大統領 彼の地にて 斯く戦えり(改訂版)   作:騎士猫

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今回で特地に行こうと思ったら予想以上に後日談が長くなってしまいました。
次回こそ特地に行きます。


三話 事件後

『————さんのご両親は———』

『騎兵隊の突進に巻き込まれ———』

『——かし、ご遺体の損傷が激しく————』

 

『あなただけでも無事でよかったっ!!』

『お母さんは…?お父さん、どこ…?』

 

 

「っ……またか」

 目を開けるとそこには見知った天井が広がっている。何度経験してもああいう光景は慣れないものだ。重い体を何とか起き上がらせるとサイドテーブルの時計に目を向けるが、寝ぼけ眼で思うように見えない。

 

「…6時半」

 腕を伸ばして時計を引き寄せて針の位置を確認すると少し早く起きてしまったらしい。時計を元に戻してベッドから出た。窓際に寄って勢いよくカーテンを開けると、陽の光で一気に部屋中が明るくなる。澄み切った空をぼーっと眺めていると淀んだ頭がクリアになっていくのを感じた。

 

 いつもの様に洗面台で顔を洗い、シャツを着終わると同時に規則正しいノックが聞こえた。

「入って良いぞ」

 失礼します、と声の主が扉を開ける。

「早いな。まだ20分あるはずだが」

「ここ数日この時間に起床なされている様でしたので、今朝もそうだろうと」

 はっきりと澄んだ声で答える秘書官のティレーナ・クリスチアンに私もそうか、と短く返す。そこから会話は途切れ、私の支度が終わるまでじっと彼女は控えて待っていた。

 

「待たせてすまないな。行こうか」

 支度はほんの30秒で終わったがつい一言詫びてしまう。

「大統領、何時も申し上げていますがその様に一々謝る必要はありません」

 私の謝罪の言葉に彼女は息を漏らしながらいつもの様に注意する。

「分かっているんだ。ただどうも人を待たせていると思うとつい口にしてしまうのでね」

 そして私の言葉に彼女は小さくため息をつくのだ。そんな事を大統領に就任してから毎日繰り返している。ただ、たった数日交わしていなかっただけで今日は妙に新鮮さを感じた。

 

 

 ダイニングルームに着くと、事前に彼女が料理長に話をしておいてくれたのだろう。いつもより早く来たのに、テーブルには既に朝食が並べられていた。席に座り内心で祈りを捧げ終わるとティレーナが先に料理を口にする。料理長以下大統領の食事を担当する人間は極めて厳しく身元確認がされているし、食事自体も警護課のチェックが入っているのでこの様な古典的な毒見は必要ないのだが、これも形式というものだろう。

 

 食事を摂り終わると、ティレーナから今日のスケジュールを伝えられる。

「本日は午前中大統領府で通常政務、12時半から昼食の後14時からロンディバルト記念広場にて統一式典虐殺事件の慰霊祭、15時半から定例の経済政策会議、19時夕食、以後は22時まで通常政務、以上が今日のスケジュールです」

 今日は比較的ゆったりしたスケジュールな様でほっと安堵する。

 

「分かった。…もう1週間か」

「はい。事件から今日でちょうど1週間です」

 私の呟きにティレーナは丁寧に答えた。

 

 

―――――――――――

 

 

 血の統一記念日事件は世界中の人々に大きな衝撃と悲しみを与えた。一夜明けて、詳細な事件の内容が公表されるとその感情は一層高まり、怒りと復讐の声が出始めるのにそう時間は掛からなかった。そしてその声は元々全体主義陣営にあった地域からも上がった。事件の被害者の中に、大戦終結に貢献した旧全体主義陣営の穏健派要人の名もあったからである。彼らの怒りは他の人々よりむしろ激しかった。

「門の向こうの野蛮人に復讐を!!」

「統一と平和の敵を許すなっ!!」

 新大陸や欧州といった旧全体主義陣営の地域で起こったこうしたデモは、直ぐに海を越えて世界中に広がった。デモには当日記念式典に参加していた者、事件で家族や知人を失った者、老人から学生、白人から黒人まであらゆる年代のあらゆる人種の人々が参加した。皮肉にも門の向こうの敵という存在が人々を団結させたのである。

 

 事件から1週間、ロンディバルト記念広場で統一記念式典虐殺事件の慰霊式が行われると、その場でミーストは多くの犠牲者を出してしまった事に対して深く謝罪した。そして改めて恒久的な平和と統一を願い、それを妨げんとするものはあらゆる手段を以て排除する事を宣言した。

 

 事件から2週間余、8月下旬に開かれた連邦議会において、与野党連名で提出された特地派遣法案が採決された。圧倒的賛成多数によって可決されるとすぐさま大統領の承認がなされ、ここに特地派遣法が成立する。

 

 

 特派法(特地派遣法)成立の翌日、大統領府では特地派遣の具体案を決すべく、安全保障会議が開かれていた。議長を務める大統領ミーストの他に、副大統領カール・マスティス、外務長官ウェズリー・オールストン、内務長官フレデリク・ジュヴラン、国防長官ミハイル・セリョーギン、統合作戦本部議長アルフレート・ファインルス、内国安全保障庁長官ラインハルト・ハイドリヒ、大統領首席秘書官ティレーナ・クリスチアン、環境庁長官チャン・イーチェンの8人が参加した。

 

「今日は、昨日の特派法成立を受けて特地に軍を派遣するにあたってのその目的と方策、そしてそのために必要な部隊の規模について話し合いたい」

 会議の開始時間になったのを確認したミーストが話を始める。

「しかし、その前に先日行われた特地の環境調査と捕虜から得た情報について改めて報告してもらいたい。チャン環境長官、報告を」

「はっ、はい」

 ミーストの言葉に、眼鏡を掛けて些か髪がボサボサした男が緊張気味に返事をする。彼が緊張するのも無理はない。長官級会議で肩を並べる事はあっても環境省長官が安全保障会議に出席した事例はこれまでなく、国家の最重要会議ともなれば肩に力が入るのも仕方のない事だった。

 

「それでは、先日行われた特地の環境調査の結果をご報告させていただきます」

 返事をした際にずれた眼鏡を戻しつつ、チャンは報告を始めた。

「結論から申し上げますと、特地の環境は地球の環境と殆ど差異はありません。それどころか、二酸化炭素は地球よりも少なく、大気の汚染度は0に等しいレベルです。病原菌も許容値を大きく下回っており、植物にも人体に影響を与える様なものはありませんでした。よって、特地での活動に何ら問題なし、と判断します」

「大統領」

 チャンの報告が終わると、がっしりとした体格で堂々と座っている国防長官セリョーギンが発言を求めた。ミーストが手で促すと、レポートを手に話し始める。

「武装勢力の死体解剖でも我々と同じヒト種であると結論が出ています。先の環境調査と合わせて、特地が地球と酷似した環境である事は間違いないかと」

「うむ、では派遣部隊に化学防護等の装備をさせる必要はなさそうだな」

「いえ、病原菌の数が許容値以下であるとはいえ、それはあくまで門の周辺に限った話でしょう。特地の衛生状況が不明である以上ある程度の装備は準備しておくべきです」

 ミーストの言葉に否を唱えたのは統合作戦本部議長ファインルスである。ゲルマン系の如何にもな軍人であり、冷静な戦略家として知られる。ミーストも直ぐにファインルスの意見を是とした。

 

「では、次にハイドリヒ長官。捕虜から得た情報について報告を」

「はい」

 そう答えるハイドリヒの声には抑揚が無く、生者の発した声かと一度は驚かせる様で感情が全く分からない。報告を無事に終えてほっと息を吐くチャンなどは、たった2文字発せられたその声に僅かに肩をびくつかせた。

「先日の虐殺事件を引き起こした武装勢力は、“帝国”と呼ばれる国家の軍隊であり、帝国による侵略行為の先鋒としてこれまで多くの国を滅ぼしてきた一部隊である事が分かっております」

「少しよろしいか?」

 報告の最中、副大統領マスティスが手を挙げた。

「どうぞ」

「遮るようで申し訳ない。今長官は帝国と呼ばれる軍隊の一部隊、先鋒であると仰ったが、それはつまり、まだ門の向こうから帝国の軍隊が攻めてくるという事か?」

「その通りです。捕虜の情報を精査した限り、帝国には少なくとも10万以上の兵力を有しているものと考えられます」

 ハイドリヒがそう答えると会議室が僅かにざわついた。つまり、今こうして会議を行っている間にも門からまた敵が現れるかもしれないと改めて実感したからだ。

 

「国防長官、門の守りは万全なのでしょうね?」

 閣僚の中でも比較的若い内務長官ジュヴランが、参加者全員の意見を代表する様に問う。

「問題ない。門は厚さ1.5mの鉄筋コンクリートで覆ってあるし、扉も厳重に閉鎖してある。そして門の周辺は2千名の重武装の兵士が固めている。特地側にも無人の監視ドローンが常時周辺を警戒しているからもし、敵が新たに軍を差し向けてきたとしても、特地側の警戒網に引っ掛かってから十分対応できる。問題はない」

 セリョーギンは自信を持って答えると、隣のファインルスも彼の言葉を裏付ける様に力強く頷く。

「軍がそこまで言うのなら心配ないだろう。ハイドリヒ長官、報告を続けてくれ」

 ミーストが改めて報告を促すと、ハイドリヒは報告を続けた。

 

 特地はフォルマ―ト大陸と呼ばれる大陸があり、その大半を支配しているのが“帝国”と呼ばれる派遣国家。帝国はヒト種至上主義を掲げており、亜人と呼ばれる他種族を迫害している。国家政体は帝政であり、かつて共和制だった事から皇帝と元老院によって統治されている。帝国の首都はウラ・ビアンカと呼ばれる人口100万の城砦都市で、大小多くの都市国家によって構成されている。文明レベルは中世ヨーロッパのそれであるが、歴史や政治制度はローマ帝国に近い。侵略による拡大化政策が常態化しており、安定しているが故の行き詰まりから閉塞感を打破する為に門を用いて新天地を求めていた。その結果が先の統一記念式典虐殺事件であった。

 

 そのような報告が終わると参加者の面々は様々な反応を見せる。軍関係の二人は、報告から推測するに帝国の軍事力が脅威に値しない事が分かると、特地派遣を極めて容易なものであると考え始めていた。マスティス以下の閣僚らは敵が一定の文明を持った国家である事を知って安堵した。国民を多く殺されたという怒りは勿論共通のものであったが、何より政府の人間として、彼らと何らかの落し所を探ることはできそうだと分かったからである。特に外務長官オールストンは自分たちの仕事(外交交渉)を行う余地がありそうだとほくそ笑んだ。ミーストは報告の中にあったヒト種至上主義と亜人迫害に対して嫌悪し、この手の問題はどの世界でも共通かとやや呆れた表情を見せる。

 

 ミーストは短く息を吐いて気持ちを落ち着かせると、今日の本題を議論するべく話を進める。

「それでは、本題に入ろう。まずは特地派遣の目的に関してだが、これは既に決まっている」

 その言葉に一同が頷く。

「先の虐殺事件の首謀者を捕らえ、我々の手で処罰すること。そして事件で被った被害に対する賠償を獲得することだ。だが…」

 ミーストのだが、という言葉に閣僚らが疑問を示す。

「先ほどのハイドリヒ長官の報告を受けて、私はもう一つ目的を追加するべきだと思う」

「どのような事でしょう?」

 ミーストの左手に座るティレーナが促す。

「ロンディバルトの国是は何か。それは自由・平等・統一である。そして、その国是を胸に我が国は国内外問わず行動してきた。例えこの世界とは違う別の世界であろうと、我々のすべき事に変わりはない。そこに自由を奪われ、迫害を受ける人々がいるのならば手を差し伸べるべきだ。そうではないか?」

 一同は改めてロンディバルトの国是を頭に思い浮かべる。お互い顔を見合わせながら、徐々にミーストに賛同する様に頷き始める。

「大統領の意見に私も賛成です。私もかつて小さい頃にアジア人差別を肌で感じておりました。今こうして長官職に就けたのもロンディバルトの国是のおかげです」

 チャンの言葉に呼応するかの様に他の閣僚も口々に賛同の意を示す。一人沈黙を保っていたハイドリヒも最後に一度だけ僅かに頷いた。

「諸君らの賛同に感謝する。ティレーナ、人類平等庁に伝えておいてくれ。内国安全保障庁には関係情報の提供。外務省には外交面で協力するように」

「分かりました」

「はっ」

「承知しました」

 ティレーナは一度会議室を出て行き、あとの二人も一度隣の待機室に向かう。待機している補佐官に今の事を伝えると、二人は直ぐに会議室に戻ってきた。ティレーナもそのすぐ後に席に戻ってくると、会議は目的達成の為の方策に関する話し合いに移る。

 

「やはり一度は軍事力による勝利が必要か」

「ええ、先ほどハイドリヒ長官の報告にもあった通り、未だ10万を超える戦力を有している以上、帝国が我々の外交に応じてくる可能性は低いと思われます。むしろ侵略が常態化しているかの世界に於いて、外交交渉自体あまり意味のある事ではない可能性もあります。ここはあえて一度、明確に力の差を見せつけるべきかと」

 オールストンは文武に優れた人物として知られており、中世以前の歴史についても長けている。そんな彼だからこそ、外交の道は時に力によって開かれる事を知っていた。その相手が皇帝や王等といった専制者となれば特に力を誇示する方が手っ取り早いのだと。

 外交に関してオールストン以外の閣僚が口を挟む事はなく、第一と二の目的達成の為に一先ず帝国と一戦して勝利した後外交交渉を行う事とされた。問題となったのはミーストが新たに加えた第三のヒト種至上主義の撤廃と亜人迫害の禁止を要求する件であった。これに関しては情報が極めて不足している事もあり、外務省と軍が協力して秘密裏に亜人の人々と接触し、彼らの文化を理解した上で柔軟に方針を定めていく事とされた。人種間問題の複雑さは彼らもよく知っていたからである。

 

 特地派遣の目的とその方策がある程度定まると、会議は派遣軍の規模に関する話し合いに移ろうとしていた。詳細な部隊の構成や編成に関しては統合作戦本部が検討するとはいえ、大枠は決めなければならない。ファインルスが事前に検討していた案を述べると、議論が始まる前にオールストンが発言を求めた。

 

「何かな?」

「実は、未だ非公式ではありますが、各共和国、中でも旧全体主義陣営の現地政府から義勇兵を派遣したいという要請が来ていまして。受け入れるか否か判断をお願いしたい」

 統一記念式典には、現地政府を取り纏めていた全体主義者の中でも穏健派に属する要人も数多く出席していた。虐殺事件の被害者にはその要人が数人含まれており、アメリカ大陸や欧州では連日大規模なデモが行われている事は周知の事実である。そんな彼らを落ち着かせるには首謀者の処罰や賠償の獲得が必要であるが、それはまだ先の話であり、とにかく一度彼らの怒りを鎮める為に現地政府も手段を講じなければならなかった。その一環として外務省に提案されたのが義勇兵の特地派遣軍への参加であり、これによって報復や敵討ちを声高に叫ぶ人々に感情の捌け口をつくろうと考えたのである。

 ロンディバルト政府としてもこの要請は有難い申し出と言えた。今回の特地派遣が人類の統一と平和に対する敵を討つという大義名分を掲げている以上、自由意思に基づいて多種多様な人々が一丸となって戦うというのは絶好の宣伝材料となるからだ。

 

 閣僚一同もこの要請を概ね好意的に考えていた。

「キミの所ではどうなっているのかね?」

「外務省では受け入れるべきとの結論で一致しています」

「うむ、他はどうか?」

「私も賛成だ」

「私も、受け入れるべきだと思います」

マスティスが一同を見回しながら問うと、ジュヴランとチャンが続く。マスティスは次にセリョーギンとファインルスを見るが、二人はやや難色を示していた。

 

「お二人は義勇兵の受け入れには反対ですかな?」

「いや、政治的に義勇兵を受け容れた方が良いというのは理解できるのだが」

「軍としても義勇兵の受け入れに反対する訳ではありません。しかし、義勇兵という存在は扱いが非常に難しいのです。特に今回の様に高度に政治的な軍事行動は軍の統制が極めて重要です」

「…つまり、義勇兵という存在が一つの圧力団体となって勝手に行動する可能性。それを危険視していると?」

「はい」

 先ほどまで賛成に傾いていた議論の針が止まる。歴史上でも、実際に民兵が戦果と市民の支持を背景に時には軍や政府に逆らって行動した例もある。特地派遣は必ずしも徹底的な報復の為に行われるわけではない以上、下手に軍や政府とは異なる団体を関わらせる事は統一した意思決定と行動に支障をきたしかねなかった。

 

 結局、義勇兵の受け入れは承認される事となったが、義勇兵は過去に軍またはそれに準ずる組織に所属していた者に限定する事とされた。また、特地派遣の一切に関してはロンディバルト政府と軍が決定する事を改めて各現地政府に通達する事になった。

 

 予定外の案件を挟んだものの、その後の派遣軍の規模に関して決定にそう時間は掛からなかった。ロンディバルト軍の標準的な編制である1個師団2個旅団で構成される1個軍団を中核に、旅団規模のヘリ部隊、現地の無いに等しいであろうインフラ状況を考慮して同じく旅団規模の後方支援部隊を加えて概ね4万前後の戦力とされた。

 

 問題となったのは、最後の派遣軍を率いる指揮官の人選であった。副司令官として実質的に部隊を指揮統括する人物には、大戦中北欧方面の司令官として約1年半の間防衛戦を指揮したエーリス・メリコスキ中将に決まった。調整型の軍人であり、柔軟な思考力と冷静で忍耐強い性格を買っての人選である。

 

 閣僚一同が頭を悩ませたのは派遣軍司令官の人選であった。派遣軍司令官は軍事の能力もさることながら、政治外交に関する知識も必要となる。更に、先ほどの義勇兵を統括するだけの能力と名声も兼ね備えていなければならない。果てにはオールストンやジュヴランから派遣軍の指揮官は文官から出すべきだという意見も出た。門という極めて限定的な連絡手段しかない以上、派遣軍の上位2名を武官にするのはシビリアンコントロールの観点から問題ではないかと述べたのである。この主張にファインルスは眉を顰めながら反論したが、最終的に司令官を文官から選ぶという意見を受け入れた。

 しかし、文官で政治、外交、軍事の力量を有し、義勇兵を統括する名声を備えた人間はそうそう居なかった。決してロンディバルトに人材が居なかった訳ではない。しかし、今ロンディバルトは人類統一に向けた諸問題の解決と、統一国家としての体制構築、その為の旧全体主義陣営各地域との調整等に多くの人材を割いている状態である。その様な状態で優秀な人材を遊ばせている余裕などロンディバルトには無かった。故に司令官として適任であろう幾人かの候補も全員既に何らかの職務に従事しており、とても引き抜く様な事は出来なかったのである。

 候補者が二桁に達し、そのいずれも引き抜き不可能であると分かると一同は眉間に皺を寄せて静かに息を漏らすしかなかった。そんな惨状をぐるりと見渡したミーストも首を振りながら手を上げる。所謂お手上げという奴である。

そんな中、また一人口を開く事の無かったハイドリヒが、この議論で初めて口を開いた。

 

「皆さん、司令官の人選に難儀している様ですが、一人忘れているのではありませんか?」

 その言葉に他の閣僚は疑問符を浮かべる。既にあらゆる候補を出し尽くした彼らは、そんな見落としをしているはずがないと思った。

「一人居られるではありませんか。政治外交に長け、軍事面にも一定の力量を有して柔軟な思考力と冷静な判断力、そして義勇兵を統括するに相応しい人物が」

 そう続けるハイドリヒに、一層疑問を深めざるを得なかった。そのように優秀な人物を、自分たちが知っていないはずがなく、知っていれば真っ先に候補として挙げているからである。

 

 ハイドリヒは視線をゆっくりと動かし、ある一人の人物を見つめる。その視線の先にある人物を一同も察知すると、一様に目を見開いた。

 

 

「軍の最高指揮官であり、ロンディバルト共和国連邦の国家元首として政治外交に強力な権限を有し、人類統一の英雄と呼ばれている人物…」

 

 

 

 

 

「ペルシャール・ミースト大統領の事ですよ」

 




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