文官達が政務に大わらわとなっていたある日のこと。
都からの使者を称する者達が建業を訪れ、宮中はひどくざわついていた。
「帝のおわす洛陽じゃなくて、許昌からですか」
「うむ。司馬懿と陳珪の2人が正使ということじゃが…彼奴等、朝服も纏っておらん。あからさまに曹操の使いっ走りじゃろうて」
怒り心頭とばかりに床を踏み鳴らして歩く祭に、久焔も無言で頷いた。帝の権威を傘にきて孫呉に無理難題を吹っかけに来たのか、口上を聞くまでは分からないが何にせよ不愉快であることに変わりはない。
現に叛乱扇動や黄祖の引き入れなど、曹操のやり口にもう我慢ならぬと剣に手をかける粗忽者まで現れる始末である。
「しかし曹操も大胆ですねぇ。司馬懿に陳珪、叛乱に1枚噛んでた面子をわざわざウチに寄越すとか。お師さんなんて怒りのあまり血管切れちゃうんじゃないですか?あの人血圧高いですし」
逆に、2人に追い縋る包などはむしろ感心しているような口ぶりだった。怒りや呆れを通り越し、いっそのことその図太い神経が通った面を拝んでやろうと鼻息を荒らげている。
彼女の言う通り、使者を送る主も敵地同然の建業へ乗り込む使者役も、並大抵の肝の太さではないといえた。
「誰が高血圧の老人じゃこの馬鹿者」
「ひゃわぁっ!?い、いらしたんですかお師さん…」
「当たり前じゃろう、此度の謁見は我ら宿将も同席する。逆に包は何故ここにおる。お主のような若造はお呼びでないわ、引っ込んでおれ」
現在謁見の間で待たされている使者の雪蓮への目通りは、宿将同席の下行われることとなった。すなわち蒼藦、雷火、祭である。北壁防備に就いている粋怜、産休中のもう1人の宿将が不参加なため、その代わりと言ってはなんだが都督補佐の穏も参加が確定している。
明命や包、亞莎、久焔といった若手は今回は同席を許されない…筈だったのだが。
「え、だって久焔さんは参加するって」
「久焔はそう遠くないうちに朱家を継ぐ、いわば家督内定者じゃ。宿将に同席することでそれを内外に示す良い機会でもある」
「はぁ!?ずるいずるいずるいずるい!家格で全てが決まる古き悪しき風習反対!パオにも平等な活躍の場を!!」
「駄々をこねるでない!お主は自分の仕事をしておれ!ほら行くぞ久焔」
「依怙贔屓だ、縁故主義だ!まったくそんなんだから豪族連合政権とかいう面倒この上ないことに…」
謁見の間に向かう3人の背に、包はなおもブツブツと怨嗟の言葉を投げかける。
文句と言うには些か毒が強すぎるその言葉は、彼らの姿が見えなくなっても暫く止まなかった。
「大体、あんな怒ってる久焔さん無理矢理連れてってパオ以外に宥められる人いないでしょうに!どうせご老人方は一緒になって囃し立てるんですから!あーあー、もう知ーらないっと」
「待たせたわね。私が孫伯符よ。
2人の使者と宿将達が居並ぶ中、最後に入ってきた雪蓮が玉座から声を掛ける。
「拝謁を賜り、恐悦至極にございます。私は司馬懿、仰せの如く魏王曹操が治める都、許昌より朋友の言葉をお伝えに参上仕りました」
(こいつが、司馬懿………)
久焔は睨め回すように青白い顔の使者を見やった。
権威を振りかざすような口調ではなく、どこまでも腰が低い。馬鹿丁寧な男、というだけで神算鬼謀という才気ばしったところは全く感じさせない。
これが明命の諜報を掻い潜って豪族達に接触し、だけでなく孫呉を内外から覆滅しようと企てたとは俄に信じ難かった。
「朋友ぅ?」
「はい。私は曹操に仕えた覚えはありません。飽くまで友の1人です。此度の使者のお役目に関しましても、我が友たっての願いということでお引き受けした次第」
「あら、それは意外。曹操の懐刀司馬仲達の活躍は遠く揚州にも鳴り響いているわよ?」
「勇武名高き孫呉の皆様に我が名が知られているとは…身に余る光栄にござる」
突き刺さる視線にも、雪蓮の毒にも、司馬懿は柳に風と顔色ひとつ変えない。叛乱を扇動した敵国に乗り込んでくる度胸といい、中々のものである。久焔は
尚も、久焔の濁った眼が2人を捉えている。
「私は沛国の相、陳珪と申しますわ。お目通り、感謝致します」
もう1人の使者はと言えば、山越を唆した張本人、自らは安全な場に立ちながら虎視眈々と江南を狙ってきた女狐である。
つい先日も矛を交えたばかりだ。面の皮が厚いと言うほか無い。
と、その時。
「随分他人行儀ではないか。なぁ、燈よ」
まるで世間話をするように、旧友に再会するように、蒼藦が声をかけた。
「あら蒼藦さん、嬉しいことを言って下さるのね。ですが今はお役目が大事、積もる話はまた後ほど…」
「あぁ、そうだな。丁度渡したいものがあったゆえ、楽しみにしていてくれ」
これには雪蓮や宿将達も、陳珪の隣の司馬懿すらも目を剥いた。
江南を巡って火花を散らした2人が、まさか真名を許す間柄とは誰も思わない。久焔も知らなかった。
ただ1人、雷火が顔色を変えていないところを見るに彼女だけは前々から知っていたようだ。
「して、御二方が揚州くんだりまでお越しになられたご用件は?」
咳払いをひとつした後、刹渦の一言で話は本題に立ち戻る。
司馬懿も威儀をただし、朗々と口上を述べ始めた。
「は、遅くなってしまいましたが、曹操は孫策様の揚州統一をことのほか喜んでおり、その慶賀がまず一点。改めて、揚州統一、真におめでとうござりまする」
「それはご丁寧にありがとう。それで、一点ということはまだあるのよね?」
「はい。この上は、漢帝国の支配を以前にも増して盤石とし、帝の治世を守り立てるため、孫策様には揚州牧を命じられるとのお言葉ですわ」
陳珪の言葉に、待ってましたとばかりに宿将が噛み付く。
やれ帝による叙任ならばともかく曹操個人の命に従う義理はないとか、やれ上からの物言いは無礼千万とか、やれ曹操の使いっ走りに用はないとか、雪蓮の顔を立てるためにも過激過ぎるほどの雑言を並び立てていく。
だが、司馬懿はその激昂した言葉に乗らなかった。その一つ一つに「お言葉ごもっとも」「これは曹操の不心得にござった」「返す言葉もござりませぬ」など、腰の低い謝罪を重ねていく。
孫呉側からすれば拍子抜けである。
彼らが何をしに来たのか、全く見えない。
「ふぅ…返す返すも申し訳ございません、孫策様。我が友の無礼、きつく言い含めておきますゆえ何卒お気を悪くされませんように…」
「もう良いわよ。で?用はそれだけ?私達を怒らせるだけ怒らせて終わり?」
いくらか焦れたように雪蓮が訊ねる。語気も鋭く、イラつきを隠そうともしない。隣の刹渦も、何かを見定めるように司馬懿と陳珪を見ていた。
「曹操から申し付けられた用件は以上にございます。しかしあの者、昔から己が本心を人に伝えるのが苦手でしてな。僭越ながら、私がそれを代弁し、お伝え致したく存ずる。よろしいでしょうか、孫策様?」
無言のまま、雪蓮が首を振った。
司馬懿はひとつ頷くと息を吸い、そして──
「揚州はもらいます。僕らも叛乱扇動なりなんなりセコいことやって来ました。そちらはそれにお怒りで、こちらは州牧叙任を蹴られた。大義名分もそれぞれ立ちましたし、ぶっちゃけもう我慢の限界でしょう?回りくどいことはもう無し、真正面から殺し合いましょう。華琳ちゃんからの宣戦布告です。……………はー、疲れた。やだやだ。やっぱり僕こういう格式張ったこと向いてないって。もう帰りましょ、燈さん」
開戦の烽火を、ぶち上げた。
ドリフターズと恋姫無双のクロスオーバーを誰かがやってくれるのを待ってウン年が経ちました。主人公の女性観が恋姫ワールドにミスマッチすぎるせいですかね???