朱き右腕   作:三途リバー

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少し長くなりました


WAVE

「なんじゃ、拍子抜けじゃのう」

 

淮南に到着し、そこから北壁を目指して駆けに駆けた孫呉軍救援隊は特に接敵することもなく、無事に入城することに成功した。

待ち伏せの一つや二つは想定し、曹孫激突の火蓋を切らんと意気込んでいた祭からすれば肩透かしを食らった気分である。

 

「伏兵が思ったより効いてね。曹操軍は進軍にかなり慎重になって、3日の工程に5日かけてる体たらくよ。蓮華様の策があたったお陰ね」

 

「おぉ、粋怜。お主も思ったより元気そうじゃな。城内の兵卒も士気が高い。権殿は良くやっているようじゃ」

 

祭の不完全燃焼はともかく、曹操の包囲が完成する前に入城できた事はかなり大きい。これで、本隊との挟撃にも移行できる。

 

「陣立は?」

 

「淮南には雪蓮様自ら入られた。刹渦と梨晏が傍を固めておる。穏や亞莎らも従軍しているが、坊は建業で蒼藦と留守じゃ。包もその補佐で残っとる」

 

「妥当ね。国内の不服従勢力に対して、今一番抑止力が効くのはくぅ坊と朱軍だもの」

 

「本人は不満たらたらじゃったがな。ま、蒼藦が宥めとるじゃろ」

 

暫くぶりに顔を合わせる旧友との再会もそこそこに、2人は素早く情報を共有していく。本隊と北壁の戦略を擦り合わせ、合力しなければ曹操の大軍は打ち破れない。綿密な打ち合わせが必要だった。

 

「祭、救援大義であった。饗もできんが、ひとまず軍路の疲れを癒してくれ」

 

そこへ、北壁を統括する蓮華が顔を出した。援軍の出迎えである。

 

「これは権殿…いや、蓮華様。黄公覆、呉王雪蓮様の命により救援に参上仕った。何卒、手足の如くお使いくだされ」

 

「うむ、頼りにさせてもらう。これまでは氷鷹と思春がよく敵を防いでくれていたが、曹操の本隊が進んでくればもう小細工は通用すまい。曹操をなんとしてもこの北壁に釘付けにするため、力を尽くしてくれ」

 

「「御意!」」

 

礼を執った祭が、何かを思い出したように顔を上げた。

どこか意地の悪そうな笑みを含んだその顔に、蓮華が露骨に警戒を露わにする。

 

「そう言えば、坊から権殿に言伝を預かって参った。彼奴は建業の守りを固めるため、此度は従軍出来ませなんだゆえ」

 

「そ、そう…まぁ致し方ないわね。久焔の突破力は心強いけれど、先の山越戦での活躍を鑑みれば留守を預かるのは当然ね…それで、久焔はなんと?」

 

「うむ。『どこにいようが、蓮華の為に尽くすことに変わりはない。余計なことは気にせず思うように戦え』と」

 

「…………………………………そうか」

 

驚愕、忘我、歓喜、羞恥。

目まぐるしく表情を変え、やがて上がる口角を必死に抑えながら蓮華は一言だけ答えた。

耳まで赤く、視線も忙しなくあちらこちらを行き来しているが当人は取り繕っているつもりなのだろう。

 

「愛されておりますなぁ?全く羨ましい限り」

 

「愛っ!?い、いや、久焔は将としての心構えを説いただけであって…!」

 

「いやいやいや、これはもう愛の告白ですよ。傍に居なくてもあなたのことを想っているという健気な恋心…」

 

「粋怜まで!」

 

「かーっ!若いと言うのは良いのぉ!」

 

ここぞとばかりに野次馬根性を丸出しにし、寄って集って若者を揶揄う妙齢の女性2人が孫呉を支える宿将とは誰も思うまい。

しかし、こんな惚気を見せられて揶揄うなと言う方が無理である。

2人はもうこれでもかと言うほど蓮華を追い詰めていく。

 

「そうだ蓮華様、再会の折にはまた()()やるんですか?」

 

「ちょっ、やめなさい!」

 

「なに、アレとな!?なんじゃ口付けか、抱擁か!えぇい何故お主がそれを知っておる!」

 

「くぅ坊がここから建業に戻るとき、私達に見せ付けていったのよ。それはそれはもう素敵な別れの挨拶を……」

 

「〜〜〜ッ!!今は非常の時!斯様な与太話をしている暇はない!至急軍議を行う故、2人とも主殿に参れ!私は一度物見櫓を回ってから行く!」

 

とうとう限界を超えた蓮華がその場から逃走するまで、2人の手が緩むことはなかった。

肩をいからせて去っていく主将の方を見、ひとしきり笑った後に粋怜が問うた。

 

「ね、ほんとにくぅ坊あぁ言ったの?」

 

「本当じゃぞ?何か権殿を勇気付ける気の利いた伝言は無いのかと振りはしたがのぅ」

 

「なにそれ、誘導尋問みたいなもんじゃない。あー蓮華様かわいそ」

 

「彼奴の本心じゃ、何も問題はあるまい。権殿も肩の力が抜けていい塩梅じゃろうよ」

 

「良い性格してるわねー」

 

「一緒に笑っとったお主に言われとうないわ!で、アレとやらはなんじゃ、早う教えい」

 

「あ、そうそうその事よ!蓮華様がね……」

 

籠城戦の緊張はどこへやら、宿将2人の会話は暫く続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その北壁を遠巻きに見ている曹操軍陣中には、ざわめきが広がっていた。

それを齎した原因たる爽葉は、曹魏の猛将夏侯惇と真正面から視線をぶつけ合っている。

 

「ではなんだ。眼前に敵の最重要拠点がありながら、我々はそれを陥とさず指をくわえて籠城のさまを見ているだけと…軍師殿は、そう言いたいのか」

 

空間を捻じ曲げるのではとすら思わせる怒気が、静かに発せられた。

並の人間ならそれだけで膝を突き、震えを止められなくなるような殺意にも近いものをぶつけられて尚、爽葉は平然としている。

 

「そうだ。黄蓋は既に北壁に入った。ということは孫策の本隊も陸にあがっている筈。奴らが来る前に北壁を陥とせるか?伏兵にしてやられ、勢いを削がれて士気が下がりに下がっている今の俺達で?」

 

「士気が低いのは王朗はじめ新参の連中だ!華琳様に長く付き従ってきた軍の中核は未だ無傷!陥とせる!いや、陥とさなければならん!そも、孫策本隊を待ち構えるにしても北壁の孫権と同時に相手取らなければならん。自ら形成を不利にすることはなかろう!」

 

夏侯惇こと春蘭の声に、同調するような色が諸将の顔に見えた。王朗隊救出に出動し、到着した時には既に敵の影も見えなかった霞などはあからさまに不満を訴えている。

 

「いいか春蘭、逆だ。孫策は孫権救出のため遮二無二こちらへ駆けてくる。斥候も最低限の強行軍だろう。孫権も必死だ。俺達を釘付けにし、無防備な背を姉に晒させようと頑強に抵抗する。どちらも極限の緊張状態」

 

「だからその裏をかくのよ、頭使いなさい猪春蘭」

 

言を継いだのは桂花である。言葉もわからぬ幼児に言って聞かせるように、嫌味な程に丁寧に言葉を並び立てていく。

 

「孫権は、私達がいつ来るかいつ来るか、姉が来るまで持ち堪えられるかと心配事塗れになりながら過ごしている。あの蛮人…孫策も、妹が無事か、数で劣る自軍が上手く敵の後背を突いて一撃で事を決すことができるか、気が気じゃないのよ」

 

「む…」

 

「そんなところで、私達がいつまでも北壁を攻めなかったらどう思う?」

 

「安心…はしないか。不安が高まっていく」

 

「そうよ。その不安を高めるだけ高めて、私達は北壁の目の前で孫策とぶつかる」

 

「…ん?だがそれだと、孫策は安心するのではないか?孫権が攻められていないのだからな」

 

「おー、春蘭さん成長されてますねぇ〜。流石は曹魏一の勇将〜」

 

風が大袈裟に驚いた様子を見せるが、春蘭はそれに気を良くしたらしくそうだろうそうだろうと満足そうに頷いている。

それを見守る妹は幸せそうな顔で腕を組んでおり、瞼をひきつらせるのは稟のみであった。

 

「お、おほん。春蘭殿のご懸念ごもっとも。故に、我らは北壁を包囲するフリをして孫策を焦らせます。大軍で北壁を包囲しながら、背中側…つまり孫策が来る方向に主力を集中し、陣形もそちらを向いて構築します。言わば、北壁と孫権は孫策を釣る餌です」

 

「おぉ、なるほど!して、孫権がそれに乗じて我らの後ろに噛み付いてきた時は?」

 

「孫権は安堵し、姉と挟撃しようと勇んで城門から突出してくるだろう。無論、全軍でな。出し惜しみする場面ではない」

 

「そうか、それも待ち構えるのか。うーむ、二正面作戦か…」

 

「よくそんな言葉知ってたわね、バカの癖に」

 

「ぬ、これでも爽葉に不覚を取って以来戦術戦略にも気を使っている!日々成長しているのだぞ!」

 

「その割には殺意全開で俺に突っかかってきていたが」

 

「ははは、癖だ、許せ!」

 

怒気を霧散させ、豪快に笑う春蘭に周りの者達もやっと息をついた。

毎度の事ながら、戦の直前の軍議は異様に空気が張り詰める。刺し殺すような春蘭の質問に淀みなく答え、策を提示する軍師の面々は密かに度胸を尊敬されていたりする。

 

「よろしいですか、華琳様」

 

「えぇ。方針はこれで行きましょう。後は人員配置ね」

 

臣下達の活発な議論を満足そうに眺めていた華琳が、是と言った。

自らの考えをまず披露するのではなく、思う存分議論を戦わせてから出た結論を承認、もしくは是正する。昔から、華琳が好んだやり方だった。結論を出すのに時間がかかるという難点こそあるが、幕下の軍師達は驚くべき早さで戦略を構築していく。

特に爽葉の加入以降、曹操軍の戦略戦術は他の勢力が並ぶべくもなく冴え渡っている。

 

「英傑、孫策。戦闘特化集団、孫呉。この一戦ですり潰すわよ」

 

「「「「はっ!!!!」」」

 

主の威に打たれ、諸将皆々気炎を揚げた。

しかしその輪の中に楼蘭はいない。1人背を向け、すたすたと歩いて行ってしまっていた。

 

「なァんか嫌な予感がするんだよね…呂範の凄味にあてられたのがまだ尾を引いてるか…うーん、それなら僕が臆病なだけで済むんだけどなぁ」

 

ブツブツと独り言を漏らしながら、足元の石をひとつ蹴る。

嫌な予感が最悪の形で顕れるとは露とも知らず、楼蘭は首を捻り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、雪蓮達孫呉軍本隊は祭に遅れること2日、北壁に向け進発する準備を整えた。ここから北壁まで、早くとも5日はかかる。

 

「恐らく敵は北壁を1秒でも早く陥とそうと躍起になってるだろう。俺達はその背中をぶっ刺す」

 

「考えたくないけど、万が一北壁がもう陥落してたらどうするのさ」

 

「野戦が城攻めに変わるだけだ。祭さんが向こうに到着したら、入れ替わりで明命が本隊の方へ出発する手筈になっている。道すがら合流して話を聞いて、その時点で北壁が危ないなら軍船に詰んだ攻城兵器を引っ張り出すぞ」

 

「あれの輸送は中々大変でしたけど、無駄足に終わると良いですね〜…」

 

刹渦を中心に諸将が地図を囲み、作戦の最終確認を行う。

前提として、今回の戦では北壁の蓮華と本隊の雪蓮による挟撃策を用いる。

蓮華が祭、粋怜ら戦巧者を上手く指揮して曹操の軍をギリギリまで釘付けにし、総力をもって城攻めを開始したところを雪蓮が背後から噛み付く。

 

言うは易し、行うは難しの典型である。

 

孫呉(ウチ)の最強を立てて突っ込む。梨晏、お前だ。右翼は穏、左翼は亞莎が指揮しろ。俺は後陣から雪蓮と全体の指揮を執り、機を見て雪蓮の手綱を放す」

 

「そんな暴れ馬かなんかみたいに…」

 

「実際そうだろうが!目離すと最前線に突っ込んで返り血塗れになってんだぞあの大将!軍法で禁止するの本気で考えてんだからな!」

 

梨晏の咎めるような声に本気で怒鳴る刹渦。

雪蓮と刹渦、王と大都督の関係性がよく分かる。

 

「ほ、本当に私でよろしいのでしょうか……」

 

そんな中、今にも消え入りそうな声を出したのは亞莎だった。

 

元は一般の武官から始まり、蓮華に才能を見出されて身辺の護衛へ。そして人数指揮にも才覚を見せ、次第に武将として独り立ち。穏の指導を受け、阿蒙と言われた影はどこへやら、今や孫呉で久焔と並ぶ若手筆頭である。

 

ただ惜しむらくはその自信の無さ。

将の動揺は兵に伝わり、幾ら才があろうが十全の力は発揮出来ない。

その難点を克服さえすれば、亞莎は冥琳や穏をも超え、孫呉に絶対的な勝利を齎す最強の軍師として完成する。

 

刹渦はそう信じてやまない。

 

「亞莎、腹ァくくれ。冥琳が認めて、穏が見込んで、俺が信じた。そんなお前で駄目なら誰がやろうと駄目だ」

 

国家戦略を包が立て、戦場を亞莎が統括し、陣頭指揮を久焔が行う。

刹渦が、穏が、そして冥琳が考える理想の孫呉の未来には、若きの力が必要不可欠。

なんとしても、ここで経験を積ませたかった。

 

「その通りですよ〜。亞莎ちゃんは〜、私の自慢の弟子ですから〜」

 

「刹渦様、穏様……」

 

眼鏡越しに瞳を潤ませ、拝手した亞莎にはもう先程までの弱さは見られない。

 

「この呂子明、全力をもって孫呉に勝利を…!」

 

亞莎の力強い返事を聞き届け、刹渦は笑う。

未来の大都督が、一歩進んだ瞬間であった。

 

「決まりだ。で、肝心要の我らが御大将はどこにいやがんだ」

 

「さぁ…熱くなった身体冷ますために船で風に当たってるんじゃないかな。見てくれば、刹渦?」

 

多分のからかいを含んだ梨晏の言葉に、刹渦は心底嫌そうな顔をしている。

 

「あぁ?なんでわざわざ俺が……」

 

 

 

そんな時である。

 

 

 

「か、かきゅっ、火急の報せにございますーーーっっ!!!」

 

 

 

 

顔色を変えた兵が陣幕に転がり込んできたのは。

 

 

 

 

 

「孫策様が、孫策様がぁっ!!!うぅっ……うぉぉぉぉぁぁぁぁ!!!!」

 

流れが、変わろうとしていた。

曹魏も孫呉も、場に集う全ての人間を呑み込んで戦場の波はうねりゆく。

 

 

曹孫激突まで、あと僅か──




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励みになりますので、今後ともよろしくお願いします。



因みに、刹渦は軍略では逆立ちしても魏の軍師陣に勝てません。所詮は冥琳のピンチヒッターとして打席に立っている似非軍師なので、刹渦が考える戦略戦術は99割読まれます。
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