ケルディックの朝は早い。毎日六時にはあちらこちらで音がなり始める。外国人であるルディも此処での生活を続けるうちに、そんな生活リズムがついてしまった様で、すでに起き出して外に出てきていた。
「ん~・・・いい朝ね、たまには朝に散歩しに出るのもいいかな」
「・・・やっぱりもう動き出してる人とかも居るんですね」
村の住人たちは疎らではあるが、すでに活動を始めており、みんな忙しそうにしている。
そんな中、彼女はいつも酒場に居る、常連の男を見つけた。彼もまた忙しそうに何かを運んでいる。
ルディはしばらく彼の働きぶりを見ている事にし、遠くから眺めていた。すると、男はルディに気づいたのか、ルディに手を振っている。彼女もまた振り返すと、男は先程まで持っていた物を放り出して、ルディに近づいてきた。・・・どうやら先程までの忙しさも何処かへ放り出してしまったようだ。
「やあ!おはようルディちゃん」
「おはようございます」
「こんな朝早くにどうしたんだ?」
「朝のさわやかな空気でも吸おうかと、少し歩きに」
「そっか、でもあんまり遠くに行き過ぎないようにな。朝は人だけじゃなく魔獣も動くから」
「心配されなくても自衛ぐらいは出来ます。それに、そんなに遠くに行くつもりは無いですよ」
「え、自衛って・・・戦えるのかい?」
「はい、少なくとも武術をやったことが無い人よりは」
「ははは、なら安心・・・なのかな」
「それより、後ろに転がっている資材・・・あんなに沢山、何に使うんですか?」
「あれはね、大市の会場の修繕とかに使うんだよ」
「大市・・・?」
「ああ、ルディちゃんは外国人だから知らないのか。大きな市場がね・・・ソコの広場にあるんだ」
彼が指差した先を見ると、何人もの人が木箱を広場に運び込んでいる。
「何か気になった事とかは、元締めのオットーさんに聞くといいよ
俺はいつも会場で使う材料運びだけで、詳しくは知らないからさ」
「オットーさんですね・・・わかりました」
男に軽く頭を下げて、ルディはまだ散策したことの無い方向へと足を進める。その道すがらルディはずっと・・・あることを考えていた。
それは・・・
(あの人誰だったかな・・・?)
彼女は男の顔は覚えているが、名前までは覚えていないのだった。
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まだ散策したことのない西方面を見終えたルディは、まだ踏み込んだ事のない西ケルディック街道に来ていた。時刻は七時、酒場の仕事までまだ余裕がある。
彼女は街道を道なりに進んでいく・・・。道中、特に魔獣が襲ってくるなどは無く、何事も無く進んでこられた。
途中に農家の小屋がある以外に変わった物は無い。
そう、途中には・・・。
恐らく、彼女の目の前に存在している物は変わった物に分類されるだろう。
街道のこんな奥まった場所に、石造りの壁に、大きな門・・・。コレを変わった物と言わず、何と言うのか。
門の前には見張りの者が二人居て、誰も入れないように見張っているように見える。ルディは中を確かめたい衝動を抑え、見張りの男達に話を聞いてみることにした。
「あの、ココはどういう場所なんですか?」
「ココはな・・・ルナリア自然公園っつって木とか動物が山ほど居る森だ」
「俺らはその公園の管理を任されてるってわけだ」
「そういうこった。オラ、ガキが来るような場所じゃねーんだ、帰んな」
「そうですか・・・ありがとうございます」
門の前から立ち去り、来た道を戻りながら考えに耽る。
(あの二人を無力化して入っても良いし、気づかれずに忍び込んでも良い・・・
ただ此処にそれだけの価値があるかな・・・?二人とも、かなり態度が悪くて
管理員を任されているとは思えないけど、嘘を吐いている様には見えない)
(・・・別にあそこに何かあるとか、そういう情報が手元にあるわけでもないし
無駄にリスクを負って忍び込むメリットはないか。それにしても・・・あんな
管理員に任せて大丈夫なんだろうか)
色々な事を考えながら歩いていたルディだが、ある時、ピタリと足を止めた。
彼女が閉じていた目を開け、周りを見渡してみると・・・狼型の魔獣に囲まれてしまっていた。
狼たちは腹が減っているのか、よだれを垂らしながら唸り声をあげていて、普段より凶暴になっている様子が伺える。
「もう・・・何で私の周りに犬が集まっているんですか」
もう我慢できないとばかりに、一匹がルディに飛び掛る。が、その鋭い牙は彼女に届くことは無かった。
魔獣は彼女の前で頭と胴体がわかれ、無残な姿で体を痙攣させていた。
他の魔獣達は、まるでハイエナの如くその死骸に群がり、肉を貪っている。
「よほどお腹が減っていたんですね。では今のうちに・・・と言うわけには行きませんか」
ただの肉と化した先程の魔獣が居た場所には、セピスしか残されておらず、あっという間に食べつくされたようだ。
それでも尚、満たされない魔獣達は再びルディを餌食にしようと、彼女の周りを囲んだ。
「ふぅ、もう少し上品に、ゆっくりと食べていただきたいものです・・・」
先程、仲間が一瞬で仕留められたことで警戒を高めたのか、今度は中々飛び掛ってこない。
「飢えていても、冷静さは失わず、獲物を逃がさないよう
囲んでしまい、虎視眈々と隙を伺う・・・なるほど、群れで
来られると厄介ですね」
彼女は腰に差していた小刀を抜き、戦闘体制を取る。
しかし、かなり警戒されているようで、中々襲って来ない。敵が動かず、自分もまた動かない。
そんな膠着状態がしばらく続いた頃だ。
先に痺れを切らしたのは・・・ルディだった。
「まったく、いつまでもこんな、つまらないお遊びに付き合っているほど暇では無いのですよ?」
すばやい身のこなしで、最初の魔獣と同じように一匹仕留めると、今度は死骸に群がらずに、ルディが背中を見せた魔獣が飛び掛った。
だがその牙はまたもルディに届かない・・・。魔獣の頭には小刀が突き刺さされており、その刺突で絶命したらしく、間も無くセピスとなった。
ゆらゆらと揺れている彼女の手には、双振りの小刀が握られていた・・・。
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「まったく・・・この街道は少し犬が多すぎます」
「それにしても・・・返り血を浴びないで倒すのはやはり難しいですね」
顔に付いている血をふき取りながら、愚痴る彼女の服にはひとつも赤い染みは見つけられない。
「じきにお仕事の時間ですから急がないと・・・ってまだ十一時前ですか」
ケルディックに戻ってきたルディは時間を持て余していた。どう時間を潰そうか思案していると、ある事を思い出す。
朝、常連の男から聞いた、オットーと言う元締めの話だ。
早速向かおうと足早になった後だ、彼女はひとつミスを犯してしまっていた。
「元締めの人の場所を聞いてませんでした・・・」
その存在を知っていても、場所がわからなければ聞きに行き様が無い。それに、今日はもうそんなに時間が取れない。街道の散策に大分時間を割いてしまったせいで、ゆっくりと探している暇が無いのだ。
「・・・仕方が無いから、マゴットさんに言って少し早く入れてもらおう」
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「なんだ、そんな事かい。大歓迎さね!」
「ルディさんが居てくれると、すごい助かりますよ!」
「ありがたいお言葉です・・・」
「やっほーおばちゃん」
「おや、サラちゃんどうしたんだい?」
たった今入ってきた、蒼いコートの女性はマゴットと親しげに話しを始める。少し遅れて赤をベースにした服を着たルディと同い年くらいの男女グループが入ってくる。
「こっちがあたしの教え子」
「初めまして、トールズ士官学院、一年Ⅶ組の者です」
これが、ルディと彼らの最初の出会いだった。