人物とか情勢とかはwikiを軽く見た程度の知識しかないのでご了承ください。
久焔と蓮華が館にて怒声をぶつけあっていた頃、遠く孫呉本国の都、建業。
「良いな良いなあ、久焔。私も一騎駆けして大将首奪りたかったなぁ。奪りたかったなぁ!!」
執務室にて、竹簡の山に埋もれながら机に伏す小覇王の姿がそこにはあった。
「お前は王様なのかお荷物なのかどっちなんだ、雪蓮」
「ちょ、その言い草はなくない!?蒼藦と一緒になって熱心に独立勧めたの
その竹簡を目にも留まらぬ速さで裁き、隣の文官へ投げ渡しているのは孫呉が誇る忠臣中の忠臣。
姓を呂、名を範、字は子嬰。真名、刹渦。
孫伯符こと雪蓮が最も信を置く男にして、盟友周瑜に代わり大都督の任に就く傑物……なのだが。
「だってお前俺達が想像してたよりめっちゃ馬鹿なんだもん」
「主君に言っていい言葉じゃないわよねそれ!?!?」
その才媛は涼しい目元に濃い隈を貼り付けて死んだ魚の目で毒舌を吐き散らしていた。
「いやさ、アレよ?王の器とは思うよ俺も。て言うかこの世で1番強いのは雪蓮だと今でも本気で思ってるし。俺の人生の中で、誰か1人選べって言われたら間違いなくお前を選ぶし、死んで生まれ変わってもお前に仕えたいとは思うよ」
「ふ、ふぅん…いつの間にか口達者になったのね…「でもさ」ん?」
「馬鹿なんだよなぁ、これが。政治出来ねぇんだもん。いや違うな。出来るけど情報とかじゃなくて手前の勘を骨子に組み込んでんだよ。確定事項がねぇのよ、雪蓮の政って。出たとこ勝負の才覚任せなわけよ、本人の。馬鹿かと。いや馬鹿だろ。お前それは……馬鹿だろ」
「何回馬鹿馬鹿言えば気が済むのよ!!!」
「糞馬鹿に馬鹿って加減してやってんだから有難く思えよ糞馬鹿」
「加減してないじゃない!!!!!」
十徹を迎えた刹渦は、最早思ったことを頭の中で咀嚼する力も失せそのまま口から垂れ流すようになっていた。
普段から積もり積もった主への不満が留まるところを知らない。
「冥琳が早く療養から戻って来ねぇと俺が死ぬ、いやマジで。なーんで譜代連中はみんな武官に偏ってるんですかね…新参古参に文官武官が絡んだ対立とか起きたら消し飛ぶぞ孫呉。頼むぞ久焔、こうなったらもうお前の覚醒待ちだ。朱家の跡取りとして中枢政治に1秒でも早く食い込んでくれ…内政もできる武官になって事が起こる前にあちらこちらの架け橋になってくれ…俺みたいな外様じゃ限界があんだよ……」
「久焔はまだ帰ってきてないし、あの子多分ずっと蓮華の傍を離れたがらないわよ?ていうか、前々から言ってるけど、あなたの政治的立場に関しては…その……む、婿入り、とか…あるじゃない…その、色々、方法……」
この場に祭が居れば床をのたうち回って爆笑する事間違いなしの雪蓮の乙女的行動にも、刹渦は全く気が付かない。
両手の人差し指をモジモジといじらしく突き合わせる主君を冷めた目で一瞥し、溜息を吐くのみである。
「どこの家にだよ…まさかお前祭さんあたりと結婚して譜代軸に閥作れってか?」
「どうしてそこで祭が出てくるのっ!?私に決まってるでしょ!!」
「…………はぁ……」
「何よその溜息!!」
「いや、とうとう頭イカれたかと思って」
「よし分かった表出なさい腐れ鈍感阿呆馬鹿男」
「はいはい執務終わらせたら修練でも食事でも閨でも付き合ってやりますよーっと。まぁ終わらねぇけどな!!!!!!!!!!」
躁鬱のように奇声を発する刹渦に、南海覇王の柄に手をかける雪蓮。
いつもなら2人を拳骨と共に諌める軍師が療養のため離脱中だ。
因みに、この地獄の様な空間には2人以外にも血反吐を吐きながら執務にあたる文官が多数いる。彼らの心中は最早ひとつだけであった。
(((((周瑜様、早く帰ってきてくれーーーッッッッッッッ!!!!)))))
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数日後、主君である雪蓮に事の顛末を報告すべく、一足先に建業に戻った久焔であるが直ぐに謁見とはいかなかった。よく分からないが、刹渦と大喧嘩をやらかしてそれどころでは無いらしい。
「まぁ
なんだかんだ言って雪蓮大好き、我孫呉愛を地で行く男だ。
かつて袁術の手の者であると重臣連中に疑われ、拷問にまでかけられても雪蓮への忠義を揺るがさなかったという逸話は孫呉将士に知らぬ者はない。
…というか酒の席では雪蓮の事ばかり話している面倒臭い兄貴分だ。
今回も派手に殴りあった後、夜中にでも酒瓶片手に雪蓮の部屋をバツが悪そうな顔で訪れることだろう。
「とっとと婿入りしちまえば良いのに…」
酒が入った時、1度だけポロッと零したら本気で肩を叩かれて脱臼しかけたという苦い思い出が蘇る。生まれの卑しさがどうのとか釣り合いがどうのとか喚いていたがいい迷惑だ。
「変なところでお互い押しが弱いんだよなぁ…冥琳さんは自分がいない間に2人きりの時間が増えてそのままくっつけばしめたものとか言ってたけど、そりゃ流石に楽観的だよ…」
長期療養で暇乞いすると聞いて見舞いに行った際、病人とは思えない膂力で久焔の肩を掴んだ上司の鬼気迫る顔は、今でも夢に出る。
『武に偏りがちだった孫呉中枢が一気に政治重視になり、雪蓮は恋愛相談で私の部屋で朝まで管を巻くことも無くなる…ふ、ふふふ、一石二鳥、そして子供でもこさえてしまえば一石三鳥、ふふふふふふふふ……』
今思えば、あの人の病も親友2人から来る心労が原因ではなかろうか。
「謁見は明朝かな…しかしおやじの所にこのまま帰るのも…」
武功を挙げましたが蓮華様に心配をかけさせてしまいました、等と義父に報告したら言葉の前に鉄拳制裁が飛んでくるに決まってる。
荒事は苦手で…などと常日頃から宣っておきながら、昔雪蓮をぶん殴って部屋ふたつ突き抜けて庭に叩き出した頑固おやじの姿を思い浮かべ、久焔は背筋を震わせた。
「よし、やっぱりこういうことはまず雪蓮様へのご報告が第一!その前に義父に事を話すのは不敬だよな、うん!」
と、面倒な事は後回しという若きに任せた勇猛果敢な決断を下すのであった…。
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