黒の軌跡   作:八狐

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風と伝承の大地

風が吹き渡り、緑の高原を駆けていく。何処までも広がる大地は来る者を拒むことはなく、ただ受け入れる。ここは風と共に生きる悠久の大地ノルド。はるか昔、ドライケルス大帝が兵を挙げたことで知られる、歴史ある場所でもある。

 

また一つ風が吹き、高原を揺らす。風は吹き止み、草達はまるで休憩時間のように静まり返るが、一部の草花達はまだ揺れ動いている。まるで新たな客人たちを歓迎するかのように揺れる。緑の絨毯を踏みしめ、大地を駆ける4つの影達が居た。

 

赤い服を着た人物達は馬に乗り、大地を駆けていく。リィン、ユーシス、ガイウス、アリサ、エマ、ルディ。今回の班分けはこの間の実技テストの後にサラから発表され、このようなメンバーになった。ややこちらに戦力が偏っている気がしなくもないが、サラなりの考えがあるのだろうと思い、異を唱える者は誰もいなかった。

 

現在彼らはノルドの集落に向けて進んでいる。しかし馬は4頭しか居らず、ルディとエマだけ他の人の後ろに乗る形となっていた。エマはアリサの後ろ、ルディがリィンの後ろだ。

 

「あの、乗りづらかったりしないですか?」

 

「大丈夫だ。ルディこそ大丈夫か?」

 

「はい、大丈夫です。」

 

「それにしてもまさか・・・馬に乗れないのがこんな所で響くとは・・・。」

 

「まさか委員長だけでなく、ルディも乗れないとは思わなかったな。」

 

「ほんとうに意外よね。」

 

「馬に乗る機会がなかったんですー・・・。」

 

「ははは。じゃあ今回の実習で乗れるようになるかもしれないぞ?」

 

「どういうことですか?」

 

「ノルドの民は遊牧民だ。風と生き、自然の恵みで生活する。」

 

「その中には馬やひつじなどの動物も含まれている。」

 

「もしかしたら馬に乗る練習が出来るかもしれないってことさ。」

 

「んー・・・。そうですね、時間があればお願いします。」

 

「もし、その気があるなら俺も少し位ならば、手ほどきしてやろう。」

 

Ⅶ組のメンバーは談笑しながら、ガイウスの先導で前に進んでいく。リィンは馬を走らせることに集中していて、後ろのルディが気まずそうな顔をしていることに気づかない。

 

(言わないほうが良いかな・・・馬に乗るより自分で走ったほうが速いなんて・・・。)

 

馬に乗れないのではなく、馬に乗る必要が無い。というのが正しい答えなのだった。

 

「あと少しで集落だ。」

 

ガイウスのその言葉を最後に会話は無くなり、心なしか馬を走らせるスピードも上がっていた。

 

風と伝承の大地は歓迎する。それを肯定するかのように草花達は揺れ動いていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

人というのは決して一人で生きていくことは出来ない。人は誰かと協力することでしか生きていく方法が無いのだ。それはどんな世界だろうと同じで、この広い高原の真っ只中にぽつんと存在するノルド民族の集落でもそうだった。誰かが動物の世話や放牧をして、誰かは病を治す薬を作り、誰かが狩りをしてその日の糧を得る。周りの近代化が進んでいく中、ここだけが遥か昔から続く伝統を守って生活している・・・そんな光景をみたⅦ組のメンバーの誰かがこう言った。

 

『まるで別世界だ』と。

 

かなりの数のテントが存在する中、その内の一つのテントからノルドの民の皆が着ている服を羽織った男が、Ⅶ組の前に進み出た。

 

「ただいま、父さん。」

 

「息子よ、良く戻ってきてくれた。」

 

「君達が仕官学院の生徒だな。私はラカン。」

 

「今回の実習中、君達に出す課題をまかされた者だ。」

 

 

 

その後、ラカンのテントで夕食をご馳走になり、もうすっかり夜になっていたのもあってⅦ組の面々は寝床を用意された専用のテントに案内された。案内された場所にあった寝具は意外なことにベッドだ。ガイウスが言うには、『俺たちノルドの民は、あまりベッドで寝る習慣はないが、たまに来る客人用に組み立て式ベッドを用意している。』ということらしい。

 

「明日は朝食の支度が出来れば起こしにくるが、大丈夫か?」

 

「ああ、大丈夫だ。」

 

「遠慮なく起こしに来るがいい。」

 

ガイウスは久しぶりの故郷ということで、実習中は家族達と寝るようだ。ガイウスがテントから出て行った後、全員がベッドに入ったのを確認した後にリィンが明かりを消す。

 

それから間も無く、それぞれのベッドから【4人分】の寝息がきこえ始めた。

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

完全に集落が寝静まった頃、集落を出て行く一つの影があった。その者は赤い服を着て、鼻歌混じりに外に出て行く。

 

「んー・・・!やっぱり夜は静かで落ち着きます。」

 

その人物は深呼吸をして夜の冷たい空気を肺に取り込むと背伸びをして、首や肩を動かしながらコキコキと音を鳴らしている。

 

雲に隠れていた月が姿を現し、その人物を淡い月明かりで照らし出す。そこには・・・。

 

 

 

Ⅶ組の制服を着たルディが居た。

 

 

 

走る。登る。落ちる。そのすべてを誰気にすることなく出来るほど雄大な大地を、一人の少女は楽しんでいた。

 

「アハハハ!こんなに自由に動き回れたのなんて久しぶり!」

 

昼は馬の上でただ揺られているだけだったが、今は違う。誰かに見られる心配も無いという事で、彼女は好き放題に動き回っている。三角岩を駆け上り、100mを軽く超えるであろうその岩からほぼ垂直に飛び降りて無傷で着地したり、平原を導力車と見間違うほどのスピードで駆け巡り、通りがかりに魔獣を仕留めたりと、まさにやりたい放題に駆け巡っていた。

 

しかし、彼女はただ走り回るだけではつまらないので、ゴールを決めることにした。彼女が指差した方向には・・・。

 

「監視塔。他とは違って明るいし、良い目印になるかも」

 

そう決めてルディは駆け出す。始めは人並のスピード、徐々にスピードは上がりそのスピードは馬と並ぶ。そのスピードを維持しながら高低差を、棒高跳びのように飛び越したり、宙返りで飛び越したり飽きないように様々な飛び方で進んでいく。しばらく進んでいった頃、もはや彼女のスピードは導力車に迫るスピードになっていた。高低差を無視し、仕舞いには道すらも無視するかのごとく崖の上を駆けながら監視塔を目指す。

 

当然、そんなスピードでさらに普通では出来ないようなショートカットもしている為、南西部の端の方から監視塔まで5分足らずで到着してしまった。彼女はその勢いのまま監視塔のスロープを無視して、垂直に壁を駆け上がって2階部分に侵入して、ようやく停止し、宣言する。

 

「ゴール!」

 

「・・・。」

 

ルディが満足そうに息を吐いて周囲を見ると、目の前で腰を抜かしていた兵士が口をパクパクとさせている姿が目に入る。そして彼女はようやく気づいた。・・・やっちまったと。

 

「お、お嬢ちゃん・・・?」

 

「は、はい・・・?」

 

「今・・・どっから上がってきた・・・?」

 

「え、えーっと・・・。」

 

「俺の見間違いじゃなけりゃ・・・そっちから駆け上がってきた・・・よな?」

 

「そ、そんなわけ無いじゃないですか・・・。」

 

兵士が指し示す方向には階段やハシゴは愚か、ロープすらない。それを見てルディはヤダナー・・・。と棒読み気味に笑ってごまかす。

 

「だ、だよな!?」

 

「そ、そうですよ!」

 

「ナハハハハ!そうだよ、ありえないって!」

 

「そうそう!ありえませんよ!」

 

「だってお嬢ちゃんみたいな子が、導力車みたいなスピードで走ってきたかと思えば、20mはあるこの高台までスロープを無視して垂直で登ってくるなんてありえないっての!」

 

そう言うと兵士は倒れ、気絶する。いつの間にかルディの分け身が兵士の背後に回り、意識を奪っていた。どうやらはしゃぎ過ぎてしまった様だ。

 

(マズイマズイマズイ・・・見られちゃった!?)

 

(こ、こんな事で口封じするのは、私の矜持が許さない・・・。)

 

(そ、そうだ!夢ってことにしちゃいましょう!)

 

ルディは分け身と二人で協力して壁に寄りかかるように地面に座らせて寝かせようとするが・・・。

 

「ん・・・んん?」

 

(ちょっと、起きるの早いですってば!?)

 

「あ、あれ・・・?俺は一体・・・。」

 

(大人しく・・・寝ててください!)

 

「ぐぇ!?」

 

起きかけた兵士をこもり唄で物理的に眠らせると、もう一度分け身と協力して座らせることに成功した。周囲に気配がない事を確認すると、彼女は夜の闇に消えた。

 

 

「おーい、ザッツ。交代の時間だぞ。」

 

「・・・って、なに寝てんだよ・・・。おら、起きろ!」

 

「痛て!痛てて!?なにすんだよロアン!」

 

「お前が勤務中なのに寝てるのが悪いんだろ?」

 

「寝てる・・・?あれ?お嬢ちゃんは・・・?」

 

「お嬢ちゃん?」

 

「あ、ああ・・・。突然向こうの方からすごいスピードで走ってきて、スロープを無視してここまで一気に登って来たんだよ・・・。」

 

「・・・ザッツ。寝るのは勿論ダメだが、どうせ寝るならもっとマシな夢を見たらどうなんだ・・・?」

 

「うーん・・・、夢・・・だったのかねぇ?」

 

 

今日も夜は更けていく。明日はどんな風との出会いがあるのか、それは誰にも分からない。

 

 

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