のようなものが伸び、虚の首に開いた穴へと繋がる。

 

「……な……何だよそれ……!?」

 

「グランドフィッシャー。」

 

「!」

 

混乱する一護にルキアが相手の正体を告げる。

 

疑似餌で獲物となる霊的濃度の高い人間を誘い食らう、54年に渡って死神を斥けてきた、これまでにない大物。

 

そしてそれは

 

(つまり、あの時、俺が姉貴だと思っていたのはこいつの疑似餌で、それはつまり

 

おふくろも、姉貴もこいつに…………)

 

「一護っ!?」

 

瞬間、怒りに任せて一護は剣を振るう。

 

しかし、相手は54年にもわたり死神を斥けてきた虚、彼は相手の触手のように自在に動く体毛に絡めとられてしまう。

 

「っ?!…自壊せよロンダニーニの黒犬!一読し、焼き払い、自ら喉を掻き切るがいい!」

 

ルキアは急ぎ一護を助けんと、鬼道による援護を行おうとする。

 

しかし、

 

「やめろルキアぁ!!」

 

ほかならぬ一護本人にそれを押しとどめられてしまう。彼はなんとか自力で体毛の拘束から脱した。

 

ルキアが彼に駆け寄るも、妹たちを任せると言い、彼女の援護を断った。

 

尚も食い下がる彼女に、一護は告げる。

 

「……たのむ、手ェ出さないでくれ。

 

 

これは、俺の戦いだ」

 

 

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日は傾き、それと共に雲行きも怪しくなってきた。

 

そんな暗い林の中を二つの影が跳ねる。

 

一つは死神の少年黒崎一護、そしてもう一つは彼の肉親の仇である虚、グランドフィッシャーであった。

 

あれから一護はグランドフィッシャーと一対一での戦いに挑むも、相手のスピードに翻弄され、一太刀も与えることが出来ずにいた。

 

しかし、一方で

 

「っ!」

 

「ちいっ」

 

(こいつ……段々と動きが単調になってやがる)

 

グランドフィッシャーはどこか何かに急かされているかのようで、徐々にその攻撃が単調になってきていた。

 

それにより、一護も自分を冷静に見つめ直すことが出来、迂闊に敵の懐に入り込むことも無くなんとか立ち回ることが出来ていた。

 

だが、やはり両者の力量に決定的な差があり、一護はこのままでは防戦一方であることは誰の眼にも明らかであった。

 

「ぬうゥ!いい加減にィ……」

 

グランドフィッシャーが突如正面から一気に距離を詰める。

 

突然の行動に一護も身構える。

 

すると、

 

『お姉ちゃんを斬るの?一護……』

 

「っ!?」

 

姉の形をしたグランドフィッシャーの疑似餌が、姉の声で自身に話しかけてきたことで、一護に隙が生まれる。

 

その隙を老獪な虚は見逃さない。

 

「ひひひ、終わった!」

 

瞬間疑似餌ごと一護の体はグランドフィッシャーの腕に貫かれる。

 

「終わりだ、小僧!そして敬意を表しよう!お前は儂が出会った中で、最も若く、最も短慮で、そして

 

最も弱い死神だった!」

 

しかし、

 

「……やっと……捕まえたぜ……!」

 

黒崎一護は待っていたのだ。相手が己が懐に迂闊にも飛び込んでくるのを

 

「終わりだ、グランドフィッシャー。そして敬意を表しよう。テメーは俺が出会った中で、一番年喰ってて、一番汚くて、そして

 

一番カンに障る虚だったぜ」

 

自身の体を貫いた相手の腕を掴んだまま、一刀にて相手を両断した。

 

 

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「はーーっはーーっ……」

 

とうに日は暮れ、曇天となった空からは雨が零れだす。

 

互いに満身創痍となった二者。

 

そこに駆け寄る人影が一つ。

 

「一護!!」

 

彼の誇りを見届けた一人、朽木ルキアであった。

 

「……よォ、遅かったじゃねーか…。もう全部…片付いた後だぞ……」

 

「……たわけ。……手を出すなと言ったのは……貴様ではないか」

 

「…そうだっけか………へへ…」

 

その時、

 

「ああああああ、嫌だ、もう嫌だ!なぜ儂が、なぜこんなぁ!」

 

「「ッ!?」」

 

突然グランドフィッシャーが悲鳴を上げ始める。

 

あまりに唐突な豹変ぶりに戸惑う死神二人。

 

それには目もくれず、いや、むしろ二人以外の誰かに訴えるように言葉を続ける。

 

「小娘ぇ、いや、黒崎美柑!おのれおのれおのれおのれこの、この儂を……「黙れ」っグギャ」

 

さらに突如、新たな闖入者が現れ、グランドフィッシャーの頭部を脚で打ち砕く。

 

「余計なことをベラベラと……戦い方も無様で見られたものじゃなかったし……これじゃやる意味ないよー……」

 

(……なんだ?此奴、先ほどまで霊圧を一切感じなかった……)

 

ルキアは目の前の相手へと警戒を強める。

 

一方で

 

「な……は?……え?なん……で………」

 

一護は混乱の極みにあった。

 

何故なら目の前の相手は既にグランドフィッシャーに喰われ、そして今やそのグランドフィッシャーは死に、その姿をとる者はいるはずがないのだから。

 

「……姉…貴……?」

 

おずおずと目の前の相手に問いかける。かすかな期待も込めて

 

「……姉貴って……昔みたいにお姉ちゃんって呼んでくれないの?一護」

 

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だって、姉貴はグランドフィッシャーに……でも、まさか、本当に?

 

「本当に姉貴なのか?………」

 

「うるっさいなあ、もー、そうだよ、お姉ちゃんだよ、これで満足?」

 

思考は混乱しつつも、しかし、容姿だけでなく、しぐさや声音からこれは姉だと、彼の魂が告げている。

 

「あ、そうだ。おめでとうよく頑張ったね!えらいえらい!実はわた「……を立てよ”破道の三十三、蒼火墜!!」

 

「っ!?ルキア?!」

 

突然、朽木ルキアが攻撃を仕掛けたことで、思考の海から抜け出す。

 

「たわけ!何をぼさっとしている!早く構えろ!」

 

「な、け、けど、相手は姉貴…」

 

「一護!……貴様も分かっているはずだ………。目の前の相手からにじみ出る霊力、此奴は”虚”だ……」

 

「っ!」

 

………ああ、ああ、分かってるよ。でも、でも…

 

「……いきなりなにすんのさ。家族の感動の再会を邪魔してくれちゃってさあ」

 

「っ!くっ、無傷か、おい、一護!」

 

「分かってるよ!クソッたれ!けどっ」

 

だってこれは……っいや、考えるな

 

「うぉらァァ!」

 

「……一護、無理しなくてもいいんだよ?血だらけじゃない……」

 

「うるっせえ!黙れよ!」

 

考えるな考えるな考えるな

 

「少し休も?ほら、昔みたいに膝枕してあげよっか?」

 

黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ、その顔で、そのしぐさで、喋るな、微笑むな……

 

「一護!分かっているだろう!虚を斬るということは………」

 

分かってるよ!罪を洗い流すことなんだろ!でも、でも………井上の兄貴のときは、完全に虚の性に飲まれてた。くそっ、なんで目の前のこいつは……”この人”は

 

「一護……」

 

こんな悲しそうな顔すんだよ、こんな辛そうな顔すんだよ、こんな、こんな………

 

 

 

カランッ

 

 

 

黒崎一護の腕から斬魄刀が滑り落ちる。

 

「一護!!」

 

ルキアが後ろから声をかけるも、もう無理だ。

 

彼に剣を振るうだけの気力は、ない。

 

「………うん、今日はもう十分頑張ったよね、ゆっくりおやすみ、一護……」

 

そう言い残し、闖入者は姿を消す。

 

誇りある戦いに拭えぬ穢れを残して

 

 

 

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「いっ…てえーーーーーーーーーー!!!」

 

その後、一護はルキアの手で治療されたものの、魂魄が受けた傷のすべてを治しきることはできず、肉体に戻った際、その傷のフィードバックに苦しむこととなった。

 

「…………なあ」

 

「…………なんだ?」

 

「……責めねえのかよ……」

 

「………」

 

「………俺は………斬れなかった……虚を斬ることが、殺すってことじゃないって分かっていたのに………斬ることが、姉貴の魂に安らぎを与えるんだって………分かっていたってのに……俺は…」

 

「……一護……」

 

「悪い、少しだけな」

 

「……チェッ、空気が重くて起きれやしねえ」

 

雨に濡れたぬいぐるみの呟きは誰に届くでもなく消えた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……仇は討ったよ…………………でも姉貴は………………ゴメンな……母ちゃん………」

 

雨のそぼ降る中、黒崎一護は母の墓前に立ち尽くしていた。

 

すると、そこへ

 

「うおーーーい!」

 

「…」

 

「ナンだよ。いなくなったと思ったらこんなとこにいたのか……一護」

 

普段より幾分か落ち着いたトーンで呼びかけてきたのは、彼の父親、黒崎一心であった。

 

……………

 

「……早いもんだな……」

 

「……」

 

「母さんと美柑が死んでもう10年か……」

 

「6年だろ」

 

「………惜しい!」

 

「惜しくねーよ!4年違うぞ!4年あったら小学生も高校生になるわ!!」

 

「うまいこと言うなァ、おまえ」

 

「感心してんじゃねーよ!」

 

先ほどまでの沈鬱な空気もどこへやら、完全に父親のペースに飲まれ、声を荒げる一護。

 

「…まァ、そうしてオマエが元気な姿見せてりゃ、母さんもそれに美柑も……向こうで安心だろうよ」

 

「………あ…」

 

そうか、親父は知らねえんだ おふくろの魂は、姉貴の魂は、

 

ふと、すぐ隣でたなびく煙が目に入る。

 

「ん?…アンタ、煙草なんか吸ってたか?」

 

「…やめたんだよ、子どもが生まれた時に。……煙臭いって嫌われたくないしな」

 

「いや、じゃあ意志貫徹しろよ」

 

「バッカ………褒められたんだよ、つき合い初めの頃にな。タバコ吸ってる時の手がかっこいい、って」

 

「…」

 

「今にして思えば、後にも先にもそれだけだったな。母さんにルックスを褒められたのは」

 

「……」

 

「だから毎年この日だけ吸うことにしてんだ、あいつの前でな。ああ、あとこのスーツは美柑が仕事できそうでカッコいいって言っててな、すんげー可愛かったんだぜ、もう」

 

「………」

 

「………ンな辛気臭ぇカオすんな!元気にしてろって今言ったばっかじゃねェかよ!」

 

背中を叩かれながら紡がれる言葉に、

 

「……なんでだよ………」

 

「ん?」

 

6年ため込んだ感情が漏れ出す。

 

「なんで……笑ってられんだよ……なんで…誰も俺のこと責めないんだよ……!」

 

「………」

 

「俺は……何もできなかった…できなかったんだ……姉貴のときも、おふくろが死んだときも………今だって……!」

 

「………」

 

「どうしてだよ!誰も俺を責めないんだ!キツいんだよ!いっそムチャクチャに責めてくれりゃ楽なのに……!どうして………」

 

「なんでオマエを責めんのよ?」

 

「…あ?」

 

一瞬、思考が空白になる

 

「真咲が死んだことでオマエを責めたりなんかしたら俺が真咲に怒られちまうわ。……大体美柑に関しちゃ親の俺が背負うもんだ、オマエにゃ千年はえぇ」

 

「……」

 

「……真咲が死んだのは誰のせいでもねえよ、ただ、俺の惚れた女は自分のガキを守って死ねる女だったってことさ」

 

「……」

 

「……そして忘れんなよ。オメーはその俺が惚れた女が、命がけで守った男なんだぜ」

 

「---親…」

 

「ええい、憎いねコンチクショウ!!」

 

「痛ぇっ!!」

 

突然膝蹴りを食らい、割とガチに痛がる一護。

 

気づくと、父親は既に彼に背を向けてその場から去ろうとしていた。

 

「……しっかり生きろよ一護」

 

 

 

「しっかり生きて、しっかり年喰って、しっかりハゲて、そんで……俺より後に死ね」

 

 

 

「そんでできれば笑って死ね。でなきゃ、俺が真咲に合わせる顔がねぇ」

 

 

 

「ウジウジしてんなよ。悲しみなんてカッコいいモンを背負うにゃ、オメーはまだ若過ぎんのよ…。下で待ってるぞォ」

 

 

 

一人残された一護は、またいつかの記憶を、しかし、これまでより鮮明に思い出していた。

 

『……でもさ、一護』

 

『何?』

 

『お姉ちゃんは別に泣いてもいいと思うよ?』

 

『……え?』

 

『泣きたいときに泣けないなんて、辛いでしょ?。辛いのに苦しいのに笑っていられる人が強いなんて、お姉ちゃんは思わないなー』

 

『……そう?』

 

『そ、だからさ、あんたがホントに強い人になりたいなら、泣きたいときには泣いて、そんで

 

 

 

「”同じように悲しめる人と一緒に歩みなさい”か」

 

今思えば、随分と背伸びした言葉だ。何を、自分だって数年ぽっちしか生きてないくせに。

 

「ははっ……」

 

辛かった。苦しかった。母を殺したのは自分なんだと、だから家族は自分が守ってやらないとと、あの人の代わりにならないとと、そう、思っていた。

 

「さすがにこの歳になってまで泣かねっての……」

 

まだ分からない。確かに虚ではあったが、しかし、あれは姉そのものだった。再び出会った時に刃を向けることが出来るのか、それは分からない。

 

けど、

 

「………聞いてるか?ルキア」

 

「……」

 

「…死神の力は戻りそうか?」

 

「……」

 

「戻りそうでも、そうでなくてもいい。もうしばらく、俺を死神のままで……もう少しだけこの力を()()()()()

 

「!」

 

「俺は強くなりたい。もっともっともっと。強くなって虚から守るんだ、狙われてる奴等を、救ってやるんだ、虚になった奴等を」

 

「……」

 

「また、姉貴に会って、戦えるかは………まだわかんねえ……でも、決めたんだ、姉貴の魂を救ってやるって、もう決めた」

 

「………」

 

父親の言葉を思い起こし、続ける。

 

「でなきゃ、おふくろに合わせるカオがねぇんだよ!」

 

「---一護……!」

 

 

 

 

もう雨は止んでいた。

 

 

 

 

 

 


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