曹魏、孫呉の全面戦争開幕から早2週間。全軍を揚州へと入れた曹操は先鋒を王朗、第二陣を夏侯惇、第三陣を曹仁という陣立で三方面作戦に打って出た。
3人の将は面白いように砦を次々と陥とし、残すところは北壁と3つの小砦のみ。余勢を駆って意気揚々と王朗が軍を進めた時、
「も、申し上げます!王朗隊、伏兵にあって損害甚大!王朗様は狙撃されて落馬、意識を失ったところを旗本がなんとか救出したとのこと!現在は軍監の司馬懿様が采配を振るわれ、態勢を立て直さんと奮戦されております!司馬懿殿のお言葉をお伝え致したく候!」
勝ちに奢っての敵地への深入り、挙句伏兵の的になる。
兵法書のお手本のような敗け方だった。
罵倒のひとつもしたくなるが、大将は如何なる時も決して動じず構えるもの。
華琳は怒りを呑み込んで続きを促した。
「『だから言ったじゃん!仕事はするけど3万連れて帰れたら褒めて』とのこと!!」
「………………………………伝令ご苦労、誰かこの者を休ませよ!……霞、行ってもらえるかしら?」
額に浮いた青筋を抑えるのにたっぷり時間をかけ、華琳は本隊に控えさせていた虎の子の方を向く。
ご指名を受けた曹魏最強騎馬兵団保持者は心底嫌そうな顔をしていた。
何故か霞は楼蘭とウマが合わず、互いに真名も交わしていない。
戦場に私情を持ち込まぬ霞が露骨に渋るというだけで、その程が知れるというものだろう。
「青瓢箪に任せとけばええんちゃうか?殺しても死なんやろあいつ」
「困らせないで。楼蘭だけじゃなくて王朗の隊を救うのにあなたの足が必要よ」
「気ィ進まんけどやってみまー。ま、ちゃーんとお仕事はするから心配いらんで。連れ帰ってくるんは首から上だけでええやろ?」
「霞…」
「おっしゃ出陣!張遼隊出るでぇ!!」
「キリないなぁ」
次から次へと踊りかかってくる敵兵に、楼蘭は頭を抱えた。
大勝ちの勢いに慢心し、敵の挑発にも簡単に乗せられた先鋒軍は面白いように覆滅されかけている。
これだから、揚州から追い出された王朗を先鋒役にという意見には反対だったのだ。孫呉憎しで凝り固まっていては簡単に敵の罠に落ちてしまう。慎重に慎重を重ね、整然と軍を進めるべきだと王朗にも幾度となく進言した。しかし復讐心に駆られる彼は凌統の軍を深追いし、潜んでいた甘寧の部隊に散々に破られた。
「あるじ、あぶない。ここ、ひく」
舌足らずな副官が安全な場所から指示を出すよう上奏してきたが、楼蘭はやんわりとそれを退けた。
「僕も逃げたいけど、大将代理が退いたら皆殺しだ。 悪いね
「あるじのそばにいる。じぶんで、きめた」
覚束無い口調で、しかしながら断固とした決意を滲ませる少女は元々一農政官だった。幼い頃に両親と死別し、まともな教育も受けられなかったため未だ言葉がたどたどしい。そのせいで出仕しても中々認められず、華琳の目にもとまらず燻っていた。成果を挙げても他人の手柄にされ、自身は大した仕事を任されもせず良いように顎で使われていたのだ。
そこを、たまたま彼女が作成した地図を見た楼蘭が副官に引き抜いた。
農政の基本である住人の把握や土の質、更には地形、日当たり、湿度まで細々と網羅してある地図を見た楼蘭は、珍しく速攻で動いた。
なんとしてもその状況把握能力が欲しかったのである。
言葉も満足に話せない少女を傍に置く楼蘭を奇特に思う者は多く、馬鹿にする者はもっと多かった。
そんな悪評を鼻で笑って少女を重用し、また教育も手ずから施している楼蘭は、いつの間にか絶対的な信頼と忠誠心を寄せられ『あるじ』などと呼ばれるようになる。
無類の洞察力と幾度かの従軍を経て培われた指揮能力を有する彼女は、今や楼蘭の片腕。
「ありがとう。頼りにさせてもらうよ。早速で悪いけど、前衛ごと敵を射殺してくれるかな?向こうの殺し間を無効化したい。勇敢なる曹操軍最前衛の諸君は尊い犠牲ということで」
「ん。とうがいたい、でる。みんな、いく」
「「「「はっ!!」」」」
姓を鄧、名を艾。
後に、司馬懿麾下最強戦力として名を響かせる未来の豪傑である。
続々と飛び込んでくる伝令兵の戦況報告に、北壁は沸きに沸いている。あの曹操の軍を、本人は居らずとも罠にはめ完膚なきまでに打ち砕くという戦果に兵卒に至るまでが歓喜の声をあげている。
「ざまぁ見やがれ!偉そうな顔で俺らの土地にズカズカ入ってくるからこうなんだ!」
「そうだ、ここから先は我らの庭よ!曹魏恐るるに足らず!孫策様の援軍来着の前に我らだけで追っ払ってやるわ!」
あまりの浮かれように、粋怜が空気の引き締めを行おうとしたがそれは他ならぬ蓮華に止められた。
『敵の出鼻を挫いたとは言え、ここからは只管籠城して姉様の援軍を待つしかない。士気を保つためにも、もう少し騒がせても良い。緩みすぎは不味いが、緊張しすぎてもな』
「くぅ坊と言い蓮華様と言い、人の成長は早いものね…」
思春を始め、北壁に来てから心酔を深めた氷鷹、明命など蓮華は人を惹きつける大将として大きく成長を遂げていた。
泰然自若として常に態度を変えず、檄を飛ばさずとも兵達はその姿に勇気づけられる。
戦場のど真ん中で武勇を振るい、軍全体の闘志を燃え上がらせる雪蓮とはまた違った大将ぶりだが、劣ってなど決していない。
そんな想像が粋怜の頭を離れない。
「矢でも曹操でも持ってこい…なんてね。ふふ、面白くなってきた」
慢心とはまた違う、戦いを前にした高揚感。心地よい熱に身を焦がされ、粋怜の得物を握る手に力が入った。
一方、長江を軍船で上る孫呉軍本隊、その船上。
「淮南に船を着けたら、祭さんは騎馬で兎に角北壁向けて突っ走ってくれ。俺達本隊は態勢を整えて後から追う」
「うむ、任せておけ。権殿を囲む曹魏の連中を一当てし、そのまま入城して構わんのじゃな?」
「あぁ、そのまま敵を引き付けてもらって後発の本隊と挟撃する。こいつは北壁が陥ちたら全部おじゃんだ」
「それ以前にぃ、祭様が北壁に入るのも結構難しいと思います〜。曹操さん達もこれしか手がないというのを理解してる筈です〜。北壁を包囲すると見せかけながら、祭様を待ち受けていると思いますよ〜。大丈夫ですか〜?」
刹渦の戦略は、数よりも速さ、突破力を重視して敵の包囲を突き破り、そのまま守備と合流するというもの。
再び囲んできたところを雪蓮自らが率いる孫呉の主力と挟撃する、という点を除いては以前の久焔の行動と似通っている。
雪蓮は自分が直接蓮華を助けに行くなどと気を吐いていたが、大将に一騎駆けされてはたまったものではない。なんとか落ち着かせて、老練の祭にその役を任せた。
百戦錬磨、と言って差し支えない祭なら不覚は取らないと思うが、問題なのは穏の言う通り確実に曹操がこれを読んでいるということだ。
全軍を整えて北壁に向かえば移動速度は落ち、その間に砦は陥とされる可能性がある。そうならないためには速度重視の騎馬隊がまず北壁救援に向かうことが必要となる。
久焔と張郃の戦闘から、曹操とその軍師たちはこちらが再びこの手を打つと理解しているだろう。不意を衝かれた先の戦とは違い、向こうは待ち構えているのだ。
「儂を誰だと思うておる。この程度の難事、幾度となく越えてきたわ」
それでも、祭の声は平然としたものだった。自分が失敗するとは微塵も思っておらず、尚且つ油断もしていない。
こればかりは経験に裏打ちされた将の力、と言う他ない。
「頼りにしてるぜ、祭さん。切り札はそっちの都合のいい時に切ってくれて構わない」
「応よ。くく、曹操の驚いた顔が今から楽しみじゃわ」
下船するまで、あと1日。
二大勢力の本格的な激突は、すぐそこまで迫っていた。
恋姫で1番困ってるのが呂蒙と陸遜の上下関係が正史と逆転してるとこです。
関羽殺す訳にもいかんし夷陵までやれないから都督リレーはええわってなったんですかね。
正史を調べるようになって、天才周瑜死んでからの穏健派魯粛からの呂蒙陸遜という化け物コンビへの繋ぎと陸抗とかいう国境善政バトルプレイヤーの活躍まで、全部通して恋姫無双で見たかったと思うようになりました。