朱き右腕   作:三途リバー

9 / 19
日々―曹魏―

覇王だかなんだかよく分からないけどなんか偉い人を目指してるらしいくるくる金髪に(不本意ながらも)仕えている楼欒の朝は早い。

 

「起きるっすよろっちーーーーー!!!!!」

 

「◎△$♪×¥●&%#?!」

 

なにせ仮の、そう、仮のではあるが主君の従妹殿が寝ている土手っ腹に飛び乗ってくるのだ。

それも一番鶏が鳴いて間もなく、勤勉な兵達もいまだ眠りの中にいるような時間帯である。

 

「な、なにが…ゲホ、ゥォエ………」

 

「まだ寝惚けてるっすね?ろっちーはもっと早寝早起きを心がけるべきっす!」

 

「華侖ちゃん…ゔォエ……相変わらず早起きだね…」

 

実家では昼過ぎまでゴロゴロし、堪忍袋の緒が切れた姉に布団を取り上げられるまで粘るのが常だったが、魏に来てから毎朝これだ。

 

バリバリの武闘派、元気印の曹仁──華侖は、何故か楼欒に懐いている。見るからにひ弱そう、というか実際貧弱な自分のどこを気に入ったのか全く理解できないが、主筋を蔑ろにするわけにもいかない。

せりあがってくる胃液をすんでのところで飲み込み、楼欒は億劫そうに身体を起こした。

 

「朝ごはんまで一緒に散歩するっす!」

 

「いやあの、僕寝不足で…」

 

「ほーーーらーーーーー!!!」

 

「あっ駄目だこの子人の言葉通じな痛たたたたた待って腕千切れるちょ待ってマジで待ってぇ!?!?!?」

 

確かに楼欒の実家、司馬家は家族ぐるみで曹家との付き合いがあり、その縁で曹家のご息女達と顔見知りではあった。

楼欒と華琳が真名を交換したのもその頃だ。華侖とも、彼女の妹とも、更にもう1人の華琳の従妹とも遊んでやったりしていた。

だが別にあなたを将来我が頭脳として迎え入れるわ!とか、大きくなったらお兄ちゃんと結婚するっす!とか、楼欒様は物知りなのですね…とか、私は可愛い女の子が好きですけれど、殿方の中ではあなたが一番ですわとかそんな甘酸っぱい青春を送った覚えはない。

……………時たま彼女達が肉食獣のような目をしていた気がしなくもないが、そんな青春はないったらないのだ。

 

「曹魏の人は規律正しくて肩肘張るから、君みたいな子は貴重っちゃ貴重だけどさ…元気にしても限度があるよ…」

 

「?よくわかんないけど、ろっちーは私といれて嬉しいってことっすね!私もろっちーが魏に来てくれて嬉しいっす!」

 

「色々言いたけどもういいや…」

 

楼欒は今まで、真に気ままな生活を送ってきた。優秀な姉と妹達を持ったので彼女達にお小遣いをもらったり、元々裕福だった実家の脛を齧ったりとあまり褒められた生き方はしていない。

 

時折宮中にお呼ばれして儒学や今後の時勢について話したり、突っかかってくる自称・儒士やら名士達をボコボコに論破したり、一族総出で出世している司馬家を恨んで讒訴しようと企む連中をぶん殴る以外は基本引きこもりである。

 

しかし、彼の安息は次第に儚く崩れ落ちていった。

 

洛陽で実家の金で遊んで暮らしていたら反董卓連合とかいう面倒くさそうな事件から逃げる機会を逸し。

 

まぁどうにかなるだろと親友の爽葉にしょっちゅう(実家の金で)酒を奢っていたら『忠士荀攸が一目を置く名士』とかいう大層な渾名で呼ばれるようになり。

 

否定するのも面倒くさくなって挨拶やら登用に来る連中を「いずれ仕えるに値する英雄が現れるのを待っている」だのなんだの適当こいて追い返し。

 

董卓が暗殺されて洛陽がゴタつき、その隙に一気に踏み込んできた連合軍を怒り狂った親友がバッタバッタとなぎ倒している様にチビりそうになりながら地方に赴任していた妹の元へ逃げ。

 

妹の家でゴロゴロしていたらいい加減働けとブチギレられ、取り敢えず栄えてるところで求職しようと許昌を訪れ。

 

洛陽が焼かれた際に行方不明となり、死んだと思って密かに悼んでいた爽葉が今をときめく曹孟徳に仕えていることを知って仕事を斡旋してもらおうと会いに行き。

 

そこで騙し討ちを喰らって華琳に捕まった。

 

半ば以上自業自得な気もするが、それでも嘆かずにはいられない。

何もしなくても衣食住が揃っており、何かあっても家族を頼れば大丈夫という安心感のある生活が一転、超実力主義の職場で朝から晩まで頭脳労働である。

緊張感も疲労感も半端ではない。

結果を残さねば比喩ではなくマジで首が飛ぶ職場である。

 

「対孫呉…またぞろ面倒な作業押し付けてくれるしさぁ…」

 

つい最近も、中華統一のため障害となる南方の孫家撲滅の策を立てろとお達しがあった。

当初こそ豪族の集合体というなんとも脆そうな政権ゆえ、簡単な仕事かと思っていたがとんでもない。

孫呉が豪族達の頂点に君臨する理由…その()を見せつけられ、閉口してしまった。その上彼らの情報を調べれば調べるほど厄介であると気が付き、ここ数日は夜の寝付きもあまり良くない。

 

「むー…ろっちー、難しそうな顔してるっすね…。そんな心配しなくても良いっす、私も頑張るから、大船に乗った気持ちでいるっすよ!華琳姉の敵は全員ぶっ飛ばすっす!」

 

根はいい子なんだけどなぁと主筋の同僚の頭を撫でながらも、溜息を吐かずにいられない。

何はともあれ、生きるためには仕事をこなさねば。

今日も今日とて、楼欒は憂鬱なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爽葉は、これまでの人生は流されて生きてきたようなものだと自覚していた。

名士の家として名高い荀家に生まれ、親の言うまま私塾で様々な分野を学んだ。特に目標やら立身出世の野望やらがあった訳でもない。

惰性的に日々を勉学に費やし、気がついたら当代きっての名士だのと持て囃され宮中に招聘されていた。

 

そこで時の大将軍何進の補佐などしていたが、彼女にも特に恩、忠義の類を感じていた訳では無い。働く場を与えてくれたから、それに応えるまで。

嫌なわけではないが、別にやりたいわけでもない。そんな仕事に日々追われていた頃は、幾ら才を請われても『気が進まない』と跳ね除けて幸せそうに昼寝をする楼欒が少し羨ましかった。

 

惰性的に政務をこなしているうち、その何進が政争の末殺された。

連座はしたくないな、とぼんやり考えていたら、あれよあれよという間に涼州からやってきた董卓が宮中を統括。またもや流れに乗って彼女の元で働いた。

 

『少しでも、国を良い方向へ』

 

『月を守る。それがボクの役目よ』

 

『月様の矛となり盾となり、その理想にの成就までの道を切り開く!ふふ、猪と笑うか?』

 

『こないな気持ちの良い連中、放っとく言うんが無理な話やろ!』

 

彼女達は、眩しかった。

理想を掲げ、一心不乱に突き進む彼女達を見たその瞬間から、爽葉の真の人生は始まったと言って良い。

 

彼女達の理想に共感した訳では決してない。ただ、成したいことのために力を尽くすその姿勢に惹かれた。事の是非はどうでもいい、彼女達の姿こそ求めていた生き方なのだと強く思ったのだ。

相変わらずやりたいことは出来なかったが、それでもその日々は充実していた。

 

もっとも、その日々を愛おしく思っていたのだと爽葉が気付いたのは、既に崩れ去った後ではあったが。

 

 

 

「おーい、爽やん起きとるかーーーって…すまん、邪魔やったな…」

 

「おはよう、霞さん。邪魔なんかじゃないよ」

 

だからこそ、爽葉はその崩れ去った日々の欠片を慈しむ。

荀公達の生き様を決定づけた日々は、もう戻ることは無い。だがその思い出は、自分が忘れぬ限り色褪せることもない。

 

「……ちゃーんと、毎朝手入れしてやっとるんやな」

 

「華雄さんに怒られるからな。私の獲物を粗末に扱うな、って。朝夕磨かないと化けて出られる」

 

「あの猪ならほんま怒って出てきそうやな。つかアレやん、交換したんやろ、真名?呼んであげなそれこそ化けて出てくるんとちゃう?」

 

爽葉の手の中にある大斧の主は散った。

愛する主君に、自身の信じた生き方に殉じて死んでいった。

爽葉に、真名と相棒を遺して。

 

「それがな、家訓らしいんだ」

 

「家訓?」

 

「伴侶となる者以外には真名を預けてはならぬ、らしい。だから、知ってるのは俺だけさ。2人だけの時に呼べ、だってさ」

 

息も絶え絶えになりながらも、美しい顔でそう言った。

お前にだけは知っておいて欲しいと彼女が微笑んだとき、自分はどんな顔をしていただろう。少なくとも、涙と洟水でひどいものだったろう。それでも必死に頷いた。必死に彼女の真名を呼び、声をかけた。

 

『やりたい事をやりきってから、思う存分そっちであなたの名を呼ぶよ』

 

今、爽葉にはやりたい事がある。これと決めた主がいる。成すべき、覇道がある。

それを全てやりきるまで、彼女の元へ行く気は無い。

 

「妬けるなァ」

 

吹き出した霞の声に笑い声を返し、爽葉は朝餉のために立ち上がった。

今日も今日とて、爽葉は充実している。

 

 




プチ設定

楼欒
司馬八達の上から2番目。就職もせず家でダラダラしていたが、能力自体は当主の姉が羨望を通り越して自身への絶望を感じるほど。宮中にもその才は知れ渡っていてその弁論を少しでも聞こうと人が押し寄せていた。ただし呼び出しに応じていた本人は歓待のタダ飯食いに行く程度の感覚だった模様。
爽葉と違って武術もそこそこでき、生活費代わりに家族の政敵をグーで黙らせることしばしば。そのせいで家族を守る知勇兼備の士と評判に尾鰭が付いていたことは本人も知らない。
実は曹家の面々とは昔馴染み。



爽葉
天才であるが故にやりたい事も目標も持てなかったというヤベー奴。朝廷に出仕してして洛陽にいた頃に楼欒と出会う。やりたい事はともかく、やりたくない事は頑として拒絶する楼欒に間違った憧れを抱いたり、少々天然なところも。
上司である何進が殺された後も粛々と職務をこなしていた所、度胸と能力を買われて賈詡に見出された。
そこで理想のために身を厭わず邁進する董卓らの姿を見た事で、自身が憧れていた生き方を見つける。
反董卓連合戦では矢面に立ち続け、華琳とはその戦場で出会った。




董卓
洛陽にてヤケを起こした配下に殺害された……とされているが、その遺体を確認したものはいない。




賈詡
董卓死後、洛陽が焼き払われた際に劉備に捕縛された。心神喪失状態におちいっており、処刑もはばかられるため療養生活を送らせているらしい。が、最近は劉備の傍に仕える侍女が彼女に似ていると密かに噂されている。




華雄
董卓死後、洛陽に殺到する連合軍を相手に奮戦するも討死。
久焔の師の1人、祖茂と相討であった。死に際に呪いに近い逆プロポーズをかましたお姉さん。



張遼
爽葉を誰よりも買っている似非関西弁、遼来来。
曹操に投降した際に出仕を求められたが、「荀攸を探し出して保護し、彼の安全を保証するよう取り計らうのならば軍門に下る。出来なければ舌を噛み切って死ぬ」という意味不明な逆脅迫を行った。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。