黒の軌跡   作:八狐

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鉄路の先、ノルドの地へ
隠れたメイド


無事に中間試験も終わり、学園中に張り詰めていた緊張の糸が切れたようで、机に突っ伏している者、安堵のため息を吐く者、ボーっと空を眺めている者。思い思いに羽を伸ばす者達で溢れていた。

 

Ⅶ組の面々も初めての試験を終えて、それぞれの手ごたえや感想を述べながら帰路についていた。

 

「エマ君、今回の試験の手ごたえはどうだった?」

 

「そうですね・・・まずまずでしょうか?」

 

「むむ・・・」

 

「あの様子なら、クラスの学力トップは大丈夫そうね」

 

「はは、確かに」

 

「それにしても残念ね・・・せっかくみんなで帰れると思ったのに」

 

「たしか、ガイウスは学園長に呼ばれたって言ってたな」

 

「ルディは、図書館に行くって言ってたね」

 

「あの子の事だからまた図書館で変な本を探してそうね・・・」

 

リィンとフィーが二人から聞いた話を話すと、アリサは苦笑いを作る。他愛も無い雑談を交わしながら歩いて寮の前にたどり着くと、そこには見慣れないメイドの女性が立っていた。

 

 

みんなと別行動を取り、私は図書館に来ていた。この間の勉強法が載っている本を借りにきたのだけど・・・生憎まだ返って来ていないらしい。

 

一旦諦めて何か違う本でも探そうと、趣味のコーナーで棚を眺めていると、ふと目に留まる本があった。

 

 

【今日から始めるメイドさん! 初級編】

 

 

本の背表紙にはそう書かれていた。本を手にとって見ると、可愛らしいメイドが左人差し指を一本立てて、右手にはトレイに載ったティーセットを持っている表紙が見えた。

 

特に内容を確認したりはせず、暇潰しにでもなれば良いと思って受付に本を持っていく。受付の少女は本を見ると終始ニコニコしながら貸し出し手続きをしてくれた・・・どうやらこの本は彼女の趣味だったようだ。

 

歩きながらどんな内容か想像を膨らませる。私はメイドという存在を見た事はあるが、どんな仕事をしているか、どういう人種なのかというものを全く知らない。この学園にはメイドが大勢居るので、彼女らに聞いても良いのだけど、まずは自分で学んでからというのが私の考えだ。

 

「む?」

 

「ん」

 

歩いていると正門の前でガイウスと鉢合わせになった。学園長に呼ばれていたという話だったけど、今まで話をしていたのだろうか。答えは聞くより先に彼の口から出てきた。

 

「学園長と次の実習地について話をしていたんだ」

 

「次の実習地?そういう物は学園側が決めるのでは・・・」

 

「少し特殊な場所でな、場所は・・・」

 

「ストップ」

 

「みんなは発表まで知らないのに、私だけ知ってしまうのは少し不公平です」

 

「なるほど、確かにそうだな。すまなかった」

 

二人でそんな話をしていると、いつの間にか寮の前に来ていた。中間試験というイベントを終えて、一息つける場所まで来ると少しだけ安心感がある。

 

「部屋でゆっくりと休みたいところですね」

 

「俺も味わった事のない空気で、少し疲れたな」

 

私が扉を開けるとそこには・・・

 

 

「おかえりなさいませ」

 

 

見慣れないメイドが居た。

 

「このたび第三学生寮の管理人を任命されました、シャロン・クルーガーと申します」

 

「誠心誠意、皆様のお世話をさせて頂きますね」

 

 

まさかメイドの本を借りたその日に、本物のメイドを見ることになるとは思いもしなかった。メイドとなると、やはり授業や用事などでみんなが出払っていると部屋の掃除もしたりするのだろうか・・・。少し見てみたい気もするけど、今は本の内容を確認したい。

 

本を開き、目次に目を通し始めて間も無くだった。扉をノックする音が響く。

 

「はい、どうぞ」

 

「失礼します」

 

扉を開けて入ってきたのは、寮の玄関口で会った管理人になったというメイド。

 

「こちらがルディさまのお部屋ですね?」

 

「部屋割りの確認ですか、ご苦労様です」

 

「学園から知らされて、部屋割り自体は把握しているのですが・・・」

 

「やはり自分の目でも確認いたしませんと勝手が分かりませんから」

 

なるほど、メイドは細かい事も丁寧に出来る人間が向いているらしい・・・。

 

「メイドさんは大変そうですね」

 

「そんなことはありませんわ、ルディさまも直ぐにメイドになれますよ?」

 

「・・・?なぜ、私がメイドにならなくてはいけないんですか?」

 

「いえ、そのような本をお読みになられているので、メイドに興味がお有りなのかと思いまして」

 

彼女が私が読んでいる本を指して、ニコニコしながら答える。どうやら誤解があるようだ・・・。

 

「これは図書館でちょっと気になった本を借りてきただけで・・・」

 

「気になるのでしたらメイドになってみれば良いのですよ」

 

「いや、あの・・・」

 

「ちょうどここに、一着だけメイド服がありますわ♪」

 

シャロンがいつの間にかメイド服を手に持っていて、眩しいほどの笑顔でニコニコしている。

 

「えっと・・・それを着ろということですか?」

 

「そんな強制的なものではありませんよ」

 

「服はここにお掛けしておきますので、眺めるのも試着して頂くのもご自由にしていただいて結構です」

 

そう言って服を棚に引っ掛けると、彼女は一礼して部屋から出て行った。メイドというのは彼女のような人物ばかりなのだろうか・・・メイドというのが如何に特殊な職業か少しだけ分かった気がする。

 

彼女が置いていった服を見ると、フリルがあちらこちらにあしらわれていて、スカートはかなり長い。本当にこんな服で細やかな仕事が出来るのだろうか。

 

眺めているうちに服の機能性に興味が移っていき、私は少しだけメイド服に袖を通してみる事にした。

 

このメイド服は上下一体型で、あまり時間を掛けずに着れる様になっている。着替えた後にすぐ仕事に取り掛かれるようになっているのかもしれない。

 

着慣れない服という点を除いても、このメイド服という物はかなり動きづらい。メイド達はこんな仕事着を着て、日々生活しているのかと考えると、シャロンというメイドが熟練したメイドだというのは直ぐに分かった。

 

「あら、とても良くお似合いですわ」

 

「・・・何となく近くに居る気はしてましたが、まさかずっと?」

 

「いえ、一階で作業をしておりましたので、今ですね」

 

「そうですか・・・興味が出たので着てみましたが、動きづらいです」

 

「何よりこんなヒラヒラした服は、自分には合いませんね」

 

「そんなことはありませんわ、鏡でご覧になってみてください」

 

シャロンに鏡の前まで移動させられ、自分の姿をしっかりと見せられる。鏡には紺色のメイド服を着た少女が映し出され、細部を良く見るとシャロンのメイド服と似ている。どうやらほぼ同じデザインのようだ。

 

「いかがですか?」

 

鏡に映っている姿と自分の想像している姿にギャップが生じ、鏡の中に居る彼女は別人なのではないかという錯覚を覚える。しかし、鏡の彼女はそれを否定するように、私と同じ呆気に取られたような表情をする。

 

鏡に映っている彼女は自分なのだ。そう認識したとたん、こんな服を着ている自分が少し恥ずかしくなった。小さい頃から女らしい服や、着飾った姿とは無縁だった自分が・・・初めてメイド服を着て鏡の前で顔を紅くして恥ずかしがっている。

 

「こ、こんな・・・ち、ちがいます・・・こんなの、私じゃ・・・」

 

「いいえ、紛れも無くルディさまですわ♪」

 

私の口から漏れるのは自己否定の言葉。認識してしまった、可愛いと思ってしまった。でも私はこんなものは自分ではないと否定する。それでも鏡の自分と同じ姿をした少女は寸分違わず自分と同じ動きをする。まるで鏡に映るもう一人の自分の目から逃れるように、私は鏡から離れた。

 

「どうやら、あまりそういった服は慣れていない御様子ですね」

 

「慣れていないも何も・・・こんな服は初めて・・・で」

 

「では、そろそろ皆様が帰ってこられる時間ですから、一緒にお迎え致しましょう」

 

「お、お迎え!?」

 

「メイドの基本ですわ」

 

私は彼女に手を引かれ、手を振り払う事もせず、ただ後ろから付いて行く事しかできなかった。

 

 

寮の入り口で待ち始め、5分ほど経ったころだろうか。Ⅶ組のみんなの声が近づいてくるのが分かった。

 

時間差があったおかげで十分に気持ちを落ち着けることが出来た。あとはいつも仕事をする時みたいに冷静に、確実に対処をすれば良い。何より私は、彼女・・・シャロンという完璧なまでのお手本を直に見たのだ。最悪それを見よう見まねでやれば何の問題もない。

 

どんどん声は近づき、とうとう入り口の扉が開かれた。

 

「ただいまもどりました」

 

 

「「おかえりなさいませ」」

 

 

出来る限り平静に、冷静に、淡々と、迎えの言葉を紡ぐ。

 

場の空気が静まり返り、Ⅶ組の面々からは困惑、感心、驚愕など様々な感情が読み取れるが、誰からも言葉が出ない。そういう時、口を開くのはいつもリィンだ。

 

「え、えーと・・・ルディ・・・だな?」

 

「はい」

 

「すごく似合ってるよ」

 

リィンのその一言が私の頭の中で何度も反響する。思い出されるのはシャロンとの先ほどまでのやり取り。二つの事柄が合わさり、大きくなって、顔はどんどん熱くなって行く。仕事柄、我慢や忍耐が必要な場面はいくらかあった。・・・でも今くらいはそういった物は気にしなくて良いだろう。

 

色々な感情が混ざり合ってよく分からなくなり、顔を紅くして涙目になりながら、私は心からの言葉と気持ちをリィンにぶつけてやる事にした。

 

 

 

「うるさいこのバカー!!!」

 

「うわあああ!?」

 

 

 

暗器の嵐が彼を襲い、リィンを壁に縫いつけにした。

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