曹操軍、国境に来襲。
その報を受けた孫呉本国は蜂の巣をつついた、とまでは行かずともかなりの焦燥に駆られていた。
豪族の叛乱が落ち着いたと思ったら間髪容れず曹操が南下してきたのだ。
まるで、示し合わせたように。
「ウチの情報網でも、曹操が江東の豪族達と接触した形跡は捉えられなかった。向こうに相当手練の隠密がいるか、それとも曹操の帷幄の将が別口から仕掛けてきたか…おい、明命」
「えぇとですね、久焔殿が陥とした豪族の館に出入りした客人、また手紙を出した人等調べたんですが、やっぱり手紙自体は燃やされちゃってますね。ただ、半年前に訪れたという商人の紹介状が残っていました」
一を聞いて十を知る、と言っても過言ではないだろう。
刹渦の言にすらすらと答える周泰──明命は、隠密として頗る優秀だ。孫呉の情報網を一手に担う彼女に、刹渦は全幅の信頼を寄せている。
「何が怪しい?」
「その紹介状を書いた人っていうのがどうも腑に落ちなくて…」
普段ならば、彼女は仕事において優柔不断な面など決して見せない。
白か黒か、判断がつかずとも
その明命が言葉に詰まるという珍しい事態に、刹渦は軽く目を見開いた。
「いや、まぁ…なくはない…かな、とは思うんですけど…それでもやっぱり、
「書状一通で不思議がられるような奴なのか?」
「そうですね…曲者揃いの名士の中でも輪をかけてひどくて、滅多に屋敷から出すらしないし交友関係も広くないんですよ。手紙なんて出すかなぁ…」
どこのどいつだ、と視線で問いかけると明命は困ったように眉根を寄せた。
「名は────」
「ぶぇぇえっくしょい!!!!!」
「汚ッ!寄らないでくれる変態!?飛沫で妊娠したらどう責任取ってくれるのよ!」
「そんな簡単に子作りできたら中華全土妊婦と赤子で埋まってますよ…あ”ー…これは誰か僕の噂してるな?」
「自惚れとかキモッ」
「同僚がきつすぎる…なんで僕こんなとこにいるんだろ…帰りたい…」
曹操の帷幄の将。
まさに、刹渦の読み通りだった。
江東から遥か彼方、首都許昌では青白い顔の不健康そうな男が、けんもほろろな言葉に凹みながら鼻をすすっている。
「それは非ッッッッッッッッッッッ常に不愉快だけど、華琳様があんたのその数少ない取り柄たる脳味噌を欲されたからに決まってるでしょ」
「欲されたって、僕は貴女の甥御に騙し討ち喰らったようなもんなんですよ!?僕はどこにも仕官なんてしたくなかったんだ!『お偉方の話相手をして給金もらえる仕事に興味ないか?小遣い稼ぎみたいなものだと思って』とかあいつが言うから、軽い気持ちで来たらなんかどこかで見たことあるクルクル金髪の最高権力者がいるんだもん!僕を騙したなァァァァ!!!!」
「うっさいわね耳が孕むわよ!!」
「孕むわきゃないでしょう!!!もう僕お家帰るぅぅぅぅ!!!」
駄々をこねる赤ん坊のように手足をばたつかせ、塵芥を見る目でネコミミ少女に見下ろされているその男こそ、曹操幕下新進気鋭(?)の知恵袋。
「もう決めた、今度こそ仲達はお暇を頂きます!ということで華琳ちゃんによろしく!!」
「もし華琳様を裏切ったらこの世の果てまで追い掛けて去勢したあとなぶり殺すわよ」
「だから裏切りもなにも僕は華琳ちゃんに仕えた覚えないんですけど!ただのお話相手なんですけど!!」
司馬懿仲達。真名、
何の因果か偶然か。
『正史』においてはこれより遥か後、曹操後期の謀将として…そして三国時代最後の覇者として名を轟かせる筈の男。
その俊英が、最強の壁として孫呉に立ち塞がる。
「くっ、華琳様の真名を軽々に…!ほんっっと、その頭が無かったらぶち殺してるところよ!なんで
「僕は覇道とかどうでもいいんだ、のんびり暮らしたいだけなんだ!財産を食い潰しながらのんべんだらりと生きたいんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
司馬懿、孔明のライバルくらいにしか思ってなかったんですけど、めっちゃ曹操に仕官するの嫌がってて草生えました
2021/02/22
一部台詞を改定しました。申し訳ありません。