朱き右腕   作:三途リバー

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始動編
幼馴染


『大将だ!大将だけを狙え!!雑兵首など千万とあってもなんの武功にもならん!捨ておけ!ただひとつ、大将首のみ求めて駆けよ!!』

 

遥か前方、最前線からでも朗々と響く臣下の叫びに呉軍大将・孫権は頭を抱えてしまう。

敵味方共に被害は抑え、武威を示して反抗的な豪族を屈服させる、との方針は一体どこに行ったのだろうか。戦闘狂の当主()が暴れて話がややこしくならぬよう、自分が代理で派遣されるとなった筈なのに。

渦中の功名馬鹿に聞けば『頭を奪れば万万治まりまする』と言われるのが容易く想像が付く。

 

(はぁ、あの馬鹿…一体何時になったら将としての自覚を持つの…。何時までも功名餓鬼じゃいられないのを分かってるの?て言うかそもそもこれ以上個人の武功挙げる必要は無くないかしら。確かに私の幼馴染だから重用されると言うやっかみを砕くためというのは分かるけどもうそんな事思ってる馬鹿いないのだけど。まぁ、一心に努力して突き進む貴方は素敵よ?でもそろそろ私の片腕としても励んでくれないかしら、最前線から帰ってくる貴方を待つのがどれだけ心臓に悪いかいい加減分かりなさいそもそも何時まで心配させれば気が済むのよ久焔(くえん)の馬鹿ぁ!!」

 

「はっはっは、権殿は元来心配性だが(ぼん)のこととなると一層酷くなるのぅ。いやはや、お若いお若い」

 

「祭!?貴女何時の間に…敵は!?」

 

知らずの間に漏れていたらしい独白に茶々を入れたのは、母の代からの宿将黄蓋――祭。

溢れんばかりの胸の前で腕を組み、見た目は若々しい癖に妙に年寄りじみたニヤニヤとした笑みを顔に貼り付けている。

 

「坊が敵の大将を斬りましたからな、ちょいと囲んで投降を呼びかけ終わりもうした。あの坊の猿叫じみた勝鬨が聞こえんとは、中々の熟考の中におられたようで。そんなに坊が心配ですかな?」

 

「そう、終わったの…。久焔の事は、それは心配よ。あれほどの武才を失いたくはないわ」

 

ほほぉ、と面倒くさそうなニヤケ面のまま、祭が蓮華の周りを回り始める。頼りになる女傑だが、時たま思い出したようにジジ臭くなるのは本当にやめて欲しい。1回くらい落馬して馬に蹴られてしまえ。

 

「坊はあの程度の輩に後れを取らんでしょう。儂が見たところ、かの呂奉先とも五分に渡り合えると踏んでおりますぞ。あぁ、反董卓連合の時に坊がおれば…あいや、それは今は良い。権殿は本当に武才のみを惜しんでおられるか?年寄りに隠さずともよろしい、お若いのだから励まれるがよかろうよ」

 

「はげっ…!?」

 

――――姉様が結婚なさる兆しが見えないからと言っていくらなんでもそれは早くないかしら!?そういうのはお互いの気持ちが大切であるし第一久焔は朱家に養子に入ったばかりだから身辺も落ち着いていないでしょうし…!…………………仮に、本当に仮に私と久焔の子が出来たとしたらやはり姉様の養子になるのか…。1人目くらいは私達の手で育て上げたいし父親の顔をした久焔っていうのも悪くない気はするけれど…――――

 

 

「んん?何ですかなぁ?儂はお気持ちを伝えるよう、励まれよと申したまでですぞ?生真面目な権殿は何を想像されたのかのぉ?ん?ん?」

 

今度何か適当な理由付けて鞭打ちにでもしてやろう。

この時の蓮華の固い決意が、後に曹魏との天下分け目にて用いられる苦肉の策となるとは、未だ誰も知らない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四半刻もすると、騒々しい兵達の波が本陣へと向かってきた。

興奮と歓声、その中心にいるのは当然、大将を討った青年だ。

 

「朱義封、戻りましてございます!蓮華様、大将首を奪りました!」

 

猩々緋の羽織を粋に着こなし、濡羽色の髪を全て後ろへなで上げた美丈夫が蓮華の前に跪く。

 

 

姓を朱、名を然、字は義封。そして真名は久焔。

 

 

呉王孫策の妹、孫権の右腕にして次世代の孫呉筆頭武官と目される人物である。

役者か何かかと見紛うばかりの端正な顔に人懐っこい笑みを浮かべ、自慢げに胸を張る姿は家中の女共から少なからず騒がれている。が、それも返り血と左手にぶら下げた豪族の首で台無しだ。

 

「久焔!!あなたね、武功は見事だけど雷火のできるだけ穏便にとの言葉を忘れたの!?」

 

「穏便に済んだではないですか。一族郎党根切りではなく、当主の首ひとつで手打ちですよ!これ以上なく穏便、恩情でしょう!」

 

何を当たり前のことを、と言うような表情をされ、蓮華はもう肩を落とす他ない。

確かに今回討伐した豪族は孫呉を舐め切り、徴税も拒んで反旗を翻した愚物であるがその家は別。江東に名を知れたそこそこの名族であり、これを一切合切滅ぼしたとなれば孫家の悪名は高まっただろう。かと言って無傷のまま残せば必ずや謀反を繰り返す…。適当な所で和睦をし、より待遇を上げようという魂胆だったに違いない。

 

豪族連合政権たる孫呉にとって最大の欠点を突いた魂胆は、認めたくはないが頭痛の種となっていた。

 

しかし、()()を久焔はいとも簡単に叩き潰す。

真正面から本陣に突撃し、無理矢理一騎打ちに持ち込んで処刑代わりにしたのだ。

彼としてはそこまで考え抜いた末の行動ではあるまい。

 

『孫呉を舐めたツケは血で払わせる。勿論当主が真っ先にあの世行きな』

 

程度の認識だろう。

だが世間はそうは見まい。

 

亀のように引きこもる反乱軍の中へ敢然と突き入った。

最奥にいる大将の元へ辿り着き、一騎打ちでこれを打ち殺した。

そして、残兵に罪なしと全面投降を受け入れた。

 

見事な采配、仁義にもとらぬ行いと褒め称えるだろう。

結果論ではあるが万々歳だ。

しかし、本国での決定を無視した…とまでは行かないが、王の言葉を遵守した行動ではないことは事実。

 

 

「……えぇ、そうね。あなたが傷を負っていなければ、安いものだったでしょうね」

 

 

それに、()としての蓮華が許せなかった。

 

 

 

「兵の損傷は最低限です。しかもこの俺の手負いにしても、戦場では珍しくも「久焔」…はい」

 

流石の戦馬鹿も、蓮華の真剣な声音を読み取ったらしい。

真名が示す通りの焔のような瞳を、真っ直ぐとこちらへ向けてくる。

 

「あなたは孫呉の臣。そして同時に、この孫仲謀の右腕よ。私の許可なく、私の命なく、1滴たりともその血を流す事は許さないわ。あなたはそれを、真名に誓ってくれたでしょう?」

 

分かっている。これは詭弁で、そして傲慢だ。

本当は、ただ一言あなたを心配していると、傷つかないでとそう伝えたいだけだ。

だが、その言葉は決して彼に届かない。彼を繋ぎ止めること能わない。だから縛り付ける。彼が身命を、真名を、そして人生を捧げる孫呉という足枷(主家)に。

 

「…いかにも、仰せの通りでございます。蓮華様、我が短慮、そして心得違い、お詫びのしようもございません」

 

 

 

()の言葉は聞かない癖に。

()の言葉は聞き入れるのね。

 

 

女の癖に主のふりをして、惚れた男を頼れる臣と誤魔化す己に気付きながら、蓮華は心中のどろりとした想いを止めることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで蓮華様、それはそれとして大将首の特別報奨を頂きたいのですが」

 

「あなた今までの話聞いてた!?!?!?!?!?!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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夜、開城させた豪族の居館主室にて。

 

「だから悪かったって、ほんっっっっ……とごめん、このとおり!」

 

「いつまでその言葉で私が納得すると思ってるの!?これで何度目よ、あなたはいつもいつもいつもいつも…」

 

「やった事は謝るしかないだろ!」

 

「謝った後に同じ事を繰り返すから怒ってるのよ私は!!!」

 

そこには変わらず怒号を響かせる蓮華と、その前でやたら馴れ馴れしく、それでいて必死に頭を下げている久焔の姿があった。

 

「いい加減頭に来た!今度ばかりはもう蒼藦(そうま)から言って貰うから!」

 

「お、義父上(おやじ)にだけはご勘弁をっっ!!どうか、どうかお慈悲を!!!蓮華様ぁぁぁぁ!!!」

 

「公の場以外でその呼び方やめてって言ってるでしょ!」

 

「なら頼む蓮華、この通り…!」

 

これが蓮華と久焔の素である。

 

孫堅の死によって家族と別たれ、孤独な時を過ごした蓮華に最も身近に寄り添っていたのが久焔だ。

 

 

話せば長くなるが、元々久焔は朱家の人間ではない。

孫呉最古参の忠士・朱治--真名 蒼瑋--が子が無かったため、その全てを叩き込む後継者として指名されたのだ。

 

その際、歳も近いということで蓮華と机を並べて勉学に励んだのが現在に至る関係性の始まりである。

物静かな蓮華と荒事を好む久焔は事ある毎に衝突し、その度に和解し、そして厳しい環境で絆を育んできた。

 

言ってしまえば、幼馴染である。

 

「いいえ、今度ばかりは堪忍袋の緒が切れたわ!雷火と蒼藦の2人にきつく搾ってもらいなさい!!」

 

「酷くなってる!?!?!?義父上と雷火先生が揃った時の面倒くささはもう三国一だぞ!?夫婦かってくらい息のあった攻めで心を折りに来るからなあの人ら!あんまりだ、勲功第一なのに!!」

 

「ふん!また祭にでも口添えしてもらったら?『坊をあまり虐めては可哀想ですぞ』とか!」

 

「おま、祭様に庇ってもらったこと根に持『怒ってません!』怒ってんじゃねぇかおもっくそよォ!!!」

 

主筋に向けるにはあまりに気安い言葉に、物陰の思春が震える右手を必死に抑えているが2人の口論はますます燃え上がるばかり。

 

「あー分かったじゃあもういいよ!祭様に慰めてもらうから!軍功褒めてもらうから!!」

 

「なっ!?開き直ったわね久焔!!」

 

「じゃあお前が褒めてくれても良いじゃねぇか蓮華!!」

 

「わ、私に褒められたいの…!?」

 

「(主なんだから)当たり前だろ!!」

 

「(恋い慕う人に褒められたいのは)当たり前…!?」

 

 

 

 

(久焔いつか殺す…!!!!!!)

 

真名を交わした同僚(?)にさえ怨嗟を送られる男、久焔。

これは、彼とその主家、孫呉の周辺で紡がれる物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………近くないか、雷火』

 

『この歳になって何を照れておる。ほれ、もう少し寄らんか蒼藦』

 

 

 

 

因みに孫呉本国にて、夫婦のようという久焔の比喩が比喩でなくなりつつあることは、未だ誰も知らない事実である…。

 

 

 

 




久焔「祭様ぁ……」

祭「おぉよしよし、見事な働きであったぞ坊。流石は蒼藦の子、先代におとらぬ勇武よ」

久焔「祭様達の薫陶のお陰です!これからも、俺(の武功)から目を離さないでくださいね!祭様にはずっと見ていて欲しいです!」

祭「……………つまみ食い程度なら、権殿も目くじらは立てまい…」

久焔「?」
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