黒の軌跡   作:八狐

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幕間
偽りとの決別


朝の七時ごろ、私は荷物をまとめて駅に来ていた。券を買ってホームに入ると、既に列車が到着していてゾロゾロと人が乗り込んでいる。

私も近場にあった車両に乗り込み、空いている席を探すが・・・。

 

「あら、お嬢さん。

 こっちの席空いてるわよ?」

 

昨日会ったばかりの酒飲みがニコニコと手を振って、向かいにあるスペースをポンポンと叩いて主張している。

彼女が居ると言う事は・・・。

 

「あ、おはようございます」

 

「ルディさんも西方面に行くんですね」

 

Ⅶ組の面々も当然居る。違う車両に行こうとサラの前を通り過ぎると、彼女がじっと視線を向けてくる。

ただの視線ならば何の問題もなく、無視するところだったが、その視線には多分に威圧が含まれていた。正直、溜まったものではない。

 

「・・・すみません、ご相席させてもらいます」

 

「そうそう、遠慮しなくていいのよ」

 

(座れって視線で威圧したくせに・・・)

 

(何のことかしら)

 

隣の席に居るリィン達に聴こえないように、口の動きだけで言葉をやり取りする。私が呆れ半分、嫌々半分な表情で口だけ動かしているのに対して、サラは覚えがないという表情で口を動かしている。

 

「それで、次は何処に行くの?」

 

「そうですね・・・次は何処に行きましょうか」

 

「当ててあげましょうか?」

 

「近郊都市トリスタ」

 

「・・・学生を導く立場に居る人がカンニングですか?」

 

「見えちゃった物はしょうがないじゃない」

 

「もう・・・。そうです、トリスタに行きます」

 

「なら降りる場所は一緒ってことね」

 

「そういえば、みなさんの士官学院はトリスタにあるんでしたね」

 

「なかなか良い町よ?」

 

「それは楽しみです」

 

私とサラがそれぞれ別な思惑で会話をしているせいなのか、隣の席ではカードゲームで和やかに遊んでいるのに、その隣に居る私達はどこか殺伐とした空気を作り出していた。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

窓を見続ける私、その様子を見ているサラ。さっきのような威圧的な視線ではないが、視線を感じる方はどうしても煩わしさを感じてしまうものだ。

 

「あの・・・・・・何か?」

 

「景色を眺めるのは好き?」

 

「ええ、数少ない楽しみのひとつなんです」

 

「確かに旅の楽しみよね、こうして景色を眺めるのは」

 

視線がなくなって漸く一息つけるようになり、窓の外を流れる景色に集中できるようになった。

それから20分ぐらい経った頃だろうか、向かいの席から寝息のようなものが聞こえてきた。

音がする方に顔を向けると、サラが壁に頭を預けて眠っていた。彼女が寝ている姿は昨日、酒を飲んでいた残念な美人とは程遠い感想を抱かせた。口を開かなければ幾らでもモテるだろうに・・・。

目的地まではまだ半分も過ぎていない、しばらくは静かに車窓を過ぎ去っていく風景を見ていられるだろう。

 

「ボルト!」

 

「な、まだそんなのを隠し持っていたのか!?」

 

「俺の最後のカードは8、貴様の負けだ」

 

「ぐっ・・・もう一度だ!」

 

「良いだろう、何度でも返り討ちにしてやる」

 

静かに過ごしたいという、私のささやかな願いは隣の席に座る学生達によって阻止されてしまったようだ。

 

 

 

 

 

_______________________________________________________________________

 

 

 

 

 

『お待たせしました、トリスタです』

 

車内アナウンスが流れると、列車の中から次々と人が降りていく。私もⅦ組もここが目的地なので、当然ここで降りる。

 

「サラさん、トリスタに着きました」

 

「ん・・・・・・もうー?」

 

「まだ寝ていたいなら、寝ててもいいですよ。

 私は降りますけど」

 

「ちゃんと降りるってば・・・ありがと」

 

「すみません、わざわざ起こしてもらって・・・」

 

「いえ、それにしても大変そうですね・・・教官がアレだと」

 

ははは、と苦笑いを浮かべてリィンもサラや他のメンバーに続いて下車する。私も旅行鞄を持って、彼らの後に続き、トリスタの地に足を着けた。駅を出るとすぐに街路樹が見えるが、既に花は散ってしまっていて、変わりに青々とした葉を道行く人々に見せていた。

 

「いつもどおり、月曜日からは通常通り授業をするから、ハメを外し

 過ぎないようにね」

 

「では自由行動にするわ、各自好きに過ごしてちょうだい」

 

「みんな、おつかれさま!」

 

「ようやく帰ってきたって感じですね」

 

「ああ、全くだ・・・さて、実習中に出来なかった分を勉強するか」

 

「俺は馬の様子を見に行くとしよう」

 

Ⅶ組のメンバーはそれぞれ自分のやりたい事があるようで、思い思いの場所に向かっていった。その場に残ったのは私とリィンとサラの三人だ。

 

「私はとりあえず、泊まる場所を探さないと・・・」

 

「なら良い場所があるわ、行ってみる?」

 

「言っておきますけど、遊撃士協会の支部とかだったらお断りですよ?」

 

「違うから安心しなさい」

 

「リィン、あんたも荷物置きに行くでしょ?

 一緒に来てちょうだい」

 

「そうですけど、ってサラ教官・・・まさか・・・」

 

歩き出したサラを追う感じで私も歩き出し、それにやや遅れる形でリィンも歩き出した。

 

 

 

 

「あの…なんですか?ココ」

 

「何ですかってあんた…」

 

「サラ教官…ここ…俺達の学生寮じゃないですか!」

 

サラがリィンとルディをつれてきた場所は、リィン達Ⅶ組が寝泊りしている学生寮だった。

 

「嫌ですよ、彼らに悪いし何より私が嫌です」

 

「いいじゃない別に、タダで泊まっていいわよ?」

 

サラはルディに向けて笑顔で威圧してくる。笑顔で相手を威圧するという器用な芸当は相当な修羅場を潜った者にしか出来ない芸当だろう。ルディはジト目でサラを睨みつけると、ようやく観念した。

 

「わかりましたよ…少しの間お世話になります」

 

「素直でよろしい。リィン、この子に空いてる部屋を教えてあげて」

 

「良いんですか…。ていうか教官はどうするんですか?」

 

「決まってるでしょ、飲みに繰り出すのよ♪」

 

鼻歌を歌いながら目的地に向かうサラの足取りは軽く、なんならスキップでもしそうなレベルでご機嫌だった。

 

「…いつもあんな感じなんですか?」

 

「…アレでも締めるときはきちっとした人なんだ」

 

ルディは半信半疑という顔をしていた。リィンは気を取り直して彼女を学生寮の空き部屋に案内する事にした。寮の中は意外と広く、ルディが周りを見ていると二階に上がる階段の上でリィンが彼女を手招きする。どうやら部屋は二階にあるようだ。

 

リィンが二階に並ぶ部屋を見回し、あたりをつけるとルディを案内した。

 

「ここがいま空いている部屋です」

 

「すいません、少しの間借りさせてもらいます」

 

ルディは荷物を置いて、とりあえず背伸びをして思いっきり体を伸ばすとベッドに座った。

 

「長旅、お疲れ様です」

 

「リィンさんも実習お疲れ様です」

 

「ありがとうございます、俺達の課題なのに…多々巻き込んでしまい、すみませんでした」

 

「私が勝手に首を突っ込んだだけですよ」

 

「それでもありがとうございます。二回も助けていただいて…」

 

「前にも言いましたけど、私が手伝わなくても似たような結果になっていたはずです」

 

「だったとしても、俺はルディさんに手伝っていただけて、本当に感謝しているんです」

 

「…ルディさんはあっちこちの町を観光しているんですよね?」

 

「はい、この町も少し観光しようと思ってます」

 

「でしたらそのお礼に、この町を案内させてもらえませんか?」

 

「…はい?」

 

 

 

 

リィンは自分が知っている店やちょっとした場所、学園などにルディを連れて行き、そのたびに彼は自分なりにその場所を説明した。

 

「ここは駅前にある唯一の花屋さんです」

 

「花屋さんはココだけなんですね」

 

「いらっしゃい、彼女さんにお花でもプレゼントしてあげるの?」

 

「ははは、また今度見に来ます」

 

「彼女じゃないんですけど…」

 

 

「駅前の喫茶店です、たしか…コーヒーがうまいってマキアスが言ってたな」

 

「コーヒーは苦手です」

 

「そうなんですか?では違う所に行きましょう」

 

 

「俺達の通う学院です」

 

「噂には聞いていましたが、大きな建物ですね…」

 

「一般人も中に入れることは入れますけど、さすがに中を案内するほど時間はないですね」

 

「それは残念です」

 

 

こうして時間は過ぎていき、気づけば時刻は夕暮れ。リィンとルディの二人は石橋の上で雑談をしながら残り時間を過ごす事にした。

 

「俺が伝えられるトリスタはコレぐらいです」

 

「ありがとうございます。おかげさまで楽しい一日を過ごせました」

 

「案内すると寮を出たときは、まだ明るかったはずなんですが…」

 

「リィンさんとお話したり、歩き回ったり、とても楽しかったです」

 

「俺も時間を忘れるくらいには一生懸命、案内出来たようです」

 

「…ルディさんは不思議ですよね」

 

「不思議?」

 

「同じ学院の仲間でもないのに、まるで初めから仲間だったような親しみやすさがあるんですよ」

 

「………」

 

「ルディさんがクラスの仲間でないのが残念でならない。俺はよくそう思ってます」

 

「…実はサラさんに、誘われたんですよね。学院入りを」

 

「…え?」

 

「でも断りました」

 

「そうなんですか…」

 

「理由…聞きたいですか?」

 

「…差し支えがなければ」

 

「…私には………私には不釣合いだからです」

 

「私はずっと、日の当たらない日陰で生きてきた。だから…」

 

「だから、あなた達のような明るい世界で生きてきた人達の所に、居るわけには行かないんですよ」

 

「あなた達と一緒に居ると…私はきっと目が眩んで、道を見失ってしまうだろうから」

 

「ルディさん…」

 

リィンがルディに何か言おうとした時、何かが川に落ちた音と女性の悲鳴がほぼ同時に聞えてきた。

 

「あれは…!?」

 

「子供が流されたみたいですね…」

 

「落ち着いている場合じゃないです!何とかしないと…」

 

リィンは少し考えた後に、上着を脱いで何の躊躇いもなく川に飛び込んだ。

 

「何してるんですか!?」

 

「誰かが助けないと、溺れてしまうからですよ!」

 

彼は飛び込み、何とか子供を抱えるが、川の流れに流されていくばかりで、一向に上がる場所が見えない。

 

「くそっ…このままじゃマズイ…」

 

「………チッ」

 

ルディは小さく舌打ちをすると、懐からロープを取り出して輪を作り、リィンに投げ渡す。彼がロープを掴むと、ズルズルと二人を引き上げていった。ルディがリィンを無事に引き上げると、子供の母親が駆け寄ってきて子供を抱き上げると、何度も二人にお礼を言って立ち去っていった。

 

「あ、ありがとうございます…」

 

「………」

 

「…ルディさん?」

 

「自分の身も省みないで助けに行ったのは何故ですか?」

 

「私が助けなければ、確実に子供と共倒れでしたよね?」

 

「それでもルディさんは助けてくれたじゃないですか」

 

「たまたま私の気分が向いただけです。次は無いと思ってください」

 

「でも今回は助けてくれた。ルディさん、あなたは優しい人です」

 

「………私が、優しい…?」

 

「俺にはさっきルディさんが話してくれた理由。その真意はわかりませんけれど…」

 

「何となくの意味なら分かります。あなたは、そんな人じゃありません」

 

「………くせに」

 

「…え?」

 

「私の事を…何も知らないくせに…」

 

「分かった風に言わないでください!」

 

そう叫んだ彼女はリィンをその場に残し、一人走り去ってゆく。残ったのはびしょぬれになったリィンだけだった。

 

「手ひどく振られた見たいね」

 

「サラ教官!?」

 

曲がり角からひょっこりとサラが現れると、事情を知っているような体でリィンに話しかけた。

 

「ま、私も振られちゃったんだけどね」

 

「入学を勧めたって本当なんですか」

 

「そうよ。あの子は暗い世界に居るべきじゃない、ルディのような子こそ私達のクラスには必要なのよ」

 

「…サラ教官は…何か知っているんですか?」

 

「何も知らないわよ。ただの直感」

 

「でも確実に分かる事は…あの子の闇は決して浅くはないって事」

 

「私にはあの子を助けてあげられないわ。あの子がそれを拒んでいるから」

 

「でももしかしたら…リィン、あなたならあの子を救えるかもしれない」

 

「俺が…?」

 

「あなたの事だからこれから探すんでしょ?あの子」

 

「コレを渡しておくわ」

 

「ARCUS?」

 

「後は君次第よ」

 

そう言ってサラは後ろ手に手を振りながらその場から立ち去る。残されたリィンはひとまず渡されたARCUSを懐にしまうと、ルディを探すために町を走り出した。

 

 

 

 

「………」

 

辺りは暗くなり始め、すっかり人通りも無くなったトリスタ。ルディは少し前までリィンと話していた、石造りの橋に立っていた。

 

彼女は考えていた。思い出されるのはリィンと先ほど交わした会話。

 

(何故私はあんなに取り乱したんだろう…)

 

(どうして…こんなにもざわつくんだろう)

 

いくら原因を考えても、理由が分からない。彼女はふと川に映る月に気づき、空を見上げる。今日の月は三日月だった。

 

「欠けた月…まるで私のようだ。…そう思いませんか?」

 

彼女は語りかける…。走り寄ってきたリィンに向けて。彼は少し距離を開けて立ち止まると、少し息を荒げながら、その口を開いた。

 

「ようやく見つけた…」

 

「何か用ですか?」

 

「あやまりに来たんです」

 

「先ほどはすみませんでした…良くルディさんの事を知りもしないのに色々と…」

 

「…それだけなら帰ってください。別に気にしていませんから」

 

「今は…一人にしてください」

 

「それは出来ません」

 

「…どうしてですか?」

 

「今、ルディさんが苦しんでいるように見えるからです」

 

(まただ…。彼はすぐに私の闇に踏み入ってこようとする…)

 

リィンは彼女に近づこうと足を動かす。しかし、その足の動きは他でもないルディの声によって止まってしまった。

 

「来ないでください。近づいたら怪我をしますよ」

 

彼女はそう言って、暗器を一つ取り出し、リィンに向ける。

 

「別に怪我くらいは構いません」

 

リィンは再び彼女に近づくために足を動かすが、またしてもその足は止まる。リィンは肩に激痛が走り、肩を見てみるとルディの持っていた暗器が彼女の手から離れ、リィンの肩に刺さっていたのだ。

 

「ぐぅっ…」

 

「警告はしました。それ以上近づいてくるならまた投げますよ」

 

「ならそれもまた受けるだけです」

 

「…え?」

 

肩に刺さった暗器を抜くと、肩に走る激痛を物ともせずに彼はルディに近づき続ける。警告どおり、ルディはまた一本取り出し、今度は腹に突き刺した。

 

「うぐ!?」

 

「もうやめてください。それ以上刺さると死にますよ」

 

「いいや…あなたは俺を殺せない…」

 

「私が優しいからですか?」

 

「はい」

 

「くだらない。ではお望みどおり…」

 

 

「黄泉の世界に送ってあげましょう」

 

 

そう言ってルディはリィンを地面に叩き伏せると、小太刀を取り出してリィンに向けてその刃を彼の喉元に突き刺そうとした。

 

「………」

 

「………」

 

彼女の持つ武器は彼の喉元に刺さる直前で止まっていた。ルディは動揺したように小太刀を地面に落とすと、顔を手で覆って、その決して大きくない自分の体を震わせる。

 

「どうして…殺せないんですか…」

 

「今まで、何人もの命を奪ってきたのに…」

 

「どうしてたった一人の人間を殺せないんですか!?」

 

「…ルディさん、やっぱりあなたは優しい人です」

 

「やめてください!」

 

「私に優しい言葉をかけないで…私に近づかないで!」

 

「ルディさん………」

 

「あなたと話していると心がざわつく…あなた達を見ていると息苦しくなる…」

 

「これ以上…あなたと居ると…私が、私では…無くなってしまう…」

 

彼女のあまりにも痛々しいその姿は、リィンを戸惑わせた。彼の知っている彼女の姿からは遠くかけ離れた姿だ。しかし、その姿を見て一層彼は決意を固くした。リィンは彼女に近づくと、そっと頭に手を置いてルディの頭を撫でる。

 

「あ…」

 

「辛かったんですね。自分を偽らなければいけないほどに…」

 

「でももう良いんです…。もう、自分を偽らなくて良い」

 

「偽らなくて…いい?」

 

「だからもう、その仮面は外してください」

 

サラから受け取ったARCUSを懐から出して、彼女に渡す。

 

「俺は…俺達はルディさんがどんな人だろうと、受け入れます」

 

「だから…俺達の仲間になっていただけませんか?」

 

「………ぅ」

 

「…?」

 

「うあ………あああぁぁぁぁ!」

 

「ちょ、ルディさん!?」

 

彼の言葉を聞いて、ルディの目からは自然と涙がこぼれ、彼女の口は嗚咽を発する。

 

幼い頃から彼女の顔を隠していた偽りの仮面(かお)は砕け散り、橋の上には泣きじゃくる幼い少女と、それをあやす青年の姿があった。

 

 

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