暇潰し程度にお楽しみいただければ幸いです。
転生なんて紙面上だけで起こるものだと思っていたが、実際に体験してしまえば笑い事では済まされない。巷では強くてニューゲームなるものが流行っていたが、肝心の私はそのような強化など一切無く、某真実はいつもオンリーワンな漫画に出てくる組織の構成員の娘として生まれた。本当に草も生えない。
確かに私はコナンが好きで、転生物の小説もわりと好んでいたが、好きと好きが掛け合わせれば何でも美味しいわけではない。これはただの事故である。
先程も言ったが、私は黒の組織の構成員の娘、つまり未来の組織のメンバーだ。健全な家ならば家出の1回や2回は許されるが、私の場合家出の一発目で額に風穴を空けられる未来しか見えない。もっと優しい世界でも良いと思う。
将来的に組織のメンバーとして働くにしても、さらにその先の未来でこの組織は主人公に潰される予定だ。私ならこんな組織の株は全部売り払って赤井辺りの株を買っておきたい。絶対ヤバいくらい株価上昇するって。
まあそれはさておいて、将来性の欠片もない組織に強制的に加入されるなど不幸以外の何物でもない。先の分かってる破滅的な人生をロールプレイするなどただのピエロである。これは本当に草。
などと現実的な思考を巡らせたのは転生1日目だけで、2日目以降の私は紆余曲折を経てこのような結論に至っていた。
この世界のこの立ち位置なら、私の欲を充分に満たせるのではないだろうか、と。
ここは紙の上の世界。多少のやんちゃは許されるだろう。なにせ主人公やその周りが結構な危ない橋を意気揚々と渡る世界だ。私にもその権利があって然るべきと考えて良い。
もう一度言う。紙の上の世界だ。つまり、原作の登場人物としての人権がない私の存在など無いも同然。これが例えば成り代わりとかだったらそうもいかないが、原作未登場の名も無きモブである私が何をやったとしても物語には関係ない。つまり、私は自由!やっふぅぅ!!
そのように考えたら何でもできる気がした。自分が何をしたとしてもその責任は自分に振りかかるだけで、周りには影響を及ぼさない。親だって組織の人間だから屑だし、迷惑をかけたところで心は痛まない。
そもそもこんなスタートでは社会的地位も地の底みたいなものなので、これ以上失うものもない。私って実は最強なのでは?やはりこれは強くてニューゲームだったのか。
まあ要するに、私は私だけのために生きてもなんら問題はないだろうということだ。ちなみにこれは私の中で確定させた結論なのでもう揺るがない。
よし、そうと決まれば存分に楽しもう。就職先は組織しかないのだから腹を括ろうじゃないか。黒の組織がどれほど真っ黒か予想して爆笑の準備をしておこう。
まあ、この場所がどれだけ濃い黒色でも私には関係のない話だ。私は私の目的のためだけに動く、ただそれだけ。主人公を助けるのはケースバイケースだが、積極的に加担するつもりはない。そもそも私ごときの助けがなくとも工藤新一は組織を壊滅させる。そういう風に世界はできているからだ。
気楽にいこう。私が何をやっても世界には関係がないのだから。
そのように決意して早数年。目的を果たすためには最低でもネームドになる必要があると踏んだので、私はせっせとお仕事をして地位を上げる毎日だ。
朱に交われば朱くなるとはよく言ったもので、組織で暮らすうちに私は組織に特化したようなスキルを少しずつ上げていた。中でも得意なのは盗撮と諜報。あとは前世込みでのコミュニケーション能力だろうか。
要するに「これについて調べてこい」と言われたことについて根掘り葉掘り調査してくるのが得意なのだ。原作では同じようなポジションに安室さんことバーボンがいるが、まさか探り屋が組織に1人だけなどというアホな話は無いので多少の被りは問題ない。だからゴリラのパンチはやめてください。
運の良いことに、チマチマと成果を上げていくうちに一部の幹部と交流する機会が増えた。大方それなりに優秀らしい構成員の品定めだろうが、昇進のチャンスを貰えるだけでも有難いので甘んじて受け入れておく。
まあ私が「ネームドになる必要がある」と断定した理由はコードネームそのものではなく、「そのぐらいの能力がないと達成できない目的である」と理解していたからなので、実際にコードネームがどうしても欲しいのかと聞かれればそうでもないのだが……
とはいえ、ネームドになればチャンスが増えることは明白なので、貰えるものは貰っておきたい。
そんなことを考えていたら、何の前触れもなく
チャンスと言ってもただの仕事で、組織の構成員である女が逃げ出さないように監視しろというものなのだが、その監視対象が問題だった。
「明美さんだ!」
送られてきた写真に阿鼻叫喚。資料と原作知識を照らし合わせても導きだされる結論はただ1つ。たまたま命じられた監視任務の監視対象が、原作に出てきた宮野明美だったということ。これは非常にラッキーだ!
「ふふ、ふふふっ」
思わず変な笑みが漏れてしまう。だって仕方ないだろう!私の好物が監視対象だなんて、もう笑うしかないでしょう!
ふふ、そういうことなら準備しなくちゃね。相手の緊張を緩めるトークを考えておかないと。明美さんは組織の中でも『普通の女性』に近いから、そんなに難しく考えなくてもどうにかなりそう。ああ、決して舐めてるわけじゃなくて、そういうところも可愛いって話よ。
「さぁ、どんな風に近づこうかしら。まずは普通に仲良くなって、警戒心を解いてもらって、それから……」
ああ、早くその日にならないかしら!
さながら窓辺に座るプリンセスの如く『その日』を待ち望み、そしてついにその時がきた。自分で言ったけど自称プリンセスはやばいな。猫とかにしとこ。
さて、監視にはいろいろとあるが、一番手っ取り早いのは対象を目的地まで車で運ぶことだ。私は一応偽名名義での免許は持っている。
しかし、今回の目標は明美さんと仲良くなることだ。下手に密室空間に誘い込んで警戒されたら元も子もない。
なので、徒歩で監視するという原始的な手段を取ることにした。もちろん、
「こんにちは」
「え?こ、こんにちは……」
「今日の担当って言えば分かる?」
「っ!」
妹ほどの頭脳はないが、彼女は聡明な人だ。少し含みを持たせれば、私の正体を難なく察したらしい。警戒を孕んだ眼差しが子猫のようで可愛らしいので思わず口角が上がってしまった。
「私に何の用かしら?あなたの仕事は私とお喋りすることではないでしょう」
「ええ。でも『してはいけない』とも言われてないわ。何の用と聞かれれば、そうね……あなたに興味が湧いたから仲良くしたい、とかじゃダメ?」
「仲良くしたい?」
怪訝な表情のまま紡がれた言葉に思わず苦笑いしてしまう。残念、想像以上に警戒されていたらしい。まあそうか。自分を監視する人間なんて良い気持ちしないよね。
でも彼女は優しいから、まだ立ち去らず私に向き合ってくれている。こういう性格だから将来的に利用されてしまうのだろうな。
「私もあなたと一緒で、親がここで働いていて……それで、友達がほしくて……」
ここで私はぎゅっと手を握り、饒舌に見せながらも実は緊張してますよとアピールする。彼女もそれに気づいたのか、少し驚いたように目を見開いた。
しかしそれもつかの間で、今の言動で私に敵意がないことは伝わったらしく、綺麗に微笑みながらこう言った。
「知ってると思うけれど、私は今から買い物に行くの……一緒に行きましょう?」
…………………………
その夜、私は幸せの余韻を噛み締めていた。
今日出会ったばかりの私達は想像以上に友達らしい一時を過ごしていた。少し背伸びしたデパートで服を見繕ったり、アクセサリーを選び合ったり……
会話の流れで連絡先を交換することもできたので次の約束を取りつけることも可能だ。何という幸せ。
「可愛かったぁぁあ」
思い出されるのは天使のような明美さんの笑顔。聖母マリアはあのような微笑みだったと言われたら納得してしまうほど慈愛に満ちた顔だった。あれは可愛い。殺意が吹き飛ぶのも分かる。
「ふへ、ふへへへぇぇ」
記憶という名のフィルムを辿ればもっとたくさんの表情が出てくる。どちらのアクセサリーが良いか真剣に悩む顔、レストランで頼んだメニューが美味しくて綻ぶ顔、床のタイルに躓いて驚く顔、みんな天使か?
「もっと仲良くなったらもーっといろんな顔が見れるよね!もしかしたら志保ちゃんにも会わせてもらえるかも!」
そこまで仲良くなれたらこっちのもの。
前世で大好きだった宮野姉妹のいろんな顔を心のシャッター切りまくって脳内に保存して、あわよくば物理でもアルバムを作りたい。だって推しだよ?推しのグッズを集めたいファンの心理は全国共通のはず。推しが目の前にいたらどうするかってそりゃあ隙を見てゲフンゲフンッ
ここで勘違いしないでもらいたいのは、私は推しとどうにかなりたいわけではなく、ただ推しのいろんな顔をベストポジションから心のカメラに収めたいからこんなことをしているのだ。イエストークノータッチの変態紳士なので通報しないでほしい。いや、他の案件で通報されるのも嫌だけど。思い当たる節がありすぎる。
現状は宮野明美さんとしか接触できていないが、上手く行けば志保ちゃん、ワンチャン赤井さん、コードネームを手に入れれば最推しのあの人と会える確率も上がる。ひゃっはー!なんという幸運!推しの顔面が近くにあるとか最高か!?もう私このためだけに組織のメンバーやってるよ!!
前世で画面越しだった分、人生をかけてオタ活する。これが私の目的なんだから!
何度でも言うが私が転生したら絶対こうなる。