カレンさんとイチャつきたいおはなし。   作:鹿頭

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二話

 

 

 

 最近、夜中に出歩かない方が良いらしい、と色んな人からそんな話を聞く。

 

 なんだか妙に駄目駄目になった友人様にも、同じ事を聞かされた。

 

 こうもいろんな人から同じ話を聴くと、流石に真っ直ぐ帰るしかない。 

 

 最近家族だか同居人だかが増えたと、もっぱら話題の級友も珍しく部活にも不参加。

 かと言って、雑用する訳でもなく真っ直ぐ帰っていった事から、どうも治安は本当に悪くなっているらしい。

 

 つい昨日だか、一昨日だかも全身タイツの人間が事故に遭ったらしい────

 

「あら。いつかの」

 

 聞き覚えのある声につられ、振り返った。

 そこに立っていたのは、銀髪金眼に白衣を纏い。

 以前、某中華店に於いて我が口中を辛さの灼熱地獄へと導いた──

 

「カレン……先生」

 

「相変わらず間抜けな顔で何よりです」

 

 出会い頭にこの言い様。間違いな───

 

「いや、学校は?」

 

 そうだ。放課後の時間はまだ教員は仕事をしている筈だし、それが小中高問わず定時の時間は変わらない。

 それなのに、いったいこの人は何をやっているのだろうか。

 

「定時です」

 

「こんな時間に定時がある訳ないだろっ!?」

 

「生徒の見回りです」

 

 カレンは何事もなかったかの様にしれっと答えた。

 だけど、さっきと言っていることが当然違う。

 

「さっき定時って…」

 

 指摘を聞くと、カレンは溜息を吐きながらポケットから包帯を素早く取り出すと、顔面目掛けて伸ばす様に投擲する。

 

「うるさい駄犬ね」

 

 そう言うや否や、持っていたらしい端の方をクイッと引っ張る───

 

「ふぁぐっ」

 

 包帯が顔にぐるぐると巻き付いていく。

 顔中覆われているのを考えるに、きっとそこには、ミイラ男が出来上がっているのだろう。

───えっ、凄くない?

 

「ど、どうやってやったんですか……?」

 

 顔中に巻かれた包帯を剥ぎ取りながら尋ねた。

 少なくとも知り合いにこんな事が出来る人は居ないし、見た事がない。

 

「企業秘密です。……ふふっ」

 

 カレンは答える代わりに、得意そうに笑った。 

 

 ……正直言って。

 

 この人がこんな風に笑うのがとても意外だった。

 

「……まぁ、なんでも良いんだけど。でも、サボりは良くないですよ、センセイ」

 

 皮肉を込めて言う。

 この人に通じるとは思えないけれど。

 

「良いんです。どうせロクな怪我すらしてこない子達ですもの。

もっと脳味噌飛び出すとか、骨が砕け散るとか、内臓吐き出すとか。そう言う怪我をして欲しいものね」

 

「なんて???」

 

 ………なにいってるのかワカラナイ。

 

 口が悪いのは知っていたし、内心もまぁそれに伴った酷さと言うのも把握している。

 だけど───

 

「学校を何だと思ってんの?」

 

 素朴な疑問。

 いや、それ以前の問題だ。

 

「趣味と実益を兼ねた天職です」

 

「……ある意味尊敬するわ」

 

 正直、こんな人が先生やれているのはどうかしてるし、先生と呼ぶのもどうかしている。

 全く、とんでもない人と関わり合いになってしまったものだと思った。

 

「そういえば。この後、空いていますか」

 

 さもなんでもないかの様に、自然体でカレンが訊ねた。

 

「えっ」

 

 その言葉を聞いた途端、やけに心臓の音が大きく聞こえた。

 

「えっと、それって、もしかして───」

 

「ポルカミゼーリア。ほぼ初対面の相手にそう思えるなんて。随分とおめでたい頭をしてますね」

 

 ……まだみなまで言っていない。

 けど、言ってる事はそのままズバリ正しかった。

 思春期の純情な心を弄ばれた様な、若干の傷を負いながら口を開く。

 

「じゃあ、なんなんですか一体……」

 

「自転車、持ってますか?」

 

「………えっと、貸して欲しいって事?」

 

「いえ、橋の向こう側に用事があるので。送ってもらおうかと思いまして」

 

「何故送らねばならぬのか」

 

「………実は私、身体が弱いので。送ってくれると助かるのですが」

 

 だとしたら意味が判らない。

 

 大体、そんなの────

 

「タクシーで良いでしょ」

 

「お金がかかります」

 

「いや、それくらい払えよ」

 

 先生なんだから、と言う気にはなれなかった。

 むしろ本当にコイツ先生なのか、と疑念が湧いてきて仕方がない。

 

 何かの見間違いだったのではないだろうか、と信じたくなってくる。

 

「うるさいですね。昨日、気絶した貴方の面倒見てあげたのはどこの誰だったかしら」

 

「それ、半分くらいはカレンさんが悪いでしょうに」

 

 無理矢理口に詰め込んできたのは目の前の人である。

それを面倒を見てあげたと殊更に言うのは、初めて知った知識だ。それが本当なら。

 

 それにしても───

 

「……で、送れば良いんでしたっけ?」

 

「………!」

 

 それにしても、一番よく解らないのは自分自身。

 身体が弱い(らしい)人を助ける為とは言え、どうしてこんな迷惑面倒厄介極まりない女の言う事を聞こうとしているのだろう。

 

 目の前の人は見た目をさっ引いてもなお余りある人格の悪さだ。

 

 だけど───

 

「ええ、ありがとうございます」

 

 

 ………この表情を見るためだった、と言っても良いくらいの。

 可憐な笑顔が見れたのだから、それで十分だろう。

 

 だけど決して、見た目に惑わされている訳では無いはずだ。

 

 たぶん。

 

 

 

◆◆◆

 

 

「ほら、もっと早く漕いでください。遅いですよ」

 

 ───前言撤回。

 

 あの笑顔はこき使ってやろうと言う外見だけは美少女の悪魔の嗤いだった。

 

「無茶言うなッ!!!」

 

 後ろの女はやれ遅いだの、やれ曲がれだのと一々注文が多い。

 ただでさえ、荷台の片側にカレンが腰掛けているから、重心が寄って漕ぎにくいと言うのに。

 

「早く漕がないと日が暮れます。私だって早く帰りたいんです」

 

「なら最初っからタクシーで行けやっ!!」

 

 全く理不尽な事しか言わない。

 本当、どうしてこんなヤツの言う事をホイホイ聞いてしまったんだか。

 

 当時の自分を思いっきり殴りたい。

 

「嫌です。お金がかかります」

 

「この、守銭奴……!」

 

「違います。無駄な支出を減らしたいだけです」

 

「変わらんわッ!」

 

 そんな調子で、住宅街を爆走し、橋を渡って街まで漕いでいる。

 と言っても、大路からは少し離れた小道を通っている。

『信号に引っ掛かるのは時間の無駄です』という事らしい。

 

 それにしても、この街の地理に詳しいものだ。

 

「ッ………そこを右へ」

 

「ハイハイっ、とッ!」

 

 そうして、指示通りに漕いでいるうちに、街を抜けて離れた所まで来てしまった。

 

 

「──止めて下さい」

 

 言われた通りにブレーキを掛け、自転車を止める。

 辺りの建物の高さ大分低くなっている。

 

 確かこの辺には教会があるとか、なんとか。

 

「──ありがとうございます。もう帰って構いませんよ」

 

「は…? どう言う───」

 

「では」

 

 そう言うと自転車から降りて、こちらを一瞥する事なく歩いて行った。

 

「あ、おいッ、ここで待ってるからな!? ……はぁ」

 

 ───全く、本当に人遣いが荒い。

 

 まるで嵐の様な人間だ。時間が経ったら、と言われた所で生憎時計が無いので判るはずもなく。

 

 第一、身体が悪いから、って言ってこんな所まで来させといて、そもそもどうやって帰るつもりなのだろう。

 

「取り敢えず、待つか……」

 

 そう言って、欠伸を一つする。

 

「……単語帳でも、持ってくるんだったな」

 

 日が沈んだ街は、すっかり夜の帳を下ろしていた。

 

 

◆◆◆

 

 

 うつらうつらと船を漕ぎながら暫く待っていると、向こうの方から所々に立ち並ぶ街灯に照らされて、見覚えのある人影が見えてくる。

 

「あ…? やっと来たか」

 

 どの位の時間が経った──かなんてあんまりよく判らないから気にしないが。

 兎に角、カレンは戻って来た様だ。

 

 迎えに行く為、大きな欠伸をしてから、自転車を軽く漕いで進める。

 

「……本当に待っていたんですね、貴方」

 

 開口一番、険しい目つきをしたカレンは、咎める様な口調でそう言った。

 

「身体弱いって言ってる人が、こっから帰るのは酷でしょうに」

 

 どこか怒っているとも思える様子に困惑しながら、頰をかいた。

 

「………ハァ。良いです。出してください」

 

「はいはい」

 

 溜息を吐いたカレンが荷台に腰掛けるのを待って、ゆっくり漕ぎ出した。

 

「飛ばして下さい。早く」

 

「人遣いが荒いなぁ……」

 

 ご要望通りに速度を上げていく。

 

「♪─────」

 

 坂道を勢いよく下りながら、風を切る音。

 街路樹がざわめく音。車が走る音。

 色んな音に混じって聞こえる、歌。

 

 詞こそ無いものの、祈る様に紡がれるその歌は、聞いていて何処か懐かしい。

 

「─────♪」

 

 一区切りついた頃、称賛の意味を込めて口を開いた。

 

「良い歌ですね」

 

「………本当はオルガン用なのですが」

 

「弾けるんですか? オルガン」

 

「はい。私の数少ない趣味ですから」

 

「へぇ、今度聞かせて下さいよ───」

 

 そう言って直ぐに。何を言っているんだ自分は───と、後悔した。

 そんなの、次も会いたいなんて言っている様なもの──!

 

「………考えとくわ」

 

「……………」

 

 見て下さいこの状況を。聞いて下さいこの空気。まるで、フラれたかの様。

 

 いや、待て。

 

 フッたフラれたの話じゃないのに、どうしてこう焦って───いやいやいやいや。

 

「あ、あの。駄賃代わりに聞きたいんだけど、あんな辺鄙な所に、一体何の用で?」

 

 これ以上掘ると不味いと思って、空気を誤魔化す様に話題を振った。

 

「……同じ、教員をしている知人に貸してた物を返して貰っただけです」

 

 カレンはあっさり答えてくれた。

 

「その知人さぁ….…来て貰えば良かったでしょ」

 

 そうすれば、態々こんな遠くまで来なくて済むのに、と。そう思うが。

 

「一応、先輩なので。向こうの都合に合わせる必要がありました」

 

「あー…ま、どこもそんなもんですよねぇ」

 

 得てして何処の世にも理不尽な先輩、生意気な後輩はいる物である。それなら仕方ない。

───とでも思うか。苦労したのはこっちなのだ。

 まだ見ぬ先輩とやらに、軽い怒りが募っていく。

 

「あの───」

 

「はい?」

 

「その貸してた物、がこれなんですが」

 

 何分、自転車を漕ぎながらの事なので何度か小刻みに分けて振り返って確認する。

 

「……マフラー?」

 

 赤い色をしたマフラー……だと思う。

 細かい呼び名はわからない。ストールとか、帯かも知れないが、兎に角、赤い布だ。

 

「ええまぁ。……その、臭いとかついてませんかね。カレーライス、とか」

 

「はぁ?」

 

 カレー。何でカレーなのだろう。

 その知人がカレーを溢したとかなのだろうか。

 

「臭い…なんて自分で……まぁ良いですけど。一回止まりますよ?」

 

「……ええ、構いません」

 

 承諾を得たので、一度漕ぐ足を止めて、布を取る。

 

「────っ?」

 

 刹那、虚脱感に襲われた。

 

 ───きっと自転車を漕ぎ続けていた事による疲労だろう。

 

「────むっ」

 

 布の匂いを嗅ぐと、カレーの匂いが若干した。

 

「若干……」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

 布を返して、再び自転車を漕ぐ。

 虚脱感は、もう無かった。

 

「……はぁ、洗濯ですね」

 

 後ろから、カレンの溜息が聞こえた。




Qこいつの家族構成どうなってんの?
A一般人。ひょっとしたら存在するかも知れない妹か弟が一昔前の魔法少女オリ主モノみたいな人生歩んでいるかもしれないし、ただの一般人かも知れない。どっちみちカレンさんとイチャつく人生には関わらないのでヨシ!

Qこいつの交友関係どうなってんの?
A広く浅く。色んな人とお友達。
渦中に入るのは好きじゃ無いけど、面倒な事は全部主人公属性持ちが引き受けてくれるさ、やったね! 

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