朱き右腕   作:三途リバー

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話が進まねぇ!!!!


北壁

久焔と粋怜が国境にて曹操の先遣隊を打ち破り、早半月。

無事に辿り着いた救援軍本隊と合流し、現在程普隊1万5000、朱然先行騎馬隊800、遅れて到着した歩兵2000、本隊2万の合計4万ほどが北方へ備えていた。

 

俊英曹操のこと、息もつかせず次の手を打って来るかと思われたが意外なことにあれ以来小勢すら見かけない。

 

気を抜くことは出来ないが、気を張りつめ続けて決壊するのは愚の骨頂。ということで、久焔と粋怜は主室にて少量の酒を飲みつつ軍人将棋を指している。

 

「兄ィ曰く、国内が思ったほど混乱しなかったから二の足を踏んでるんだろうとの事ですが…許昌から呉の内部まで渡りを付けて叛乱扇動なんて、考え付いても実行する奴は中々いませんよ」

 

「司馬懿だっけ?偏屈な名士ってことで何度も曹操の召し出しを拒否してたって聞くけど…あんまりしつこいからとうとう幕下にってとこかな。荀彧、郭嘉、程昱、荀攸、オマケに司馬懿。熱心だよねぇ、曹操も」

 

どこか小馬鹿にしたように粋怜が笑った。

曹操が重度の()()()であり、これと見ればすぐに幕下に取り立てようとする、というのは有名な話だ。

その中でも特に見目麗しい女性を閨まで引き摺り込むなどという噂も囁かれているが、ともかく彼女が病的なまでに人材集めに奔走しているのは事実。

 

それもこれも、曹操は譜代の臣下というものを持たないせいだろう。旗揚げ当初からの将と言えば夏侯姉妹くらいのもの。黄巾の乱、反董卓連合、官渡の戦いなどを経て彼女に仕えた者が殆どを占める。

 

海賊狩りから成り上がった孫家にしても、先代から仕える古参は多い。当主に万一が起きても、血脈を理由に跡取りを守り立てる連中は一定数存在するのだ。

曹家には、それがない。

ほぼ全員が、曹操個人の威徳に忠誠を誓っている。

彼女亡き後、跡取りを見捨てぬ保証はない。

それが分かっているからこそ、曹操は今のうちから譜代を()()のに必死になっているのだ。

 

粋怜には、それが面白いらしい。

 

「ですが、馬鹿にも出来ません。家ではなく、主個人を慕う人間は強い。この人の為ならばと死に狂える」

 

しかし久焔はそれを笑う気にはならなかった。

誰にも言ったことがない持論だが、久焔は王の素質は論理も忠孝も全て度外視し、それでも『この者の為ならば』と思わせるか否かだと思っている。

漢の高祖、劉邦がまさにそうだろう。彼女は才気こそ西楚の覇王・項羽に及ばなかったものの天下を取った。

そして、久焔にとっての王は…………

 

「お、それは実体験かな?孫仲謀の右腕さん?」

 

「……」

 

益々愉快そうにころころと笑う粋怜に対して、久焔は苦い顔をするばかり。

戦場であれほど声高に名乗りを上げておきながら今更恥ずかしがるのはおかしいかもしれないが、それを蒸し返されるのを殊更に嫌がる理由が久焔にはあった。

 

「おやおや、そこは肯定しないと。一の臣下がそんなんじゃ安心できませんよね、蓮華様?」

 

「わ、私は別にそんな…!」

 

そう。将棋を指す2人の横で慌てる救援軍本隊大将。

孫権仲謀その人である。

 

救援軍本隊を率いてそのまま入城した蓮華は北方戦線を統括する立場に立った。

まさかの最前線入りに、従軍してきた傍付きの思春に「なんで止めなかった」と久焔が鬼の形相で食ってかかったのは皆の記憶に新しい。

 

「参りました。俺の負けです、見回りしてきます」

 

久焔が鼻を鳴らして席を立つと、もう粋怜は笑いを堪えるのに必死だ。

いくら文武共に甚だしく成長したと言えど、彼女から見ればまだまだ気になる女子の前で恥ずかしがる子供。

急成長を頼もしく思うと同時に、どこか自分の手を離れて寂しく感じていたがくぅ坊はまだくぅ坊だった。

それが妙に嬉しく、ニヤニヤと笑いが止まらない。

 

「可愛いですね、恥ずかしがっちゃって。蓮華様がご執心なのも分かりますよ」

 

「粋怜!」

 

家中では蓮華から久焔への一方通行、との見方が多いが粋怜はそうは思わない。

久焔は、孫呉の将として以前に蓮華の為に努力をしている節が見受けられる。それは大きくなっても変わらない。

努力している所を、尽力している所を見せたがらない意地っ張りな()()()の顔が見え隠れしている。

 

「私は私情で臣下を評したりはしないわ!久焔とは確かに昔からの付き合いがあるけど、今彼が私の隣にいるのは彼が相応の力を発揮しているからであって…!」

 

思わず撫でてしまいたくなるほど可愛らしく、そして赤くなる主筋を宥めながら粋怜は思う。

 

(こりゃあ家中にバレバレな訳だわ)

 

蓮華様と久焔様をくっつける会なる集まりが定期的に開かれていると祭から手紙が来た時にはあまりの馬鹿馬鹿しさに竹簡を放り投げたものだが、この初心さを見るにどうやら本当らしい。

 

若人の恋を肴に飲む酒はどうしてこうも美味いのだろうと失礼なことを考えながら、粋怜は盃を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで粋怜様の所から逃げてきたのか」

 

「うるせぇな、ほっとけ」

 

城壁の上は風が強い。それに揺られて鳴らされる鈴の音を聞きながら、久焔は憮然とした顔を隠そうともしない。

対して隣に立つ女は無表情ながら、どこかいつもより声音が柔らかいのは面白がっているせいだろう。

 

「貴様のそんな間抜け面が見れるとは、中々運が良い。水軍から離れて遥々国境まで出てきた甲斐がある」

 

「俺はこんな所まで来てお前の仏頂面見なきゃならないのにうんざりしてるよ」

 

久焔と甘寧こと思春。

蓮華の傍に仕える双璧とも言うべき2人の折り合いが悪い、というのは懸念されて然るべきだが孫呉の将兵達からはある種の温かい視線を送られている。

 

---喧嘩するほど仲が良いってことですよ!

 

との明命の言葉に全てが集約されているだろう。

お堅い思春が分かりにくいものの感情を剥き出しにして食ってかかるのは久焔ぐらいのものであり、久焔も久焔で江賊出身という身の上のために周りから敬遠されがちな思春に真正面からぶつかっていく。

ある意味気の置けない間柄だった。

 

「で?」

 

「で、とは?」

 

「惚けるな、蓮華の前線入りを推したのは義父(おやじ)だろ。策もなしにあの人がそんなことするか。何かお前に言い含めたんだろ、とっとと吐け」

 

王妹の身を危険に晒す行為に瞬間的に頭に血が上ったが、聞けば救援軍を編成したのは刹渦ではなく蒼藦だという。

確かに曹操の魔手は警戒すべきだが、宿将である粋怜がその大将としての能力が不足しているとは思えない。

孫呉がいくら人手不足とは言え、わざわざ蓮華を寄越す理由が何かある筈だ。

 

「お前は…時々嘘のように頭が回るな。普段は馬鹿のような面をしている癖に」

 

「茶化すな、いい加減教えろ。それともなんだ?蓮華を本国に置いときたくない理由でもあんのか?」

 

何の気なしに言葉に、思春が暫し瞠目する。

その様子を見た久焔は再び考えを巡らすが大した理由は思い浮かばない。

 

(本国が危ないから北方に避難させた?雪蓮姉に何かあった時の跡継ぎ?いやぁ、そんなに逼迫してるなら粋怜様を入れ替わりに本国に呼び戻して建業の守りを分厚くする筈………分からん)

 

「…蒼藦様は兵達に噂が広がることをご懸念されていた」

 

諦めたような思春の言葉。

ようやく話す気になったらしい。

 

「江夏の黄祖が、曹操に服した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思春とて、覚悟はしていた。

全て話したら、直情な久焔は行動には起こさずとも烈火の如く怒り狂うだろう。ある程度はその怒りをぶつけられても仕方がない、蒼藦様も面倒な役回りを押し付けてくれたものだと嘆息すらしていた。

 

だが分かっていて尚、咄嗟に腰剣へ手を回しそうになるほど、久焔の殺気は凄まじかった。

 

(こいつ…)

 

重く、のしかかるような圧ではない。心の臓を刺し貫かれるような、鋭く、一瞬だけのもの。

 

「こっちから手を出させてぇか」

 

自分には現場指揮官が関の山、と久焔はよく自嘲する。

刹渦や冥琳、雷火に蒼藦と怪物に囲まれる中でそう思うのも無理はない。

だが思春は、物事の本質を瞬時に突く久焔がその程度で終わるとは到底思えない。

黄祖降る、の一言だけで全てを察した男が現場指揮だけやっていてたまるかと吐きたくなるのである。

 

「曹、孟徳…」

 

石造りの城壁を握り砕きながら、久焔は笑った。だがその瞳は全く笑わず、いつもならばそこにある筈の眩しい炎すら見えない。

色も光も炎もなく、ただ濁る眼には強ばる思春の姿が映し出されているのみ。

 

(()()だ。これだけは好かん)

 

孫呉の人間には激情家が多い。

屈辱を受ければ大いに怒るし、それを隠そうともしない。

思春はそんな連中が嫌いではないし、単純明快で好感が持てる。

 

だがどうにも、久焔の怒りだけは苦手だった。

 

爆発的に殺気すら滲ませ、次の瞬間には虚無のごとく静かになる。

怒りを抑えられる温厚な男…とはまた違う。

己の怒りを、ゆっくりと味わうように胸の中で咀嚼しているのだ。

決して忘れないよう、決して色褪せないよう心に焼き付かせる。

 

久焔の本気の怒りを買って未だ生き延びているのは黄祖、そして今新たにその名を連ねた曹操だけだろう。

 

「いずれ、必ず皆殺す」

 

感情を一切感じさせない久焔の声が、北の風に飛ばされていく。

 

思春はただ、それが主蓮華の元へ届かぬよう願うことしか出来なかった。

 




もっと久焔を主体的に動かして内面を書きたいんですが、力不足を痛感しているところです。
精進しますので、今後ともよろしくお願いします
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