戦争っちゅうのは不思議なもんで、おっそろしく強くて頭の切れるヤツがアッサリと死んだりするし、とんでもない間抜けがよぉ分からんまま生き残ったりするんや。
そしてこん時のウチは完全に後者やった。まぁだからそ今、こんな風に喋ってられんやけどね。
潮と機械油と、せやけどほんのり甘い。アンバランスに混ざった匂いを鼻目一杯に吸い込んどったせいか、ウチの目覚めはどうにも現実感の欠けたもんやった。あでも、ここは地獄か天国か、何てベタな事は考えへんかったで?
まぁ痛みでそれドコロや無かったってのが理由なんやけど。
とにもかくにも身体が痛いんで、一体どうなっとるんやと、首を捻って出所を見てみたんやけど、右肩辺りから生えとる筈の腕が無くなっとる。
あれ?ウチの利き腕どこ行った?ちゅうか何で海の上に居るんや。 えーと、確か台湾に行って出撃して魚頭を刺し殺して……。ここまで思い出して、一気に意識が戻ったよ。
そうや敵!戦闘はどうなった?おいもう真っ暗やんけ!!おんぶされとる場合とちゃうやんけ!!ん?おんぶ?
「目、覚めましたか?ってダメですよ暴れちゃ!こら!」
何がこらやねん!こちとら龍驤やぞ!?今ならそんな突っ込みも思い付くが、こん時はまず、まずは状況が知りたくてかなりテンパっとったわ。
「敵、敵はどうなった!?あの野郎まだ生きとったんや!!」
「耳元で大きな声を出さない!……もう大丈夫ですよ。あの撃ち漏らしは片付けました。当該海域の掃除も終了。私達は進出した[おうか]へ向け帰投中。こちらの損害は“中破1”以上です」
ウチをおぶっとる朱色の袴、鳳翔の言葉にチクリとしたもんを感じたが、仲間の無事を聞いたら力が抜けちゃってサァ…また気ぃ失ってしもたんや、恥ずかしながら。
安心したんやもんしゃぁないやろ?それにアイツの背中がエラい落ち着くんも悪いわ。さすがに起きたら[おうか]の医務室やったのは、我ながら寝すぎやろってちょっと呆れたよ。
ちなみに後から聞いた話なんやけど、アホ面で棒立ちしとるウチが直撃せずに済んだんは三日月が咄嗟にウチへタックルしたお陰なんやと。その上、止血やら何やらの応急処置までやってくれたらしいわ。
何でも打通作戦が決まった時点で文月と一緒に、明石から色々教わったって本人が言っとったから間違いないわ。
ウチが思うに、こう言うタイプは……ほんまは戦争なんかに関わらず、もっとマトモな人生送らなアカンかったわ。だって勿体無いやん。何が勿体無いって聞かれたら上手く言えないんやけど、さ。
ホンマに、勿体無いわ。
……とにかく、優秀な参謀の的確な治療のお陰で、二艦は間抜け一人の損傷のみで台湾沖海戦、その初戦を勝ち抜けたんや。
え?もう勝ったんじゃないんですか?センセ、そんな早く戦争の勝ち負け決まったら苦労せぇへんわ。
こん時の戦いちゅうのは、台湾沖からドブネズミを追い出しただけで、近場の島々や海域にはままだだ敵が残っとるはずやったからな。
実際ウチが[おうか]の施設で〝修繕〟してもらっとる間も、補給を受けた仲間達は完全武装で周辺警戒しとったし。
まぁウチらに叩きのめされたのが効いたのか、艦娘モドキは完全に姿を消して、ひょっこり出て来る航空型は鳳翔が一捻りやったらしいが。
ただいっくら相手が弱っとるにしても、ウチ一人だけ医務室におるのも気に食わんから、さっさと出撃させぇや!って田崎二佐に文句言いに行ったんや。したらな。
「龍驤さんは本国に後送です」
書類見たまんま目も合わさず言いよるから、ウチはカッとなって直ぐに噛み付いたよ。
「ナンでや!みんな戦っとるのにウチだけ仲間外れかい!」
そうや、噛み付く。文字通りあの優男に飛び掛かってでもウチは出撃したかったんや。
アホな考えかもしれんけど、嫌やったんや。居場所が無くなるみたいで。……もうここしか、居場所なんか無いのに…ってな。
ま、そんなもん、二佐は知ったこっちゃないから「仲間も何もありません」とピシャリやったよ。
「上層部からの命令です。僕にどうにかする権限はありませんよ。それに、片腕で本来の戦闘力を発揮する自信がありますか?」
「当たり前や。痛みも無いし、あんな連中腕一本でもぶっ殺せる」
「……そう言って、また油断した挙げ句、残った腕も無くしますか?」
報告書、たぶん二艦の戦隊長連中が出したバトルレポートを読みながら、淡々とした調子で怪我の原因を突かれたウチはもう何も言い返せん。
「今回は龍驤さんのみの損害で済みました。ですが紙一重だった……その認識はありますか?三日月さんの判断が遅ければ貴女は海の藻屑だった。命中したのが榴弾であれば、燃焼機関や弾薬の誘爆によりその被害はより大きくなっていたかも知れません。違いますか?」
なんてしゃあしゃあと言いよる。ウチは間違いなく不満そうな顔しとったと思うよ。何が気に入らんって、反論できないウチ自身にやけど。
「横須賀からの増援が到着次第、派遣艦隊は諸島制圧を開始します。怪我人を庇う余裕は有りません。既に部隊の引き継ぎは鳳翔さんに済ませてありますのでその様に。龍驤さんは命令あるまで待機しつつ身支度を終了しておいて下さい。以上」
鼻っ柱をへし折られ、とぼとぼ自室に戻るウチに向かって気ぃ使ってくれたんやろね、顔馴染みのクルーが色々声を掛けてくれたわ。生返事しかせぇへんかったけど。
だって…悲しかったんやもん。泣きそうやったわ、ほんま。
ほんで心が萎びたせいなんだか、それとも艦娘の構造なんだかは分からんが、落ちこんどったら傷口がズキンズキン痛み出してな。こうなるともう色々と面倒になってきて、ふん、もうエエわ、帰る帰る!とムキになって支度しとったら部屋に天龍が入ってきてん。
「ッス。龍驤さんちょっと来てもらって良いですか?」
アイツ随分真面目な顔しとるなから、何や逃げ出すウチにヤキでも入れるんかと覚悟気めとったら、連れて行かれたんは艦内の馬鹿デカイ冷蔵室やった。
「ハッ!天龍、情けないウチをなます切りにして食材にでもするんか…?」
「いやいや違いますって!ちょっとお願いがありまして。ヨッコラセと」
デカい尻を屈ませて、下段から引っ張り出したのは訓練で見慣れた、ボディバッグ。わかる?あー要はあれや、死体袋。
「自分、ついに……。セクハラでもされたんか?せやけど殺すのはアカンわ」
ウチの軽口に、天龍は何も言わん。ただ無言で袋のジッパーを引き下げた。したらな、中にはすっかり血の気が引いた女の子。年頃は多分十二・三歳。〝痛み〟は無かったが腹と頭の一部がえぐられ、左足は太腿から千切れとった。傷跡から見るに、ヤったのはドブネズミの徹甲弾。
エグいモンやが、一番目を引いたんは背中から生えたソレ。半壊し薄汚れ、機能が完全に止まった艦娘の主機やった。
「各砲雷、機銃共に残弾無し。身分証無し」
そんなもん、無くてもコイツが誰かなんて直ぐに予想が付いたよ。あの海域で、弾切れ起こすまで戦った艦娘なんて一人しか知らんもん。
「ただ……これかジャケットの裏側に縫い付けられていました。血でかなり汚れちまってるんスけど」
ライトに照らされ、赤黒い染みがよぉ目立つソレは、写真やった。そっくりな顔の女の子と二人並んだ、今は物言わぬ死体となった幼い艦娘。そして、その二人に挟まれ綺麗な笑顔を見せる白大佐。
「昨日の索敵中、岩場で見付けたんです。最初は民間人の逃げ遅れかと思って近付いてみたら……。戦隊の連中と相談して、多分双子のどっちかだろうって。んで、やっぱ家に帰してやりたいって話にまとまって、回収していたらドブネズミが沸いてきちまって」
言いながら、天龍は自分の二の腕を掴んどった。グッと、爪が白くなるまで。
「戦闘がどんどん激しくなって、一瞬、死体なんか捨て置くかって考えちまって、でもやっぱり無理で、オレが迷ってたら、包囲されかけてて。スミマセン、オレが……龍驤さんの怪我も……」
柄にも無く声が小さくなって、終いにゃ体まで縮ませそうな天龍にウチは慌てたよ。
「アホ!何でお前が凹んどんねん!この腕は自業自得やろ完全に。何も気にする事無いやんけ!むしろ」
謝らなきゃならんのはウチやった。理由も知らず一水戦の戦いっぷりを〝うすのろ〟と思った事や不用意に負傷して仲間に要らん心配をさせた事、他にも色々。イロイロや。
「ごめんな。ノロノロしとるのはウチの方やったわ。しっかりせなアカンのはウチやった」
素直にガバッとウチは頭を下げたんやけど、気が済まんのか天龍まで腰を折りよる。何で分かったって?アイツ目一杯で動いたもんやから、ウチの後頭部に直撃したんや!フルパワーで!あの石頭!
いっくら艦娘が頑丈やからって、痛覚カットなんぞしとらんから滅茶苦茶痛かったわ!
戦傷なんぞ屁でもない激痛で、もう床にのたうって声も出んもんやから、天龍のヤツ大慌てやったよ。まぁお陰で、ウチらもちょっと気が晴れたんやけど。暴れ芋虫になった甲斐があったよ。うん。
「ドブネズミ殺せるレベルの頭突きやったわ……」
「ほんっとスミマセン!縮んだりしてないッスよね!?」
「これ以上小っさくなってたまるかい!まぁだチカチカしよる……そもそもな、何か有るんとちゃうんか?死体の検分なん出来んよ、ウチ」
「そうだ忘れてましたよ。龍驤さん、後送に合わせてコイツを大佐んトコに帰してやってくれませんか?」
「なんや知っとったんか。ウチはええけど帰国ルートの指定とか可能なんか?」
「もう二佐に確認済みです。近海の制空権取れたんで、台湾から飛行機らしいッスよ。ナンでお願いします。本当は当事者のオレが運べたら良いんですけど」
「次の作戦、やろ?分かっとる。ウチはしばらく戦力になれんしな、その分責任もって連れて帰らせてもらうわ」
「ありがとうございます!……あの」
「あん?」
「帰って来てくれますよね?」
天龍の質問に、ウチは一瞬だけ浮かんだ迷いを慌てて振り払った。バカヤロ、仲間にそれを見せるな龍驤しっかりせぇ。
「あったり前やろ!ちゃっちゃと腕の二本でも三本でも生やしてまた暴れたるわ!」
大見得を切ったウチを見て、多分納得したんかニッと笑顔を見せた天龍は、丁寧に〝彼女〟を仕舞うと元気そうに哨戒へ向かったわ。多分、励ましてくれたんやろな。不器用なやっちゃで。
ただ何か一つでも目標が出来たんが、ウチは嬉しかったわ。直ぐに終わる帰り支度の他に、必要な書類が増えて手持ちぶさたにならんかったからな。実際書き終わってしばらくしたら、増援の到着を知らせる放送が入ったし。
台湾が何とか捻り出した攻撃補給艦……と名前を変えた、カッターを外して荷物を積んだ掃海艇が一隻。これはまぁええとして、先行部隊として本土から新型の艦娘、特型の連中が派遣されたのは、二艦にとっちゃかなり助かる事になるんやけどこれは後回し一緒に戦うのはまだ先やし、まず挨拶も出来んかったからな。バタバタしとって。
とにかく、ウチの戦争は一旦ここで終わりって訳やね。行きの仰々しさに比べれば、帰りはボストンバッグに身ぃ一つ。気楽なもんやとタラップに向かうと、まぁ何と言うか、ウチの知る限り世界で一番頼れる奴が待っとった。
「しっかり休んできて下さいね。それと、次はしっかり息の根を止める事。それから、本土で食べ過ぎたりしない事。それから」
「分かった分かった!……ゴメンな、鳳翔。心配かけて」
「……分かればよろしい。もう嫌ですからね?意識不明の貴女をおんぶして、不安な気持ちになるのは」
「うん。なぁ鳳翔……仲間達を頼みます」
「はいっ。しばらくの間、確かに預かります」
それじゃあまた。話し出せば切りがないから、ウチは最後にこれだけ言って[おうか]を降りよ思ったんや。だが、鳳翔が通せんぼして前に進めん。
「ナンや?まだ何か」
「けど、やっぱり一人にするのは不安ですねぇ。誰か龍驤さんを見張っていてくれると助かるのですが……」
被せ気味に若干に?ちょっと失礼な事を言う鳳翔。の、後ろっから、良ぉく見知った人影が、背筋を伸ばして現れた。今度はウチの知る限り、最も律儀な女の子。
睦月型駆逐艦、第二艦隊非公式参謀、三日月。軽空母龍驤の守護天使 。
「お供しますっ。世界の果てまで!!」