アマゾネスとして生まれた私は〇〇になる。   作:だんご

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なんだかんだ書き終わりました。
さらっと話の展開的に流そうと思ったら、めっちゃ長くなってしまった……。


私は愉悦部じゃないんだ

 「……申し訳ございませんでした。イシュタル様」

 

 「お前が戦っているところを、さらには顔を見られたか。しかも見られたのはテルスキュラの頃の同胞、そしてロキ・ファミリアの【大切断】と【怒蛇】だったと」

 

 「……はい」

 

 「大失態だな」

 

 例の王座っぽい椅子に座るイシュタル様を目の前に、私は全力で土下座していた。

 

 この光景に周囲を囲むアマゾネス達は全員困り顔だが、唯一フリュネだけはニヤニヤと楽しそうである。こいつ私のこと嫌いだからな。知ってた。

 

 「……これまで、外出の際にここまでお前が暴れることはなかった。そのお前がどうして、モンスターが脱走したとはいえ、あんな大立ち回りを演じたのだ」

 

 「私のエロがあいつらを許すなと叫んでいたのです」

 

 「心のチンコは?」

 

 「ビンビンでした」

 

 「……本当に。少しは大人しくなっても、こらえ性がないわねぇ」

 

 面目次第もございませんとさらに深く頭を下げると、イシュタル様は呆れたのか大きく天を仰いだ。

 相も変わらず、私の性根をわかってくれる神様だ。それだけに心苦しい。

 

 他のアマゾネスは「まーた訳の分からない会話をしてやがる」と白けているが、イシュタル様は私の言いたいことをしっかりと解ってくれている。

 

 「……ギルドの連中を黙らせるまで、根回しが終わるまでは外出は厳禁だ。ロキ・ファミリアからギルドに確認がきていて、諸々の神々がお前の存在を気にし始めたようだからな」

 

 「かしこまりました」

 

 「それが終わったならばいつも通り好きにしろ。どうせ我慢も利かんだろう。顔を見られたのもロキ・ファミリアであれば構わん。カーリーとの交渉上、それほど大きなリスクにはならないからな」

 

 「カーリーとの、交渉?」

 

 「ふん、どうやら気になる姉妹の様子を見に来るようだ。ついでに、お前の成長もな」

 

 ずいぶんと寛大な処置を頂けたとほっとしていたら、とんでもない爆弾を投下された件。

 姉妹とは、ティオネとティオナのことだろうか。あいつらも本当に面倒くさい神に目をつけられたよなぁ、と複雑な気持ちに浸っていたその時。

 

 「ちょっと、イシュタル様?本当にそれだけでいいのかい?こいつが仕出かしたことで、うちらは悪い方向に向かっちまうかもしれないぜ」

 

 私を気に入っていないフリュネは疑念の声を上げた。大方、これを機に私に嫌な思いをさせたいのだろう。

 しかし、フリュネの言葉をイシュタル様は鼻で笑うと、じっと私を見つめた。

 

 「ロキ・ファミリアのレベル5、その中でもロキお気に入りのアイズ・ヴァレンシュタインはどうだった」

 

 「無知エロが似合いそうでした。あと、黒バニーが似合いそうでした」

 

 「そっちじゃない。実力はどうだった」

 

 目がより一層冷たくなったイシュタル様に冷や汗をかきつつ、あの時の状況を必死に思い出して、なんとか言葉を絞り出した。

 

 「今回の戦いでは相手が悪く、環境に恵まれていませんでした。しかし、実力は高いかと。あれはレベル6に至ります」

 

 私の言葉に、ざわりと周囲が震撼する。

 

 特にアイズに因縁があるらしいフリュネは、怒り狂っているのだろう。頭に血管を浮かべ、苦悶の声を漏らしながら拳をきつく握りしめていた。

 

 「なるほどな。勝てるか?」

 

 「今の私であれば」

 

 「ならばいい……。おい、アイシャ。予定通り春姫を連れてこい。ちょうどいい機会だ、顔合わせといこうじゃないか」

 

 「……はい」

 

 顔を暗くし、部屋から去っていくアイシャが気にかかった。いや、それよりもその春姫とはいったい何者なのだろうか。

 

 しばらくして、アイシャに連れ添って、彼女の陰に隠れるようにして現れた獣人がいた。

 それ見て思わず衝撃を受ける。なんと彼女はキツネ型の獣人、狐人(ルナール)だったのだ。

 

 ここオラリオでも中々見ることができないような貴重な存在、しかも美人で、儚げで、しっぽモフモフ狐しっぽで、和服で、しかも赤で、着崩していて胸が露わになっているような、しかしそれは下品ではなくて……。

 

 「……なんという、逸材ッ!」

 

 素晴らしいエロの塊、性癖の塊。ええい、この世を作りたもうた真なる神はバケモノか。

 

 「おい、ソフィーネ。こいつは今後のための大切な人材だ。こいつだけは許さない」

 

 「そんな殺生な……」

 

 ものすっごい釘をさされた。しかも神威を放ってまで私に圧をかけてきている。

 

 私はそれぐらいではどうってことないが、さっきからアイシャが酷い顔をしている。横にいる春姫に支えられているぐらいだ。本当にどうした、お前。

 

 ともかく、ここまでイシュタル様に言われたのであれば諦めよう。

 確かに得難い逸材だが、届かないからこそ感じるエロもある。むしろ、私に妄想すら許されない、収まらないエロの存在は、より私の興奮を高めてくれるかもしれない。

 

 「それで、彼女はいったい……」

 

 「言葉よりも見せた方がはやい。春姫、やれ」

 

 「……はい」

 

 春姫が薄っすらと輝き始めた。

 温かい魔力が春姫を中心に高まり、形をなしていく。これは、魔法の兆候?

 

 「『大きくなれ』」

 

 ──ん?

 

 「『其の力にその器。数多の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華と幻想を大きくなれ、神を食らいしこの体』」

 

 ちょっと待て。ちょっと待ってくれ。

 

 え、なにこのめっちゃ耳にくるASMR。

 めっちゃ心のチンコにくるんだけど。こんなかわいい子が、こんな声で「大きくなれ」とか言っちゃいけないだろ。この声でなら、例え「ソーレ勃起、勃起っ!」と言われても勃ってしまうレベルだというのに。

 

 私の心のクララは立つどころ全力疾走を開始した。

 止めに来たハイジという理性を跳ね飛ばして、アルプスの山脈をたたき割り、世界をエロの終焉に導く大魔王と化してしまった。

 

 いけない、これはいけない。青少年がこの詠唱を聞いてしまったら、二度と戻れなくなるぞ!?

 

 「『神に賜いしこの金光。槌へと至り土へと還り、どうか貴方への祝福を』」

 

 私はこれまでASMRを侮っていたのかもしれない。しかし今ならわかる。これは、なんて。

 

 「『大きくなぁれ』」

 

 最後どうしてねっとり言ったんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?

 

 幻想の打ち出の小槌が出現。それが私に魔法の力を与え、一瞬にして私のボルテージを高めまくる。いや、これは、まさか、実際にステータスが上昇している……?

 

 「気づいたのかい?」

 

 「イシュタル様……これは」

 

 「ふふ、そうだ」

 

 「エロの力ですね……ッ!」

 

 「違う。春姫の魔法、『ウチデノコヅチ』の力だ」

 

 なんだ、がっかり。

 

 だが説明を受けて、あまりの破格の効果に驚愕した。

 どうやら春姫の魔法はステータスを上昇させるどころか、効果中にレベルを1上昇させることができるらしい。

 

 1レベルと侮ることなかれ。

 この世界においてレベルを1上げるためには、どれだけの血と汗と涙を流さなければならないのかわからない。

 多くの冒険者が自分の壁を超えるために、命と膨大な時間をかけて成し遂げるのが1レベルの上昇なのだ。そこらへんのRPGの1レベルとはわけが違う。

 

 それをたった一回の魔法で、偉業の壁をたった一回の魔法で上げてしまうとは。この世界ではどれほどの奇跡なのか想像もできない。

 

 「こんな魔法が現実に存在するなんて……」

 

 「そう、これが春姫の魔法の力なのさ」

 

 私の驚く姿に気分をよくしたのか、イシュタル様が楽しそうにこの光景を眺めている。

 

 確かにこれがあれば、あのフレイヤ・ファミリアと戦う気になってもおかしくはないだろう。それだけの価値が春姫の魔法にはある。

 

 「……確かめても、よろしいでしょうか。誰か組み手の相手が欲しいです」

 

 「いいだろう。おい、フリュネ。相手をしてあげなさい」

 

 「……あ?え、はいっ!?」

 

 「どうした?お前がソフィーネを除いて一番実力があるのだから、これは当たり前だろうに」

 

 なんてことがないようにそう命令したイシュタル様に、近く控えていたフリュネは驚愕。冗談だろうと焦った様子で、イシュタル様に食ってかかる。

 

 「ちょ、か、勘弁してくれよイシュタル様!?私は以前、春姫の魔法がかかった状態で、素のソフィーネにぶっ飛ばされているんだ。あの時ですら勝てなかったのに、今の春姫の魔法がかかった、レベル7になったソフィーネに勝てるわけがないじゃないかっ!?」

 

 お前、だからあの時は自信満々だったのか。白い目でフリュネを見るも、流石に可哀そうになってきた。

 

 フリュネの声には絶望があった。苦しみがあった。それは悲痛な叫びだった。

 本来、フリュネのことを嫌っており、その存在を疎ましく思っている周囲のアマゾネス達でさえ、今はフリュネに対して同情的になっていた。

 

 フリュネに高潔な精神などなく、力のままに、自分のしたいようにこれまで振る舞ってきた。

 それが許されていたのは、彼女が強かったからだ。実際、フリュネの力はオラリオでも上位のもの。イシュタル・ファミリアでは最高のものであり、思う存分その力を揮って気に入らないやつを黙らせてきた。

 

 だからこそ彼女にはわかってしまう。この状況が、しかも関係が良くない私へと、主神によって差し出されたということの意味を。

 

 「た、頼むよ。イシュタル様。私では無理だ。ほら、フレイヤとの戦いも近いだろう?私は役に立つだろう?ここは、そうだ、そこにいるアイシャとか他の役立たずに──」

 

 だが、イシュタル様の顔はどこまでも冷たかった。

 なんとか作り笑い、主神に媚びるフリュネの決死の訴えをなんでもないかのように切り捨てた。

 

 「お前の勝利なんて、はなから期待などしていない。お前に望むのはソフィーネの相手となり、あいつの力の物差しになってやることだけだ。早くしろ、別に武器もいらない。素手でやりなさい、素手で」

 

 こ、こえぇ。

 

 リサリサ先生みたいに、養豚場で出荷される豚を見る目でフリュネを見ていた。「なんも期待してないよお前なんて。お肉屋さんにさっさと並べ」と言わんばかりの表情だ。

 

 フリュネのお顔は真っ青。

 

 いや、大丈夫だよ。お前が思っているような、いたぶったり、殺したりなんてこっちは考えてないんだから。

 というか、そんなに怯えるぐらいだったら、もっと普段から仲良くしようよ。こっちは別にお前のことは、嫌いでもなんでもないんだぞ。

 

 「ち、ちくしょう。おい、春姫ッ!私にも『ウチデノコヅチ』を使えッ!」

 

 「ちょ、ちょっとフリュネ。春姫は魔法を使ったばっかりで、まだ余裕が……っ!」

 

 「黙りなアイシャ!レベル5が、レベル7に、普通に戦っても物差し程度にすらならないことがわからないのかいッ!イシュタル様もご所望なんだ、はやく、はやくしろぉっ!」

 

 言っているフリュネが苦しそうである。

 こいつ、なんだかんだでプライドが高い女なんだ。本当は自分をそこまで下げたくないのだが、このままだと本当に再起不能になりかねないとプライドを危機感が上回っている。

 

 私は何度もテルスキュラでプライドなんて折られているので、すでにプライドなんて無いも同然。私もこんなことがあったのかなぁという気持ちでその光景を見守る。

 

 「だ、大丈夫です。なんとか、なんとか使えます。『大きくなれ──』

 

 ただでさえレベルが急に上がって敏感になっているのに、そのASMRやめてください。興奮しすぎて死んでしまいます。

 

 魔法がかかったフリュネが、歯を砕けんばかりに噛みしめながら私の前に立った。

 

 「私を、私を、そんな目でみるんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」

 

 「なんか、その、ごめん」

 

 全身全霊で放たれたフリュネの拳を、右手で受け止める。瞬間、フリュネの膝が崩れ落ちた。

 

 「え……?」

 

 それは部屋の中にいた、誰が発した驚きの声だったのだろうか。

 ソフィーネ以外の全員が自分の声だと思ったし、自分の声ではないと思った。つまり、誰もが目の前の光景に驚き、心を失った。

 

 フリュネの剛腕は確かに放たれた。

 だがそれを何気なしに受け止めたソフィーネは、フリュネの拳を右手で掴んだままその場にたたずんでいる。

 

 つまり、フリュネの剛腕に込められたあの力は全て、全てどこかに消え去っていた。

 大地に逃がしたわけでもなく、方向を変えて逸らしたわけでもない。受け止め切ったわけでもない。現に床は砕けずに綺麗なまま。

 あれだけの力を込めて揮われた力の奔流は、この部屋の誰かの髪の毛一本すら、ほんの少しも動かさなかったのだから。

 

 フリュネは両膝をついたまま呆然としていたが、この部屋の誰よりも先に自分を取り戻し、立ち上がろうとする。

 

 しかし──

 

 「(ば、馬鹿な……。少しも、少しも体に力が入らないっ!まるで私の体ではないような、なんで……っ!)」

 

 ──動かせない。

 つま先一つ、指の一本に至るまで。

 

 まるで自分の体ではないかのように、フリュネは自分の体が動かないことを知った。幸か不幸か、目だけは動かすことができた。その視線の先には、確かめるようにじっとこちらを見つめるソフィーネの姿があった。

 

 「(まさか、まさか……っ!こいつ、腕一本で、なんの力を込めることもなく、ただの腕一本でこんなことを……っ!)」

 

 バケモノ。

 

 あまりの恐怖に、フリュネの精神の方が先に限界を迎えた。

 そのまま泡を口から吹き、目から光を失ってフリュネは力なく崩れ落ちたのだった。

 

 「……イシュタル様」

 

 「ああ、わかっている。これでお前は間違いなく、このオラリオの頂点で──」

 

 「これ、ダメですわ」

 

 「──はい?」

 

 イシュタル様がぼけっとした、ずいぶんと可愛らしいお顔になった。レアである。たまにその顔を見せてあげれば、もっと怖がられないで済むと思うなって。

 

 「体のステータスが上がりすぎて、感覚がまるで違う。フリュネがこんなになるまで、強い『気当たり』を私は出そうとはしていなかった。レベル7の体に感覚が追いつけていないのです」

 

 気の運用法である『気当たり』は、殺気や闘気を発して相手を威嚇し、時には虚実として攻撃を誤認させ、戦いの中で相手の注意を操ることができる。

 別にそんな特別なものではなく、街の不良からお母さんまで、実はみんな使える当たり前のものだ。もちろん、こうして戦いにも利用できる。

 

 私はその『気当たり』を無意識に過剰に発してしまい、フリュネを必要以上に怯えさえ、混乱させてしまった。

 しかも操作しようとしても、どうにも制御が利かない。格下あいてならいいのかもしれないが、格上相手にこれではダメだろう。

 

 「フリュネみたいに力任せにぶん殴れば、そんなこと意識しないでもいいと思うのですが……。レベル6とレベル7の差って、思った以上に大きいですね……」

 

 あえて言わなかったが、この魔法は単純に私と相性良くないのでは?

 これまで微妙なコントローラーと設定のままFPSをやっていた人間に、急に高感度高性能のコントローラーと設定でやらせても、そう簡単には順応できないのと同じだ。

 

 「慣れれば問題はないと思いますが、気を扱う私には少し時間がかかりそうです。慣れると言っても、四六時中かけるわけにはいきませんよね……?」

 

 視線を春姫に向けると、ものすごい怖がられた。

 

 「さ、流石にそれは……。連続で魔法をかけることも私は難しく、ましてや一日中なんて……」

 

 「で、ですよね。わかってます。無理を言ってしまってごめんなさい」

 

 さっきフリュネに魔法を使う時だって、額に汗を浮かべながら必死になって詠唱していた。

 これだけの魔法だ、クールタイムと回数もそう多くはないだろう。

 

 「すいません、イシュタル様。あなたの切り札ですが、私には……」

 

 「く、くくく」

 

 「……イシュタル様?」

 

 「あはははははははははっ!」

 

 急に悪役笑いをし始めたイシュタル様に、今度は私の方が驚いた。

 いったい何が楽しいのだろうか。ここまで期待した代物が、全く私に合っていなかったと知れば、大なり小なり落ち込んでしまうのが当たり前だろうに。

 

 「まさか、ここまで思い通りになるだなんて。安心しなさい、ソフィーネ。そんな些細な問題は、すぐに解決するとも」

 

 え、マジかよ。なんかすごいポーションでもあるのだろうか。それにしたって、春姫の体が限界を迎えるのが先だと思う。

 

 「……期待して、よろしいので?」

 

 私としても、切り札はいくつあってもいい。

 

 ジャイアントキリングで調子にのっていたら、今度はこっちがジャイアントキリングされるなんていうのも、マンガやゲームで嫌というほど見てきた。

 好き勝手してきたフリュネが今回、イシュタルによって生贄扱いされたように。今度はいつ私が、誰かの生贄になってもおかしくはないのだから。

 

 「ああ、期待しておけ。時がくれば、お前は思う存分に『ウチデノコヅチ』を使用できるようになる。その時に魔法をお前の体に馴染ませていけばいい」

 

 「かしこまりました。では、その時まで私は待ちましょう」

 

 「頼むぞ、ソフィーネ。お前は私の第一の戦士。そしてやがては、あのフレイヤのオッタルを超え、オラリオの頂点に立ってもらうのだからな」

 

 勃つのは心のチンコだけでいいんだけどなぁ。

 

 オラリオの頂点とか、本当に私にとってはどうでもいい。

 でも、好き勝手にエロマンガを描かせてくれて、エロの道を示してくれた尊敬している上司の願いだ。できる限りはがんばろう。

 

 そう思って、その時の私はただただ、頭を下げ続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく謹慎が解けた。

 

 イシュタル様曰く、「全て黙らせ、話をつけた」らしい。

 

 これがそこらのファミリアなら上手くはいかなかったのだろうが、うちはオラリオ有数の大規模ファミリア。黒い噂や話も多いが、このような有事の際には、これほど心強いファミリアも他にはないだろう。

 

 オラリオの経済に深くつながっており、資金力は五本の指に入る。いざというときの武力も、3から4レベルの戦闘娼婦を多く有し、団長のフリュネにいたってはレベル5だ。過去の失態から、ギルドがイシュタル・ファミリアに及び腰なのも追い風になる。

 

 だが、よく追及があったロキ・ファミリアを相手に、こんなにあっさりと話を流せたなぁ……。

 

 「何か知ってる?」

 

 「んー、えーと。ロキ・ファミリアはソフィーネ様のことを、そこまで強く追及しなかったらしいよ?」

 

 敵対ではなく、救援に入ったからだろうか。

 

 自分の子供たちに敵意をもって戦ったわけではなく、命を助け、恩を売られたが故に、そこまで深くは突っかかってこなかったとか。

 

 相手は神話でもいろいろと盛大にやらかした実績を持つロキである。

 裏があってもおかしくはないが、うちのイシュタル様だって神話でいろいろやらかした神様である。わかった、これについては考えるのも関わるのも止めよう。触らぬ神にたたりなしと日本でも言うじゃないか。

 

 「あと、ギルドにも助けられたって言ってたかも」

 

 「……ギルドが?」

 

 「件の人物が、最近のオラリオの出版物に大きくかかわっているって、イシュタル様があえてギルドに伝えたんだって。どうしてそうしたのかなんて理由は、私もよくわからないんだけどね。ギルドが積極的に庇ってくれるように動いたなんて話があったよ?」

 

 「……えぇ?本当に意味がわからないのですが。どうしてギルドがわざわざ、借りどころか仇しかないうちを手助けするのでしょうか。むしろ有事の際には、こぞって潰しにかかると思ってましたよ?」

 

 「不思議だよね」

 

 「……そうですねぇ、そうですけどねぇ。いや、難しい話は全部イシュタル様に任せればいいのでしょうか」

 

 春姫のことといい、うちも突っ込まれたくないところは多いファミリア。

 

 どんなカードを切ったかなんて、どんな取引をしたかなんて、オラリオに住んだ時間も少なく、ファミリアに入って間もない外様同然の自分に解るはずがない。

 今回も助けてもらったので、それで良かったと素直に思った方が気持ち的にも楽だ。

 

 「……まぁ、しっかり監視はつけられるようになったんですけどね」

 

 同じ団員のレナを苦い目で見つめるが、レナは怯むどころか私の方を白い目で見つめ返した。

 

 「むしろあそこまで大暴れしたんだから、当然じゃない?」

 

 「止めてくれレナ、その正論は私に効く」

 

 ニヤニヤと笑っている監視役のアマゾネスの姿に、どうしようもなく居た堪れなくなって大きくため息を吐き出した。

 

 「……妄想をするときはね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われていなきゃあダメなんだ。独りで、静かに、豊かで」

 

 「ねぇ、あそこにあるお菓子美味しそうじゃない!?行きましょうよソフィーネ様っ!」

 

 「あ、ダメだこの子。一番強いタイプだ、話を聞かないタイプだ」

 

 腕を組まれ、お店にひっぱられていく私。まぁいいや、何気に大きいこのお胸の感触を楽しめることに感謝しよう。

 

 しかし、外に出られるようにはなったものの、これでは全く目的の妄想タイムができそうにない。ヘスティア様をつかまえて、二人で楽しくお茶をするという心のオアシスにも辿り着けそうにない。

 

 あっちこっちに引っ張られ、女の子に興味もない買い物に連れまわされる男の悲哀を覚え始めた。その時であった。

 

 「……あなたは」

 

 「アイズさん、この人ってあの……っ!」

 

 「……フラグ回収、はやくない?」

 

 こちらを驚いた様子で見つめるエルフとアイズの二人に、「あ、やべ」といった様子で汗を流すレナ。

 

 どこぞの手塚ゾーンみたいに、私はどこかに吸い込まれていっているのだろうか。

 こちとら謹慎解除一日目だぞ。TASさんみたいに、丁寧にチャートやフラグ管理をして、「ここで短縮できます」とかそんなものは狙っていない。

 

 ひょっとして、私はこの世界の何か大きな、そう、まさに運命の渦に巻き込まれてしまっているのだろうか。

 そう、これはプッチ神父のいうところの『引力』が働いているに違いない。

 

 お嬢様学園に汚いおっさんが一人迷い込むように。エルフの村にひょんなことからオークの群れが攻め込んでくるように。友人の家に遊びにいったら、そこのお母さんが未亡人でしかもめっちゃ綺麗だったように。恋人のアルバイト先にチャラい先輩がいて、そこはかとなく不安を感じるように。たまたまダウンロードした胡散臭い催眠アプリが、何故か消さずにずっと頭に残っているように。

 

 何か、何か私は運命の渦に叩きこまれようとしているのではないか。

 

 そんな妄想を一人で考えながら、現実から目をそらした。そうです、全部妄想です。

 受け止め切れないことを意識から外して誤魔化すことは、人生において大切だと思うなって。

 

 背負いきれないことをいちいち背負っていたら潰れてしまう。辛い時に人はエロい妄想に逃げるべきだと思うんだ。

 

 「……立ち話もなんですから、お茶します?そこの喫茶店だと、確か個室も用意してもらえたと思うんで」

 

 「え、あの、いいんですかソフィーネ様」

 

 「レナ、ここで逃げる方が、絶対に面倒くさいことになるでしょう。偶然かもしれないですが、ここまでくると必然ですよ、必然」

 

 流されて行け。

 

 どうせ大きな時代のうねり、時代の中心の人間の引力には、人ひとりがどうしたって抗っていけないものだ。

 

 どうせなら一緒に流されて、その先で見られる素敵なエロとの出会いを期待したい。こんな可愛い女の子二人、エロの可能性とお茶できる機会は貴重だ。

 ヘスティア様とお茶する目が消えてしまっている私からすれば、是非ともこの出会いを大いに楽しみたい。

 

 馴染の店員に、奥の個室を使っていいのか確認を取った。

 

 オラリオに売り出しているマンガ、そのいずれかの作者が私だとうすうす気がついていた店員は、何か取材をすると勘違いでもしてくれたのだろう。

 一緒にいる有名人のアイズ達を意味深げな目で一瞥すると、すぐに店長に確認をとって案内してくれた。

 

 「私はソフィーネ、そこのアマゾネスはレナ。あなた達は?」

 

 「レフィーヤ・ウィリディスです」

 

 「私は、アイズ・ヴァレンシュタイン」

 

 「いい名前です。せっかくだ、奢りますよ。何がいいですか?」

 

 「い、いえ。流石にそこまでしていただくわけには……」

 

 「気にしなくていいですよ、現にこいつも全く気にしていないし……」

 

 「あ、店員さん!この季節のデザートって、今はなにがあるのかな?」

 

 レナの能天気さのおかげで、この場の空気は全く重くならない。

 こういうムードメーカーの存在は大切だが、レベル2なのでたくさん食べて食費がかかるのがたまにキズ。食べている姿はハムスターみたいで可愛いからいいんだけど、他の娼婦達といいよく太らないな……。

 

 「なんだか、その、お二人から聞いた印象と違って……あの……」

 

 レフィーヤの言葉を受けて、私は彼女が何が言いたいのか察した。

 

 ティオネやティオナは、七歳でテルスキュラを出ていったために、ずっと昔の私のことしかしらない。そのイメージとずいぶんとかけ離れていたために、戸惑いも多いのだろう。

 

 当時はマジで心に余裕がなくてギスギスしていたからなぁ……。

 

「せっかくソフィーネ様が話の場をわざわざ用意してあげたっていうのに、そんな話の切り出し方はないんじゃないのー?」

 

 「それは、ごめんなさい……」

 

 「いや、レナはそんなに食ってかかっていかなくて大丈夫ですよ。むしろ昔のことを知っているのなら、その言葉も当然だと思いますから」

 

 そろそろ本題に入ろうかと身構えた。

 こういう言葉の裏を察する話し合いは苦手なので、気合を入れていこうというわけである。

 だが、目の前のアイズだけは私とは反対に、どうにも呆けているように見えた。いや、彼女は真剣なのかもしれないが、どうにも空気が緩かった。

 

 「あなたは、どうしてそこまで強いの?」

 

 「……へ?」

 

 もっと違う話がくると思ったら、まさかの方向性に言葉も出ない。

 いや、もっといろいろ話はあるだろう。お前は何者だとか、どこのファミリアに所属しているんだとか。

 

 戸惑いからレフィーヤへ、「これでいいの?」と視線を向ける。

 すると彼女もどうしたらいいものかと、私とアイズの間で視線をあたふたとしていた。

 どうやらこのアイズの質問は、レフィーヤにとっても完全に予想外のものだったらしい。だよな、私ももっとこう、違うことを想像していたもの。

 

 「……えーと、強さの秘密とかを聞くならば、ティオネやティオナに聞いたほうが早いのでは?」

 

 「どうして?」

 

 「あの二人は齢を七歳にして、レベル2に至り、さらにはレベル3になるべく儀式へ挑戦することを許された、まさにテルスキュラの才児だったんですよ?あんな才能の塊に比べて、私はミソッカス。二人が儀式に挑む時だって、未だに私はレベル1だったんですから」

 

 アイズとレフィーヤは心底驚いているようだった。

 ひょっとすると、ティオネとティオナは、ファミリアの団員に昔のことを話していないのかもしれない。

 

 まぁ、さもありなん。

 テルスキュラに残っているのならばともかく、外に出ることを選んだアマゾネスにとってあそこは思い出したくもない修羅の国。

 心に傷を抱えたから外に出ることを選んだのに、わざわざその傷を開くような話をしたがらないだろう。

 

 「あそこは酷い国なので、あの二人も昔のことは話したくないのでしょう。なら私から言えることは少ないですが、二人はテルスキュラの最強の戦士候補で、テルスキュラ最高の戦士姉妹、今はレベル6のアルガナやバーチェに直々に戦い方を教えられていました」

 

 レベル6という言葉に、レフィーヤとアイズの顔色が変わる。

 このダンジョン迷宮を有するオラリオ以外で、そこまでの高レベルに至った戦士の存在は極めて珍しい。興味を覚えるのも当然だろう。

 

 「外の国に、ダンジョンがあるわけでもないのに、レベル6がいるだなんて……」

 

 「詳しくは言いませんが、それだけあそこは過酷な国なんですよ。生存率だってマンボウよりも低い。そこを生き残り、才能があると見定められて戦士としての教導を受けていた。そして神様直々に幼い時から共通語(コイネー)を教えられていたティオネとティオナは、間違いなく当時のテルスキュラでは主神の一番のお気に入りでしたよ。そして最高へ至るはずだった戦士でした。強さを求めるなら、あの二人に聞いたほうが数万倍もためになると思います」

 

 「……その時のソフィーネさんは、その」

 

 「既に聞いていると思いますが、【泣き虫】なんて仇名をつけられるぐらいの雑魚。テルスキュラの最底辺で毎日泣きながら戦ってましたよ」

 

 アイズもレフィーヤも、あの残念触手と私の戦いを思い出し、そのギャップに戸惑いを隠せないようだ。

 レナは「つまらない冗談やめてくださいよ」といった様子で私を見ている。いや、本当だぞ。こんな話に嘘をついて、いったいどうなるっていうんだ。

 

 「誰にも目をかけてもらえないから、ティオネやティオナとは違って、戦いの仕方なんて戦士たちにまともに教えてもらえなかった。毎日ボロボロになりながら、泣いて泣いて、戦って戦って、その日その日をなんとか生きていました。そんな私からすればあの二人はスーパーマンです。スマートに戦って、スマートにぶっ殺す。在庫処分セール同士でしか戦えない私だからこそ、カーリーは意味がないと思って、私を二人と戦わせようとしなかったのかもしれません。ドラゴンとゴブリンの戦いなんて、マジでなんも得るものがないでしょうからね」

 

 我ながら酷い例え話だが、実際そうだった。

 ティオネやティオナの戦いは、当時同年代のアマゾネス達とは全く世界が違っていた。あのアルガナが遊びとはいえ戦い、壊されなかったと聞いて唖然としたことを今も覚えている。

 

 「ティオネとティオナは別格。実力なんて比べようもなし。仮にもしティオネやティオナと戦っていたら、絶対に私は勝てませんでした」

 

 「……本当?」

 

 「本当です」

 

 会話から察するに、ティオネやティオナはこっちに来てから、そんなにガツガツ戦っていなかったのかもしれない。

 私もアルガナやバーチェと同じように、彼女たちはレベル6にでもなっていると思っていた。それぐらい当時の彼女たちは殺意と戦意に満ち溢れていたのだから。

 

 まぁ戦士を鍛えることにかけては、カーリーの目利きは素晴らしいものがあった。必要な戦士に必要な機会を与え、その能力を確実に上げていったのだから。

 才能があるとはいえ、あの二人を七歳でレベル3の階位に至る直前まで育て上げたことは、間違いなくカーリーの慧眼であった。

 

 私?

 

 カーリーから「なんかわからんが、気がついたら強くなっていて面白い」と、遅咲きの華としてレベル2になってから言われ、めちゃくちゃ戦わせられたよ。

 マンガに必要な道具とか、共通語を教えてあげるからと、やる気を出させるためにご丁寧にも飴玉までつけられていた。私はニンジンをぶら下げられた馬か、めっちゃ嬉しかったけど。

 

 ティオネやティオナは、噂によるとレベル3になれる儀式の直前であの国から出ていったらしい。

 理由はわからない。姉もノリノリで相手をぶっ殺していたし、妹だってわざわざカーリーのやつに頼み込んで、姉の代わりに同室の戦士を大勢殺していたらしい。突然の別れに戸惑う戦士はとても多かったことを忘れていない。

 

 カーリーは「出るための門はいつでも開いている」と言って出ていく二人を煽ったらしいが、一方で私が出ていくときには「遊んでいけ」と素敵なパーティになった。めっちゃ楽しそうだったぞ、あの悪神。

 

 あれが私のレベル6になるきっかけとなったと考えれば、カーリーはティオネやティオナを戦わせずに見逃したことも、その方がよりよい戦士になると判断したからかもしれない。

 イシュタル様の話だと、二人にちょっかいをかけに行きそうだな……。

 

 「……あ、そうだ。あの二人に伝えておいてくれませんか?テルスキュラの連中がこっちに来るかもしれないって」

 

 「それは、いったい」

 

 「ロキ・ファミリアが探りをギルドに入れていたのは知っていますが、私はテルスキュラとの関係は完全に切れていない。だからこそ、下手な混乱を避けるために、主神もギルドも私を隠してくれていると思ってください。あなたのところの二人だって、カーリーはきっと忘れてはいないはず。カーリー、そしてテルスキュラの戦士達はエロマンガの体育教師や用務員みたいにねちっこくてしつこい。努々気をつけることですね」

 

 「……エロマンガって、何?」

 

 「ちょ、突然何を言い出すんですかっ!?」

 

 二人の対比が面白い。

 エルフめ……。色を知る年か。いいぞ、ムッツリエルフはポイント高い。歓楽街のエルフはもれなくエロフなので、こんな新鮮な反応は久しぶりに拝むことができた。これだけで今日ここに来た価値はある。

 

 「……でも、あの時のあなたは確かに、ティオネやティオナよりも強かった。私たちがまるで追いつけない速度で、食人花と戦っていた」

 

 「そりゃあ、まぁ。なんだかんだで最近までテルスキュラに居たので。でも、あなたみたいに才能がある方なら、同じ才能がある二人、それに同じファミリアのレベル6であるフィンさんとかリヴェリアさんとかに聞いた方がいいのでは……?」

 

 「私は、ソフィーネから聞きたいの。私は、強くなりたい」

 

 強引に話をおしてくるその姿に、私は流石に戸惑いを覚えた。

 レナはその強さを求める貪欲な姿勢に感心しており、レフィーヤは私と同じように、やたら私に食いついてくるアイズを不審に思っている。

 

 「……レナ、レフィーヤさんを連れて少し表に出ていてもらえませんか?少しアイズさんと二人だけでお話をしたいのです」

 

 「ん、いいよ!それじゃ行こうか!」

 

 「あ、アイズさんを一人にするわけには……」

 

 「大丈夫、ソフィーネ様は変な人だけど、変なことはしない……。いや、するときも多いけど、こういうときはしないから!」

 

 「余計に心配になってきたんですけど!?ちょ、力が強いっ!?」

 

 「お二人ともごゆっくりー」

 

 気を使って強引にレフィーヤを連れ出していったレナへと、手を振って見送った。

 ぽかんとこちらを見つめるアイズに、私はどうしようかと悩みながら口を開いた。

 

 「よろしければ、どうしてそこまで強さを求めるのか、私に教えてくれませんか?話が行き違って変なことを伝えてしまい、そちらの主神に後から怒られても嫌なので」

 

 「……わかった」

 

 他に仲間がいては言えないこともあるだろう。身内であるが故に、隠したい話もあるものだろうに。とりあえず、思いの丈を聞いてみようと確認してみた。

 

 結果から言えば、大成功で大失敗だった。お腹が痛い。

 

 両親がいなくなった。

 モンスターとか絶対に許せん。

 中々強くなれなくて焦りも強く感じていて心が痛い。

 でも周りはそんな自分の想いを理解してくれていない、むしろその思いの丈を見誤っている。

 父親から言われていた勇者が自分には現れてくれなかったから、自分が強くなるしかなかった。

 

 ああ、聞いているうちに私の心のキャパシティーは、もういっぱいいっぱいである。

 私はやんちゃ系だったり、力こそパワー的な若いパッションあふれる話を想像していたのだが、このアイズ・ヴァレンシュタイン。話の内容が重すぎた。

 

 フィクションでの可哀そうは、心のおかずにできる。

 

 他人の不幸で私の心が傷つく。それが何故か気持ちよくて興奮してくる。原理はNTRと同じだが、「可哀想」が私の性癖にぶっ刺さり、その後のバッドエンドからハッピーエンドまで、多種多様な妄想に大満足できる。

 そう、フィクションの可哀そうは、人の心のオアシスとなれるのだ。

 

 だが、ノンフィクションの可哀そうを私はおかずにできない。

 

 『お前は【フィクションのバッドエンドもの】が好きで、俺は【フィクション・ノンフィクション問わず人間が苦しむ】のが好き、そこになんの違いもありゃしねぇだろうが!』

 

 『違うのだっ!』

 

 私の頭の中のザ・ニンジャは怒りのあまり、ブロッケンにマッスルドッキングを決めた。お前の技じゃないだろとか、それ一人で出来ないだろとか、この酷い侮辱の前には全てが霞む。

 

 このソフィーネは、いわゆる変態のレッテルをはられている……。

 

 殺し合いをする相手だろうが妄想してエロマンガの素材にするし、気に入らない神様同士でBLを作成し、イシュタル様に出版を止められて死蔵しているものが何冊もある。

 他人にエロいレッテル張りをして妄想を楽しみ、元ネタとなったパルゥムやエルフ、獣人にアマゾネスの娼婦たちから何度も苦言を呈された。こんなジャンルを描きやがってと怒られても、むしろそれに興奮してさらにそのジャンルの派生を量産したなんてのはしゅっちょうよ。

 

 だが、こんな私にも譲れない一線はある。

 そう、フィクションの可哀そうはぬけるが、ノンフィクション・リアルの可哀そうはぬけないっ!!

 

 「教えてほしい。あなたが強くなれた理由を」

 

 真剣な様子で問いかけてくるアイズを見て、思わず私の頬は引き攣った。

 どうしてこうなるまでロキ・ファミリアの連中は放置してしまったし。

 

 いや、家族だからこそわからないこともあるのだろう。しかし、いったいどうしてこんな話を万年発情期の私が聞いてしまったのか。

 

 もっとこの話を聞くのにふさわしい人間がいるのではないのだろうか。私にできることなんて、海外ものでセックス中に尻を異常に叩く理由を教えることしかできない。あれは性感帯が刺激されてより気持ちがいいからだ。でも馴れた仲の人でちゃんと了解をとってやろうね。

 

 人の引力が私を引き付けたとか、格好つけて高めていた気持ちはリーマンショックばりに落ち込んでしまっている。

 引力とやらも、もう少し人を選んでくれないだろうか。こちとら頭の中まっピンクがデフォな人間だぞ。もういっそ、幸せエッチをして話は全部ハッピーエンドになってくれないだろうか。私は人に道を説けるような人間じゃないんだから、禁書目録の上条さんとか連れてきてほしい。助けてくれ。

 

 「……か、格上と戦ってばっかりだったからですかね?」

 

 「……格上?」

 

 「はい、格上です。私が戦った人達の多くは、私よりも強い人達でした」

 

 戦士は戦えば戦うほどに強くなっていける。その反面、戦えば戦うほどに刺激があるような、経験を得られるような相手は少なくなってしまう。

 

 ずっとスライムと戦い続けた人間の成長が遅いように、レベルが上がってきたら今度は場所を変えて、格上か、もしくは同等の連中とレベリングした方が経験値の効率が良い。

 

 例えば前世で女神転生の四天王の館でレベリングした時なんて、ポップする敵はすべからく今戦うべきではないような高レベルであったために、レベリングの結果として序盤にも関わらず仲魔がラスボス戦に耐えられるぐらいに成長することができた。ドラクエでもテイルズでもFFでも、似たような話はどこでも聞くことができる。

 

 この世界も同じように、格上を倒すという偉業は極めて大きくステータスに反映される。

 ステータスを上げることだけを考えれば、同格から少し無理な相手と殺し合うのが一番効果的なのではないのだろうか。

 

 「あなたは才能がある人間なので、レベル5に至ってからは、良い経験値を得られる相手がなかなか見つからないのかもしれません。あなたに必要なのは、あなたが無理かもしれない相手と戦う機会なのではないのでしょうか」

 

 「……なるほど」

 

 「あとは私みたいに、無理やり自分のステータスを落として、格下と戦うことでも同じように経験値は得られると思います」

 

 「無理やり、自分のステータスを落とす?」

 

 「はい。相手が自分よりも弱いなら、自分はより弱くなれば相手を格上にできますよね?自分に毒を盛ったり、目をつぶったり、呼吸を乱して身体能力を落としたり、七日間不眠不休で戦い続けて限界まで自分を追い込んだり」

 

 強くならないとエロマンガを描くための道具が揃えられないので、むちゃくちゃやったことを覚えている。

 あの時は戦う気力もとっくに尽きていたので、最後には戦う相手でエロい妄想をしながら無理やり戦っていた。

 

 最後にたどり着いたのは、たった一つの真理。

 例え戦いの最中に服が破れ、おっぱいや下半身が全見せ状態になったとしても、決死の覚悟で戦っている姿は、下品じゃなくてエロカッコいいということであった。

 

 この世界には下着やズボンは絶対破れないという、アニメ業界御用達の謎法則は存在しない。

 激しい戦いであれば、脱げたり破れたりでいろいろと露わになることが当たり前にある。それ故の帰結であった。

 

 ちなみに、男女平等なため、もちろん男もポロリがある。そっちは全く私にとっては嬉しくなかった。そのポークビッツやデリンジャーを早くしまえ。男の娘ならともかく、ふつうの野郎のチンポ見て何が楽しいってんだくそったれ。

 

 そんなことを思い出して、昔の青い自分に浸りながら改めて視線を正面に向ける。何故かアイズはドン引きしていた。何故だ。

 

 「そこまで、しなければいけないの……?」

 

 「いや、まぁ、あくまで一例です。しかしダンジョンにもぐっているあなたであれば、遅かれ早かれ、強敵と戦う機会がくるのではないのでしょうか?オラリオは地上でも地下でも、最近妙な話をよく聞きますからね」

 

 闇派閥が暴れていたような昔と同じ時代が、ひょっとしたら来るのかもしれない。

 そんな時代が来たらみんなエロマンガを楽しむ時間が無くなってしまうので、私は全力で戦うつもりだ。そのための右手、そのための拳。

 

 「……でも、みんなが私に無理をさせてはくれない」

 

 「ならその時が来た時に無理ができるように、普段の信用の積み立てを大事になさっては?」

 

 「信用の、積み立て?」

 

 「どうせ普段の相手は大した経験値にもならないようなゴミばっかりなんです。それにやっきになって飛びついているから、周りも心配してしまう。いざという時が来たって、心配を引きずって一人で任せてくれないかもしれない」

 

 「……なるほど」

 

 「でも、普段も余裕をもって無理をせずに戦っていれば、いざという時が来てもアイズさんなら大丈夫だって、危険であっても戦わせてくれるかもしれないですよね?他の団員からすれば来てほしくない事態、ただアイズさんにとっては待ち望んだ有事の際に、思う存分戦うためにも普段は我慢することも大切なのではないのでしょうか」

 

 我慢は後のエロへの大切なエッセンス。これは万事に適用できる。

 

 「……でも、それって結局はこれまでと同じ?」

 

 「私がオラリオに来たように、妙な魔物がダンジョンに現れたように、オラリオや周囲の国がきな臭いように、至る所で何かが起ころうとしている気がします。アイズさんも、気になる戦いや出会いが最近ありませんでしたか?それはきっとこれまでとは違う、何かの前触れなのかもしれません」

 

 「それは……。うん、そうかもしれない」

 

 何やら心当たりがあったようで、静かに考え込んでいる。

 

 バーナム効果の偉大さに感極まる。それと同時に、こんなに素直で大丈夫なのだろうかと、ほんの少し心配になってきた。

 エロマンガでこんな少女が出てきた日には、読者は絶対に「こいつ、やられるな」と確信してしまうだろうに。

 

 「運命を変えたいという強い気持ち。この力を、『ケツイ』があればきっと道は見えてくる。私が大切なものと出会えたように、あなたにもその出会いは訪れるかもしれません」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインだけの勇者、彼女が助けてほしかった勇者。その登場を切に願う。願うこと、信じることしかできないのは、人の弱さであり強さだ。

 

 「『ケツイ』は運命をコントロールする力、自分の決断や望みを現実に変える力です。あまりにも強すぎる『ケツイ』を持った人間は、たった一人でも世界の未来すら変えてしまうかもしれない。あなたのそんな『ケツイ』が、そんな力が良いのかどうかはわかりませんが、あなたを未来へ導く『呼び水』になることを願います」

 

 「……『ケツイ』」

 

 でもGルートに入って皆殺しはかんべんな。

 

 何かに納得するように帰っていったアイズだが、後の話ではしっかりとレベル6になったらしい。やっぱり彼女は持っている側の人間だったようだ。

 

 レベル5になれるだけで、その冒険者は実力と機会に恵まれている。レベル4とレベル5の間には、目に見えず、測ることもできない大きな運命の差があるのだ。

 そうでなければ、あのテルスキュラで私は生き残って、他は死んでいった説明ができない。私のような存在が生き残れたのは、素晴らしい『エロ』との運命的な出会いだったと確信している。

 

 アイズは成長が停滞していると危惧していたが、その停滞自体が意味のあるものであったと私は考えてしまう。

 

 「やはり、このオラリオでは何かが起きている。数千年の振り戻し、時代を変えるべき波が来ている。ドラゴンボール、エヴァ、ハルヒ、鬼滅などのような時代を変える作品の台頭。そしてコミックマーケットが晴海から国際展示場に移った時のように……」

 

 その時、エロという存在もより大きく世界へと羽ばたいていくことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そう、だからこんなことになっても、『ケツイ』を私は決めてしまっている。

 

 目の前で自身の鎧を砕かれ、『ウチデノコヅチ』の効果も切れてしまって、なすすべもなく腰を抜かしているフリュネ。

 それに相対しているロキ・ファミリアの中核、こちらを鋭い目つきで睨んでいるベート・ローガ。

 

 この港町メレンで彼らと出会うことも、戦うことも、また運命が加速する中での出来事の一つなのだろう。

 

 「よく頑張りました、フリュネ。このオラオラ系男子は私が引き継ぎましょう──『偽・緒方流古武術』

 

 「お前ッ!?」

 

 「知ってます?オラオラ系って、一説によるともともとはゲイ用語らしいですよ?」

 

 不敵な笑みを浮かべるソフィーネに目を見開き、構えをとる孤高の一級冒険者。

 ソフィーネはこの獣人を一目見て、その強さを理解し、惜しめばかえって時間と共に援軍も現れてしまい、此方が不利になると判断した。

 

 故に、狙うは短期決戦。

 

 静と動、本来相容れぬ気を同時に解放。

 気の解放によって拡散された凄まじい闘気が、周囲一帯に遍満。

 

 私個人はオラオラ系は好きでも嫌いでもないが、新規開拓の意気込みで戦おう。食わず嫌いはもったいない、一度食らってから判断するべきそうすべき。

 

 「『静動轟一』」

 

 目から幽遠な暗い光を放ち、陽炎のように気を滾らせ、ソフィーネは気持ちを新たにベート・ローガへと襲い掛かった。全ては、新たなエロとの出会いのために。




①途中時系列を勘違いしていたことに気づく(港町の戦いってこの時間じゃないわ)
②既にいろいろめちゃくちゃとはいえ、流石にこれはまずいかぁと今回の話を一括で出し切ることを決意
③今回の話の量多すぎて、疲れたけど楽しかった。

銀魂みたいに、話の展開上若干シリアスに偏り始めました。
今回はだいぶ話が真面目になったなぁと思います。……真面目、だったよね?
ボーボボとかいう、シリアスを一切寄せ付けず、突っぱしりきったギャグ漫画業界の異端児の話は止めてくれ。あれは格がおかしい。

皆さん、感想ありがとうございました。全部読ませてもらってますが、なんでうちの感想欄ってハジケリスト多いだろうか(哲学)

これであとは港町での戦いと、間にヘスティア・ファミリアとの絡みを挟んで、春姫編でひとまず区切りがつけられそう。のんびり書いていこうかなって思います。

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