朱き右腕   作:三途リバー

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帰京

 

建業へ馳せ戻った久焔は、諸将はおろか兵卒に至るまでピリピリとした空気を肌で感じ、己の憤怒が急速に冷めていく感覚を覚えた。

 

(人が怒ってるのを見ると、存外冷静になるもんだ)

 

ついさっきまで義父と兄貴分を纏めて問い詰め、場合によっては張り倒そうと気炎を吐いていたのが馬鹿らしくなってくる。

それほどまでに、孫呉の雰囲気は険悪なものだった。

 

「久焔さーん!おかえりなさーーい!」

 

そんな中にあって、いつも通りの間延びした声をかけてくる同僚の図太さは頼もしい。

 

「出迎えが包1人とは、手柄の割に随分寂しいな」

 

「はぁ!?こんな美人で頭も良くてちょうどいいおっぱいの持ち主がわざわざお出迎えに参上したんですよ!?普通涙を流して喜ぶとこでしょう!」

 

「へーへー、あまりの感涙でそのありがたーいお胸が見えませんよ魯粛大先生。まぁ元々見るほど価値あるとは思えないけど」

 

「よっしゃその喧嘩言い値で買ったァ!!」

 

魯粛子敬こと包は、孫家が人材を広く求めた折に冥琳の強い推挙で召し抱えられた若手の文官だ。

孫呉の次席が認めるだけあって知略、行動力共に申し分無いのだが、古参だろうが主家だろうが知ったことかとばかりに遠慮のない物言いが周囲の顔を引き攣らせることしばしばである。

 

彼女の直接の上司たる雷火など拳骨の雨を降らせているし、武官連中には口ばかり回る軽い人物などと蔑まれることも多い。

 

久焔に言わせれば、節穴以外の何物でもないのだが。

 

「で、また随分ピリピリしてるな」

 

「そりゃ当たり前ですよ、先代の仇が大陸一の軍事力の陰に隠れちゃったんですもん。まぁ包的には()()()()()()()()()

 

「お前な……」

 

「やだなぁ、そんな顔しないで下さいよぅ。久焔さんにだから言えますけどね、孫家の人って基本江東江南守れれば良いやって感じじゃないですか。長江から先には出ても利が無いーとか我らの土地を守り抜くことこそ重要ーとか。いやね、阿呆かと。馬鹿じゃねぇのと」

 

狂児魯子敬が口だけ?軽い人物?

とんでもない。

 

「孫家に天下をもたらす為に仕官したんですよ、私は。良いじゃないですか。黄祖に曹操、たいへん結構。孫呉の天下への道を彩る敵役がわざわざ名乗り出てくれたんです、感謝してもしきれません」

 

こいつは、根っからの怪物(てんさい)だ。

その頭の中に際限のない野心、そしてそれを成しうる才を余すことなく詰め込んだ()()だ。

 

「ほんと……包の心臓は鉄で出来てるんじゃないかと思うよ」

 

「でへへ、褒めすぎですよぅ」

 

今は文官として仕えているものの、実家の資金力を元手に地元の有志を募って賊を討つなど元々義勇軍じみた活動を行っていた女である。

腕っ節はともかく、心は根っからの武闘派なのだ。

 

恐らく久焔不在の間に行われた評定で、主戦論をもっとも唱えたかったのはこいつだろう。

 

「難儀だよなお前も。そこまで考えときながら出兵には反対したんだろ?」

 

「まぁ、私は一応、冥琳さまから直々に孫呉の政を頼まれましたし。実際、敵役と戦うのに準備は要りますし。別に我慢したとかそんなんじゃ」

 

遠慮がないとは言いつつも自分の役目からは決して逸脱しない、肝の据わった知恵者。

調子に乗るので決して口に出しはしないが、久焔はそんな彼女を尊敬すらしていた。

 

「そんなことより久焔さんですよ!どうなんです、出兵ですか?慎重ですか?」

 

ごまかすようにまくしたてる包を微笑ましく思いながらも、それとは別の感情から来る笑みが顔に浮かんでくるのが自覚できる。

隣を見やれば、呆れたような、それでいてどこか期待通りといったような包の顔がある。

 

「俺は武官だ。方針に口出しはしねぇ。ただ、目の前の敵を叩くだけだ」

 

「私、久焔さんのそういうとこ好きですよ。自分の分際わきまえてる感あるとこ」

 

「一言余計なんだよこの野郎!そんなんだから俺と諸葛瑾?だっけ?あの新入り以外に友達いねえんだ」

 

「野郎じゃないです!というか友達いますし!友達の100人や1000人そこら中にいますし!文官からも武官からも浮いてるぼっちじゃないですし!」

 

「語るに落ちてんじゃねか」

 

「ふん!別にいいです、友達なんて久焔さんがいれば」

 

「……お前、結構こっ恥ずかしいこと言ってる自覚ある?」

 

「言わないでください今気づいて死にそうになってるんですほんと頼みます」

 

往来のど真ん中でへたり込む包の顔は耳まで赤い。

珍しいものを見れたと大笑いする久焔に恨みがましい視線を投げ付け、口を尖らせるばかりである。

 

「ふんだ、この鈍感、間抜け、奥手ビビり!……私はほんと、久焔さんがいれば…」

 

「どう考えても兄ィの悪口だろそれ!!」

 

「あーもー、そんなんだから蓮華様も苦労なさるんじゃないですかこのバーーーーカ!!!!」

 

「いや意味分からんしなんで蓮華出てくるんだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱義封、北壁より戻りましてございます。雪蓮様のご尊顔を拝し奉り、恐悦至極」

 

「あ、あのー…久焔?その、内輪の集まりだからそんなかたっくるしい挨拶は必要ないかなー、なんて…」

 

「恐れながら雪蓮様、某、有難くも孫家の皆様から朋友の悦を頂いてはおりますが、所詮我が分は臣下にござる。何卒、分限に合ったお言葉を賜りたく」

 

「お、怒ってる…?」

 

「滅相もござりません。某、雪蓮様に尊崇の念を抱きこそすれその差配に異を唱え、剰怒りを覚えるなど決して、決してそのような不忠は……」

 

穏──陸遜が笑い声を噛み殺している。

久焔の凄まじい臣下の礼攻撃に鳥肌が立ちっぱなしのこちらの顔と床を交互に見ては肩を震わせていた。

刹渦は思い当たる節があるのかバツが悪そうに顔を逸らし、吹けもしない口笛を吹こうとしている。

 

(バチボコにキレてんじゃない久焔──!!!)

 

さきほどすれ違った包はそんなに怒ってる様子はなかった、とか言っていたがとんだ偽報である。

目の前で平伏する臣下の鑑からは怒りを通り越して赤い闘氣すら立ち上っているではないか。

 

「久焔、あまり雪蓮殿を困らすな」

 

「されど義父上」

 

まさに救いの手である。

同席した蒼藦が見兼ねたらしく声を掛けてくれた。義父に頭が上がらない久焔のこと、これでようやく曲げた臍を元通りに…

 

「雪蓮殿の気遣いを無駄にするか。言いたいことがあるならば己の言葉を飾り立てず並べよ」

 

(ちょっと蒼藦??????)

 

義父上がそう仰られるならば、と前置きをひとつ挟んで、漸く久焔が顔を上げた。

 

(あっこれヤバいやつだ)

 

雪蓮お得意の勘が危険信号を発した時にはもう遅い。

先程までの嫌味なまでの敬語が嘘のように怒涛の奔流が流れ出した。

 

「あのさ雪蓮姐に兄ィ俺言ったよな蓮華を前線に立たせること自体は良いと思うけど流石に戦況考えろって確かに間違いなく蓮華は大将の器だけどどこかの誰かと違って返り血浴びれば浴びるほど味方の士気が上がる分類の大将じゃねぇんだってなぁ俺の話聞いてたのか建業に置いておきたくない理由があったんだろうとは思うけどそれとこれとは話が別だろ蓮華の身に万一があったことを考えてそれと釣り合うような理由なんだろうなおい大体護衛が思春だけっていうのも無防備だあいつを信用してない訳じゃないけど水の上ならともかく地上をあいつ1人で全部対処できるかって言ったらそれは無理だろなぁ聞いてるか兄ィ顔逸らしてるけど俺はあんたにも話してるんだよそうそう思春と言えば今回俺の代わりに氷鷹寄越したよなアレどういう意味だよなぁ確かにいつまでも放置できる問題じゃないけど今すぐ和解とかどう考えても無理だろ仲介に入った俺の真名捨てたんだぞあいついくら危機が迫ったからっていきなりはい仲直りとか無理に決まってんだろおいそれで蓮華の身になにかあったら誰がどう責任取る???」

 

「「ごめ……」」

 

「あ”?」

 

「「すいませんでした……」」

 

耐えきれず吹き出した穏の笑い声で、一座の張り詰めた空気はよつやっと弛緩した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冷めた熱も、根本の原因を前にしては再燃してしまう。

ひととおり思いの丈をぶちまけた久焔だが、それでもまだ足りない。

流石に義父が視線を投げて来たので打ち止めるが、兄貴分には今夜にでも自室で正座させようと固く誓った。

 

「それでですねぇ、久焔さんをお呼びした理由なんですけれども…」

 

「その話に入る前に、最後にこれだけは言っておきたい。雪蓮姐、いいか?」

 

久焔の真剣な眼差しを見て察したか、先程まで情けなく身震いしていた呉王が背筋を伸ばした。その顔は既に為政者のそれである。

 

「えぇ、聞かせて」

 

「蓮華を建業から遠ざけたのは黄祖絡みであいつが苦しまないためか?」

 

「半分はそうね。もう半分は、『呉』という国が一枚岩ではない…そんなところを()()見せたくなかったのよ」

 

応じた声には幾らか後悔の念も含まれている。

やはりと言うか、流石に悩んだ結果のことらしい。

 

「そうか…だが雪蓮姐、兄ィ、それに義父。これだけは覚えておいてほしい。蓮華はもう、守られるだけの存在じゃないんだ。戦場に出したがらない俺が矛盾したことを言うかもしれないが、あいつはもうそんなに弱くはない。呉の現状を見ても、国難にあっても、それを受け止めて前に進む力がある。ないがしろにはしないでくれ。頼む」

 

久焔が最も怒りを感じたのはこれだった。

中枢政治から弾き出し、関わらせないかのような扱いはどうにも我慢がならない。

 

──我が()は、そのように脆弱ではない。力不足でなど断じてない。

 

自分で言った通り、矛盾はしていると思う。だがそれでもやはり、言わずにはいられなかった。

 

3人がしかと頷くのを確認し、久焔は今度こそ完全に怒りを鎮めきった。

 




この小説書くにあたって三国志のことを勉強しはじめ、まだまだニワカのニの字も踏んでいないような自分ですがその中でも滅茶苦茶好きになったのが魯粛です。

地元のヤンキー集団の元締めみたいなボンボンが都督になってしかも関羽にメンチ切るってめっちゃすごくないですか?

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