十刃になりたかったお姉ちゃん   作:バラフバフ

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第3話

「クソッ……」

 

夜も更けた町の中、石田雨竜は一人悪態をついた。

 

その手にある弓は一体の虚に向いている。

 

瞬間、弦が撓み、虚の仮面は砕け散る。

 

崩壊する虚を尻目に、確かめるように自身の手を何度も閉じて開く。

 

動きに問題はない。狙いも正確。では何故……。

 

「……ハア」

 

彼とて理解している。

 

先日出くわした彼の今は亡き恩人の姿をとる虚、それを何故射ることが出来なかったのか、など。

 

滅却師は虚の魂を完全に消滅させてしまう。文字通り、滅却(ころ)すのだ。

 

雨竜自身、そのことを深刻に捉えたことはなかった。虚は人を殺し、魂を食らう化け物なのだから、滅却することも致し方ない、そう単純に考えていた。

 

だが、

 

「………僕は…こんな浅ましい人間だったのか……?」

 

人の姿を、それがたとえ親しかった人物の姿をした者であっても、虚であることには変わりがない、そう理解しつつも射ることが出来なかった。

 

これまでと同じように、仕方がないのだからと、ただ撃てばいいと、何度も自分に言い聞かせたが身体は一向に言うことを聞かなかった。

 

何故射てなかったのか、それを認めてしまえば、彼は……

 

ふと

 

「…今度こそ、ホンットに居るんだろうな!?今、テスト期間中なんだぞ?」

 

「たわけっ!黙って急がぬか!」

 

少し離れた場所から聞き覚えのある二つの声が聞こえた。

 

滅却師である自分が死神と関わりを持つことは好ましくない。

 

そう考え、その場を後にする。

 

やがて背後から、また無駄足に終わったと、悪態をつく声が響く。

 

(……黒崎一護………彼が死神、か)

 

 

ああ、少しだけ

 

 

妬ましい

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……どうしたの、ボク?お母さんとはぐれたの?」

 

滅却師に否定的である父と喧嘩して、一人泣いていた僕にそう声をかけてきた彼女は、傾きかけた陽に照らされ、輝いて見えた。

 

一瞬、何のことかと思考が空白になったが、すぐに自分を迷子か何かだと勘違いしていると理解し、そんなに幼く見えるのかと少しムッとした。

 

「…別に迷子とかじゃないです。心配されるようなことはないのでお構いなく」

 

「お構いなくって……あんなに泣いてて構わない方が難しいでしょ……」

 

そう言われて、そんなにみっともなく泣いていたのかと恥ずかしくなった。

 

それを誤魔化すように僕は声を荒げた。

 

「と、とにかく、僕は別に大丈夫ですから!」

 

そう言って彼女に背を向けた。

 

しかし

 

「………あの、帰らないんですか?」

 

「……うーん」

 

彼女は中々立ち去る素振りを見せなかった。

 

「………取り敢えず、さ……話してみない?私に。何があったのかさ」

 

「はあ…?」

 

何を言い出すのかと再び思考が空白になった。

 

「…話して何か解決するかは分かんないけどさ……ちょっとは楽になるでしょ?…ほら、どーんとお姉さんに話してみなさい!」

 

「………ハア…」

 

彼女はどうやらとにかく僕に何かしてあげたいという意思に満ち溢れているらしい。

 

もう断るのも面倒になった僕は、滅却師のことは伏せつつ、事のあらましを語った。

 

すると彼女は

 

「……なるほど…なるほど………つまり、お父さんと喧嘩しちゃって気まずくて帰れないんだね!」

 

「はあ!?」

 

そう、見当違いなことを言い出した。

 

「今の話を聞いてどうしてそんな……」

 

「え?違うの?将来の事でお父さんと喧嘩しちゃったんでしょ?」

 

反論しようとして、確かに滅却師の事を伏せればそんな捉え方をしてもおかしくはないと気づいた。

 

僕がもどかしさを感じつつ、どうにか誤解を解こうと考えていると、

 

「…うん、分かった、よし!じゃあ、お姉さんが君と一緒にお父さんに謝りについてってあげるよ!」

 

「……へ?」

 

「さ、行こ?……大丈夫、ちゃんと話せばお父さんも君のやりたいことを分かってくれるよ。日も暮れてきたし、早い方がいいよ、レッツゴー!」

 

「え?ちょっ、ちょっと!」

 

何度か抵抗を試みたが、結局家まで案内してしまった。

 

さっき勢い飛び出した家に、そう時間を置かずに戻ってきてしまい、気まずかったが、

 

「ごめんくださーい、黒崎という者ですけどもー!」

 

横にいる彼女によりそんな気持ちも吹き飛んでいた。癪ではあるが……ほんの少し、勇気づけられていた。

 

家政婦さんは驚いていたが、父も驚いた顔を見せていたのが意外だった。

 

その後暫く父と彼女の二人だけで何やら応接間で話していたようだから、二人は顔見知りだったのだろう。

 

やがて父が彼女と共に部屋から出てきた。

 

どう話そうかと悩んでいたが、意外にも父の方から切り出してきた。

 

父は師匠(せんせい)の下へと通うこと自体は否定しないが、僕には才能がなく、またゆくゆくは医者として生計を立てるようになって欲しいため、ほどほどにしておいて欲しいと、いつになくはっきりと伝えてきた。

 

否定しないというのが、父にとっての最大限の譲歩だったのだろう。

 

父の方から歩み寄ってきたこともあって、この日はひとまずの和解をみた。

 

……結局その後も何度か衝突し、今現在は実家を出て一人暮らしをしているが、あの時は確かに父と真正面から向き合えた。

 

 

今、父の言葉を身に染みて感じている。

 

 

父には生きている人間と死んでいる人間をハッキリ分けて捉えられる割り切りの良さがあった。

 

時には冷徹な決断も下せる芯の強さがあった。

 

そのどちらも僕には欠けていた。

 

戦闘力よりも何よりも

 

それが滅却師に欠かせない才能だった。

 

 

その後、彼女とはよく会うようになった。

 

会っても何でもないことを語り合うだけだったが、虚に襲われる人々を見て無力に震える日々を送っていた僕にとっては、安らぎをもたらしてくれるかけがえのない時間だった。

 

何度も会ううちに彼女が霊力を持つことが分かってからは、より一層親交も深まった。

 

 

そんな風に、仲間が増えたと愚かにも喜んでいただけだったから、霊力があるのに自衛手段を持っていないということを、深刻に捉えていなかったから。

 

 

僕はいつまでも無力だ。

 

 

 

彼女が殺されたときも、

 

師匠が殺されたときも、

 

そして、今も

 

 

だが、それだけならばまだ耐えられた。

 

 

 

死神への憎しみは確かにある、しかしどちらかといえば失望の方が強い。

 

死神に期待していたから、少なからず心のどこかで頼ってしまっていたから。

 

だからひたすら努力した。

 

二度と死神にすがることのない様に、二度と大切なものを失わないように

 

 

 

なのに

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「結っ局!また虚はいなかったじゃねえかよ!!」

 

夜の町に黒崎一護の悪態が響く。

 

ここ数日の間、朽木ルキアの伝令神機に不具合があるのか、虚の出現を確認し、その場に向かうも虚の姿が見当たらないということが続いていた。

 

一護はルキアへと不満をぶつける。

 

「いいかげんホントどうにかしろよ!」

 

「私のせいだというのか!?私は伝令神機に入る指令のままを貴様に伝えておるのだ!」

 

「だから、そいつを早く直せっての!!」

 

と、そこへ

 

「仲間割れかい?みっともないな」

 

「「!?」」

 

「こんばんは、黒崎くん、朽木さん」

 

上から下まで白で統一された服に身を包んだ人物が姿を現した。

 

その人物は突然の出現に驚く彼らを他所に、その場でいち早く虚の出現を察知し、それどころか弓状の謎の武器を用い、その虚を仕留めてみせた。

 

「なんなんだ……お前…」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

あのときの父の様子が気にかかり、黒崎さんのことを知っているのかとしつこく聞いた。

 

そこで父から彼女の母親は石田家に連なる人間であり、滅却師であること、即ち彼女も滅却師の血を引いているのだと知らされた。

 

黒崎一護、彼女の弟。

 

彼のことは何度か彼女から聞いていた。

 

オレンジの髪をした少し意地っ張りだけど優しい弟。

 

高校に上がって、オレンジの髪に黒崎の姓、さらには霊力も有している、そんな彼と出会い、すぐに彼女の弟だと分かった。印象こそ聞いていたものと違ったがそこは成長と共に変わりもするだろうと納得した。

 

黒崎さんとの会話から、彼女が滅却師の事を知らされずに育っていたと分かったため、彼もそうなのだろうと思ってはいたが、しかしシンパシーを覚えずにはいられなかった。

 

滅却師の血を引く者同士。

 

共通の知人を持つ者同士。

 

死神が滅却師と協力していれば救えたかもしれない命を知る者同士。

 

自身の無力に……苦しんだであろう者同士。

 

 

 

そんな君が

 

 

 

 

何故、僕と同じはずの君が

 

大切な人を救わなかった者たちと同じ力を持っている?

 

 

「………石田雨竜、滅却師」

 

 

何故、僕ではなく君が

 

彼女の魂を救える力を持っている?

 

 

「……僕は死神()を憎む」

 

 

ああ、本当に

 

 

妬ましい憎らしい

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……家までついて来る気かい?黒崎一護」

 

「ちぇっ、バレてたのか………いつから気づいてた?」

 

「井上さんと教室のドアの所から僕を盗み見てた時から」

 

石田雨竜が黒崎一護と邂逅を果たした翌日の放課後、昨晩の雨竜の言葉の真意を測りかね、一護は彼の後をつけていた。

 

…勝手について来るのは血筋か?

 

「あ?何だよ?」

 

「いや、別に……君はどうも、霊力の高い人間を察知する能力は欠けているみたいだね。その証拠に、今日まで僕の存在に気付かなかった」

 

雨竜は一護へと告げる。自身は気づいていたと、彼が五月の半ばに死神の力を得たことも朽木ルキアの正体が死神であることも、そして

 

「勝負しないか、黒崎一護。死神()滅却師()とどちらが優れているか、分からせてあげるよ……死神なんてこの世に必要ないってことをさ」

 

そう、切り出した。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

(今のヤツでさっき夏梨を見かけた場所から家までの間の虚はあらかた倒した…これでひとまず夏梨は安全だ)

 

黒崎一護は無数に湧き続ける虚を狩るため町を駆けていた。

 

石田雨竜が提案してきた勝負の内容とは撒き餌を使って町に呼び寄せた虚をどちらが多く狩れるかを競うというものだった。

 

当然承諾できるものではなかったが、止める間もなく雨竜によって撒き餌が放たれてしまった。

 

虚は霊力の高い人間を優先的に襲う。

 

よって一護は彼の妹で霊を視認できるほどの霊力を持つ黒崎夏梨の安全を確保するために動くことを余儀なくされたが、それが済んだとあれば

 

「あとは石田!テメーを泣かしてこの状況を収拾させる!」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

(クソッ……数が異常に多い………)

 

石田雨竜は撒き餌に誘われてきた虚の数が想定をはるかに超えていたため、酷く焦っていた。

 

彼がこの勝負を申し出た理由、祖父を失った原因の一端である死神を見つけたこと、それもあったが、その件に関しては死神自体に対する憎しみよりも自身の力量不足を嘆く気持ちが方が強く、寧ろ黒崎一護という個人に対する憎しみ、それが大きかった。

 

(………いや、僕はまだやれる!…彼よりも僕の方が上なのだから……そうでなくては………)

 

と、その思考は

 

「ようやく見つけたぜ……石田ァ!」

 

彼の前に現れた黒崎一護のがなり声によって打ち切られた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

滅却師は虚の魂を滅却する。

 

しかしそれは現世と尸魂界のバランスを崩壊に導く。

 

よって滅却師は死神に滅ぼされた。

 

「ルキアから聞いたぜ…お前が死神を憎む理由。けどなあ、石田!お前の」

 

黒崎一護は朽木ルキアより滅却師滅亡の顛末を聞かされ、石田雨竜が何故死神にこだわっているのかを理解したものの、そのやり方に関しては腹に据えかねていたため、文句を続けようとしたが

 

「勘違いしているようだけど」

 

「あ?」

 

他ならぬ雨竜によって遮られた。

 

「僕は別に何百年も前の昔話に拘っているわけじゃない。その滅亡話にしたって、死神側が正しいと感じていたくらいさ。死神への憎しみは確かだけど、それはまた別の理由だよ。

 

そして、僕が君に勝負を挑んだのも、死神への憎しみが理由じゃない。

 

君が気に食わないからだよ。

 

黒崎一護」

 

「ハア?」

 

「滅却師に必要なものは何だと思う?」

 

「…知らねえよ」

 

「……虚と戦い、人々を守るということは彼らの命を、その責任を残らず背負うということを意味する。

 

時には誰かを救えず、己の無力に嘆くこともあるかもしれない、それどころか誰かを救わない選択を強いられることすらあるかもしれない。

 

分かるかい?……滅却師…ひいては死神であるということは、虚との戦いにおける犠牲を許容する必要に駆られる、その覚悟こそ、滅却師に、そして勿論死神にも必要なものなんだよ。

 

死神の力を()()()だけの君に、そんな覚悟があるのかい?」

 

「………」

 

「大した覚悟もなくただ惰性でその力を振るっているのなら……正直目障りだ。どうぞそこで見ていてくれ。

 

僕が虚を残らず殲滅し、君との勝負に勝つところをね」

 

そう言い放つと雨竜は一護へと背を向け、一人虚の大群へと向かう。

 

対して一護は

 

「…っせえな」

 

「……?何を…」

 

「しゃらくせえェェ!!!」

 

助走をつけて雨竜の頭部に勢いよく蹴りを食らわせた。

 

「な……なな何をする!!」

 

「うるせえ!……大体覚悟がどうとか言ってる場合かよ!!この数相手にてめー一人で勝てるわけねえだろ!」

 

「……共同戦線を張れとでも?生憎僕は…」

 

「あー、めんどくせえな!……そりゃ、俺はただ人を救いたいってだけで、ご立派な覚悟なんざ持ち合わせちゃいねえよ。

 

けどな、少なくとも大勢の人間巻き込んでこんな事やらかしたオメーよりはマシなつもりだぜ?」

 

「………」

 

「大体、これははじめっから俺とお前の勝負だ。共同戦線なんざ言うつもりはねえ…だからって黙って見てるわけがねえだろ。

 

虚も全部ブッ倒して、ついでに生き残ってお前もブン殴る。……オメーはどうなんだ?」

 

「……フッ」

 

答えは一護の後ろに迫っていた虚が矢に射貫かれたことからも明らかだった。

 

「…てめーは絶対後で泣かすからな!」

 

「どうぞ?君が生き残れたらね!」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「石田。いっしょに昼メシ食おうぜ」

 

あの後、大虚の出現や浦原喜助の助力、一護の霊力の暴走など様々なことが起こり、その過程で雨竜は腕を酷く負傷したものの、概ね丸く収まった。

 

その次の日の昼休み、一護は雨竜を昼食に誘った。

 

一度断られたが、浅野啓吾の奢り(本人の了承無し)という条件を出すと快諾された。

 

しかしながら、特に話題もないため、会話が弾むはずもなく、それどころか

 

「……何故僕を誘った?この怪我に対する義理か?だったらそれはお門違いだし、こういう気の遣われ方は正直、迷惑だ」

 

「うるせえな…気分だよ、気分。俺だって好き好んでオメーなんか誘ってねーんだ。誘われただけありがたいと思え。感謝しろ」

 

一護と雨竜はグチグチと互いが互いに対し悪態をつき始めた。

 

 

しかしながら、決して悪いものでもないとも互いに思っていた。

 

 

雨竜は目の前の目つきの悪い男に関して思う。

 

 

自分に似ていると思っていたが、気のせいだったらしい。

 

こんな粗暴で頭の悪い男と自分を重ねていただなんて、悪い冗談だ。

 

 

「…『少し意地っ張りだけど優しい子』、か」

 

雨竜は少し口元を緩めつつ、誰に言うともなく呟いた。

 

「身内びいきが過ぎますよ、黒崎さん」

 

 

 

 

 

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