ウチは龍驤   作:瑞彩

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応化

太平洋戦争での敗北や、事実上全滅に近い被害を受けた改編期の自衛軍による米軍第7艦隊救援作戦。

どうにも、日本の海上戦力にはあんま宜しくない悲壮感が漂うってんで、こりゃあイカンとなったんか、第二艦隊の出撃は前回と変わって盛大なもんやった。

戦時下やってのに式典かましたのも驚いたが、わざわざ首相が激励に来るんやもん。

ウチみたいな足無しの、中学も出とらん小娘が、国のトップに握手なんかされてさ。とんでもないこっちゃで。

ほんでここまでやるならって流れだったんか、参謀本部の験担ぎなんかは分からんが、ウチらが乗り込んだ艦娘母艦、元うらが型掃海母艦ぶんご、を戦術母艦“おうか(応化)”なんて洒落た名前に変更したんやからよっぽどよね。

 

応化。仏さんが現れて、人を救うって意味なんやけど…あ、それは神頼みかい!って顔やな?こればっかりはしゃぁないわ。

だって妖精とか言う人の思い至らない力で殺し合いしてた戦争やもん。そら拝みたくもなるやろ?そんだけ皆必死だったってコトやな。

当の仏さんも、まさか半機半人の少女兵士と化け物殺しをやらされるとは思わなかったやろうケド。

まぁとにかく、ウチら第二艦隊の面子は、軍楽隊の演奏と見送りの声援に背中を押され“おうか”に乗り込んだ。

出港の汽笛はマルキュウマルマルきっかり。人類とドブネズミの、アジアの覇権を掛けた戦いが遂に始まったんや。

 

なぁんて良い感じに話しとるが、いざ出港してしまうと案外暇でなぁ。何でも艦娘は戦闘員やから、輸送中くらいは自由にさせてやれって方針だったらしいわ。

まぁ軍用艦の中なんて無機質なもんやから、はしゃいどるのは駆逐艦と天龍くらいだったけどな。あ、あと青葉もや。

なんでも一時帰宅ん時に、父ちゃんから何とかちゅうカメラ貰ったのがよっぽど嬉しかったんか、外でも中でも撮影三昧やったわ。スナップショットとか抜かして変なもん写すのは勘弁して欲しかったけどね。

 

「おい青葉!自分またウチが欠伸しとるとこ撮ったやろ!三日月から聞いたんや、言い逃れできんからな!」

 

「まぁまぁ良いじゃないですか!自然で可愛いと評判ですよ?」

 

「え、かわいい?ホンマ?」

 

「はい!…デカイたぬきみたいで」

 

「われェ…」

 

「全くそんなに怒る事ないじゃないですか!お詫びに二艦ガールズ秘蔵のナニを見せるので矛を納めてくだせぇや」

 

「はぁ!?そんなモンはよ消せや!みんなに申し訳ないと思わんのか貴様ァ!」

 

「と、言いつつ覗き見る龍驤さんなのであった。あ、これは鳳翔さんと指揮官が。こっちは古鷹さんと加古さんですね!それと…」

 

「え、まじ?えぇ…あ、これ明石が裏で捌いとるヤツやん…」

ホンマ恐ろしいやっちゃで。自分じゃ従軍カメラマンとかほざいとったが、ただの盗撮魔やあれじゃあ。

 

他にも、哨戒ん時に初めて見たイルカによっぽど感動したんか、将来はイルカになりたいなんぞ弥生が言い出したり、文月が実はポーカーが滅茶苦茶強かったり、普段とは少し違う日常を楽しんどったが、いざ台湾の高雄、左営海軍基地を目の当たりにしたら、そんな気楽さは一気に吹き飛んでしまったわ。

 

見れば建物や、特に路面は穴だらけやし、係留してあるんか思ったフリゲートは、ブリッジが吹き飛んどる。

何よりたった三人の、台中共同艦娘部隊が皆ボロボロで、上陸したウチらを見た瞬間「良かった」なんて呟いて、そんまま気絶するんやもん。よっぽどしんどい目に遭ったのか…胸が痛んだわ。

 

正直、台中軍には申し訳ないけど不安やった。艦娘の介抱しとるもんも、手伝ぉとる平の兵隊も傷だらけ。一体何があったんや?ホンマにここで戦えるんか?って。

 

ただお飾りとは言え、旗艦やっとるウチが浮き足立つ訳にもいかんから「出撃はまだか?」なんて勇んどったが、“おうか”を降り、半壊した元高雄警備府で現地司令官とブリーフィングを始めたイケメン指揮官、田﨑2等海佐が命令を出さん限りは動けん。

 

それが焦れったくてな、隷下部隊に完全武装で待機させとったんやけど、いざ集合が掛かり、建物ん中入ってみたら指揮官の顔が強ばってての。まぁた進軍停止か?と内心イラッと来たが、今度は違った。

 

「二艦所属の艦娘は直ちに装備を…」

 

「完了しとります。航空から水雷、選り取り見取り」

 

「では仕事だ。特に四飛戦の二人には。詳しくは白大佐が」

 

白大佐?何モンやと思ったら、司令の横からニュッと、色黒の、エライ目付きの鋭い女が出て来てびっくりしたわ。卯月もぴょん!って言っとったし。

 

「白・品希。負傷により後送された揚少将に変わって今は基地を預かっています。早速ですがこれを」

 

見た目よりずっと可愛らしい声に指示されて、テーブルに置かれた、小汚ない地図を見てみれば、赤ペンで色んなもん書かれとったんやけど、特に南方、バブヤン、ルソン島辺り。もう上書き上書きで真っ赤っか。インクでもこぼしたみたいやった。

 

「端的に説明します。4日前、当基地は深海棲敵群による空襲を受けました。まず電子レーダー網が全てダウン、哨戒機パイロットによる目視により敵飛行群の発見、連絡を受け、展開可能な全ての戦力を導入し対応しましたが、艦娘以外、その殆どが撃破されました。最終的に…」

 

流暢な日本語で話を続けとった大佐はふっと息を吐き出すと、不意に黙ってしまったんや。じぃっと地図を見詰めてな。

 

ほんで人形みたいに固まって、動かんようになってしまってな。鳳翔が一声掛けてやっと動き出した。

 

「あの、大佐。大丈夫ですか?」

 

「……すみません。大丈夫。最終的に五名の艦娘による対空攻撃により敵攻勢を退けましたが、内三名が損傷。撤退する敵飛行群に対し残り二名によるトラッキングを命じ、得られた情報を元にこの地図を作成しました。貴女達にはこれ元に敵勢力圏へ進出し、制空権の奪取を“お願い”したい」

 

「こんな地図しか用意できなくて申し訳ありません。基地にある全ての物資は好きに使って貰いませんので、どうか」

 

大佐は、最後に深々と頭を下げた。大佐やで?あんなエライ人が、や。これでダメなら命も差し出す。そんな雰囲気やったよ。

 

確かにその地図は、しわくちゃだが必要十分な出来やった。だからこそウチは聞いたんや「その二人に会えんのですか?」って。

トラッキングやるくらいの凄腕なら、直接話を聞いて分かるもんもあるかって思ったからや。

けど、すぐ後悔する事になったよ。

 

「…二名共に戦死しました。帰路の途中敵の水打部隊に捕捉され、一人は洋上で、一人は接岸直後に。この地図は私が受けとりました。喉がやられていて、設備の復旧も間に合わなくて、遺言も…私が…」

 

言いきらず、大佐は俯いてしまったわ。

 

ああ、そりゃ泣きたくもなるわな。指揮官が小声で教えてくれたんや。

 

「死亡したのは駆逐艦二名。白・鈴と白・華。大佐の…分かるだろう?双子だったそうだ」

 

ってさ。

 

そう。そりゃ汚れとるんよ。敵陣に侵入して、援護も望めず、海風に揉まれながら、ガキ二人が決死の思いで作り上げた物なんやから。

 

どれだけ怖かったろう。逃げ出したくなったろう。だが、二人はやり遂げた。文字通り命を捧げて。

駆逐艦ってのはどこでもそうや。脳みそが子供やから、一番激しく戦って、一番最初死んでしまいよる。

 

その恐怖や勇気、覚悟を思うとな、頭にガッと血が上ったわ。

 

それは他の連中もおんなじで、普段は優しくて、何やったら怒んのかさっぱり分からん鳳翔でさえ「許せない」なんて言っとる。

 

もう確認は必要無かった。聞くまでも無かった。だが、この、どうにか折れずに、この基地を支え続けた女司令に、…二人の子供の母ちゃんに、せめて餞別をやりたくて、ウチは今にも海へ押し掛けてしまいそうな戦友達に敢えて質問した。

 

「やるで。みんな胆ぁ決まったか」

 

返事は無い。ただ短く頷くだけ。この瞬間第二艦隊の意志は、ある目的完遂のため統一されていたやろうね。

 

“同胞を殺した連中を追い詰めて、どこまでも追い詰めて、殺してやる”

 


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