朱き右腕   作:三途リバー

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日々―孫呉―

「もぉ、人の部屋でそんな辛気臭い顔して。こっちまで気が滅入るんですけどー?」

 

「元からこんな顔だ、ほっとけ」

 

梨晏──太史慈の部屋に親友が転がり込んで来るのは、決まって2人の共通の友に関して、彼が何か考え込んでいる時だ。

 

雪蓮と悶着を起こした時も、冥琳の病に勘づいた時も、必ず刹渦は梨晏の元へやって来た。

別に梨晏が相談に乗ったり、何かしてやるという訳ではない。他愛のない話をしたり、暫く黙って同じ空間に居るだけだったり。何の変哲もない穏やかな時間が、刹渦の心を解しているらしかった。

 

「………俺の人生はさ」

 

「うん」

 

ぽつり、ぽつりと刹渦が口を開き始めた。脈絡もないし意味も伝わらない、滅茶苦茶な言葉だがそんなことはどうでも良い。刹渦は梨晏に話しかけているのではないのだから。

 

「雪蓮に天下取らせる為のものだと思ってた。最初は孫呉の血脈なんて別にどうでもよかったんだ。雪蓮が好きだったから、付いてっただけだ」

 

「うん」

 

耳を疑い、ともすれば不敬罪に問われるような言葉にも梨晏は口を挟まない。ただ、柔らかい相槌を打つだけ。

 

「でもさ、雪蓮は孫呉を愛してる。俺だっていつの間にか毒されちまった。俺にとっても大切な場所で、愛しい家族だ」

 

地べたに横たえていた身体を、刹渦は初めてこちらへ向けた。

そこにはもはや、迷いの色は見られない。

不敵で、不遜で、嫌になるくらい男前ないつもの顔がそこにある。

 

「だから、俺は惚れた女の……いや、手前の大切なものの為に生きることにする」

 

邪魔した、と一言だけ残して去っていく男の背を見送り、梨晏は猪口を弄ぶ。

その顔は僅かな寂寥を宿していた。

 

「惚れた女、か。ほんっっと、人の気も知らないでさ。惚気けてくれるよ」

 

惚れた男が愛する女は生涯の友。

だが、一途に全てを捧げる彼の姿にこそ梨晏は心を奪われた。

我ながら厄介な恋をしたものだと思う。

 

「ま、惚れた私の負けってやつさね」

 

自嘲しながら、心中の靄を酒と共に流し込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梨晏の部屋から出た刹渦は、とくにあてもなく街中をぶらぶらと歩いている。

 

建業…孫呉の街。孫堅()を失くし、手足をもがれて各地へ散らされた孫家が漸く手にした、自分達だけの居場所。

隆盛の度合いで言えば曹魏の許昌には遠く及ばないだろうし、未だ裕福とは言えない。

それでも、建業が孫呉の街であることに違いはない。そこに住む人々が孫家にとっての財産であることに変わりはない。

 

故に、相手がどこの誰であろうと譲ることなど出来はしない。

 

「遠目から見ても気難しい顔してるわねぇ、刹渦」

 

「お前らは人の顔に文句言わなきゃ気が済まない生き物なのか?」

 

いつの間にか隣に並んでいた主君にも全く慌てることなく、刹渦は手に持っていた肉まんを躊躇なくその口へ突っ込んだ。

 

「もがッ!?んぐ、ちょ、熱いじゃない!」

 

「奢りだ、喜べよ」

 

「あらありがとう…ってそうじゃないわよ!」

 

こうして歩いていると、本当に歳相応の姦しい女としか思えない。

よく笑い、よく怒り、屈託の無い笑顔で人の心を温めていく。

だがその身はとてつもない重圧を背負い、泣き言も弱音も吐かず常に前を向き続ける。

王の器、としか刹渦は彼女を表現できない。

彼女がこの天下を治めずに誰が治めるのだと叫びたくなるほど、彼女に惚れ込んでいた。

 

「気にしてるの?例の策」

 

(しかも人の心をここまで言い当てると来たもんだ)

 

まったく、常々最高の英雄だと思う。

だが、だからこそ、刹渦は自分達の()()に苦い思いを抱かずにはいられない。

 

「……たりめェだろ。俺は、お前を…」

 

「私ね、自分は天下人になれる器じゃないと思うの」

 

馬鹿な、と叫ばなかった自分を褒めてやりたい。いや、単に叫ぶ余裕もなかっただけか。いずれにせよ、刹渦はあまりの驚きに硬直し、歩くことすら忘れて呆然と雪蓮を見やった。何か言おうと頭を回すが、何も出てこない。

その間にも雪蓮の言葉は続いた。

 

「結局、武勇に頼った支配は人を恐怖で縛り付けるだけ。そんなもの、どうしようもなく脆いのよ。私は…いや、違うわね。今までの孫呉じゃ、その脆い支配しか築けなかった。その結果が豪族を無理に抑えつけた”呉”という国じゃない?」

 

「それは──」

 

「でも、蓮華は違う」

 

あぁ、これだ。自分はこの声に惹かれたのだ。

力強く、雄大で、そして、包み込むような…

 

「あの子は、弱さと痛み、それに寄り添う者の温かさも知っている。力だけに頼らないやり方…覇道ではない、王道。それを見守るのも良いなって思うのよ」

 

夕日に照らされる呉王の顔は、どうしようもなく美しかった。

 

「なぁに、泣いてんの刹渦!?」

 

「ばッ、違う、目にゴミが入っただけだ!ほら早く行くぞ、久焔が帰ってくる!」

 

「ちょ、押さないでよ!あなたは乙女の扱い方ってのが──」

 

敬愛する主に情けない顔は見せたくない。

 

誤魔化すようにその背中を押し、刹渦は乱暴に顔を拭った。

 




プチ設定

刹渦
孫策、周瑜、太史慈と仲良し4人組。この外史では孫堅存命時に既に孫家と関わりを持っていたが、本格的に臣下の礼を取ったのは袁術麾下においてである。
豪族や役人の出ではなく、侠者的な面が強かったため言動は傲岸不遜で派手好き。資金、人足、軍事力など何もかもが不足していた孫策の暗黒時代を卓越した指揮能力で支え、遂には独立成さしめた傑物である。
周瑜がイヤな咳をするのを見咎め、大丈夫だと言う彼女を無理矢理静養させるという超ファインプレーを起こした。



周瑜
仲良し4人組の1人。頭脳労働担当。孫堅亡き後名実ともに孫呉のNo.2として働いていたが、刹渦の加入もあって原作ほどの過労には陥っていない。そのため病も初期段階であり、静養すれば完治は難しくとも命に別状は無いという線で踏みとどまっている。長期離脱にあたって都督の座を刹渦に託し、現在は自然豊かな片田舎で静養中。


太史慈
仲良し4人組の1人。雪蓮のことが好きな刹渦が好きという三角関係に苦しんでいるが、人前ではそのような様子をおくびにも出さない健気な褐色元気っ子。
政務は苦手だが、いざ戦となると誰よりも勇猛果敢に敵中に突入る孫呉の特攻隊長的存在。
久焔からは『梨晏(ねぇ)』と呼び慕われている。
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