アマゾネスとして生まれた私は〇〇になる。   作:だんご

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時間はかかったけど、なんとかできました。
最近、普通に一万字超えてきましたが、暇つぶしになったら幸いです。


ヘスティア様、質です(前編)

 エロマンガの需要がない頃は忙しかった。

 

 エロマンガをオラリオで普及するために、夜を徹して様々なジャンルを書き上げていたからだ。

 

 実は性癖を描き殴るのが楽しすぎて、ただただ暴走していただけだったような気もするが、忙しくも充実した日々であったことに間違いない。めっちゃ楽しかった。

 

 しかし、いくら楽しい日々であったとはいえ、全く文化の土壌がないエロマンガをオラリオに広めることは大変なことであった。

 何故なら、マンガはオラリオの住人達にとって目新しい、興味を引くものであったが、意味も正体も不明の文学であったからだ。

 そう、彼らはマンガの読み方や楽しみ方が全く分からなかったのである。周囲の人間たちに、「小説でよくない?」となんど説得された事か。

 

 彼らは戸惑っていた。

 マンガとは、この絵と文字のことだろうか。

 

 なら、この絵と絵の間のコマはどのように繋がっているのだろうか。

 このコマを見たら、次はどこのコマに目を動かして読んでいけばいいのだろうか。

 

 吹き出しとはなんだろうか。

 

 これは登場人物が話すセリフを表したものなのだろうか。

 なら、この吹き出しがないセリフがあるのは何故だろうか。この吹き出しと呼ばれる囲みが、ギザギザしていたり、ふわふわしていることに、何か意味はあるのだろうか。

 

 この擬音と呼ばれる字はなんだろうか。

 

 この擬音は音を表すものなのだろうか。

 しかし、こんな擬音がこの世にありえるはずがない。そしてこの背景のようであって、背景ではない揺らぎの描写は何を表して、我々に何を伝えようとしているのだろうか。

 

 マンガという未知に対峙した人々は、そう言って首を傾げ、疑問を呈していく。

 私は当たり前のようにマンガを読めるし、楽しんでいた。ただ、私がマンガの読み方を知っているのは、実はいくつもの体験を通してマンガの読み方を学んでいくことができていたからこそ。

 

 いくら好奇心旺盛なオラリオの住人であっても、わけがわからないものには忌避感がある。接して慣れることには、どうしたって時間がかかるものだ。

 

 誰もが新たな文化の誕生を認め、興味をもって受け入れられるかといえば、それは難しい話である。

 あれだけ多様性と叫ばれる現代でも、新たな価値観を受け入れることは、そう簡単な話ではなかった。もし簡単な話であったなら、ジェネレーションギャップなんて言葉は生まれもしなかっただろうに。

 

 ましてや、ここは中世風味で多種多様な亜人が存在し、魔法も神も魔物だっているオラリオ。

 満足な教育もなく、道徳や倫理、哲学の教養もなく、そこにどれだけの文化的な壁があるのか私には想像もできなかった。

 

 人は未知というストレスを超えて、それを楽しむという感覚と娯楽を獲得してきたといっても過言ではないだろう。

 

 例えば、あの戦い大好きテルスキュラの戦士たちだって、最初は戦いが好きだったわけではないことが多い。むしろ戦いの痛みと死の恐怖に涙する者もいる。

 しかし、戦いを積み重ねていくにつれて、命のやり取りの興奮と、敵を打ち倒す喜びを覚えていった。そして戦いという異常なストレスがかかる命の危機が、人生最上の娯楽と感じられるように変わっていくのである。やっぱ蛮族だわ、あいつら。

 

 ああ、果たしてマンガはオラリオの住人にとって、ストレスを超えて新たな娯楽になりえるだろうか。

 

 もしかしたら読み方に戸惑ってそのストレスに負けてしまい、マンガを楽しむところまで人々の心は伸びないかもしれない。そう思うと、不安で眠れない夜が私にもあったものだ。

 

 だが、全てはエロが解決してくれた。

 

 人々の文化の広がりの根底には、いつだってエロへの欲求があった。

 エロいものに人は惹かれる。エロいからこそ人は頑張れる。私の悩みは、エロの救いの手の前には、あまりにも小さなものだったのだと気がつかされた。

 

 オラリオの住人達は、まず、わけがわからないながらも女性たちの裸体の絵に惹かれ、絵だけでエロマンガを画集のように楽しんだ。

 読み方がわからなくたって、エロいものはエロい。それは万物の真理である。オスの本能が刺激されないわけがなかった。

 

 次に言葉のやり取りに目が行き、表現された物事を読み取ろうと血眼になり、そしてそれを理解することにより大きな興奮を得ていった。

 そしてついには、マンガは決して絵だけのものではなく、劇のようにストーリーと多彩な演出に溢れたものであると気がつくに至る。

 

 そう、エロマンガは芸術。エロマンガはロマン。

 ダンジョンや冒険だけではなく、素晴らしいロマンの世界が紙の中に広がっていたのだと。

 

 そこからの広がりは早かった。

 

 読み方を知っている者が知らない者に教え、楽しみ方を知っている者が楽しみ方を知らない者に伝えていく。

 現実ではなかなか見ることができないエロに溢れたロマンの世界が、妄想ではなくこうして実際に形となって表現されていく。

 その多くの男性たちは虜になっていったのであった。

 

 ああ、エロマンガは偉大。エロマンガは心の救い。エロマンガとクラナドは人生。

 

 マンガという文化が受け入れられ、エロという真善美の真理が広まるまでに時間はかからなかった。なんて素晴らしいんだ。

 

 そんなこんなで、無事にオラリオにエロマンガやマンガの概念が定着することとなった。

 これで布教という目的は達成したも同然。エロマンガ普及も終わった私は、穏やかにエロマンガを描く生活に戻っていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけではなく、より忙しくなった。

 そりゃ需要がやばいことになってしまったのだから、そうなるわな。デスマーチ継続決定である。

 

 「エロ、非エロ問わず原稿が……。流石にストーリーものだけで、月刊で五冊はヤバイ。嬉しいけどキツイ」

 

 いくら需要があるといっても、供給元が総勢一名である。結果的に、死ぬほど忙しくなった。

 

 まるでヘルシングの某パロ画像のような布陣。

 労働時間と労働量は過労死ラインを優に突破。控えめに言っても死ぬ。エロのために死ぬ覚悟はあったが、こんなにも早く試されるとは思ってもいなかった。

 目にクマとかこのアマゾネス生で初めてできたわ。

 

 私がレベル6という超耐久の肉体を得るに至ったのは、きっとこの時のために違いない。

 ありがとう、テルスキュラで散ったアマゾネス達よ。アルガナの真似事になってしまうが、あなた達の血肉、そして魂はエロマンガを描く私の中で今も生きている。

 

 ……なんか心のどこかで私が倒してきたアマゾネス達の悲嘆の声が聞こえた気がしたが、気のせいだと思う。恐らくは私の聞き間違えで、実は歓喜の声だったに違いない。

 

 ともかく、いくらやる気があってもこれでは全然需要に追い付けない。私一人ではどうやっても無理。

 だからこそ、私は取り組み始めないといけなかった。

 

 「ソフィーネ様、ここの塗りなんですけど」

 

 「あ、そこはべた塗りで大丈夫」

 

 「はいはーい」

 

 そう、アシスタントの育成というものに。

 

 「ソフィーネ様、ここの背景指定なんですが、もうちょっと詳しく教えてもらってもいいですか?流石に『飲み屋』ってだけだといろいろありすぎて……」

 

 「うちの歓楽街みたいなところじゃなくて、『豊穣の女主人』みたいな内装でお願い」

 

 「なるほど、あとで一応チェックをお願いしますね」

 

 エロマンガやマンガを描くためには多くの作業が必要となる。

 その作業を私はこれまで全て一人で行っていて、あらゆるものを根性で補ってきた。

 

 しかし、流石にここまでの仕事量になってくると、どうしても時間が足りない。根性がいくらあっても、ダメなものはダメである。

 「私が五人いればよかったのに」と周囲のアマゾネスに愚痴を話したのだが、何故かものすごく苦笑いをされた。イシュタル様にも言ったら、「一人でも大変なのに抱えきれない」と冗談でも止めてくれ扱い。泣いた。

 

 こうなったら、私以外でもできる作業は他のやつに任せるしかない。

 そう考えて、ついにアシスタントの育成に入ったのだ。より効率よくエロマンガを描き上げて世に放出するためには、現代でも活躍していたようなアシスタントの力が必要不可欠である。

 

 ピンときたアマゾネスや娼婦達を誘い込み、教導し、今では立派なアシスタントに。

 

 「おい、この背景全部ショタばっかりなんだけど」

 

 「めっちゃ興奮しますよね!」

 

 「ここは普通の街酒場だぞ。どこにこんなショタばかり集めた酒場があるんだ、描き直して」

 

 「そんなー」

 

 そう、立派な……。

 

 「アニータ」

 

 「はい」

 

 「どうしてここの冒険者は男だけなん?普通に女性冒険者も描けって言ったね?しかも全員ガチムチの連中しかいないんですけど。もやし冒険者も描いてよ」

 

 「筋肉パンパンの冒険者がいいんじゃないですか。あとこんな素晴らしいところに、なんで女の冒険者を描かなければいけないんですか」

 

 「そうだな、そうかもしれないな。でも描き直しな」

 

 「……はい」

 

 立派……。立派?

 

 「なんでこのシーンの男連中、全員下半身がピチピチの服を着てるん?あとくっきりチンコを浮かせて描いている理由はなんだ。おら、言って見ろや」

 

 「なんか楽しくなっちゃって、止められませんでした」

 

 「正直でよろしい、描きなおせ」

 

 「殺生な……」

 

 訂正させてくれ。

 立派なアシスタントは生まれなかったが、立派な変態たちは生まれた。

 

 しかも変態であるほどに能力が高いんだから手に負えやしない。

 いったいこいつらは誰に似てしまったんだ。素晴らしい、オラリオの未来は明るいな。

 

 さて、執筆が一段落してからも、私の職務は終わらない。

 

 マンガの完成に目途がつき次第、アシスタントに後は任せて部屋を離れる。向かうは副団長、タンムズの部屋だ。

 扉をノックし、彼が部屋にいることを確認して入室する。

 

 「タンムズ、支援者や後援会への特典の用意は終わったよ」

 

 「む、例のものか。よく期日に間に合ったな、ありがとう」

 

 描きあがったイラスト、色紙を副団長のタンムズに手渡す。

 タンムズはそれらを確認すると、ほっと胸を撫でおろした様子であった。私もこれでようやく一段落がついたと一安心である。

 

 用意された席につき、タンムズと今後の創作活動について話し合う。

 

 なんで私がこんなことをしているかというと、エロマンガやマンガのマネジメントを考えられる人材は、悲しいことにうちのファミリアには中々いないからだ。

 

 私だって、できればエロマンガだけ描いて、エロに浸って毎日を興奮しながら穏やかにすごしていたい。

 だが、エロマンガの存続と布教のためには、その存在をよく理解している私も経営戦略を計画して、調整に参加していかなければならなかった。

 

 「これが今回のポストカード、そして抽選のサイン色紙か……助かる。技術系ファミリアに依頼しているフィギュア、ぬいぐるみの件も順調に進んでいる。市販用の量産品は既に形になっているが、スポンサーや後援会だけの限定品は、仕様上まだ製作が難航しているらしい」

 

 タンムズが苦い顔で報告するが、それぐらいであれば十分許容の範囲内だ。

 

 「限定品であれば、時間がかかっても問題はないよ。彼らは金を持っているんだから、それに見合うだけの付加価値品であるべきなんだ。限定品はクォリティも高く、細かい装飾が多いから時間がかかっても仕方がない。むしろそれだけの品物であると、ファンに知ってもらった方が彼らは満足すると思う」

 

 「なるほどな。しかし、会員限定の品か……。援助者のプレミア感、優越感を満たすには良いアイディアだな」

 

 感心した様子のタンムズを見て、私は前世でそうしたアイデアを考え出した先人たちに改めて感謝する。

 いつかはコンプガチャに天井、握手券とかも実装してやりたいものだ。悪魔の発想だが、あれは間違いなく儲かる。

 十連ガチャがお得ですよ、プロデューサーさん!え、呼符?そんなものはないよ。

 

 「作品に没頭するファンは、それを誰よりも『んほぉ』りたいし、ファン同士でどれだけ作品が好きなのかと格付けしたがる者も多い。古くからシャーロキアン、現代ではバンギャやアイドルオタクたちのように。このプレミア感が彼らの欲求を満たす受け皿になり、私たちも儲けられたら最高極まりない話ってもんよ」

 

 「面白い。お前の作品のファンクラブの運営、後援会の存在は、マンガの活動だけではなくイシュタル・ファミリアの資金源や人脈にも大きく影響していっている。これは予想外だったがな」

 

 活動が活発化するにつれて、それぞれの作品にファンが増えてきた。

 ここは中世風味のファンタジー世界。

 リアルが厳しい世界で娯楽に没頭できるような者の多くは、本やマンガをたくさん揃えられるようなお金持ちが多い。小説みたいに書き写すなんてのも難しい品だからな。

 

 つまり、私のマンガのファンにはお金持ちがそれなりにいたのである。

 パトロン、スポンサー、タニマチ。

 現代でも自分のひいきにする芸能人やスポーツ選手のために、後見的な立場となる頼もしいお金持ちたち。

 

 現代日本での彼らの活動は、客集めや私生活への金銭援助に始まり、副業への協力や資金援助、さらには異性問題といった不祥事のもみ消しにも及ぶ。

 その代わりとして、一緒に食事をしたり配偶者を紹介したり、その結婚の仲人を務めるなど、関係性が深く親しいことをアピールしたがった。それはこの世界でも、オラリオでも変わらない。

 

 好きだ。好きだからこそ、愛を示したい。愛を伝えたい。見守りたい。

 

 推しの子のグッズを買いあさったり、高額なスパチャをするように。

 好きなキャラに聖杯突っ込んで宝具のレベルを5にするように。

 部屋中を好きなキャラのグッズで埋め尽くすように。

 どれだけそのゲームが好きなのかを揃えるのに難しい装備や、プレイ時間で示すように。

 マンガ『ニセコイ』の人気投票で、推しのヒロインに1500票も手書きで送ったり、誕生日には月の権利書やらガラスの靴を送ったりした千葉県のYさんのように。

 

 ファンも、パトロンも、スポンサーも、タニマチも、みんな愛ゆえにちょっと暴走してしまうものだからね。私もよくエロに関係することには暴走してしまうから気持ちはよくわかる。

 

 まぁ、熱狂的なファンが多かったのは、単発が多いエロマンガよりも、健全でストーリー性があるシリーズ物のマンガであったことは少しがっかりだったが……。

 自分が描いたものが認められることは、なんだかんだで嬉しいものだ。感謝感謝。

 

 だが、予想外のこともあった。

 それは作者である私自身のことを是非支援させてくれという人間が少なからず、いや、結構な数いたことであった。

 

 マンガでこうしたエピソードを描いてくれとは言わない。〇〇の出番を増やせなんて言わない。後方で腕組をして、温かく見守るのが正しい作品ファンというもの。

 

 だけど会いたい。どうしようもなく会いたい。もう我慢なんてできない。金は出す、金は出すからあんな作品を描いた作者と直接会わせてほしい。別に無理やり入団させたり、コンヴァージョンさせたり、変なことをするつもりはないんだ。

 

 お話したいんだ。

 一緒に握手してほしいんだ。

 ご飯を一緒に食べたり、一緒にお酒を飲んでいろいろお話をしたいんだ。

 させてくださいお願いします。作者さんに「んほぉー」ってしたいし、尽くしたい。貢がせろ、貢がせてください。

 

 そんなやべぇ奴らが神や人を問わず、マンガが広まるにつれて増えていってしまった。

 熱狂的な作品のファン、熱狂的なキャラクターのファンの中には、生み出した作者を宗教のように神聖視するものさえ現れる始末。

 

 おまけに作者が謎のベールに包まれていると知れば、「私だけが本当の貴方を知っている」というオタク界隈が大盛り上がりのジャンルの称号めがけて、猛アタックを仕掛けてくる連中もいたのである。

 

 しかもこいつら、オラリオの権力者や有力者が多かったから手に負えない。

 むしろ、そんな我慢が利かない連中だからこそ騒ぎ出したと考えるべきなのか。

 

 これはまさに、オラリオに厄介オタクたちが生まれた歴史的瞬間であった。

 こんなに喜ばしくない歴史的瞬間も中々ないだろう。

 どこぞの「スマホ拾っただけ」よろしく、私は「ただエロマンガを描きたかっただけ」なのに。どうしてこうなった。

 

 こういうのは一度捕まったらおしまい。それ以前に、そもそも私は表に立てる身分ではなく、許されていない。

 

 だから全力で拒否して、それでも納得されず、しょうがないのでファミリア全体で対応してなんとか納得してもらった。

 代わりにサイン色紙を描いたり、彼らにお手紙を書くことによって、文字上ではあるものの直接交流ができることで、今はなんとか満足してもらっている。

 

 オラリオの権力者であり、私のファンの方々に対して、今日の夜も感謝のお手紙を私はお送りしないといけない。

 お手紙上での私はなんか優雅っぽいキャラである。校正してもらったアマゾネス曰く、これは誰だって感じだった。おハーブが生えますわ。

 

 勿論、お手紙の最後にはちょっとした絵も忘れない。

 ファンの時に、こうしてもらえたら嬉しかったことを私もしてあげたいからだ。プレミア感のためにそんなに多くのお手紙を書く必要はないが、それでもどうしたって少なくはならないし時間はかかる。

 

 だが、このやりとりはタンムズが言う通り、悪いことだけではなかった。

 彼らのおかげで、なんとイシュタル・ファミリアのオラリオにおける影響は、さらに強いものになっていったのである。

 

 あそこには黒い噂があるからと、本来であればうちとは距離を取るようなお偉いさんにお金持ちたちも、「あの作者とやり取りができるファミリアだから」と、こちらから何かを言わなくても、自分たちから進んでイシュタル・ファミリアが有利になるように便宜を図ってくれる。

 

 作品への愛故に贔屓しまくり、公私混同しまくりで頭が痛くなる。

 オラリオの神様たちからしてノリが大好きな連中であるので、実はこういうことは特に珍しくもないようだ。大丈夫かよ、オラリオ。

 

 ともかく、陰謀ごとが大好きなうちのファミリアにとって、こんなに楽になることはない。

 

 イシュタル様もこれには思わずニッコリ。

 この関係性を大事にしろと言われるので、私は投げ出そうにも投げ出せなくなった。

 そして当たり前のように私の時間はさらに死んだのであった。

 

 死体にムチをうつどころか、死体を薪にバーベキューしてマイムマイムを踊っているような状況である。

 エロマンガの執筆をして、マンガの執筆もして。

 その他新刊の冊子のご意見番に、マンガのマネジメントとスポンサーのお相手。ファンとなっているパトロン・タニマチへの応対もして。

 

 「……新鮮なエロが、癒しが欲しい」

 

 なんだかんだ、こうやって働けるだけの気力も、体力も私にあるのが恨めしい。

 もしオラリオで初の過労死認定が出たら、それは私だと思ってください。月命日には、お墓に新鮮なエロ本をお供えしてほしいです。ジャンルはこの際、何でもいいです。

 

 ああ、こんな状況に耐えられているのは、きっとエロのおかげと私が長女だったからに違いない。私はエロを知らずに次女であったなら耐えられなかっただろう。

 

 もっとも、私は誰の腹から生まれてきたかわからないので、私が本当に長女だったのかはこれっぽっちも知らない。

 仮に私が長女ではなかったとしても、いたかもしれない姉妹の大半はテルスキュラの儀式で死んでいるはずなので、実質私は長女のようなものである。闇が深いぜ、これがテルスキュラジョークだ。

 

 そんな私が歓楽街の外に出られたのは、これらの仕事がようやくの落ち着きを見せてからであった。

 

 それまではずっと監禁、缶詰生活である。

 久しぶりに外に出てたものの、お空が青くて眩しい。

 いつも静かなところにいたからだろうか。街の中ってこんなに騒がしかったんだなって感動してしまう。

 

 「部屋にこもりっきりだったせいで、日の光が明るい……。お茶が、おいしい」

 

 オラリオのカフェにて、監視役のレナと二人で久しぶりのお茶を楽しむ。

 

 こうして外に遊びに出かけられる機会も、エロマンガの需要が増えるにつれて大きく減ってしまった。

 嬉しい悲鳴なのかもしれないが、このような機会が減ってしまったことは寂しくもある。

 

 人はパンのみにて生きるのではなく、エロのみに生きるのではない。

 全ての中にエロはあり、エロの中に全てがあるのだから。

 寝食といったものから整えられる心のバランスが、良きエロのためには欠かせない。そうじゃないとEDになって、しごきたいのにしごけないという事態も起こりえるのだから。

 

 ああ、このカフェで口にするお茶は、いつもとても美味しい。

 

 このお茶よりも、イシュタル・ファミリアで出されるものの方が、上質なものを取り扱っていることは間違いない。

 だが、それでもここで飲むお茶は、丁寧で味わい深く、美味しい。心に染みわたっていくようだ。

 

 きっとこういうものは値段が全てではなく、どこで、誰が入れたお茶を、誰と一緒に、どのような気分で飲むかが大切なのだろう。

 

 こんな、なんというか、雰囲気に浸ってお茶を飲めるようになるだなんて。

 

 なんか私、オシャレじゃないか?ちょっと格好良くないか?文化人って感じじゃないか?

 くふふ、私もそろそろオラリオの文明人らしくなってきたな。

 

 なんか気分が盛り上がってきた。ウェイターに運ばれてきたクッキーを一つまみ、そのほのかな甘さに思わず笑みがこぼれる。

 

 ただ、こんな素晴らしいティータイムにも、一つだけ問題があった。

 

 「それでねー、ロキ・ファミリアのベートが格好良くてさぁ。もう子宮がきゅんきゅんくるっていうかー」

 

 うんざりとした私の目の前で頬を赤くし、顔をとろけさせているアマゾネス。

 私の監視役であるレナが、ついにアマゾネス特有の発情期に入ってしまったのだ。

 

 事の起こりは、先日の戦いでフリュネと一緒にベート・ローガと戦い、レナがベートに敗れてしまったこと。

 

 恐らく、アマゾネスの本能によって、自分を負かした雄に惹かれてしまったのだろう。しかもよりにもよって私がカンチョーした奴に。

 

 ……控えめに言って、地獄かな?

 

 マシンガンのように会話が終わらないレナの話し方のせいか、それともその内容のせいか。どうにも頭痛がしてくるようだ。

 

 「レナって、ああいう男が趣味なの?」

 

 「いや、お腹を殴られて吹き飛ばされた時になんていうか、すごいキュンってきたんだよねっ!」

 

 目がガンギマリしているレナに、流石の私も引き気味になる。

 

 「あの人に腹パンされて、恋におちました」とか、すごいキャッチコピーだな。現代社会の闇しか感じられないぞ。

 

 もし、レナが現代の恋愛バラエティショーに出演してこんな内容を話していたら、会場はひえっひえになるに違いない。

 

 その後もベートと恋人になりたいとか、性行為をしたいとか、また殴られたいとか、レナの惚気話はとどまることを知らなかった。

 これには私の頭もおかしくなりそうだ。せっかくの外出なのに、これでは心が休まるわけがない。

 

 世の女性たちは恋バナが好きなのだろうが、私は中身があれなのでまったく惹かれない。

 レナが話している内容もあれなので惹かれない。ダブルで惹かれない。

 しかも私がカンチョーした奴の話なので、トリプルで惹かれなかった。

 

 いや、腹パンでメスに目覚めるとか、モーニングカーム先生的なシチューもありっちゃありだよ?

 

 でも、今のストレスフルな状態の私には、いささか重い内容でもあった。

 恋人に振られたばかりのやつに、NTRのエロマンガを勧めるようなものだ。そこで興奮する奴、目覚める奴もいるのかもしれないけどさ。私にはきついっての。

 

 だいたい、アマゾネスがこういう時に話す会話の中身は、テルスキュラにいた時に嫌というほど聞いてしまっている。

 そのために、新鮮味もエロさも当たり前すぎてしまって全くないのである。

 

 アマゾネスの恋バナを要約すると、「いい男だ、子宮がうずく、ヤリタイ」の三つの言葉で済む。恋バナの概念が歪んでくるわ。

 

 すごいだろ、アマゾネス。

 やばいだろ、アマゾネス。

 しかもチンコもげそうなほどに搾り取るからな。実際、折れてしまった可哀そうな男の話もよく聞いたし。地獄かよ。

 

 「ねー、ソフィーネ様って強いよね?なんなら、ちょっとさらってきてくれない?」

 

 目をキラキラさせながら、やべぇ発言をするんじゃないよ。私の目が腐ってきたわ。

 

 「何が悲しくて、ケツを掘った相手を私がさらってこなくちゃいけないんですか」

 

 「後ろは別にいいけど、前の方は譲らないからねっ!」

 

 「どっちもいらねぇよ、ざけんな」

 

 ぐっと親指を突き立てるレナに、頬が引き攣った。

 

 何だこの野郎。私は男の尻を喜んで掘るような女だと思っているのか。

 千歩譲って美少年ショタの尻穴やら、男の娘の尻の穴を掘るのは認めてもいいが、オラオラ系の尻を喜んで掘ってメス堕ちさせるほど私は腐ってねぇよ。せめてTSさせて出直してこい。

 

 そう伝えると、レナはさらに目を輝かせた。

 

 「え、じゃあ後ろももらっていいってことッ!?」

 

 レナの発言に思わず天を仰ぐ。

 

 レナはもうだめだ。こいつは普通のアマゾネスだと思っていたが、愛しい人なら何でもありってジャンルの女だったらしい。とびぬけた変態だった。やったぜ。

 

 ああ、癒しが欲しいなぁ。何かエロいものがないかなぁ。新たな性癖との出会いがないかなぁ。

 スーパーお仕事タイムと、レナのDV系惚気話、ついでに性癖のスーパーノヴァによって私の心は限界寸前である。

 もうどうしようもないぐらい、フレッシュで清らかなエロとの繋がりを私の心が求めている。

 

 そういえば、紐神ことヘスティア様はお元気だろうか。

 

 ここしばらくはヘスティア様と出会えたためしがない。こんな時こそ、彼女の優しい人柄にふれたいものだ。

 

 精神的にきつい時には、優しいエロが心に染みるというもの。

 私はヘスティア様に会いたい。そして良ければあのボディを思う存分、くんかくんかしたい。お胸に、おへそにうずまりたい。

 

 そんな私の祈りを天は受け止めてくれたのだろうか。

 ふと気がつけば、ヘスティア様が街中をとぼとぼと、疲れた様子で歩いているではないか。なんたる僥倖。

 私の疲れは全て吹き飛んだ。今の私は24時間どころか年中無休で戦える。

 

 ワクワクを思い出した私は隠形を解いて椅子から立ち上がった。

 

 レナがそんな私の様子に気がつき、私の喜色満面な顔を見て、慌てた様子で自分も椅子から立ち上がり、止めようとする。

 私はそんなレナを恐ろしく早い手刀で気絶させると、ヘスティア様に歩み寄っていった。許せレナ、これが最後かもしれないけど、多分またやると思う。

 

 ツインテールに大きなお胸。元気そうではないが、愁いにおびたヘスティア様のお顔も、また可愛らしくエロいものである。

 ああ、私の心が満たされていくようだ。この戦い、我々の勝利だ。勝ったな、ガハハ。

 

 私が近づくにつれて、ヘスティア様も私の存在に気がついたようであった。

 私を見たヘスティア様は最初に驚き、次に瞳を潤ませる。私は居住まいをただし、はやる気持ちを必死に抑え込むと、これまでと同じように手を上げて挨拶をした。

 

 「ヘスティア様、お久しぶりです。お元気で──」

 

 と、その時。ヘスティア様が私に向けて全力ダッシュ。懐に飛び込んできた。

 

 「ソフィーネくんっ!!」

 

 「ぐほぉっ!?」

 

 超電磁ヘスティア様は、私のみぞおちにクリーンヒット。めっちゃ痛い。

 気を完全に抜いていたために、私がオラリオに来てから一番ダメージを受けたかもしれない。ヘスティア様強い、そして可愛い。

 

 「ヘ、ヘスティア様、お久しぶりです。ものすごい歓迎っぷりと、柔らかさに嬉しい限りですが、どうかなされたので?」

 

 ヘスティア様のダイナマイツボディが、私の体にふにゃんと密着中。柔らかい。あとお肌がぷりんぷりんする。石鹸の自然ないい香り。辛抱たまらない。

 なんだこれは。ええい、ギリシャ神話の炉の神はバケモノか。これで私はあと十年どころか千年は戦えるというものだ。

 

 抱きしめるように両手をヘスティア様の腰に回し、その小さな体と温かさを堪能する。少し震えている、涙ぐんでいる、なんだこの可愛い生き物は。最高かよ。

 

 あー、やばい。めっちゃ、やばい。なんかこれ、やばい。すっごい、やばい。脳が、震える。

 

 「いつも、いつもソフィーネくんには迷惑をかけていた。いつも君には頼りっぱなしで、本当に申し訳ないと思う。でも、でもこんなことを頼めそうなのは……」

 

 「いいですよ」

 

 「ベル君を、ボクたちを助けてほしいっ!」

 

 「いいですよ」

 

 「え?」

 

 「助けます。やってやんよおらぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 ヘスティア様のお願いとかノータイムでオッケーに決まってるだろう。

 これをオッケーしないで何をオッケーしろというのだ。ところで、何をお願いされたのだろうか。興奮のあまり何も聞いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕がそれを見た時、言葉にできない衝撃をうけた。

 

 ソフィーネ君の言葉に嘘がないことはわかっていた。だから、少しでも力が欲しい、サポーター君を助けたいと藁にも縋るような思いで頼み込んだ。

 

 でも──

 

 「ここまで君って、強かったのかい?」

 

 この光景にヘスティアは思わず目的を忘れ、見入ってしまった。

 

 「リアルで酒に酔わせてエロ同人みたいなことを企む連中はお仕置きだ―ッ!!」

 

 「なんだこの紙袋頭──ぐへっ!?」

 

 「ちょ、強いぞこいつ!?囲んでたた──ぐはぁっ!?」

 

 「だ、誰か助け──がはぁっ!?」

 

 暴力の嵐。それでいて動き方は精緻。

 拳や蹴りが振るわれるたびに、ソーマ・ファミリアの団員たちが吹き飛ばされていく。

 

 「よくも、よくもリリルカさんとやらのちっぱいに手を出そうとしたな!許さねぇ、野郎オブクラッシャぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 「ち、ちげぇよ!誰があんな貧相なやつに!」

 

 「今ちっぱいを馬鹿にしやがったなっ!?修正してやるっ!!」

 

 「だめだこいつ!?話が通じねぇ!?」

 

 最初は数の有利に酔いしれていたソーマ・ファミリアの団員たちも、今は混乱と恐怖を顔に張り付けて余裕を失ってしまっている。

 

 当然だろう、仲間があんなお手玉みたいに目の前で飛んでいるのだから。

 立ち向かう者は宙を舞い、逃げる者は大地に叩き伏せられる。ちなみに、恐怖で右往左往するものには腹パンだ。

 

 「へ、ヘスティア様。あいつは何者なんだ?」

 

 遅れてやってきた援軍、とタケミカヅチ・ファミリアの面々が、阿鼻叫喚となってしまった光景に閉口する。

 

 彼らも一端の冒険者だからこそわかる、彼女の異常な戦い方。

 動きが速すぎて見えない、捉えきれない。一目見て理解できるレベルの差、間違いなく高位冒険者だ。あそこまで圧倒的な戦いを演じられる強者が、どうしてこの場に。

 

 「ええい、数だけは多いペド野郎どもがぁ!そこまで私を苛立たせるか!お前たちのような奴がいるから、健全なロリ好きの紳士たちが誤解されるんだっ!心の、心の痛みが止まらない。彼らの虐げられし苦しみ、嘆きが私に力を与えてくれるっ!死ね、死んで彼らに詫びろぉぉぉっ!」

 

 紙袋を被ったアマゾネスの蹴りは数人の男たちをまとめて吹き飛ばし、さらには一瞬のうちに宙に浮いた冒険者を拳で打ち据えて叩き落す。これはたった一秒にも満たない時間の中での出来事である。

 

 奇想天外な戦いに、敵対しているソーマ・ファミリアの団員たちは悲鳴を上げた。

 

 「ふざけるなぁ!?こっちをボロッカスにしながら勝手にキレるんじゃねぇっ!!」

 

 「魔法だ、魔法で動きを!って、素手で弾きやがったぞぉぉぉぉ!?バケモノだぁぁぁぁぁっ!?」

 

 氷が、火が、雷が紙袋のアマゾネスを襲う。

 それを紙袋のアマゾネスは拳で打ち払い、吹き飛ばした。唖然とする魔導士たちを睨みつけると、地面を蹴って瞬く間に魔導士たちを自分の攻撃の間合いに収める。

 

 鈍い、骨がひしゃげるような音が、不自然に周囲に響き渡った。

 

 痙攣する魔導士を天に掲げ揚げ、気炎を紙袋の穴から吐き出しているアマゾネス。その足元には腕や足があらぬ方向に曲がった別の魔導士たちの姿が。

 

 「やはり暴力……ッ!!暴力は全てを解決する……ッ!!何事も暴力で解決するのが一番だ……ッ!!」

 

 紙袋の奥から覗く光が、ギロリと周囲を睨みつけた。

 圧倒的な強者だけが持つ威風には、ただそれだけで死を幻想させるだけの力がある。

 ソーマ・ファミリアの面々の顔色は、青を通り越して白にまで変わっていった。

 

 死ぬ、このままでは死ぬ。彼女と敵対する誰もが、自身の死を予見する。

 絶望にその場に座り込む者、狂乱して襲い掛かっていく者、泣いて許しを請う者。その一切の区別なく、紙袋のアマゾネスは容赦なくソーマ・ファミリアの冒険者たちをぶっ飛ばしにかかる。

 

 「ぼ、僕たちは早くサポーター君を探そうっ!」

 

 ありがとう、ソフィーネ君。

 

 後ろで今も絶叫し、戦い続けるアマゾネスに心で礼を伝えると、ヘスティアたちはリリルカ・アーデの救出のために走り出す。

 彼らがリリルカ・アーデの下に無事に辿り着き、ソーマの許可を得てコンヴァージョンが行われるまで、時間はそんなに長くはかからなかった。

 

 そして謎のアマゾネス、ソフィーネの戦いぶりを見たヘスティアはあることを決意する。自身の大切な、この戦いのために頑張っている眷属を鍛えてほしいと、彼女はソフィーネに必死に頼み込んだのだ。

 

 頭を地につかんばかりに下げるヘスティア。

 頭を下げたことで、よりよく見えるようになったこぼれんばかりのヘスティアの胸元にソフィーネの視線は釘付けに。

 

 このお願いをソフィーネはコンマ数秒で快諾。

 

 ソフィーネは指をぐっと立ててサムズアップすると、唖然とする観衆たちを置き去りにして自分のファミリアへ向けて走り去っていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歓楽街に戻ってきたソフィーネの姿は、例の玉座っぽい椅子がある大部屋の中にあった。

 

 意気揚々と肌をツヤツヤさせて帰ってきたソフィーネを周囲は冷たい目で見ており、特にイシュタルは出荷前の豚を見るような目で見ていた。

 こころなしか、いつもよりもソフィーネに向ける視線が厳しいしひえっひえである。

 

 「……その処女神のために、何をしろと?」

 

 主神イシュタルの目からは、まるで矢じりのように鋭く、鈍い輝きを放っていた。

 

 アマゾネス達は確信していた。間違いなく、イシュタルは不機嫌になっていると。

 アマゾネス達はできる限り勘気を被らないように、顔を下に向け、静かに石のように立っていた。

 

 そんなアマゾネス達を他所に、ソフィーネはイシュタルの視線を真正面から受け止め、口を開く。

 

 「彼女の眷属、ベル・クラネルを鍛え上げます。誰も邪魔に入らないように、アマゾネスの腕利きの護衛を数人。高回復ポーションを数十本。気付けの薬など、詳しい内容はこの紙に」

 

 「それぐらいは別に構わん。だが、それを集めて何をするつもりだと聞いている」

 

 「ダンジョンに潜り、ヘスティア様が言っておられた冒険者とこもりっきりの修行をします」

 

 部屋の温度が、ぐーんっと下がった。

 

 寒い、寒すぎる。

 薄着を好むアマゾネスたちは、気温の寒暖差にもそれなりに強い種族である。

 だが、この部屋の寒さには何故か耐えられそうになかった。まるでマグロを入れるような冷蔵庫に叩きこまれたような、どうしようもない寒さをマゾネスたちは感じていた。

 

 「私以外の女神のために働き、それを助けんとする。何故、そんな話を私に持ち込んできた」

 

 「何か動くのなら、事前に話をしろと言われていたので。タンムズに聞いたら私の裁量を超えていると言われましたから」

 

 「ほう、なるほどな。だが、お前が処女神の眷属をソーマ・ファミリアから助け出したことに許可をだした記憶はない。私の物忘れが激しいだけかもしれないが、どう思う?」

 

 「ごめんなさい、気がついたら体が動いていました。囚われとか、お酒というドラッグ漬けとか、美少女パルゥムとか、もうワクテカ要素が多すぎました」

 

 「なるほどな、それで?」

 

 「ここ最近の仕事漬けの監禁生活の中でエロに飢えていた私に、こんな絶好のシチューは耐えられなかったんです」

 

 「戯けが」

 

 オラリオはいつから冬になったのだろう。

 

 イシュタルとソフィーネの横に並び立つアマゾネス達は、ぷるぷると小さく体を震わせている。

 空気が冷たく張り詰めていて、緊張で肌がぴりぴりしてくる。一刻も早く終わってくれと、アマゾネスたちは願うばかりであった。

 

 「何故、処女神を助けようとする」

 

 「エロいからです」

 

 「処女神と私、どちらが美しい?」

 

 「イシュタル様では?ヘスティア様はどちらかといえば可愛らしい方でしょうから」

 

 「なら、どちらがエロい?」

 

 「甲乙つけがたいでしょう。それぞれに良さがあります。私はそれをどちらが上といえるだけの見識をもっておりません」

 

 そこは「イシュタル様です」ってお世辞でも言うんだよ、バカ。

 

 心が一つになったアマゾネスたちは、顔を青くして足元をじっと見つめていた。

 

 なんでこのバカ(ソフィーネ)はこのイシュタル様を目の前にして、こんなにも平然と堂々としていられるのだろうか。

 お前ひとりだけが破滅するならともかく、周囲をこうやって巻き込まないでくれないか。お前は何もされなくたって、八つ当たりでこっちに飛び火する可能性だってゼロではないんだ。

 頼む、ソフィーネ様。余計なことを言わないでくれ。大人しくしていてくれ。

 

 アマゾネスたちが必死に願い祈る中で、イシュタルの顔はますます険しいものになっていった。

 

 「そうか、なら──」

 

 イシュタルの言葉の切り出しに、アマゾネスたちの額からは一様に汗が流れていった。

 

 イシュタルの雰囲気がより怪しいものになったことに気がついたからだ。

 暗く、よどんでいて、重く、苦しい。神の威が部屋に満ち満ちて、呼吸すらまともにできなくなる。

 

 「お前は、誰の眷属で、誰のものだ?」

 

 平坦な声。

 

 そこに感情の波はなく、どこまでも穏やかで冷たい声だった。

 「今日の朝ご飯は何を食べた?」「昨日テレビであの番組を見た?」、そんな当たり前の日常の声調。

気にすることすら何もないような、特に気持ちを引き付けるわけでもない声量。

 

 だが、この問いかけを耳にした部屋の人間すべてが心の底から震えあがった。

 災厄の前触れ、命の危機、絶望。各々が、イシュタルの問いに込められた深い感情の暴走を感じ取り、歯を噛みしめる。

 

 だから、次に彼らが感じたのはソフィーネへ対する怒りであった。

 

 「イシュタル様に決まってます。嫌だって言われても、足に縋りつきます」

 

 だってこいつ、平然とこうやってしゃあしゃあと答えやがったのだから。

 だったらもうちょっと自重というか、落ち着いてくれよとアマゾネス達は頭を抱えそうになった。

 最近はマシになったと思ったら、すぐこれである。欲望に正直なのはアマゾネスらしいが、ここまでの者はなかなかいないだろう。

 

 いや、実は本当にわかっていなかったのかもしれない。いや、本当は全部わかったうえで、それでもこんな調子だったのかもしれない。

 いずれにせよ、この場でこんなバカげたやり取りに巻き込まれた身としては、とてもじゃないがたまったものではなかった。

 いったい誰が好き好んでゴジラとガメラの戦いを間近で見たいと思うのだろうか。勘弁してほしいと、アマゾネスは心の中で悲鳴を上げる。

 

 イシュタルはその言葉を受け、じっとソフィーネを見つめる。

 ソフィーネはただただ頭を下げ、イシュタルの言葉を待つ。

 

 ──数秒後、折れたのはイシュタルであった。

 

 「そうだな、お前はそういうやつだった」と言って一息つくと、椅子に深くよりかかった。

 

 「……はぁ。わかった。よーくわかった。いけ、勝手に行ってはしゃいで来い」

 

 「え、なんで急にバカを見るような目になったんですか」

 

 「バカのことをバカを見る目で見て何が悪い。段取りはサミラに任せる。ほら、さっさと行ってこい」

 

 しっしっと手のひらで追いやるイシュタルに、「えー」っといった顔で何か言いたげなソフィーネ。

 最後には話を取り消すぞと脅され、「すいません」と大声で謝ったソフィーネは脱兎の如く部屋から飛び出していったのであった。

 

 痛いほどの沈黙。重い静寂。

 

 誰もが恐る恐るイシュタルを伺う中、その視線を一身に集めるイシュタルはぽつりと一言。

 

 「疲れた」

 

 イシュタルは大きく息を吐き出すと、疲労困憊といった様子で自分の肩を叩く。

 傍に控えたタンムズがすぐにイシュタルの肩をもみ始めると、心地よさそうにイシュタルは顔を緩めた。

 

 「バカには真面目につきあうだけ損をするものだな」

 

 肩を揉まれながらそう呟いたイシュタルに、何とも言えない様子であった周囲のアマゾネスたちは、深く深くうなずいたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 許可を正式にもらったソフィーネは準備を整えると、すぐに待ち合わせの場所へと移動を始めていた。

 

 一方、それに連れ添って歩いているアマゾネスは、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。

 彼女はレナに代わって、新たな連れ添い・監視役として任命された、サミラという灰色の髪のアマゾネスであった。

 先日のソフィーネの暴走を止められなかった失態によって、役代わりの必要性が生じてしまい、結果としてサミラは新たにソフィーネ係に任命されたのである。ちなみに、言うまでもないが貧乏くじというやつだ。

 

 「どうせこの人の暴走は止められないのだからレナのままでもいいのに」と、心の中で愚痴をこぼしながら、サミラはソフィーネに請われて「戦争遊戯」について説明していく。

 

 「……なるほど、ヘスティア・ファミリアがそんな大変なことになっていたなんて」

 

 サミラから詳しい経緯を聞いたソフィーネはただ一言。

 

 「アポロンぶっ飛ばすか」

 

 と、呟いた。すぐに全力でサミラに止められた。サミラはもう泣きそうな気持ちであった。

 

 ソフィーネ本人としては、他人が買った喧嘩の場を滅茶苦茶にするような趣味はないので、場を和ますための冗談のつもりであった。

 しかし、もうサミラの顔は蒼白である。真っ白である。死体よりも白い。ソフィーネは「私ってそんなにヤバイやつ扱い受けているのか」とショックを受けた。

 

 ソフィーネは両腕を組んで、先ほどのサミラの話を考える。

 

 アポロンの策略によって、愛しいヘスティア様は大変な苦境に立たされている。

 彼女の眷属であるベル・クラネルを奪うべく、「戦争遊戯」とかいうなんか中二病感あふれるネーミングの戦いを挑まれているらしい。

 

 ベル・クラネルはヘスティア様が溺愛していた、大切な彼女の眷属だ。あれだけ彼女が愛している眷属を横からかっさらおうとは、なんて酷い神なんだ。

 

 しかも街中で他人に迷惑をかけるほどにドンパチするなど……。

 

 いや、この話は止めよう。

 なんか同じようなことをつい最近やらかしたファミリアに心当たりがあるからな。誰かなんて建物をいくつも崩壊させていたよな。胸が痛いわ。

 

 じゃあ、あれだ。手を組んだソーマ・ファミリアに、ヘスティア様の仲間、リリルカ・アーデというパルゥムの誘拐までさせていたとは。

 誘拐して人質にとるだなんて、本当に連中は腐っていると言ってもいい。まさに外道……。

 

 いや、うん、これもつい最近どこかで聞いた話のような。

 どこかのファミリアが同じことをしていたよね。それに加担していたファミリアもいたよね。辛いわ。

 

 ええと……。ううんと……。

 そう、そうだ。だいたい、ひとの眷属を横から無理やりに奪おうとするなんてろくなやつではない。

 

 そういうやつのお里が知れるというものだ。最低である。品性が足りない。

 真っ黒ファミリアのうちですらそこまでではないというのに、なんて酷い奴なんだアポロン・ファミリア。

 

 あれだ、自分のところよりも悪い連中を見ると安心できるよな!

 ある意味ありがとう、アポロンファミリア!それはそれとして許さねぇけどな!

 

 「いや、ソフィーネ様はこの事情を知らなかったのかよ……。オラリオじゃあ、この戦争遊戯は今一番話題になっていることじゃないか。というか、なんで何も知らずにソーマのところに突貫かましたんだよ」

 

 「ぶっちゃけ、ノリと勢いでよくわかっていなかった。助けを求められて、気がついたらヘスティア様を背負って、あそこに突っ込んでいた。うん、私をあそこまで狂わせるヘスティア様のなんとエロいことか」

 

 「えぇ……」

 

 サミラはもう歓楽街に帰りたくなってきていた。

 「レナ、頼むから帰ってきてくれ。私にソフィーネ様係は荷が重いよ」と、内心で頭を抱えながら仕方なくソフィーネについていく。

 

 「助け終わった後に、『これって本当は何があったんですか』なんて聞きにくいわけで。ヘスティア様とリリルカちゃんとか、めっちゃ感動的な会話を繰り広げていたし……。その、空気読んでたら、詳しい話を聞けない段階まで来ちゃってました。うん、だから教えてくれてありがとう!」

 

 「こういうことって本当は言っちゃだめなんだろうけどさぁ。……ソフィーネ様って、ここに来た時とはまた別の方向でバカになっていないか?」

 

 「……いや、あれだよ、しばらく缶詰状態だったからそうなっていただけで。普段はそんなことはない、はず」

 

 サミラの視線から目をそらす。いや、あの、ごめんなさい。

 

 「しかし、ヘスティア様の眷属ってそんなに有名になっていたなんて……。少し前までは、小粒の冒険者見習いって感じだったはずだけど」

 

 「だからだろうな。そんな奴があっという間に短期間でレベルアップしたから、こんなに有名になってアポロンに目をつけられたんだろうよ。歓楽街の方でもいつこっちに来てくれるのかって話題になってるしな」

 

 「才能があったってことかぁ。事情も事情、噂通りなら素質も十分。なら私も本腰入れて鍛えてあげなければいけないよなって」

 

 私がそう言うと、サミラが恐ろしいものを見る様子で私に振り向いた。

 おい、その目はなんだ。人間に向けるような目じゃないぞ。私はバケモノじゃないんだぞ。

 

 「……イシュタル様からも言われてるけど、頼むからやりすぎないでくれよ」

 

 「わかってる。だからダンジョンの中で訓練しようとしてるんじゃないの。あそこなら邪魔も入らないし、余計な連中にも見られずに済む。私の存在だってバレずに済むわけだしね」

 

 「ダンジョンこもって訓練やるって時点で、既にまともじゃないんだってば……」

 

 配慮ができるようになった私、偉い。

 そう思っていたのだが、どこか間違っているらしい。解せぬ。実際これで咎められるような問題はクリアできるのに。

 

 「話では、既にリトルルーキーくんの教導にあたっている人たちがいるらしい。残り時間は少ないけど、鍛えられるだけ鍛えるつもり」

 

 「……少ない時間で使う量じゃないだろう、あのポーションの量は。終いにはエリクサーまで用意させて、何をするつもりだよ」

 

 辛いです、ただ普通に訓練するだけなのに誰も信じてくれねぇ。

 泣くぞ。年甲斐もなくワンワンと泣くぞ。

 

 ベル・クラネルは現在ほとんど行方不明扱い。

 現代でいうところの「みんなのおもちゃ」状態なので、姿を隠しているらしい。

 上手いこと隠せているということは、それなりにサポートできる連中が指導にあたっているということかもしれないが……。

 

 「こんなところでやってんのかよ」

 

 サミラの呆れる声に、絶え間ない剣がぶつかる音。

 会話を重ねているうちに、どうやら目的のところに到着することができたらしい。

 

 さぁって、噂のベル君はどんな子だろうかとルンルン気分で顔見せに向かった。

 だが、私はベル・クラネルに目を向けている余裕はなくなってしまった。

 

 「あなたは……ソフィーネ?」

 

 「うそ、ソフィーネがどうしてここに!?もしかして、ヘスティア様が言っていた先生って……ッ!!」

 

 そこには、先日私がぶっとばしたロキ・ファミリアの大看板、ティオナとアイズがいたからだ。

 なるほど、ベル・クラネルの頼ったっていう先生役ってこの二人だったらしい。そうですか、なるほど。

 

 警戒する二人を前に、私はある言葉を思い出した。

 

 「一時のテンションに身を任せるやつは身を亡ぼす」

 

 銀さん、あなたは正しかったわ。因果応報、これが私の背負う罪か(白目)




なんだかんだで、戦争遊戯編に入りました。
我ながら思うのですが、この題材でよく書き続けているなぁと。でも楽しかったです。

感想もありがとうございました。毎度ながらすごい量で、お返しはできてませんが全部読んでます。ネタがわかる人が多くて幸せ。
なんていうか、真面目な感想もあるし、紳士の感想もあるし、ベートの尻の感想もあるし、バリエーション豊かでやっぱりいいなって。これだからハーメルンはやめられないぜ。
誤字のご指摘もありがとうございました!次回で戦争遊戯へのちょこっとした関わりも終わりになる予定です。

最近あった辛い出来事は、夢の中でTSした相手を抱けるかって場面で、行けますって言って黒髪ぱっちり目の可愛い子を抱きしめたら、相手が一瞬にして裸のゴツイアメリカかカナダ系の男に変わっていたことです。

マジで許さねぇ。あんなに虚脱感に襲われた起床はなかなかないぞ。放心しました。
絶対マーラとかインキュバスとかバニルとかの仕業だと思うので、いつかぶっ飛ばしたいです。

花粉の量も増える時期になりました、どうか皆様もご自愛ください。

※追記
最後のところがティオネになってましたが、原作通りティオナなので直しました。ご指摘ありがとうございます。
ティオナのつもりだったのですが、素で間違えておりました。ごめん、ティオナ。
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