朱き右腕   作:三途リバー

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Super Flare

「わざわざ断られるのが目に見えてる揚州牧の叙任とか回りくどいことしてますけど、結局彼女が言いたいのは力ずくで揚州貰うってことです。まさかあなた方、はいそうですかと曹魏王権の下で揚州支配を委任されるなんて道選ばないでしょ?分かりきってるんだからこんなチマチマした言葉の応酬してたって意味無いじゃないですか。と言うか、僕個人としてはこんな使者送ること自体不要だと思うんですがね!」

 

先程までの慇懃さが嘘のように、投げやり気味に捲し立てる司馬懿。

そのあまりの変貌ぶりに場の全員が呆気に取られていた。ただひとり、放言した当の本人の隣の女だけは肩を震わせていた。

笑っている。

 

司馬懿の言葉は、不意をうって場を支配したと言って良い。

誰もが口を開かない。開けない。怒りを感じ、それを顕すことすら忘れたように呆然と目を見開くばかり。

 

なおもその放言は続く。

 

「華琳ちゃんも難儀な性格してましてね、策謀を躊躇なく容れると思ったら正々堂々名乗りを上げて蹂躙するなんて阿呆なやり方に憧れたりするんですよ。僕を使ったのが前者、今回のが後者ですね。いやはや中途半端で付き合わされる方はたまったもんじゃないですよ。その点お宅は羨ましいです、欲しいものは全部力ずく、蛮族上等頼るは力と先代孫堅様の頃から一貫されてる。もしかしたらそんな孫家だからこそ、その作法に則って真正面から叩き潰したいと思ったのかもしれませんがね」

 

先代孫堅に話が至るに及び、諸将の目に火が宿った。

比喩ではない。爆発的な激情が、瞬く間にその精神を支配して行き場を探す。

 

「きさ──」

 

ま、と雷火が叫び終わらぬうち。

 

 

 

「下っ手クソな喧嘩の売り方ねぇ」

 

 

 

沈黙を破ったのは、雪蓮だった。

その口調からは、怒りなどの感情は感じ取れない。どこまでも淡々とした、冷静そのものの声である。どころか、どこか呆れたような色すら感じさせる。

 

「あなた、慣れてないでしょ?分かるもんよー、そういうの。まぁ一応ここまでのこのこ出てきて啖呵を切った根性は認めるわ。その褒美に、ひとつお手本見せてあげる。……君理!」

 

「はっ。司馬懿殿、燈」

 

ごそり、と蒼藦が取り出したるは人の顔ほどはあろうかという桶。

それを無造作に、2人の前へと転がした。

 

「こうならないよう、入念に化粧をして参るよう曹孟徳に伝えてくれ」

 

「ッ──」

 

陳珪が僅かに息を呑んだ。

中身は首級である。それも、土色に変色し、あまつさえ腐り始めて蛆が湧いている。

 

先の山越の叛乱において、陳珪から援軍大将を任された将の首だった。

 

「孫策様、そして先達からのご教示、有難く。お土産も返答も頂きましたし、帰りましょうか燈さん」

 

司馬懿はまたも顔色をひとつも変えず、当然のようにそれを拾い上げた。無論、蒼藦が言った意味が分からぬ筈がない。

 

──首実験の際に見苦しい顔を晒さぬようにせよ。

 

これ以上なく単純明快、宣戦布告と同時に殺害宣言である。

 

 

「倅が山越の住処で拾ったものだ。取り敢えず持って帰ったはいいものの、処分に困ってな。燈の顔を見て思い出した。陳家で見た顔だったぞ。これを渡そうと思うていたのだ」

 

侮辱に侮辱を重ねた、悪辣と言って良い言葉だ。

流石に目を見開き、驚愕と怒りに打ち震えた陳珪だったが、彼女とて群雄の中を渡り歩いた一個の大人物。

 

「まぁ、これはご丁寧に。この者ったら、田舎暮らしに憧れて我が家を飛び出して行って途方に暮れていましたの。わざわざお拾い頂き、感謝申し上げますわ。ご嫡男は朱然殿だったかしら?ありがとうございます」

 

震える唇を抑え込み、貼り付けたような笑みを作ってみせた。

その顔は、蒼藦とその息子である久焔にのみ向けられている。

 

「長居はお互いのために良くありませんね。では、これにて失礼仕る」

 

威儀を正して入室した時とは真反対に、ズカズカとなんの気負いも無い足取りで司馬懿が背を向けた。恐怖も怒りも見えぬ、軽やかなものである。

 

揚州、建業。

今この時、この地より、以降永年に渡る孫呉と曹魏の因縁が産声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やばい、アレはやばい)

 

心の臓を握りつぶされたかと、楼鸞は錯覚した。

謁見の間を辞し、長い渡り廊下を歩いている今でも背筋の悪寒が消えない。

その原因は孫策ではない。首を投げて寄越した朱治でもない。

 

主君の隣で()()()()()大都督だ。

 

(見抜かれて…違う、僕が間違えていたんだ)

 

楼鸞は、人の嵌め方には2通りあると考えている。

 

利益で目を眩ませ、行動を自ずと誘導するやり方。

感情を煽って思考を縛るやり方。

 

いかに高尚で剛毅で、そして素晴らしい人間でもどちらかには()()()()()があるのだ。それは本人でなくとも、その人が大切にするもの……家族や、名誉や、主君や、友や、愛…何かに必ず引っかかる。

 

その選択を、いや、その前提すら、完全に間違えていたことを楼鸞は悟った。

 

(孫呉の人間は利じゃ転ばない、そう思ったから怒らせた。だが、それでも駄目だった)

 

人の心など掌の上で如何様にも動かせる。細かい機微は無理であろうとも、大まかな動きは誘導出来ると、驕っていた。

()()があったが故に、過信した。

 

──孫呉を舐めてくれるなよ

 

そんな声が頭の中に響いている気すらする。

いや、()ではない。あの瞳は雄弁に語っていたのだ。

 

あの男は、怒って言葉もないフリをしながら、圧倒されたフリをしながら舌なめずりして待っていたのだ。

何故、そして何を待っていたかまでは分からない。しかし楼鸞が宣戦布告を行ったあの瞬間、確かに彼の眼は輝いた。あれは、獲物を目前にした餓狼の眼だ。

 

(何を企んでる、呂範子嬰。君は何を捕らえたというんだ)

 

楼鸞は心の底から恐怖し、同時に喜びを得た。

 

「あぁ、僕はまだ青いな。惨めだ、無様だ、知ったかぶりの大馬鹿者だ。くくく、学ぶことはまだあるなぁ」

 

「随分とご機嫌がよろしいのですね。働くのはお嫌いなのに、学びを尊ぶなんて」

 

後ろを歩く燈の声に幾らか棘が含まれていた。未だに怒りが収まらぬらしい。

しかし、楼鸞の声音はそれと対象的に弾んでいる。

鼻唄でも歌いそうな調子で、首を背後へ向けた。

 

「昔から、勉強と試行錯誤は好きなんだ」

 

新しい孫呉(教材)を前に、知らずのうちに楼鸞の背筋が伸びていく。足取りも軽い。怖い癖に、それを上回る期待感で心臓の鼓動がうるさい。

 

曹操の下に参じて以来、楼鸞は今この瞬間、最も満ち足りていた。

 

 

 

 




三国志をちょっと勉強するようになり、その上で小説書くにあたって孫呉の血脈見返したら赤壁前の劉備の立場が意味わからんことになってて「!?!?」となりました。劉旗やってないしよく分かんないですよね、蜀陣営…

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