換骨奪胎   作:メラニンEX

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クソ長いです。ぼちぼち読んでやってください。


第三話「むしかんなぎ 下」

走るという動作は下半身が主軸となるが、それにしたって上半身、特に腕は重要な要素である。腕を大きくふれば自然と体も連動して前に進む。腕を全く動かさない、いわゆるお侍さん走りはスピードが出にくいことは、読者諸兄も良く知るところだろう。

 

その点からして、今現在生部野家のイチョウ林を猛然と駆けていく一人の男は、両腕を動かさないどころか、重たい荷物を抱えているにも関わらず、恐ろしいほど素早かった。足にジェット噴射でもついているような、人知を超えた加速である。もしかしたらお侍さん走りを編み出した江戸の世はたいへん進んだスポーツ理論を持っていたのかもしれない。

 

 

男の容姿は黒い上下にスニーカー、中肉中背かつ彫りの浅い日本人あるあるの顔立ちで、特段目立ったところは何もないのだが、抱えている荷物が異様なほど目立っていた。何せ左手に液体に漬け込んだ生首入りのガラスケースと、右手には明らかに人型をした袋である。控えめに言っても殺人罪と死体損壊、あと誘拐。袋の中身が死んでいれば殺人罪が二件になって役満だ。断っておくと、中身は確かに死体なのだが、別に彼が殺したわけでもない。どっちみち持ち歩くような代物ではないことだけは確かだが。彼が抱えて走る荷物を咎めたり、取り上げてくるような人間はいないことだけが不幸中の幸いであった。―少なくとも、今は。

 

帯戸川というこの男は、携えたその首によって名の高い呪詛師ではあったものの、実のところそう大した実力をもっているわけではない。生部野家の手にかかればたちまち蟲の餌になるしかないことくらい分かっており、また今盗み出した死体は業界での嫌われ者「式盗り」が買い取ったもので、彼女と敵対することも憚られるような程度であった。

なので、こうして逃げている。持ちうる限りの速さで、逃れようとしている。

 

とは言えもし追いかけてくるのが式盗りであったならば、打てる手はないでもなかった。呪詛師界隈でも半ば都市伝説のような存在である呪詛師「式盗り」。もし出会ってしまったときの心得としてこんなものがある。

一つ。己が珍しい術式の持ち主ならば、差し出して命乞いをしろ。

二つ。莫大な金か、珍しい呪具を持っているのなら、やはり差し出して命乞いをしろ。

三つ。何も持っていなければ、全力で逃げろ。

彼の術式自体は速度の操作、というありふれたものであったが、彼が携える生首は著名な呪物である。この速度ならおそらくは追いつかれないだろうし、万が一追いつかれて殺されそうになったのならそれを差し出せばいい。運がよければ生部野家にも口添えして何とかしてくれるかもしれない―そういう姑息な打算と慢心が男の心のどこかにはあったのだろう。

 

 

帯戸川の足元で降り積もったイチョウは、彼が走り抜けるのに合わせてシャクシャクと軽やかな音を響かせている。忍び込む時のためのゴム底が立てる密やかなそれは、彼も生首も口をつぐんだ静寂の中ではいやにうるさくすら感じるものである。

サク。–––その音ばかりが、どうにも。

サク。耳についてしまって。

サク、ガチャリ。

–––異物の音が。

 

「クソ、もう来やがったのかよ!?」

 

ドクン、と帯戸川の心臓が嫌な跳ね方をした。生部野家の追っ手か、死体を買ったという式盗りか、どちらにせよ全く男にとっては嬉しくない来客だ。ところが意を決して振り向いた先には人影などひとつもなく、立ち並ぶ木から新たにはらはらと、目にも眩しいイチョウが宙を舞いながら落ちているだけである。しばらく止まっても誰かが現れることもなく気のせいだったか、と男の体から力が抜けて深い息を吐き出した。その、背後から。

 

――ずろり、と底の見えない影が手を伸ばした。

 

物音ひとつなかったがゆえ帯戸川は半拍反応が遅れ、姿をとらえる頃には既に、五cmも離れていない間合いの内に肉薄していた襲撃者が、男の腕の肘から先を骨ごと断ち切り、つかの間宙に浮いた死体袋を掴んでかすめ取っていた。ごとん、と鈍い切断音が帯戸川の耳の奥で鳴り、それから思い出したように切断面からもの凄まじい痛みが伝播して、鮮血が吹きこぼれた。

 

金色のイチョウ林を背にして、軽く死体袋を抱えなおした女は、噂通り銀の指輪を十本嵌めた長身に、透明なレインコートを纏っていた。顔の表情はキャップと、貼られたガーゼによって隠されており、翳った面差しの中で肌を覆う緋文字の列と、薄い茶の瞳ばかりがぎらぎらと輝いている。

「こ、の野郎┈!」

死体袋を取り返そうとして今度は逆に踏み込んだ帯戸川は、ガラスケースを手首に通したまま、右手の指四本を可動域の逆に折られて引っ張られた。枯れ枝を割るような音が響いてガラスケースが地面に落ちる。ぐらりとバランスを崩してたたらを踏んでしまったところ目掛けて、重い蹴りがみぞおちにめり込み、砲丸投げの球のごとき速度で吹き飛ばされた。樹齢を重ねたイチョウの幹を何本かへし折り、その振動によって振り落とされた目にも鮮やかな葉が、紙吹雪のように帯戸川の視界を遮った。

 

一瞬。まるで勝負にもならない、蹂躙をなした張本人もまた、吹き飛ばされた男に一足飛びに追いついて、足元から滲み出た影で帯戸川の体を完全に抑え込んでいた。郡上涼利の足の周囲、およそ半径一メートルには土でも折り重なるイチョウの葉でもなく、不透明な闇が可視化されて広がり、ぽかりと穴が空いているようにも見えた。そこからは幅広のリボンのようなものが数えきれないほど、ひとりでに動いており、そのリボンのような触手のような何かで、男の体はぐるぐる巻きにされて地に伏していた。リボン型の影には厚みがまるでなく、ペラペラとした質感である。その一本から真っ赤な液体が滴っているところを見るに、帯戸川の腕を最初にぶった切ったのも、おそらくこれだろう。

肘から先が欠損したという喪失感、バランスの歪み。切断面を焼けた鉄で炙られるかのような痛みに冷や汗を流しながら、彼は付け根から折られた右手で地面を探った。しかし、指の内部で、折れた骨がこすれる度に激痛がするばかりで、肝心要のガラスケースはどこにもないようだった。

(くそ、あいつの目さえあれば┈!)

痛みと焦燥感で、彼はつい先ほどまで頭にあったはずの呪物を献上して見逃してもらおうだとか、そんな考えは脳裏から吹き飛んでいた。男はなんとかして右手を起点に動こうとするも、それを目ざとく見とがめた硯が黒いローファーの踵で上から踏んづけたことによって、完全に動きを封じられた。

 

「おい、それ以上動くと達磨にするぞ」

道端の石に向かって話しかけるような、男のことを心底どうでもよいと思っているのが丸わかりの冷えた声音である。

式盗り。呪詛師の中でも恐れられる、指折りの凶悪な術師が己の真上におり、己の命運そのもが指一つに掛かっているという恐怖。得体の知れないものへの恐怖と、自分を踏みつけにしている人間への憤慨は、心底見下した涼利の声音によって帯戸川の身の内で一気に膨張して、理不尽な形で発露された。

 

木春(もくしゅん)何やってんだ、さっさと目を開けて俺を助けろ!お前をいくらで買ったと思ってるんだ!?」

最後のほうは何かを察した涼利の出した影が、咥内に突っ込まれてくぐもってこそいたが、それでも彼の所有する呪物が、その指示を耳にするには十分な時間であった。

「長男、その生首の目に穿血しろ!開けられる前に!」

 

 

 

涼利の硬い声音に、彼女よりわずかに遅れてイチョウ林に入った脹相は、先刻男が指を折られた痛みで地面に転がったのであろう、生首入りのガラスケースに、血でできた音速の弾丸を放った。御三家が一角、加茂家が誇る相伝術式―それも呪霊と人間の狭間に立つ彼が扱うものは威力、持続力、そして血に含まれる毒という点において、本家より数段勝っている。当たれば即死、掠めれば毒による死、音速を超えた血の弾丸を避けられるものなどごく限られている。呪術界でも、呪霊の中でも一握りの上澄みに入るその一撃は、無防備に転がっているガラスケースごと、生首の閉じられた生白い瞼ごと撃ちぬこうとして、

 

―ケースの手前五cmほどで、ぴたり、と止まった。

 

誇張ではない。弾かれたのでもない。深紅の軌跡を描きながら、最短距離で撃ち出された穿血はまさしく、その場で運動性を失って空中で停止していた。血液という、肉体の延長線上にあるものを使っている脹相は、己がたった今撃った穿血が何か、強制的に凝固させられて静止しているのだということは分かっていたが、何が原因でそうなったのかは理解できず、目の前のガラスケースの中で意思なく揺蕩う女の首を、不可解そうに睨んだ。

 

ちゃぷり、とごく淡い緑の液体の中で、「木春」と帯戸川に称された女の長いまつげが、ゆっくりと震えた。緑の波に揺られたがゆえではなく、ひとりでに震え、そうしてぱちり、と、その眼が開かれようとしている。

 

(┈まずい)

生首が目を開けようとしていることに気づいた瞬間、脹相の体は総毛だった。全身の産毛が逆立つような不快感とともに、呪物の呪肉体である彼の肉体は、全力で警告音を鳴らしていた。それに加えて涼利や、持ち主らしき男が発した「目を開ける」という単語。総括してこの生首が目を開けて自分を見た場合よくないことが起こる、と悟った脹相が、瞬時に体の周りに血で膜を作って、イチョウの木影に飛び込んだのと、女の目が静かに見開かれたのはほとんど同時だった。

 

最初に変化が起こったのは、いまだ空中で動きを止めたままだった脹相の穿血だった。鮮やかな紅色のそれは、生首に近い部分からたちまち灰色に転じたかと思うと地面に転がり落ちて、硬い音とともに砕け散った。ついで、涼利が死角から撃っていたはずの拳銃の弾丸二発も、同じように。そして地に叩きつけられたところからビキビキと轟音を立てながら放射状に、地面が、イチョウの木々が、宙を舞う木の葉一枚一枚に至るまでが灰色の透明な鉱物へと変化していた。血でできた弾丸より幾分か軽く薄い、ぱりん、という破壊音を響かせながら、風に浮くことすらできなくなった木の葉が連続して落ちてゆく。

 

 

–––緑と紫がグラデーションになったような瞳が液体の中でてらてらと光っていた。

 

女の眼にはおよそ白目というものがなく、ただ不規則に光を屈折する紫と緑が目尻の際まではめ込まれているばかりだった。その異形の眼差しの先、およそ二十メートルに渡って無機質で脆い鉱物へと変えられており、免れたのは光と空気、そして隠れることに成功した脹相のみだった。ぱりん、と。また灰色の結晶と化したイチョウの葉が崩れる。およそ現実とはかけ離れた、SFチックで荒涼とした世界は、恐るべきことに瞬きひとつで展開されていた。

 

 

 

 

 

 

 

「さすがは一級呪物、うちの居候には荷が重かった┈かと思ったけど無事で何より」

 

イチョウの影に身を隠した瞬間、細い腰に鞭のようにしなる影を回して強引に引っ張られた脹相は、密集した木々の間に頭をぶつけつつ、影でぐるぐる巻きにされた帯戸川の上でバウンドしてから、木の幹を蹴って着地した。成人男性一人分の重さがかかった男が、口をふさがれながら蒼白な顔で何かを口にした。もごもごという声量だけでもその悲壮さが伝わってきたが、悲しいかな、そんなことを気に留めてくれるものはこの場には一人もいなかった。

脹相の英断の証である、血の膜は完全に結晶となっており移動と着地の衝撃で崩壊して、ぱらぱらと彼の服にまとわりながら地面に落ちている。

 

「どこか石化したか?」

「爪先が若干石になった。動かしにくい」

脹相が足を振った。

「へえ。それ、中の足まで石になってるのか?それともブーツの表面だけ?」

「中まで石だ。重さはそこまでだが┈」

 

とっさに木の陰に入りきらなかった脹相の右足は、ごついワークブーツの先が灰色の鈍い鉱石になっていた。動かしにくいことには違いないのだが、むしろ重量としては生身の肉体より軽く、少し動かせば砕けそうな具合だった。

 

「そこはお前なら血で固めたらいけるだろ。あとは┈┈っと、危なかった」

涼利の足元に留まっていた影が一気に拡大し、二人の前面に壁として顕現した。影に遮られた部分を除いて、二人を取り囲む左右のイチョウ林は結晶の群れへと変化する。脹相は知らぬことだったが、光や空気は石化の対象外となるのが、あの呪物の術式であった。そして同じように、影という形のないものを石にすることは不可能だったらしい。秋の象徴のような金色の木立ちが、透き通った灰色に瞬きの間に移ろってゆく。

 

「あれ、いい術式だろ?適度に面制圧ができるからな、前々から狙ってたんだ」

「正気か?」

「もちろん」

 

涼利はきっぱりとうなずいた。その白皙には微塵の不安も浮かんでいない。依然として、剃刀の刃にも似た鋭利な空気に満ちている。

その時に、足元で転がされていた男が血の混じったつばを吐きながら影を口から外して、忌々しそうに声を荒げた。

 

「式盗りてめえ、俺を嵌めやがったな!おかしいと思ったんだ、久永の先読みの目を持ってるお前がいるのに、警備がそこまで厳重じゃなかった。お前、木春の術式盗むために、俺のことを生部野の連中に告げ口しなかったんだな!」

「そのおかげでお前は楽に死体を盗めたんだろうが。礼を言われることはあっても、文句をつけられる筋合いはないぜ」

 

けろりと、悪びれることもなく涼利はそう言い放った。

元来涼利が観測した未来の中で、実際に帯戸川が死体を盗難する確率はそこまで高いわけでもなかった。特に涼利が事前に生部野家に忠告した未来では、警備が厳重になったせいなのか盗難は行われず、そのせいで涼利が望んだ生部野家への「頼み事」は失敗に終わっていた。なので忠告は止めておいたのだが、そこへの違和感は男にも感じ取れるものだったらしい。

なおも喚く男に、涼利が拳銃を口にねじ込んで黙らせているのを尻目に、脹相は「久永」という聞きなれない苗字にと内心で首を傾げていた。郡上とは似ても似つかないし、彼女の出身の家柄なのだろうか。

おそらくは指輪で殴ったのであろう、鈍い殴打の音が一度響くと完全に男は黙ってしまい、顔に血しぶきがかかったまま、平然と蛮行を終えた涼利は手をはたいて立ち上がった。

 

「と、いうわけで手っ取り早く術式盗りにいくか。あとちょっとで生部野家の連中が来るから、その前に済ませとかないと」

「何が、というわけで、だ。この影だって有限だろう、俺たちを隠したままだと攻撃できないんじゃないのか」

「いや。これは禪院のそこそこ強い術師からかっぱらった術式だから、そこは問題ない。私との適合率も高いしな。ま、でもせっかくいい囮がいるから、使わせてもらおう」

 

涼利は、そういうとひきつれたような笑みを口の端に浮かべた。頭上には灰色の透明な結晶が群れなして屋根のように二人を覆っており、バカラのグラスを日光に透かしたときのような、複雑で無軌道なプリズムが、涼利の白皙を濃淡に彩っている。ぞっとするように悪辣な女は、幻想的な陽光に縁取られていっそう無機質に美しかった。

 

 

 

ややあって。主の命通りに視線が届く範囲をすべて灰色の結晶の林へと変貌させた呪物―木春の目がまた、一度二度、瞬いた。見渡す限りすべて脆い石に変わった、かつてのイチョウ林は見る影もなく。細い枝葉から順にさらさらと砕けて、風に散りつつあった。彼女には自分でガラスケースごと移動する機能はついていない。主君の命のままに、見える範囲を石へと転ずる術式を有するのみ、思考とよべるようなものすらほとんどないに等しい。その考えるには不向きな脳の中で敵の姿はなぜないのか、というところにぼやけながら行き着いたところで、その思考をかき消すように、人影が目の前を横切った。結晶を割る音が連続して鳴り、細かな欠片に肌を割かれながら転がってきた人影を、機能に忠実に、脊髄反射のように規則正しく石にすべく、木春の瞳がまた一度瞬く。

 

グラデーションの眼に一瞥された、ぐったりとした男の肉体は、地面につくよりも速く、きらきらと光る鉱物の塊へと変化した。そのスピードはやはりというべきか驚異的で、呪物自身に、それが己の主君だと判断できないほどだった。

 

その隙をついて、何もなかったはずの空間から飛び出した涼利は、木春の目が彼女を捉える前にガラスケースを引っ掴み、足元の影から形作った箱に放り込んだ。帯戸川を囮に視線を逸らし、ケースに手をかけるまで流れるような動作である。およそ略奪行為というものに慣れ親しんでいることがまるわかりの手癖の悪さであった。

 

そしてそのまま涼利はリュックサックに、影に包んだままの首をいれたところで、両者は同時に、足の裏から伝わってくる振動に目を見張った。

 

足の裏から内臓まで揺さぶってくるような物凄いものだった。その揺れに、結晶と化していたかつてのイチョウ林が、一気に崩れて透明で硬い宝石のような雨が凶器のように遅いかかってきた。脹相は血で、涼利は影で身を守ってもなお、跳躍した粒がひとつふたつと頬を掠める。

 

 

地震か、と勘違いしそうなほどの揺れが断続的に続き、そしてそれの発生源が地下ではなく何かが近づいてくる前触れであると気づいた瞬間に、涼利が一喝した。

 

 

「!脹相、一歩下がれ!」

 

 

 

 

 

涼利のよく通る呼び声に反応し、とっさに脹相が飛びのいたブーツの爪先を掠めるようにして赤色が走った。その音をも越すような、生き物には到底だせそうもない速さと、目を焼くがごとき鮮烈な赤さに、人間よりずっと研ぎ澄まされた五感を有する脹相ですら、動きに遅れたうすあかい軌跡しか目にすることは叶わなかった。

 

地面の上で、大きな残骸がいくつか残るばかりであった帯戸川の体はいきなり現れた闖入者によってさらわれ、その巨大な口にくわえられていた。それを何度も見たことのある涼利は平然として驚いた様子などまるでなかったが、脹相はそういう訳にもいかず、初めて目にする驚異的な生き物を半ば呆然と見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

–––巨大な蟲だった。

 

大きさにしておよそ、二階建てのバス程度だろうか。正面から見ている脹相にはその巨体の全ては映りきらない。彼の短い受肉してからの間に見た呪霊の中で、最も大きかった。頭部はアゲハ蝶の幼虫のように小さな触覚が生えた丸い形をしており、口に当たる部分で帯戸川を咥えていた。その下にカミキリムシのような細長い胴体と6本の脚、そして背中には半透明な翅が2対あり、僅かなはばたきの度に、呪力を纏った微風を巻き起こしていた。だが、最も特筆すべき点はそこではない。

 

 

 

赤い。緋い。朱い。赭い。あかい。あかい。

 

ひりつくほど、焦がれるほど、見るだけで燃え出すほど凶悪な赤が、醜悪な巨蟲の体表の隅々までを塗りつぶしていた。丹色、代赭、茜、蘇芳、緋色、辰砂、臙脂、真紅…あらゆる赤を表現するどの言葉でもない。焔より、薔薇より、てんとう虫より、温度計の水銀より、血より、濃く美しい赤色だった。触覚から翅先まで、その身の毛もよだつほどの赤色に均一に彩られており、生き物というよりオブジェのようなその呪霊が滑らかに動いているのはひどく不気味だった。蟲の体全体が脈打つっているような錯覚すら覚える。

 

–––これが、そうなのか。

 

 

 

「これが、赤尸…」

 

「の、成体な」

 

知らずのうちに脹相の口からこぼれた呟きに、訂正を加えた涼利は一歩前に出て頭上の遥か上に向かって声を掛けた。

 

「遅かったな。この山は生部野の庭だから、ちんけな死体泥棒ぐらい一発でお縄かと思ってたぜ」

 

その言葉に、アゲハ蝶の幼虫に似た頭部の目の辺りがぴくりと震えて、涼利の方を見下ろすような動きを見せた。帯戸川の体を何度かポキポキと音を立てて丸めた赤尸は、するりとそれを嚥下して涼利に顔を近づけた。醜悪かつ涼利の頭など一息で引きちぎれそうな顔を近づけられた涼利は、若干嫌そうに鼻に皺をよせた。

 

 

 

「–––はい。繭も今日は葬式の準備でごたついていたようでしたから、私たちに指示を出すのが思ったより遅れてしまいましてね。まずは講堂にいた弔問客をあらためる方が先決でしたし」

 

 

 

発された声は、滑舌のよい男性のものだった。朗々とした響きと張りのあるそれは、目を瞑れば人間が喋っているようにしか聞こえず、蟲型の呪霊から発されているとは到底思い難いほどの美声だった。控えめに言って、とてもイケてるボイスである。人間のものに似ているというか、人間そのものというか。目を背けたくなるような外見と渋いバリトンとの差は、シュールを通り越していささか気持ち悪い。

 

人語を解するとは聞いていたものの、辿々しい鳴き声のようなものを想像していた脹相はぎょっとした。ここまで流暢に人間の言葉を話せる呪霊はそう多くない。仲間内の漏瑚や真人がすらすらと話すからつい忘れそうになるが、本来呪霊で人間の言葉が話せるものは稀である。

 

そうして言葉を話せる呪霊は、大抵知能に加えて凶悪な力を持つものだ。この蟲もまたその例を免れないのだろう。

 

 

 

「あと少しで山を抜けられてしまう危険もございましたが、式盗り殿の力添えのおかげで沙凪の体も、下手人も捕らえることが叶いました。誠にありがたく存じます」

 

「私もその遺体に用があって来たし、そのついでに死体泥棒を捕まえただけだ。そう畏まってもらうことじゃない」

 

恭しく脚と頭を折り曲げて感謝の意を示した赤尸は、ふいに涼利の後ろに立っていた脹相を見咎めてぶよぶよとした赤の首を傾けた。その触覚もその動きにつられて揺れる。むっと濃さを増した独特の臭気に脹相は襟巻きを鼻までずり上げた。植物の青くささと腐敗臭、それからたっぷりとした血の匂いが渾然一体となって鼻を刺激する。ぽたりと口から粘液が垂れて、地面から煙が一筋上がった。

 

 

 

「おや、式盗り殿がお一人でないとは妙なこと。後ろにいらっしゃるおのこはお弟子様でございますか?」

 

「…いや。こいつは訳あって預かってる奴だ。家賃代わりに臨時で働かせてる」

 

「なるほど。ずいぶんと旧い血の匂いがいたしますな。加茂のそれに似てはいるようですが…」

 

またまた赤い頭がぐんにゃりと逆側に曲げられた。関節のない動物にしかできない、見ていて不安になるような動きだった。

 

       

「これは珍しい。混血でしたか。」

 

「余計な詮索はやめろ。それとも、お前たちの主人が探ってこいとでも命じたのか?」

 

涼利はぴしゃりときつい語調で赤尸の言葉に返した。

 

「失礼。我々も血を通じた呪いには縁深き身ゆえ、少々気になってしまいましたが、踏み入れるところを間違えたようですな。申し訳ない、式盗り殿の–––ええと」

 

「…居候だ」

 

「無礼をお許しください、居候殿」

 

 

 

こんどはぺこりと謝罪するように、赤尸は首を縮めた。最初の衝撃に慣れてくると心なしか人間臭く、しおしおとした調子にすら見えてくるのだから妙なものである。

 

マア、受胎九相図のように人間の胎を通して生まれてきたわけではないが、赤尸もまた人間の体内で育ち、呪いと血を与えられて誕生する呪霊である。脹相も人間や純粋の呪霊よりは近しい感覚を覚えていた。

 

別に構わない、と彼が答えると「それはよかった」と赤尸はゆうるりと目玉のような模様を細めた。

 

 

 

「貴方のことは私の同胞たちも大層気になっていたようですから…お気を悪くさせたなどとあらば、ねえ?」

 

 

 

ぶより、と。太い首が捩れるように回って、あたりを見渡す動きを見せた。つかの間、その同意の矛先が誰に向けられたものか分からず脹相は内心で一瞬首をかしげたが、毒入りの霧が引き潮のごとく遅い速度で晴れた先にあるものを見て、その疑問はたちまち氷解した。

 

 

 

『………呪いまじりの血の匂いだ』

 

『だあれ?あいつ。たべちゃだめかなあ』

 

『横にいるの、式盗りの小娘でしょう。何をしにきたのやら』

 

『■■■■、■■■?×%¥○*』

 

 

 

 

 

蠢いている。ささやいている。ざわざわと、うぞうぞと、金色のイチョウ林の樹の合間を埋め尽くさんばかりに、虫たちがぎっちりと集い、揃ってこちらを見ていた。目の前の呪霊と同じ、どぎつい赤色で濃密な呪力を纏ったものがちらほらと、それ以外はてんでばらばらの色をした虫型の呪霊たちが群れをなして2人を囲んでいた。赤尸らしきものたちが話す声が、物凄い密度の中で響き、それ以外にも虫たちの顎を鳴らすカチカチという音や、ブンブンと震える羽音が耳についた。空を見上げてもぱらぱらと翅のついたものが飛び回っている。ひとつの隙もなくどこを見渡しても、虫、蟲、むし…。足元にごく小さな蠅頭が近付いてこようとしたのを、脹相は反射で潰そうとして、涼利がその手をはたいた。

 

 

 

「一体いつまで。お前たちは無駄話をしているつもりですか?」

 

 

 

その沈黙と喧騒の合間を割いて、凛とした女の一声がざわめきを鎮めた。空を舞う虫の群れがさっと二つに分かれて、1匹の赤尸が上から降りてきており、これまた真っ赤な複眼が涼利ともう1匹の赤尸をきつく見据えていた。こちらはかなり蜂に近いフォルムで、その大きさと、胸部からカマキリのような腕と、尾からサソリに似た長い針が突き出していることを除けば、従来の蜂とそう変わらない。青空を背景にその体色も眩しく飛ぶ赤尸は、不機嫌そうに低い羽音を立てていた。

 

 

 

「おやおや。無駄話とは手厳しい。もう下手人は捉えたのですから、少しばかり世間話でもしたところで、支障などありますまい」

 

「立派な支障です。我らの当主がお呼びなのですよ?一分一秒でも早く繭さまの下に下手人の骸と沙凪さまのご遺体、式盗りを連れてくるのがお前の責務です。この遅れを支障と呼ばずしてなんだと?」

 

「さて?余暇とでも呼んではいかがかな」

 

とぼけたようなイモムシ頭の赤尸の言葉に、蜂に似た赤尸が苛立たしげに舌打ちのような音を立てた。ちなみに蜂に発声器官などないので、一体どこで舌打ちをしているのか甚だ不思議である。

 

「戯言を………お前もです、式盗り。まさか沙凪さまのご遺体に手などつけていないでしょうね」

 

「まさか。ご当主の立ち合いもなしにそんなことするかよ」

 

「…でしたら他に言うことはありません。北の屋敷で繭さまがお待ちですので、お早く」

 

 

 

くるりと空中で向きを変えた蜂型の赤尸は、最後にちらりと脹相を見るとあっという間に高く澄んだ天を飛翔して見えなくなった。真紅の翅が小刻みに羽ばたく残像が蒼穹にかすかにのこり、やがてその軌跡もすぐに消えた。あの巨体をどうやってそれほど速く動かすのか首を傾げそうな速度である。その赤尸が去っていったのを皮切りにほかの蟲たちもぞろぞろと動き出し、山ごと動いているかのような振動で地面が揺れた。

 

 

 

「…やたらきつい物言いの赤尸だったけど、私あいつに何したか?会った覚えがないんだが」

 

「はて、どうでしたかな。あれの宿主が式盗り殿とお知り合いかどうかは私、とんと存じ上げませぬが…。あれも少しばかり可愛そうな蟲でして」

 

 

 

地面から死体袋を拾って肩に担ぎ上げながら涼利がイモムシ頭の赤尸に問うと、ふむ、と赤い呪霊は言葉を切り、その艶やかなバリトンボイスがほんの僅かに笑みの色を含ませて、低くうっそりとつぶやいた。

 

 

 

「あやつは生まれるときに、自我が混じってしまったようなのですよ。私のように完全に記憶を継いだわけでもなく、はたまた完全に喪ったわけでもない。中途半端に混じって自分が分からないから、ああいう物言いで周りを威嚇するほかにない」

 

 

 

–––どうかあの哀れな蟲の無礼を、許してやってくださいまし、式盗り殿。

 

 

 

くふ、と末尾にどこはかとない喜色の滲んだその言葉に、涼利は呆れたような顔をして死体袋をもう一度しっかり抱え直すと、その言葉には反応しないまま黙って山の斜面を登り始めた。虫の大群が動く音にほとんど消えそうな声量で、彼女が「気ッ色わる」と吐き捨てるのが、脹相の耳に届いたけれど、どうやら聞こえたのは彼のみのようである。脹相もわざわざ指摘するような物好きではなかったので、積もったイチョウの絨毯を爪先ですこしだけ蹴り上げるようにして、足を動かした。先程まで灰色の石と化していた右の靴は、もう皮をなめした黒色に戻っており、秋の光を跳ね返してぴかぴかと光っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

急な山の斜面を引き返していき、また5分ほどで着いた先はさっき出てきた屋敷とはまた別の建物の群れであった。寝殿造のようだった先程の屋敷とは違って、ところどころ現代風のコンクリート製のシンプルな棟がひとつとガラス張りの温室が混ざっており、和洋も古典も近代もまぜこぜな研究施設といった雰囲気である。その広大な庭先には、揃いの喪服を纏った人だかりがあった。集まった生部野家の家人のひとりがはっとしたようにこちらを見、おそらくは涼利が肩に担いでいる死体袋を目にしたのだろうか、ほうっと安堵した様子で胸を撫で下ろし、その空気の弛みは瞬く間に伝染した。弓を張るが如く緊迫していた雰囲気があっという間に霧散してゆく。

 

 

 

 

 

集まっていた家人たちも他に葬式の仕事があるのだろうか、死体が見つかったのなら一安心だと言いたげに、足速に何人かは人だかりから離れていった。そうして最初に脹相と涼利、それから周囲を取り囲むように歩く赤尸たちに気づいた家人が、駆け足で玉砂利を踏みながらこちらへと向かってたもので涼利も死体を渡そうと肩から下ろしたところで、声がかかった。

 

 

 

「式盗り、ご苦労様。叔父さまの遺体はご無事?」

 

幼く甘い、それでいてひとつも舌足らずさのない声だった。水笛を鳴らすような透明で軽やかな響きが、りんと広い庭を吹き抜けて聴くものの鼓膜を揺らす。

 

 

 

見やれば人だかりの奥からちょうど、背の低い人影が出てくるところで、涼利がその人物に向かって頭を垂れた。人影は声の通りにまだうら若い少女である。否、若いどころではない。未だ12、3歳、多めに見積もっても14には届かないであろう容姿だった。それでいて『未完成』という印象はまるでない。欠けたところも、過剰な部位も見当たらず、その少女はその幼さにして既に完成しきっていた。葬式には不相応な、真紅の地に蚕の成虫が飛び交う振袖に黒い帯をしめ、虫の入った琥珀の帯留めをつけていた。この年で着るにはいささか大人びた意匠だったか、一分の隙もなく少女は着こなしている。腰ほどまで伸ばした黒髪が歩くたびに右、左と揺れ、動きに合わせて天使の輪が複雑に形を変えた。

 

–––生部野繭。この山に住まうものたち全てを統べる、小さな女王がその姿を現していた。

 

長い睫毛に縁取られた、淡い金色の瞳がぱちりとまたたく。この家の人間らしく、青ざめて血の気の引いた頬がすこしだけ持ち上がった。

 

 

 

「ご当主、ご無沙汰しております。犯人は遺体にまだ手をつけていないようでしたが、私は何分ご遺体の元の状態を知りません。ですので遺体の状態は、今からご確認していただこうかと」

 

涼利のいやに丁寧な言葉遣いを初めて耳にした脹相は、珍獣でも見るような目で涼利を見た。郡上涼利は敬語が使えるのである。よく意外だと言われがちではあるが。

 

「繭、気配からして体内の呪霊は未だ中に留まっているようです。また我らが到着してから、式盗り殿が死体から術式を剥がしたこともございません」

 

「そう。報告ありがとう。ええと、それで下手人は、お前がもう食べてしまったのよね」

 

涼利が疑われていると思ったのか、口を挟んだイモムシ頭の赤尸に頷いてみせると、繭と呼ばれた幼き当主は小首を傾げた。間違いなく人の姿をしているのに、その動作には先程の赤尸を思わせる無機質な柔らかさがある。くにゃ、という音が聞こえてきそうな風だった。

 

「ええ。もうすっかり消化して…いや、足の一部でしたら腹の中にございますよ。吐き出しましょうか」

 

「結構よ。一応はお客様の前なのだから、汚い真似はよしてちょうだい」

 

 

 

しっしっと周りで所在無げに立つ家人たちに散るように命じた繭は、ふいに目線の合った脹相に、にこっと微笑んでみせた。その蕩ける蜜のような笑みに脹相はどう反応するのが正解なのか分かりかねて、しょうがなく頭を浅く下げた。

 

「式盗り、しばらく見ないうちに弟子をとったの?あなたのような方が師匠だなんて、ふふ、似合わないこともあるのね」

 

「違います。さっきも同じことを聞かれましたが、こいつは弟子じゃなくて預かってる居候です。私だってこんな太々しい弟子、ごめん蒙りますよ」

 

涼利は嫌そうに鼻に皺を寄せた。

 

「恋人って聞いた方がお好みだった?」

 

「下衆な勘繰りはやめて下さい。いくつですか、貴方」

 

「12よ。もうすぐで13になるけど」

 

 

 

少女はおかしそうにころころと笑った。幼くして凄絶な美しさを湛えた玉のごとき美貌がふっとゆるみ、年相応にあどけなく、可憐な花が咲き乱れるようなものに変わる。

 

何らも纏う空気もまるで違うが、付き合いが長いのか、気のおけないやりとりを当主とぽつぽつ交わしていた涼利は、脹相をあごでしゃくって挨拶するように促し、特に言うこともない青年は「どうも」と頭を下げるにとどめた。

 

 

 

「居候の『長男』だ」

 

涼利が雑に付け加えた補足に、可憐な当主は驚いたように、小さい手で口を押さえた。

 

「む。ということは次男もいるの?」

 

「…俺は9人兄弟の長兄だ」

 

「あら、少ない。私35人兄弟の14番目よ?最近は少子化が進んでるって聞いたけど本当のことだったのね…」

 

 

 

大事な兄弟の人数をむっつりとした口調で脹相が訂正すると、繭は可愛らしくうっそりと微笑んだ。脹相の中にインプットされている知識ではどう考えても9人兄弟のほうが35人兄弟よりいる確率が高いと思いはしたのだが、何となくそれを言い出すことはできずに彼はそれを飲み込んだ。「多産多死」なぞとぼそりといった涼利を咎めたものはいなかったが、おそらくはそういうことなのだろう。

 

そうこうしているうちに、とりあえず死体を一端棺に移し、それから術式の引き渡しをしようということになって一同は、館の中へと移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じじ、と安物のジッパーを下げて出てきた死体は欠けたところはなく、青ざめてほんのりと独特の匂いが鼻をついた。そしてやはり、生部野家の誰もがそうであるように、全く同じ顔をしている。すっと通った鼻筋、シャープな二重瞼、色の薄い唇。その顔をじっと見る繭の顔とは僅かな性差や加齢を除いてほとんど同じつくりで、彼女が同じ年、同じ髪型、同じ服であれば、きっと見分けがつかなかったことだろう。まるで、鋳型を使って作られた人形のようであった。瞼をこじ開けずとも、その先には全く同色の金の目があることを、涼利は既に知っていた。

 

 

 

「大丈夫そうね。欠けもないし、蟲も中にちゃんといるみたい」

 

少女は満足そうに頷いた。

 

家人の手によって無粋な死体袋をすっかり取り払われると、また別な家人によって遺体は用意されていた棺に入れられた。だらりと花に埋もれながら伸びた手足は短くはないがそこまで長くもなく、男のものにしてほっそりと華奢である。うっすらとした死臭にまじって、ファンデーション(菜々子がつけているものより匂いがきつかった)のような香りも漂っていた。

 

 

 

「そう言えばご当主、亡くなったと聞いて、てっきりご病気か怪我と思ってましたが」

 

手持ち無沙汰に死体をジロジロ眺めていた涼利が何気なく、いつもどおりの淡々とした声音で口を開いた。クーラー風の音に紛れることもなく、マイクによる合成をかけてなおその声は低く通っていた。

 

「自殺だったんですね、この方」

 

平然と、晩御飯の献立でも言うような調子だった。

 

び、とその指が指す先は遺体の喉元であり、たしかに濃く塗られた死化粧でも完全には隠せていない、うすらとした細い刺し傷のようなものが見え隠れしている。

 

「こういうのって『犯人は貴方だったんですね』って言うシーンじゃないの?コナンでよく見たわよ」

 

「…ご当主コナン見るんですか?」

 

「ええ。すごく些細な理由で殺人する人が多くて面白いから好きよ、あれ」

 

 

 

あきらかに普通の12歳がしないやり方で名探偵コナンを楽しんでいる幼い当主を、蝉の抜け殻を欲しがる幼児を見るような目で見下ろした涼利は、微妙な端末を振り払うように咳払いをひとつした。

 

 

 

「貴方たちはどうあれ血族を殺しはしないでしょう。せっかくの赤尸の苗床であるのですから、殺すには勿体なさすぎる」

 

 

 

50年という長い時間と宿主の苦痛をかけて作られる赤尸は、それゆえに並の呪霊とは希少価値も戦闘能力も一線を画している。宿主が50を超えずに死ねば、赤尸は決して生まれず、中途半端に強く生部野への忠誠心を持たない呪霊があとに残るのみ。それゆえに生部野家は、赤尸を生み出す可能性そのものである同族を重んじ、身内殺しはいかなることがあろうと禁じられている。生かさず殺さずの手段が山ほどあるだけ、とも言うが。

 

 

 

「まあ、そうよね。叔父さま、1週間前だったかしら、それくらいの時に亡くなられてね。朝食の席に来られなかったから呼びに行かせてみたら、お部屋で喉を突いてたみたいなの。見たところ結構長く苦しまれたみたいだけど、誰も気づかなかったらしくて。残念だわ」

 

「へえ。おいくつでしたっけ。30?」

 

「ううん、今年で31のはずよ。大体あなたのお師匠さまの3つ上の先輩なんだから、それぐらい覚えておきなさいな」

 

 

 

 

 

 

 

繭のやんわりとした何気ないその言葉に、涼利は内心でげ、とため息でも吐きたい気分になった。その名前はここ一年で若干嫌いになりそうなんですよ、と言うわけもなく、涼利はため息を飲み下す。

 

今回訪れた表向きの目的である、術式の買い付け。その持ち主である故人–––「生部野沙凪」は涼利の恩師、夏油傑の高専時代の先輩である。とは言っても涼利自身、ほとんど話したこともない関係で、以前に一度だけ夏油に連れられて生部野家を訪れたときも、彼と故人が仲睦まじく歓談していたような光景も見なかった。ようするに、ほとんど他人に近い人間でしかない。顔は生部野家の特有のそれでしかないので覚えづらかったし、覚えているのはよく言えば謙虚な、悪く言えば卑屈そうな印象のみである。

 

 

 

 

 

 

 

『夏油くん…ほ、んとに呪詛師になったんだねぇ………』

 

 

 

ただ、ちょっぴり吃音混じりの細い声で、憐れみなのか寂しさなのかわかりにくい感情のこもった言葉に、涼利は少しばかり驚いたものだ。そこには呪詛師ではない夏油傑を知るものにしか出せない、生ぬるい温度があり、それを受けた夏油が困ったように笑っていたものだから。

 

 

 

どうして高専所属の呪術師から呪詛師になったのだろう、とその当時は彼の行動に疑問しか湧かなかった。いや、今の涼利でもそれは謎のままだ。涼利は今では、夏油が呪詛師になるに至った経緯をとある筋から聞いて概略は知っている。知ってなお、どうしてそうなったのかは全く理解ができなかったし、これから理解する日もこないだろう、と思った。ある種の正しさや理由を重んじた夏油と、物事を自分本位に測る涼利では物事の見方があまりに違うから。

 

結局そのあと、高専時代のことを夏油に聞いてもにこにことはぐらかすだけで教えてくれることはないまま彼は死んだので、涼利はついぞ師が何を思って生きる世界を180度変えるに至ったのか、真の意味で知る機会は未来永劫ないわけである。

 

 

 

 

 

 

 

脹相と繭、そして幾人かの家人たちが見つめる中で、棺に眠った沙凪の、死装束の袷から覗く肌を、赤い文字が群れをなし移動してゆく。それだけではなく、爪先から、耳から、手の先から。体の先端部分から徐々に中心へと寄り集まり、それらは最終的に、故人の胸の上に置かれた涼利の掌へと吸い込まれていった。

 

その光景を見下ろす涼利の白い頬には、微かな赤い光が照りはえて、点々と煌めいている。

 

 

 

 

 

 

 

(…あの寄生虫は知ってるんだろうか)

 

記憶だけではなく、想いまでも。そんなことが頭をよぎって、不愉快な気分になった涼利は、赤く鈍い光を纏う文字列が、故人の青い肌から自分の手のひらに完全に移動し終わったのを見計らって、その手を離した。死からそれなりの時間が経っているはずなのに、ごく微かな弾力性を持ったそれがしっとりと離れるのを惜しむように張り付くのを振り払う。そうして、己の肌に移り住んだ術式へと、最初の呪いの言葉をかけるために口を開いた。

 

 

 

「–––今からお前の名は、『傾秤呪法』だ」

 

 

 

その短い宣言とともに、涼利の肌の上を動いていた赤い文字の群れは「傾秤」の2文字へと形を変えて、やがてその光は途絶えた。涼利から新しい名前という呪いを与えられたことで、術式の所有権は故人である生部野沙凪から郡上涼利へと移行し、涼利が許可しないかぎりその関係は揺らぎのないものとなる。

 

 

 

そのまま指輪のひとつから拳銃を取り出すと、一度二度とくるくる回して、後ろにいた脹相を呼びつけた。これ持ってみろ、の言葉に彼は訝しげな顔でひんやりとした銃口を握り、そして涼利の手が完全に離れた瞬間に、青年の肘から先の腕がかくん、と勢いよく下がった。手のひらから落ちた拳銃は床にめり込み、畳の繊維が深く裂けている。

 

 

 

「約束通り、『重さへの干渉』の術式で間違いない。重量の上限下限はこれから調節していくとして…」

 

「おい、俺を実験台にするな。せめて一声かけてからやれ」

 

 

 

不機嫌そのものの顔で脹相は落ちた拳銃をもう一度、今度はしっかりと力を込めて持ち上げると、半ば放り投げるような形で涼利に銃を返した。その重さは外見とは裏腹にあり得ないほどの重量を兼ね備えており、両手で持ち上げても軽々と振り回すことは難しく、およそ30kg近くあるのではないだろうか。涼利が受け取る時には、ぱし、という軽い音しかしなかったので、脹相はますます眉間の皺を寄せた。この女、自分が受け取るときだけ銃を軽くしやがったのである。

 

 

 

「私、こうして貴女が術式を取るところは初めて見るから分からないのだけど。ええと、叔父様のご遺体はもう必要ないのかしら?」

 

まろい頬に手を当てた繭の問いかけに、涼利は首肯した。

 

「私が死体に術式を返却したいだとか思わない限り、特にそういうことはないかと。ちなみに生部野は火葬ですか?」

 

「うちは土葬よ」

 

「ふうん。じゃあまた、今日みたいに死体が盗まれないよう気をつけておかないといけませんね」

 

 

 

警告というほど重々しさのない涼利の言葉に、繭がぷっと吹き出した。真紅の振袖でちいさな口を覆って、けらけら、くすくすと笑いを堪えようとして失敗した高い声が漏れ出し、がんぜない子供を見るような金の目で涼利を眺めている。

 

 

 

 

 

「うふふ、あは、あるわけないでしょう、そんなこと。この後のオークションで、叔父様の体内にいる未完成の赤尸は取り出して売るんだから。術式を奪われ、赤尸も失った死体に狙われるほどの価値はないわ。そうじゃなくて?」

 

 

 

まるで悪意のない声で、それでいて故人を踏み躙るかのようなことを呟いた繭は、優しげな手つきで棺に横たわる沙凪の髪を梳いた。男の黒い髪はすでに艶めきを失い、少女の手が行ったり来たりするたびに何本かが頭皮から離れて繭の手に絡み付いたが、少女はまるで気にも止めなかった。

 

 

 

「…私が言えた義理はありませんが、人間の体に本当に興味ないですよね、生部野家って」

 

「人間の体ほど不完全なものはないもの」

 

どことなく冷たい色をした声でぽつりと返した涼利は、後ろで憮然とした顔で立っていた脹相に近寄り「内密の話があるから先に講堂に戻っといて」と耳打ちした。青年が無言で障子を開けて退室すると、部屋の中にはクーラーの稼働する音以外が消えて、ひそやかな無言の空間が生じた。

 

 

 

「貴方たち、悪いけど席を外してちょうだい。この人、聞かれたくない話があるみたいだし。そろそろオークションの準備なんかも始めるよう言っておいて」

 

涼利が脹相を下がらせたことで何かを察したのだろう。少女当主の言葉に、部屋の中で控えていた家人の2人が困惑した様子で顔を見合わせたが、年齢は親子ほど違えどもそこらへんの命令系統は叩き込まれているらしく、2人は繭と涼利の両名に頭を下げて部屋を退出していった。武術に明るいもの特有の、無音に近い足音が板張りの廊下を早い歩調で遠ざかれば、少女は「さて」と涼利に向き直った。

 

 

 

「人払いするほどのお話、一体なにかしら。叔父様のご遺体を取り戻してくれたことに感謝はしてるけど、術式の買い取り金額を下げたりはできないわよ」

 

うちの財政、そこまで余裕ないもの。冗談めかして笑ってこそいるが、繭の目の奥はちらりとも笑っていない。むしろ昆虫の複眼を覗き込んだときのような、無機質で鋭利な光が宿っている。

 

涼利は息を吸った。スーツの中、運動でわずかにしっとりとしたシャツが膨らみ、またしぼむ感触が肌を伝った。

 

 

 

「いえ、そこではありません。ご当主にお願いしたいことは他でもない、呪具の貸し出しです」

 

「呪具?うちの宝物殿の?」

 

「はい」

 

 

 

涼利は顎を引いた。ここで交渉が決裂すれば、涼利が渋谷で行う計画はほとんど勝ち目がなくなってしまう。貸し出しを了承してもらうためだけに、わざわざ犯人のことを事前に告げず、自分で捕まえて引き渡すなどという七面倒くさい手順を踏んで、今に至る。かけた労力とこれからのことを考えても失敗は絶対に許されない。

 

指輪をつけた手を膝に置いて、自分より遥かに小柄な当主に頭を垂れ、郡上涼利は短くその武器の名を紡いだ。

 

 

 

「–––天沼鉾。貴方がたの有する特級呪具の内の一つを、どうか暫くの間、有償で私に貸しては頂けないでしょうか。お願い致します」

 

 

 

滅多に見ることのない呪詛師の、帽子に包まれたつむじをじいっと見る生部野の現当主の視線は口元とは裏腹にきん、と冷えていて、道端の石ころを眺めるような様子であり、繭はしばらく黙ったまま一言も発さなかった。そのまま時計の秒針が一周するか、しないかというときになってようやく、当主は結論を下して、その口唇を小さく空けた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

「五百万!五百万より上の方はおられませんね?それでは神島さま、落札でございます!」

 

興奮しきったような、上ずった男の声に、猪野の閉じかけていた瞼がばっと勢いよく開いた。別段、それまでだってはっきり開いていたわけでもないが。彼のちょっぴり厚めの瞼は、この一時間近く、一センチ閉じたり開いたりを繰り返してきた。

瞼をこすりつつ辺りを見渡してみれば、オークションが始まった当初は台の上にのせられていた3つの檻は一つに減り、その最後の一つもまた高そうな喪服を着た老人に手渡されるところだった。

 

「┈そろそろ終わり、っすか?」

「今しがた終わったところさ。おはよう猪野くん、よく眠ってたね」

 

揶揄の意図がたっぷり込められた言葉に、実際寝かけていた猪野は言い返せず、いやあ、と照れ笑いで誤魔化しながら頭を掻いた。その時に、ちょっと離れたところで、どうっと笑い声が上がり、一時間ほど前まではしんとした追悼の沈黙に静まっていた講堂も、すっかりその面影をなくしていた。

二人のいる講堂ではすでに葬儀は終わったあとで、火葬場への移動や骨拾いもないので、葬式のみに参加したものは少数だが出ていったものもいた。ではなぜ多くの弔問客が残っているのか、と問えばその目的はひとつ。「オークション」である。

 

先だって説明したかもしれないが、生部野家の人間は例外なくその体内に呪霊を3体飼っている。これを成長とともに体内で殺し合わせ、だんだんと強い呪霊を育てていくわけだ。その中で宿主が50まで生きれば、セキシと呼ばれる特別な蟲型の呪霊へと成ることができる。では、できなかった場合はどうなるのか。

この場合、体内の呪霊は規定量の血液を摂取しておらず、50年という定められた年数を生きていないために、相伝術式「賜血脈縛」の対象から外れてしまう。それどころか、中途半端に生部野家の血液を持っているために逆に相伝術式への耐性を獲得し、知性や言語能力も著しく低い呪霊が3体残ってしまう。生部野家にとっては、このようなセキシのなりそこないを飼育する義理もメリットもないため、殺すかあるいは他所の家に売り出すことにしていた。

 

この未完成のセキシは、生部野家では恥以外の何物でもなかったが、一歩山から出れば評価は覆る。言葉を話せずとも、指示を聞くことは可能で、能力もそれなりに高い。なにより名門生部野家で作られた蟲毒だというだけでステータスには十分で、使役する呪霊として一定の人気があった。なのでこうして、普段外部との接触を断つ生部野家では、家人が50を迎えずに死んだ際には外部からの客を招いて葬儀を執り行い、そのあとに故人の体内の呪霊を取り出してオークションにかけているわけである。

 

最後に「神島」と呼ばれていた家が競り落とした未完成のセキシは、最初に遠目に見えた二体とは異なって暴れることもなく、ぐったりと眠ったように檻の中でとぐろを巻いている。後部にいる猪野からは、それが果たして芋虫なのかゲジゲジなのかなんなのかはっきりとは見えなかったが、目測でも2メートルはありそうな長い蟲ということは分かった。受け取った喪服の男がよろついている。 

 

「ではこれにて、最後の呪霊の売買が成立いたしました。本日は我が生部野家までご足労いただき、誠にありがとうございました」

 

壇上でオークションの司会を務めていた、やはり同じ顔をした二人の男の内のどちらかがそういうと、弔問客たちもぱらぱらと立ち上がって講堂の入り口へと向かい始めた。そうでないものは、呪霊を競り落とした家の者に向かってなにやら難癖をつけていたり、薄笑いを浮かべながら談笑したりしている。腕の時計(七海から譲ってもらうまでの代替品、と猪野は考えている)を見れば、予定されていた終了時刻からは結局40分近い遅れがあり、講堂の入り口から覗く空は茜色に染まりつつあった。

 

「で、冥さん。どうするんすか。結局式盗りとか言うやつ、講堂に戻って来ませんでしたけど。もう帰っちゃったんですかね」

「どうだろうね。私が生部野家に頼んで止まらせてもらっていた烏のうち、一羽は落とされたけどあと四羽とも門から出ていったところは目撃していない。多分まだいると思うよ、それもすぐ近くに」

「え?でもここらへん冥さんの烏、いないですよね。なんで分かるんすか?」

 

猪野がきょろきょろ見上げても、あたりの木々や屋根の上にも、あかね空に映える濡羽色の鳥たちは見当たらない。彼女の操る烏たちとて、その視界は有限だ。いない場所のことなど分かるはずもないのに、その口調はやけに断定的だった。

 

「分かるさ。あの子は烏の視界のくぐり抜け方を知りすぎているから、絶対に烏から見えない場所をたどっていけば逆に見つけられるんだ。―ほら、いた。あそこだよ」

 

何時間も待っていたことが馬鹿らしくなるくらいにあっさりと、指さされたところには、スーツ姿の女が人混みの中を起用にすり抜けていくところだった。あと少しで門をでてしまう、というところで、武器を構えるでもなくごく普通に「式盗りくん」と呼んだ冥々の声に、その女が振り返った。

 

物凄く嫌そうな表情を浮かべた、年齢の分かりづらい女性、というのが猪野の第一印象であった。それ以外、言われていた通りのレインコートにピアス、キャップに銀の指輪と、条件は合致しているのだけれど、どうにも印象に残りにくい感じがぬぐえず、ぼやけた輪郭をしている。大抵の人間はどこかしら特徴を持っているというのに、その女の顔にはそれがひとつもなく、日本人女性の顔を足して割った平均値のような、不自然で人工的な平凡顔だった。

どこにでもいそうな、誰でもない顔をした人間。当初のイメージとはかけ離れたうすら寒い雰囲気に、猪野はわけもなく気圧された。

 

「久しいね。一緒の仕事をしたのはもうずいぶんと前のことだけど、また顔を変えたのかい?」

「そういう呪具なんだ。私が変えているわけじゃない」

硬い、機械音声が、女のつけたマイクから流れ出した。きいん、というハウリングが細く響いた。

「さっき君に撃たれた子がずいぶん怯えていたよ。まったく、慰謝料を請求しようか考えてしまったじゃないか」

「あの烏は私に撃たれたことで、これから呪術界でレインコート着た人間に近づかない方がいい、という教訓を得られたんだぜ。こっちこそ勉強代として金払ってほしいくらいだ」

 

 

言葉尻はきつかったが、ある程度互いに馴染みがあり、そのうえで警戒心が底に見え隠れしている口調だった。高専では誰ひとり、冥々にこんな口のききかたをするものはいないので驚き半分、恐さ半分という心持ちで式盗りを見ていると、おそらくは猪野よりも高いであろう身長の彼女は興味なさそうに彼を一瞥してから、目をそらした。

 

「しかし、冥さんが生部野に来るとは珍しいな。烏の餌でも買いに来たのか」

「いいや?ここの蟲毒を食べられるほど私の烏は悪食じゃない。今日は、君がここに参加するという噂を聞いたから来たまでだよ。君は、高専からの容疑がかかってるからね」

 

その言葉に、涼利はつかの間黙った。そうして一度、ばかにしたような息を吐いた。琥珀色の、一重まぶたに嵌まった眼球がじろり、と冥々を睥睨する。

 

「ふうん。あんたが知っての通り、私は呪詛師だ。残念なことに高専に追っかけられるような容疑なら手足の指より多く思い当たるんだ。どれだ?八咫の鏡の贋作ばらまいたやつか?」

「そうじゃない―というかあれ、君だったのかい。知らなかったよ。いやまあそこではなくてね、先日高専で行われた交流会のことだよ。残念ながら呪霊の乱入で一時中止にはなったが、君はあの場にいたんじゃないのかな。少なくともそういう容疑がかかっている」

「私がその呪霊とやらとつるんで、襲撃に参加したと?」

「そういうことだね」

 

纏う雰囲気が両者ともに鋭くなり、その剣呑さに帰りゆく弔問客たちが面白そうに眺めながら去って行き、中には写真を撮ろうとしたものもいたが、なぜかシャッターを切ることができず不可解そうに首を傾げていた。涼利はここに至ってもあっけらかんとした様子で、追い詰められた犯罪者のような焦った素振りはまったくない。

 

「私の残穢でも見つかったか?」

「まさか。君は証拠を残すようなへまはしないだろう。ただね、現場では残穢のない帳や霧といった例がみられているほか、東京高専周りの事件でも残穢が一切残らない犯行が相次いでいる。さすがに複数人も残穢を消せる呪詛師がいるとは思い難いし、それにしては使われた術式が一切被っていないのもおかしい。そして会場にいた私の烏の目を犯人は搔い潜っていた。この三つを満たせるのは呪詛師界隈広しと言えども、君くらいだ。どうかな、式盗りくん」

 

冥々の、艶やかなルージュに彩られた唇が面白そうに、その両端が持ち上がった。うつくしく、凄絶に。対する涼利はじっと冥々から視線を外さないまままばたきもせずに見つめ、やがて「とくには」とだけ言った。涼利のショートヘアが、ゆっくりと傾き始めた太陽を背にして、濃い橙の光の粒を帯びて、ちかちかとひかめいた。

 

「やってないことに反論と言われてもな。要するにあんたのそれは消去法だ。明確に私がやった証拠もないのに容疑かけられたら困る。その年で呆けてもしたのか、冥さん?」

「ふふ。珍しいじゃないか、らしくもない安い反論だ。普段ならこういう時はきっちりアリバイ工作までするのが君なのに」

 

あくまでも容疑を否認する涼利と、追求の手を緩めない冥々の間にはきっかり3メートルほどの距離があり、両者ともにその距離を縮めようとも、広げようともしていない。それは互いへの信頼ゆえではなく、冥々の背中にある大斧の届く間合いであり、涼利の指輪が格納する槍や鎌や長刀が確実に当たる範囲であった。二人とも武器を構えすらしていないが、その距離を保っていることこそ、黙した開戦の暗示である。

 

「交流会って9月の■□日だろ。その日なら一日家にいたけど、これじゃ不満か?」

「ああ。その反論には残念ながら君にかかっている容疑を跳ね除けるほどの―」

 

―価値は、ないね。

 

一瞬で大斧が涼利の首の皮一枚のところに迫り、彼女の耳は確かに死がうなりをあげてやってくる音を捉えた。冥々の持つ、研ぎ澄まされた武術は勢いよく、よどみなく涼利の首を刈り取った。間違いなく、猪野はその未来を確信したところで、涼利の体がふっと消え、斧は空を切った。傍で黙ったまま事の成り行きを見ていた青年も同時にその姿を消していた。

「えっ?」

何か体を見えなくする術式なのか、それとも遠距離の瞬間移動なのか。どちらにせよ先ほどまでいたはずの門前には、スーツ姿の呪詛師はどこにもおらず、暮れ方の空の下で帰ろうとする人込みがあるのみだった。 

 

「やられたね。あの瞬間移動は貴重だから、そうそう使わないと踏んでいたけど、わりとあっさり撤退を選んだ。多分あれ以上喋るとぼろがでそうだから、だろうけど。憂々の術式を出しにして聞き出せばよかったかな」

 

冥々は斧を携えたままちょっとばかり首を傾げた。その顔には珍しく薄笑いが浮かんでいなかったけれども、それも一瞬のこと。にこ、と笑みを取り戻した彼女は猪野を振り返ると、困ったような顔を作ってこう尋ねた。

 

「どうだろう猪野くん、夜蛾学長、代金を返せと言ってくると思うかい?」

「いや、俺には分かんないっすね┈┈」

 

 

 

 

 

 

どご、と鈍い音を立てて、静岡県にある私鉄の駅のコインロッカーから転がるように、人影が二つ飛び出てきた。大きなサイズであるとはいえ、そもそも荷物を入れるところであって人間には不適切な場所である。双方平均よりかなり縦に長い涼利もチョウ相も、あちこち頭をぶつけながら二人は床から立ち上がった。

ここは一体、といきなり移動してきたことに驚いたチョウ相が辺りを見渡せば、そこは見覚えのある駅だった。生部野家に来る際に一度、電車を乗り換えた寂れかけのそこは、あと少しすれば帰宅ラッシュが始まりそうな時間帯だというのに人もまばらである。そういえば行く前に、涼利がコインロッカーでなにやらごそごそとしていたな、ということをチョウ相は思い出した。その涼利は出てきたコインロッカーの中を探ると、青銅でできた杭に呪符を巻き付けたような謎の物体を取り出した。 

 

それは涼利が有している瞬間移動の要石であり、普段リュックサックに入れているものの片割れであった。二つで一組となるものの、互いに引き合う性質を利用したもので、例えば京都高専の東堂や、冥々の弟である憂々のように媒介なしの術式とは似て非なるものである。これが一つでも壊されれば移動は不可能になる代わりに、これを離れた場所に置いておくだけで移動できる優れものであった。移動先を狭いコインロッカーに入れていたのはただの涼利の趣味である。ハリーポッターの見過ぎとも言う。

 

「想定より遅くかかったな。冥さんに見つかる確率低かったはずなのに、あの人何なんだ┈┈」

ぶつぶつ言った涼利は、三つ編みの美女の残像を振り払うように舌打ちをしてから、チョウ相を見た。

「今日は晩飯いらないって言ったし、チョウ相、何か買って帰」

 

彼女の言葉を途中で遮って、チョウ相のお腹から長い音が響き渡った。ぐ~という漫画のような間抜けな響きに涼利はぽかんとしてから、なんとも言えない顔で自身の腹を眺めている青年を見つめてちょっとだけ苦笑いをした。

 

[newpage]

◇◆◇◆

 

「お待ちどうさま、鰻重2人前ね!」

 

「ありがとうございます、あとスプーンひとつとハイボール下さい」

 

「あいよ、ちょっと待ってな!」

 

 

 

どんっと勢いよく2人がけのテーブルの上に置かれた黒い重箱を、脹相はしげしげと眺めた。香ばしく食欲をそそるような香りが中からするのだが、受肉して食べたものとは全然違う食器が珍しく、彼の見たことがないものだった。郡上家ではほとんどの料理は鍋から直でとるか、大皿に盛り付けるだけで、涼利との仕事先で食べるものといえば八割がたファーストフードである。受胎九相図の長兄にとって人生初の鰻重である。

 

 

 

駅のコインロッカーを蹴破った2人が今現在いるのは鰻という高級そうなものとは、およそ縁のなさそうに一見みえる店であった。店先ののぼりには「浜名湖直送ウナギ」の文字がでかでかと掲げられていた。軒先に赤い提灯がかけられた昭和風の店内には多くの人でにぎわっており、裸電球の下げられた低い天井には酩酊したものたちの大声や笑い、肉を焼く白い煙が充満し、眺めているうちに広いのか狭いのか分からなくなってくる。店内の客層も一定ではなく、よれったスーツ姿のサラリーマンや若い大学生の集まり、一人で黙々と食べている老人など多岐にわたっていた。その中で涼利と脹相は一応スーツに近い格好をしているので、さながら新入社員といったところだろうか。

 

 

 

「「いただきます」」

 

 

 

2人の声が期せずして重なり、脹相は重箱に、涼利は付け合わせの汁椀に手をつけた。ぱかりと重箱の蓋を開けた先には裸電球の黄色みかかった光に照らされて、こんがりと焼き目のついた鰻があった。ちょうどよい焼き具合の身にはにはしっかりタレが染みており、ぎらついたその鰻の下側には真っ白い米がのぞいていた。白米のほんのり甘い匂いと、鰻のそれが混ざり合って蓋を開けた瞬間から立ち上った。

 

 

 

(………美味い)

 

ごく、と一息に咀嚼して飲み込む。濃厚なタレの味と、程よく脂の乗った身が口の中でほどけて滑り落ちていく。白米と一緒に口にいれればいくらでも食べられるそうな絶妙の組み合わせだ。まだ箸が使えない脹相はスプーンを使って慎重に一口、二口と頬張ったところで何故か彼のスプーンが止まった。

 

 

 

「脹相?どうかしたか」

 

顔隠しのキャップを脱ぎ、マイクを外した涼利は、スマホを左手で操作しながら器用に鰻の身をほぐして食べていたが、少しして脹相の止まった手に気付き問いかけた。

 

彼の顔は困った、という風に太めの眉が寄せられていた。昼過ぎから2人とも何も口にしていないのだから満腹いうことはないだろうし、口に合わなかったのだろうか。涼利はそう考えた。

 

「不味かったんなら貰うけど」

 

「いや…そうじゃない」

 

これ、と脹相はほとんど手をつけていない鰻重をスプーンで指した。彼はスプーンが似合うような外見ではないので、なんだかシュールな光景である。

 

「これは持って帰れるものか?できれば弟たちにも食べさせてやりたいんだが……なんだその目は」

 

「………別に。持って帰るぐらい構わないと思うけど、壊相たちから頼まれたわけでもないんだろ。お前、腹減ってるんだろうし自分で食べたっていいんじゃないのか」

 

 

 

涼利の色彩の薄い茶の瞳が、信じられないものを見たようにまじまじと開かれて脹相を見つめていたもので、文句でもあるのかと思えば、涼利はふいっと視線をそらした。平素感情が表に出にくい彼女にしてはたいへん珍しく、あからさまに驚きという心の機微に染まった涼利は少しばかり幼く見えた。

 

 

 

「俺はいい。確かに腹は空いてるが、こんなに美味いものは、自分で食べるより弟たちに食べて欲しいんだ。壊相も血塗もきっと喜ぶだろうから」

 

 

 

首を横に振った青年のくちびるが柔らかに綻んだ。スプーンから完全に手を離し、遠くを見る脹相の視線は限りなく優しい色をしていて、言葉の通りに弟たちの喜ぶ顔が彼の瞼にはありありと浮かんでいるのが、涼利の目にも明らかだった。表情筋が普段全く仕事をしない脹相が、あんまりにもしあわせそうな顔をするもので、涼利はなんだか腹の奥深いところがむかつくような感じを覚えた。ハイボールを呷って飲み干すと、脹相の指すれすれにグラスをごん、と音を立てて置いた。

 

 

 

「さっぱり理解できない。頼まれてもないのに、自分の食事を減らしてまで持ち帰る意味あるか?」

 

「ある。俺はお兄ちゃんだからな」

 

寸分の迷いもなく脹相は言い切った。

 

「答えになってない。下の兄弟に何かしてやるのは、兄の義務でもなんでもないだろうが」

 

「…そうだな。じゃあこれは、俺が勝手にやりたいと思っているだけだ。俺は弟たちにひとつの憂いもあってほしくないし、やりたいと願うことなら応援してやりたいし、美味しいものを食べて幸せでいてほしい。だから、持って帰りたいんだ」

 

 

 

 

 

涼利は目を細めた。九相図の三兄弟と暮らし始め、その中で戦闘能力の最も高い脹相を仕事に連れ出してから日は浅かったが、それでも彼ら3人が互いを愛し、尊重しあっていることは嫌でも理解できた。それはいつだって人間の間に横たわるものと比べても純度が高く、無償の愛だとかそういう言葉の似合う感情だった。それは一体、彼らが呪霊に近い存在だからなのか、彼らが彼らであるがゆえなのか。

 

 

 

涼利と双子たちではそうはいかない。9年という長い年月を共に暮らすうちに、涼利たち3人はたくさんのことを学んだ。お互いの好きなものも嫌いなものも、信じていることも憎んでいることも、弱いところも初恋の人も、触れたらだめなことも。ちゃんと言葉にせずとも経験として知っていることも多い。その上、張らなくていい見栄だとか多分許してくれる悪口とか、細々とした不純物がうんと混ざり合っている3人の姉妹なので、脹相たちのように真っ直ぐ愛情を露わにするのは小っ恥ずかしいとか馬鹿らしいとさえ思うフシがある。

 

 

 

(………私は分けてやりたいだとか、思ったことがない)

 

 

 

むしろ、その類の言葉を盤星教に所属する呪詛師たちから言われるたびに、内心の反発は常にあった。夏油に言われて大喧嘩になったことも一度や二度ではない。術師の子供が3人しかいない状態では、涼利が必然的に「お姉ちゃん」というポジションにならざるを得なかったのは、大人になった今では理解してはいる。けれども、「お姉ちゃんだから」「年上なんだから」と言われるごとに、だから何だという理不尽さと、美々子や菜々子への苛立ち、それから長い間妹だった幼い涼利の部分がぐつぐつと煮立ち、そうして妹だった自分が少しずつすり減っていくような気分がしたから、涼利は美々子たちに自分のものを分けたりなんかしなかった。しつこくせがまれたらあげたけれど、自分からやりたいだなんて一度も思わなかったのだ。

 

年上だから。

 

姉だから。

 

術師だから。

 

–––非術師だから。だから、一体何だって言うんだよ。

 

 

 

 

 

美々子や菜々子が心底嫌いなわけじゃない。彼女たちの姉でいることもそれほど嫌ではない。だけど、自分以外の誰かがそれを理由にして自分に口出しされるのが、不愉快でたまらなかった。だから涼利にとっての「お姉ちゃんだから」は自身の行動の理由などではなく、他人から言われる押し付けがましい言葉でしかなかったのだ。

 

 

 

(…だけどこいつは、それを理由に動けるんだな)

 

まるでさも当たり前のように、躊躇いもなく。

 

 

 

羨ましいとは思わなかった。そうなりたいとも、思わなかった。けれどももし、自分が脹相のように「姉だから」を理由にできる人間ならば、何か違ったのかもしれない、とだけ考えた。それはあまりにも遠いifで、想像すら及ぶことができなかったけれど。ぐるぐると、涼利の胸の裡でさまざまな思い出と感情が去来し、あっという間に通り過ぎていった。

 

 

 

 

 

「…脹相、お前やっぱりその鰻重食べな」

 

「いや、俺は…」

 

言い募った青年をうるさそうに手で払うと、涼利は氷が溶けてほとんど水に近いハイボールの残りを無理やり傾けた。

 

「食いかけ持って帰ったってしょうがないだろ。金はあとで寄生虫に請求するんだし、どうせなら新品の方がいい。–––すみません」

 

涼利はそう言って近くを通った店員を呼び止めた。

 

「お伺いします」

 

「鰻重2つ、持ち帰り用にお願いできますか」

 

「かしこまりました、お会計の際のお渡しでよろしいですか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 

 

そう言うと涼利は自分の残していた鰻重にどこか不貞腐れたような顔で手をつけると、勢いよく掻き込んだ。脹相とは違ってきちんとした箸使いの彼女を見ながら脹相もスプーンを持って食べようとして、彼はふと「ありがとう」と涼利に礼を言った。

 

 

 

「別に。私の財布は何も痛まないし、礼なら寄生虫にでも言うんだな。ま、それにさ」

 

涼利は左の肘をテーブルについて顎を乗せると、ゆっくりと瞬きをした。長い睫毛が涼利の白い頬に影を落とし、ひどく彼女には不釣り合いな静謐の美しさがつかの間彼女の面には浮かんでいた。さながら月が流れる雲に翳るようにそれは一瞬のことで、すぐにどこかへ行ってしまった。

 

 

 

「…やれることは、やれるうちにやっといた方が良いのかもな、と思って」

 

 

 

脹相はあずかり知らぬことではあるけれど、郡上涼利に残された時間はそれほど長くない。病でも呪いでもなく、涼利が渋谷での作戦で身に負うリスクはあまりにも高い。五条悟との交戦だけではない。それ以外にも多くの命の危険を潜り抜けて、10月31日を生きて終えられる可能性は限りなく低いのだ。否、ほとんどないとすら涼利は考えていた。あと、一月後に自分がこの世にいないのかもしれないのなら、やれることはやっておくしかない。もちろん自分が死んだあとの遺産だとか不動産の名義だとかは既に準備してはいたのだけど、脹相の言葉を耳にして、「姉として美々子や菜々子にしてやれること」もやっておくべきなのかもな、という涼利の珍しい思いつきが、誰に言われたわけでもなく自然に、口から出ていた。

 

 

 

死にたいわけじゃない。必ず死ぬと決まったわけでもない。ただ、欲しいものを手に入れるために犯すリスクがあまりに多いというだけ。そのことを承知で、最初からこの作戦に加わったのだ。それなら、あとひと月くらいはやってあげてもいいかもしれない。生きている姉としてできることを、あの子たちに。

 

 

 

「?そうだな、俺たちはお兄ちゃんとお姉ちゃんだからな。下の兄弟にしてやれることは、やった方がいいと思うぞ」

 

言外に重たい意味を含ませた涼利の言葉に何を考えたのか、頬にご飯粒をつけた脹相がうんうんと頷いてきたので、涼利は鼻に皺を寄せて嫌な顔をした。箸で脹相を指して、ぴしゃりと言い切った。

 

「おい、『俺たち』と一括りにするのやめろ。同じ3兄弟の1番上だからってお前みたいなブラコンと一緒にするんじゃない。私はお前と違って色々事情があんだよ。あと言っとくけど壊相と血塗で鰻重一個だからな」

 

「えっ。1人一個じゃないのか」

 

「バカ言うな。お前の弟たちどっちもあんまり食べないだろうが」

 

3人の兄弟のうち、1番人間に近いのが脹相でその次に壊相、そして最後に血塗となる。人間と呪霊の混血児である彼らは食糧だけがエネルギー源ではなく、脹相は人並みに食べるが壊相はダイエットをするOL程度、最も呪霊に近い血塗はご飯茶碗の半分ほどで満腹になるような具合だった。

 

「じゃあ美々子と菜々子の分か?」

 

 

 

するりと吐き出された問いに涼利はう、と口籠った。かつては妹で、11歳のときに血の繋がらない妹たちの姉という役割を与えられ、未だ姉になりきれない半端者の呪詛師は一度だけ目を瞑って、目の前の青年を睨みつけるように見た。生まれながら誰に教えられずとも兄で、弟のことしか頭にない、これから先死ぬまできっと兄であり続けるであろう彼のことを。

 

 

 

「そう、………………うちの愚妹どもの分」

 

 

 

初めて口にするかのように躊躇いながらのその言葉に、脹相は一度二度瞬いて、それからふ、とまなじりを緩めた。彼が弟以外にその柔らかな笑みを向けたのは実を言うと初めてのことだった、とは言えそんなことは誰も知らぬこと。騒がしい店を出て、涼利の妹と脹相の弟たちが待つ家に戻ればやがて忘れ去られる、取り止めのない仕事終わりの夜の一幕である。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

––ぴちゃり、と生暖かい液体が頬にかかって滴り落ちた。暗く開けた庭は、あちこちに置いた篝火で真昼のように明るく、その光をもって目の前の惨劇は誰の目にも明らかになっている。庭の草木をまだらに染めている血潮。あちこちに飛び散っている人間だったものの成れの果て。そして、設えられた祭壇の上にいる巨大な生き物が、今にも僅かに動こうとしている。みじろぐだけで、夜の風を生臭いものにたちまち変じさせたその生き物は、山の向こうを眺めていた頭をゆっくりとこちら側に戻してゆく。–––振り向いてしまう。そうだ、自分はこの先に何が起こるか知っている。何をこの蟲が口にするか、よくよく覚えている。焦ったいほどの速度でそのアゲハ蝶の幼虫に似た口吻が開く。

 

 

 

 

 

 

 

「–––やあ、さっきぶりだね?我が子たち」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごとん、と僅かな凹凸を踏んだかのごとき振動に、『彼』の意識は唐突に覚醒した。一度の振動を除いて、ほとんど滑らかに移動する感触に、意識は再び微睡もうとしたが、「はて、ここはどこだろう」という脳裏に沸き起こった疑問により、『彼』は二度寝をやめて辺りをキョロキョロと見渡した。ぶおん、と何かがそばを通り過ぎるような音が時折鳴るほかはひどく静かである。

 

 

 

腕をすこし伸ばせば四方八方は硬くぬるい壁にぶつかり、辺り一面は自分の指先も見えない、真っ黒い空間が広がっている。唯一、『彼』の正面遠くにはひび割れのような細く真っ直ぐの光が差しており、観音開きの扉があるのだろうが、今の『彼』の不安に苛まれた心持ちではどうにも、果てのない闇の只中に揺蕩っているように思えた。扉いや、厳密に言うなら完全に黒く塗りつぶされた空間なのではなく、銀色の壁と床が暗闇の中に沈んでいるのだが、今の『彼』にはとにかくそう見えたのだった。周囲を囲む壁はガラスや鉄ではないようで、金臭い匂いやひやりとする触感もない。どちらかと言うと分厚いプラスチックのような手触りである。

 

 

 

(…なんだろう、ここ。と言うか、なんでこんなところにいるんだろう?)

 

 

 

『彼』は茫洋とした頭でそう考えた。『彼』の記憶で最後に残っているのは自分の部屋の畳と、そこに広がった血溜まりの光景だ。作り物のように赤い血が勢いよく畳に染み込んでいて、それに触れた時にぐじゅりという嫌な感触がしていた。そう、それから途方もない安心だ。『彼』はその光景に例えようもないほど安堵したはずである。しかし、どうしてそうなったのかも、それからどうしたのかも思い出すことは叶わなかった。ただひたすらに『彼』の意識は曖昧に霞がかってつぎはぎだらけで、不完全も良いところだった。

 

 

 

「ここがどこか」も「どうしてここにいるのか」も思い出せなかったものが次に考えることといえば大抵同じで、『彼』もやはり同じことを思った。すなわち「自分は誰か」ということだ。

 

 

 

(……大丈夫、それなら思い出せる)

 

ごとん、とまた空間が少し揺れた。それに合わせて『彼』の入った札付きのプラスチックケースもつられて動き、中にいた『彼』の体が傾いてつるつると滑った。何本かの腕で反射的にケースの床を掴もうとしたが、うまく引っかからず『彼』は床に臥した。

 

 

 

(…俺の、名前は、)

 

『–––あら、ようやく起きていらっしゃったのね』

 

 

 

甘く高い、そして舌足らずさが少しもない、幼い少女の声だった。そうして水笛を吹き鳴らすように透きとおった響きが、不釣り合いな闇の中で突如として『彼』の耳に届いた。辺りに『彼』以外の何者も姿はない。どこかにスピーカーがあってそこから聞こえているのとも、聞こえ方が違う。まるで–––そう、『彼』の頭の内側に直接吹き込むような不思議な反響を、その甘やかな声は纏っていた。

 

そうして『彼』のよく知る声だった。この水笛のように美しく鳴る声音を、『彼』はある少女を置いて知らない。

 

 

 

(………繭、さま?)

 

『ええ、そうよ。おはよう、叔父さま。まあ厳密に言うとあなたは叔父さまじゃないけれど。ふふふ、びっくりして声も出ないって感じね?』

 

 

 

くすくす、とまるで邪気のない笑い声が耳元で聞こえた。姪が物心つかないころから叩き込まれた癖で、慌てて平伏しようとして彼の腕はまたずるりと滑った。その失態に、体温がぐうっと下がり、『彼』は生きた心地がしなかった。今の自分がどう言う状況かは分からないとは言え、亡き姉の跡を継いだ当主に礼を欠いたと家人に知られれば、何と言われるか想像するまでもない。

 

声の主がどこにいるかはさておき、やはり声は自身の姪であり生部野家の現当主である生部野繭のものであった。『彼』の属する一族がひれ伏す、もっとも新しい頂点。蟲たちの女王たる、少女の麗しい声。

 

 

 

(しかし繭さま、僭越ながら私に何か御用でしたか。私は今自分がどこにいるのかも定かではないのですが。それとここは一体どこなのでしょうか…生部野家ではありませんよね)

 

『あ、ううん、大した用事じゃないの。ちょっとお話をしに来ただけよ。それと、もちろんそこは屋敷じゃないわ』

 

(………左様でございますか)

 

 

 

釈然としないながら当主の言葉に否やを言えるはずもなく、『彼』はじいっと身じろぎもせずに繭の次の言葉を待った。声の調子からして怒っていたり、不機嫌な様子ではない。初めは自分が不手際をして、当主の命でどこかへやられたのかの思ったが、ちがうのかも知れない。

 

しかし、それを踏まえても『彼』の身の裡には、どこからか語りかけてくる少女に、自分の思考が読まれているのではないか、はたまた自分に何かひどい罰を与えようとしているのではないかという疑心と恐怖がべったりとこびりついていた。

 

 

 

『彼』は、自分より遥かに幼い、己の姪のことがずっと怖かった。ほとんど接点などない、当主である彼女の姿を目にするたびに、その声を聞くたびに背筋が凍って、身の震えが止まなかった。

 

多分それは、『彼』が持つ生部野という家への恐怖が、たまさかその頂点である彼女へと向かっていったに過ぎないのだ。それは『彼』自身にも自覚のあることだった。『彼』の姪は、さながら生部野という一族の結晶のように、生部野のもっとも醜悪で美しい部分を濾して、それが人型を成したように、『彼』には思えてならなかったから。

 

 

 

–––がたん、と暗闇が揺れる。『彼』は壁に手をつこうとして、またしても上手くいかず、ずるずると滑ってケースの床に崩れ落ちた。ぐちょり、とねばついた音が何処からか鳴る。

 

 

 

 

 

『彼』が生家である生部野一族のことを殊のほか厭悪するようになったのがいったいいつのことか、それは『彼』にも定かではない。けれどもその畏怖と、嫌悪と、侮蔑がないまぜになった心持ちで生部野家にまつわるものを見るようになってから、それに耐えきれなくなるのはすぐだった。屋敷の敷地内を歩く、鏡合わせのように自分と同じ顔をした親族。我が物顔で闊歩する、巨大な赤い蟲–––彼は虫が大嫌いだった。女尊男卑の染み付いた思想。それから、何と言い表せば良いのだろう。己の体の中を蠢く、生き物の息遣い、翅音、感触。己をいずれ食い潰す蟲が、体の中にいるというこの上ない生理的な忌避感。

 

 

 

一度は高専に入学しても『彼』には大した実力がないことが判明しただけ。結局卒業後には家に戻るはめになり、そうして––そうして、今に至る。

 

 

 

(…繭さま、お聴きしたかったのですがここは何処なのですか?私は何か不手際をして、どこかへ移されたのでしょうか?)

 

『んん?あれ、まだ頭がはっきりしてないのね、叔父さま。何か勘違いしていらっしゃるみたいだけど、別に罰としてどこかに行かせてるわけじゃないわよ。移動中っていうのは合ってるけど』

 

 

 

しばらく続いた無言の空間に堪えきれず、思い切って口火を切った『彼』に対し、繭はやや驚いた様子であった。まるで『彼』がまだ気づいていないことに、めんくらったような幼い相槌。

 

しかし移動中–––ということは、ここは車、それもトラックのような大型車の内部だろうか。それならこの暗さや時折の揺れにも納得がいく。どうして自分が謎のケースに入れられて、トラックで運ばれているかは依然として不明だが。

 

 

 

 

 

『うーんと、どこから分かってないのかしらね。まず確認なんだけれど叔父さま、』

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・

 

–––ご自分が死んだことは理解していて?

 

(………………え?)

 

 

 

お菓子の成分を読み上げるかのように、軽々しく問われた確認の内容に『彼』は絶句した。とんでもない言葉に反射で否定しようとして『彼』はもごもごと声にならない喃語を口にした。

 

死んだ?自分が?馬鹿馬鹿しい。なぜ死んだ人間に意識があり、こうして思考できるというのか。当主の言葉と言えども流石に反論を唱えようと思いたった『彼』はしかし、はた、と気づいた。

 

そうだ。あの畳に染み付いた血溜まりは一体誰のものだった?彼の脳裏に、多量の血液を吸い込んでぶよぶよとした畳の感触と、濃厚な鉄錆の匂い、吹き出してとめどなく脈打ちながら溢れる血潮がまざまざと蘇った。

 

 

 

それから、自分の喉を硬い金属が太い血管をぶちぶちと裂いて、肉を割っていく感触は?

 

 

 

(………いや、そうだ、そうだった、私は)

 

 

 

あの日、『彼』は確かに自分の喉にボールペンを差し込んだ。障子を透かした月明かりに、メタリックなボールペンの軸がきらきらと光っていて、皮膚と頸動脈を突き破ったペン先がごり、と鈍い音を立てて喉の骨を掠めて首の後ろまで貫通した手触りを、『彼』はその時になってはじめてはっきりと思い出した。何せ自分で握っていた凶器だ。鼻と口にせりあがった血を吐き出すことも叶わずにのたうち回り、やがて手足の先から冷たくなって意識が遠のいてゆく光景。

 

そう。確かに『彼』はそのまま事切れていた、はずだ。それでもやはり、疑問は初めに戻って堂々巡りになってしまう。なぜ『彼』はここにいるのだろう?自らの手と意思によって死んだはずの『彼』が?

 

 

 

(そうだ、私はあの日に自殺を図って)

 

『ええ。しっかりばっちりお亡くなりになったわ。ついでに言っとくともうお葬式も終わっちゃったの』

 

(ではここは死後の世界、なのですか………?)

 

 

 

恐る恐る発された『彼』の問いに、繭は笑い混じりに否定した。

 

『いいえ?叔父さまがいるのは、間違いなく私も生きている現世よ。言いようによっては、叔父さまは一時的に死を乗り越えたとも言えるのかもしれないわね』

 

(ど、どうやって、ですか?私は死ぬ間際に誓って何もしておりません。ただ市販の痛み止めを飲んだだけです)

 

 

 

 

 

死を乗り越えるだとか言うような大層な何かをした覚えは、『彼』のぼやけた記憶のどこにもない。そも、死を乗り越えるような現実離れした方法など、呪術界が広く古くオカルトチックな世界であるとしても聴いたことも見たこともない。呪術師が人間であり、寿命や肉体のくびきから逃れられない存在である以上、長きにわたる歴史においても死者の蘇生は非実在のものである。ただ1人、日本の結界の根本を担う「天元」と呼ばれるものが不死であるという噂は知っているが、それとて一度死んで蘇ったわけではない。『彼』の頭はまさしく混乱の最中にあった。

 

 

 

 

 

『まあまあ、そこは置いておいていいのよ、どうせすぐにわかることになるから。それより、ね、沙凪叔父さま。私ずっとあなたに聞きたいことがあったんだけど』

 

(はあ………なんでございましょうか)

 

未だに置かれている状況はひとつも理解できないままだが、幼い当主の楽しげな様子に水はさせず、『彼』は歯切れの悪い返事を返した。

 

『叔父さま、生部野のことが嫌いだったでしょう?』

 

(………いえ、まさか。仮にも私めの生まれた家でございます、決してそのようなことは、)

 

『大丈夫よ、誰にも言ったりしないし。第一叔父さまもう死んでるんだから、バレたって責める人なんかいないわよ。そうでしょ?でね、これは聞いた話なんだけど、叔父さまが家出して高専に行ったきっかけが、おじいさまが死んだことがきっかけって本当?』

 

(それ、は………)

 

 

 

 

 

繭の言葉が耳に入ってきたとき咄嗟に思い浮かんだのは、『彼』の父親で、繭の祖父にあたる男の体が食い破られる瞬間のことだった。おそらくは人生で初めて見た、赤尸が生まれる光景。『彼』の父は50まできちんとその生を全うし、50の誕生日を、庭に設えた祭壇の上で迎えていた。今でも『彼』の頭の内側には、そのとき飛び散った血飛沫の生暖かさまではっきりと残っている。

 

 

 

12時を過ぎた瞬間に、『彼』の父親の体は破裂し、中から現れた巨大な赤い蟲によってことごとくを食い荒らされた。庭の広範囲にわたって撒き散らされた肉体の破片はひどい有様で、篝火に照らされた暗い庭には、生臭い匂いを発する頭蓋骨のかけらや、内臓から漏れ出した糞尿や、その他もはや原形などほとんど留めていない肉が、美しい庭を地獄絵図へと変えていた。けれども、『彼』の身のうちに長く恐怖を残したのはそのグロテスクさが理由ではない。そも、それより忌まわしい光景など掃いて捨てるほど見ることになるのが、生部野家の人間の宿命である。

 

 

 

恐ろしかったのは、その蟲の言葉だった。アゲハ蝶の幼虫とカミキリムシを混ぜたような身体に、半透明の翅を生やしたその赤尸が夜の中で振り返り、口を開いたときに『彼』はどうしようもない嫌悪感を抱かざるをえなかった。

 

 

 

『––––やあ、さっきぶりだね、我が子たち』

 

 

 

その声も、話し方も生前の父そのものだった。目を瞑れば父がそこにいて、こちらに語りかけてくるような、似ているという次元を超えた、まるきり同じ声が、おぞましい蟲の体から放たれている違和感。それを驚きも恐れもせずに見ている親族たち。

 

 

 

『やれ、よかった。■■も羽化できた』

 

『○●も50まで待つのか?あれは体が弱いから気がかりだ』

 

『しょうがあるまい。あれの母は体が弱いから』

 

『喜ばしいこと。私も早く人間の体など捨ててしまいたいわ』

 

『しかしあの口ぶりだと記憶は全部継いだのね?珍しい』

 

 

 

なぜ、誰も怖がっていないのだろう。人がその体を脱ぎ捨てて蟲に転じたことを、なぜ誰も疑問にも思わず、畏れていないのだろう。

 

『彼』には理解できなかった。理解できないものは怖かった。幼いころからずっと家の誇りだと教えられてきた赤尸を見ることすら嫌になった。いずれ自分も同じ道筋を辿ることになるなど、耐えられそうにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…それは本当のことです、繭さま。嫌いというより私は恐ろしかった。父のことが契機ではありましたが、どのみち同じであったと思います)

 

『宿主の記憶を継いだ赤尸がいることが、怖かった?』

 

(………ええ)

 

 

 

赤尸たちは50年と言うながい歳月を宿主の体内で過ごすうちに、彼もしくは彼女からいくつか引き継ぐものがある。その一つが声である。昆虫というもののほとんどが言葉を発さない都合上、声の出どころは宿主からになるのだ。喋り方、高さ低さ、抑揚、どれをとってもまったく変わらず、かつての宿主と全く同じ声音で赤尸たちは、話し、笑い、泣くことができた。噂によれば声紋認証を突破することができたとすら言われている。

 

そうして二つ目に、彼らのうちで稀に引き継ぐのが、記憶であった。個体差はもちろんあり、宿主の名程度しか覚えておらず、赤尸である自分とはまったく別のことと切り離して考えるものや、生まれてから死ぬまでをひとつの欠けもなく記憶して、人間に近い感性を未だ持ち続けているもの。あるいはその狭間、まだらに残った人間性に苛まれるもの。

 

いずれにせよ宿主と、その血肉を喰らって生まれる赤尸はどこかで繋がり、何らかの形で連綿と続いていくものがある。それはある種、人が呪霊へと生まれ変わるといっても良いのかもしれない。はたまた自らの大量の血肉を分け与え、体内から赤尸を生み出すことを出産になぞらえて、赤尸は「赤子」からとったとも言われている。

 

それ故に。生部野家の人間は、50まで生きてその肉体から赤尸を生み出すことを「羽化」と称して讃美する。人から蟲へ。不完全で未熟な体を脱ぎ捨てて、美しく神々しいほどに赤い体へ転ずるその過程を。声を継ぎ、記憶を継ぎ、あるいはそのどちらを有さずとも、赤い肉体のどこかにはかつての宿主の欠片が脈々と流れているのだ。その儀式を経て初めて、生部野家の人間は死をも克服した存在となれる。

 

それこそが、奈良の御代から長きにわたり蟲毒を研究し続けてきた生部野家が辿り着いた、至上の観念だった。

 

『そう。私たち生部野家の不文律を怖いと思ってしまったのね。それはさぞかし、家中で生きていくことだって辛かったことでしょう。お可哀そうに』

 

生前は一度も聞いたことのない、芯からの慈しみと慰めの込められた繭の声音がなんとも居心地悪く、『彼』は頭を下げたまま緩く首を振った。ぐにょりと首が不規則に揺れて、頭がケースの表面にこすりつけられる。室温と同じプラスチックを、てろりとした粘度の高い液体が滑り落ちて、床に大きな水溜りをつくった。

 

『―でも大丈夫、大丈夫よ。それももうすぐ終わりなのだから』

 

(┈え?)

 

あどけない少女の声の調子が、唐突に変わった。甘やかで高く、水笛のように耳ざわりの良かった声から、わずかに低く冷たい声に。『彼』は本当に、おのれの頭にどこからか声を吹き込む人物は、はたして本当に姪で一族の長であるあの少女なのだろうか、という疑念すら持った。

 

その声は、繭の年齢よりももう少し幼い少女のようにも、もっと年かさの媼のようにも聞こえた。

 

威厳に満ちていて、硬質で、それでいて聞いているうちにだんだんと灰色の雲の如き不安が腹の底に積みあがっていくような響きが、その声には備わっていた。

 

『ここまで言ったらさすがに思い出すかと思って待ってあげたけど、駄目ね。答え合わせの時間にしましょうか。あなたは羽化しそこねたから、このテレパシーもどきも長くはもたないし』

 

–––ねえ、どうしてあなたはさっきから私の前で滑ったり、転んだりしてばかりなのか、わかる?

 

『彼』はその時になって、体の妙な動かしにくさに理由があったのを初めて知った。てっきり眠っていたから体が固まっていたのか、死んだから体は自由に動かせないだとか、馬鹿馬鹿しいことなら魂だけの状態だとか、そういうことなのだとばかり考えていたのである。

 

(それは┈私は死んでいるのですから、死体を動かせないのは道理のことでは)

 

『全然はずれ。遺体は今私の手元にあるし。あなたはまだ慣れていないだけよ。手足合わせて4本以上ある感覚にね』

 

 

 

ぐじゅり、と腹の下に溜まった粘液が嫌な音を立てた。

 

そうして『彼』は繭の言葉に、おのれの体が一体どういう形状なのかを悟って、本能的に身をよじった。足と手が合わせて四本というどころではない。八本?十本?否、それよりももっとずっと多い。形も短く、頼りない刷毛のような何かを蠢かせることしかできそうにもなかった。

 

 

 

『そう、それからどうして、声を出さないのかしら?私の術式には人間とテレパシーするような能力なんかないのに』

 

 

 

そうだ。『彼』は繭と話すときもずっと声を出すのではなく、思考するだけで会話が成立するから、声を出すことすら忘れていた。驚いたときでさえ『彼』の口からは一音も漏れ出ることはなかった。まるで、声を発することそのものを忘れていたかのように。

 

『彼』はようやっと飲み込んだ絶望に悲鳴を上げようと、あるいは恐怖ゆえの鳥肌が出てくれはしないかと一縷の望みをかけるもむなしく、ただ、伸びあがった固く長い体躯の端が天井について、ゴトン、という大きな物音が鳴っただけだった。

 

『分かるかしら?あなたはもう、』

 

(おやめください、五十よりも前で自ら死を選んだことはお詫びいたします!わた、私はただこんなことになるなど思いもしていなかった!ただ―ただ人間のまま死にたいと思っただけなのです!どうしてこんな風になっているのですか繭さま!?俺は31で死んだ、赤尸になどなれるはずがない!)

 

 

 

『彼』は今や気も狂わんばかりだった。激しい苦悶に従ってその長躯は何度もケースにぶつかり、それは横倒しになって乱暴な振動が『彼』を震わせた。キキ―、というブレーキ音がなって滑らかな移動が止まったが、既に『彼』の心をそれ以上に乱すことはできなかった。

 

『彼』はただ、父親の変化を目にしたときから体内に巣食っていた恐怖を、結局飼いならすことはできなかった。蟲を恐れ、変化を恐れ、赤色を恐れ―やがて積み重なった恐怖は蟲よりも早く『彼』を食い破ったのだった。あの日の夜に、腕の皮膚の下を這う百足を目にした『彼』はとうとう、いつか蟲になり果てる日まで生きることよりも人間として死ぬことを選び、机の上にあったボールペンを衝動的につかんで己の細い喉へと差し込んだ。

 

それで終わりのはず、だった。50まで生きて赤尸にならなければ、万が一にも記憶を持ったまま蟲になるという『彼』にとっての最悪の事態は回避できる。寿命のない赤尸になって、蟲の体で永遠にも等しい時間を過ごすような悪夢は、そこで潰えるはずだった。だから『彼』は死の間際に安堵した。これ以上おびえながら生きていく生活は、そこで断たれたと思ったから。

 

『そうね。通常生前の記憶保持はそれなりのリソースを食うから、50年という節目を超えた正式な赤尸にしか継承できないんだけど。でも、たまにあなたのような例が出てしまう。赤尸になりそこねたのに、宿主の記憶を一時的に受け継ぐ蟲が』

 

その言葉と同時に、トラックの中の暗闇が破られて、きつい光が差し込んだ。観音開きの扉の糸筋だけだった明かりが急速に広がり、『彼』の複眼を焼いた。黒い海を揺蕩っていたような錯覚はたちまちのうちに掻き消え、透明度の高い初秋の夕暮れの日差しがトラックの空間を満たしてゆく。あれほど彼の不安を掻き立てていた暗闇はもはや隅のほうにわずかにわだかまっているだけで、彼は何も見ないようにそちらへと身を丸めてうずくまった。

 

「おい、暴れてんじゃねえか。どうすんだよ」

 

「こういうときのために対処方法はあのロリ当主に聞いといたんだろうが。この鳥頭」

 

 

 

どうやらトラックの運転手らしい男と、もう一人。どちらも中年らしいだみ声が『彼』の鼓膜をたたいた。いや、今の『彼』の体に鼓膜が備わっているとはとても思い難いが、ともかく知らない声の主二人は、粗野な口調でやいやいと言い合ったのちに男のどちらかが、がこ、と音を立てて扉を完全に開け放った。

 

(やめろ、いやだ、見ないでくれ、見せないでくれ、お願いだから┈!)

 

『彼』は目を瞑って忌まわしい現実から逃れようと頭を振ったが、その願いはとうに叶う段階を通り過ぎていた。

 

『だめ、ちゃんとご覧になって。あなたにはもはや、閉じる瞼すらないのだから』

 

そして、とうとうトラックの内部の闇は完全になくなって、『彼』の肉体は白日の下にさらされた。音が聞こえそうなほどはっきりとした、風に揺れる稲穂色の落陽は、『彼』の体に長い影を作りながらも隅まで照らし出していた。

 

―すなわちは、その百足にも似たいくつもの節から成り立つ、まだらに赤く染まった蟲を。

 

生前の瘦せていた体とは打って変わり、丸々と超えた体は百足と芋虫を足したような形であり、その表面は、ねばねばとした薄赤い粘液で覆われていた。頭には長い二本の触手と短い無数の触手がついており、その下から金色のトンボに近い形の複眼がケースの表面には映り込んでいた。『彼』が動くたびに、ケースに移る巨大な蟲もまた同じように動く。表面を染める赤い斑点は、どれも不気味な形をしており、どことなく人間の顔を思わせるとうな模様がぽつぽつと浮き上がっている。あの凄まじく濃く鮮やかだった体色とは異なり、みすぼらしくそれでいて、毒々しい、人ならざる異形の姿がそこにあった。

 

嘘だ、と顔面を近づければぬちゅり、という音をたてて透明の壁にぶつかるだけ。

 

―既に。『彼』は蟲で、蟲は『彼』であった。分かつ境界は、とうに消え去った。

 

(┈┈、┈┈)

 

『これは別に誰が悪いとかじゃないの。ただ叔父さまが低い確率の不運を引き当てた、というだけの話。私だってあなたの中から叔父さまの記憶を取り除いてあげることはできないから、どうしようもない。でも、じきに終わるわ。いまは保持できている記憶も、正式な赤尸ではない不完全なその体では徐々に抜け落ちていく。名前や、体験した出来事、恐怖は残りやすいから最後のほうになるかもしれないけど┈いずれは人間であったことも。蟲になるのが怖かったことだって忘れられるわ』

 

己の醜悪な体を目の当たりにし、動けなくなった『彼』に満足したのか男たちはトラックの観音扉を閉め、『彼』の視界は再び真っ暗闇に閉ざされた。しかし、『彼』の心にはすでに己の肉体がどうであるのかが拭いがたく焼き付いており、もはや体が見えないことなど何の慰めにもなりはしなかった。トラックのエンジンがかかり、動き出す振動に『彼』の力の抜けきった巨体はケースに叩きつけられた。

 

 

 

『叔父さま?いやこう呼ぶのもおかしいかしらね。運悪く叔父さまの記憶を受け継いでしまったあなた、聞いてる?自分のお名前、思い出せる?』

 

少女の声に、『彼』ははて、その脊椎のない首を傾げた。名前。じぶんの、なまえ。

 

(なまえ┈┈、おれの、なまえ、は)

 

あったということは思い出せるのに、それがどう呼ばれていたのか、どう書くのかは靄をつかむように曖昧模糊なまま、『彼』の脳裏についぞ浮かび上がってくることはなかった。

 

『そう。いい傾向ね。きっとすぐ、何もかも忘れた一匹の呪霊として、蟲として生きられるわ。その日まではつらいかもしれないけど、頑張って』

 

―それじゃあ、おやすみなさい。

 

暗転。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

ぱちり、と長いまつげに縁取られた金の瞳が見開かれた。

 

少女は、動かなくなった叔父の体にぴったりとくっつけていた頬を離して身を起こすと、無邪気に伸びをしながら、巨大な桶の中で立ち上がった。そのまま、高価そうな赤い振袖の裾を払うと、上から差し出された赤尸の腕に乗って、地面に降り立った。草履が、少女の軽さ通りの密やかな音を立てる。

 

少女が―生部野繭が立っているのは、所有する山の間にある一族の墓地であった。緑深い地に、ぽっかりと空いたテニスコート程の敷地に所せましと奈良の昔から増え続けてきた石塔が、折り重なるように建っている。見渡す限り石塔の林、と言わんばかりの密集具合、あまり適切な距離を保っているとはいいがたいほどの混みようだった。苔むした石塔が立ち並ぶさまはいい風に言えば神秘的、悪しざまに言えばろくすっぽ手入れもされていないのが一目見れば明らかだった。苔が生えているものなどまだましで、中には崩れかかったもの、土台部分しか残っていないものもあり、そしてどの墓にも花のひとつすら供えられていない。周りの木々も伸び放題で、墓地の端に近い部分から植物に飲み込まれて自然へと帰し始めている。その光景はまさに、生部野という一族そのものが持つ、死者への冷たい眼差しを端的に表しているといっても良いだろう。それはこの場において、もっとも新しい遺体とて例外ではない。

 

 

 

ざあ、と粉っぽい秋の風が墓地を通り過ぎた。

 

生部野家において、身内の墓に花を供えるものなど一人とていない。なぜなら、墓を持つもの、というのは50以前に死んで赤尸を生み出すことができなかったものを指すからである。彼らにとってこの墓地は、先祖から続く哀悼のための場でもなければ、死者を思い出すためのよすがでもなんでもない。むしろここに遺体を埋められることこそが、恥ずべき罪ですらあった。

 

「お話は終わったのですか、繭?」

 

「ええ。もう埋めていいわよ、お前たち」

 

少女を持ち上げた、イモムシ頭にカミキリムシの胴体をした赤尸に、繭がそう頷いてみせると、あたりで控えていた他の赤尸たちは手早く沙凪の死体を入れた桶の蓋を閉め、荒縄で縛ると、その上に手早く土をかけ、あっという間に桶は土の向こうに見えなくなった。

 

 

 

「しかし、まあ。沙凪の中にいた蟲がまさか記憶継ぎとは思ってもおりませんでしたよ。あれほど蟲嫌いで家出までした子が生み出したのが、運がよいというべきか悪いというべきか」

 

「叔父さまにとっては悪夢以外何者でもないでしょ。さっき喋ったかんじだと、あと半月持つかもたないかでしょうね。それぐらいで記憶は全部消えると思うわ。あと、その言い方だと息子が心配だったように聞こえるわよ、おじいさま」

 

「おやおや。珍しくごっこ遊びがご所望でしたか。よろしいですとも愛しき我が孫、なんなりとおじいさまに甘えなさいませ。おんぶか、それともお姫様だっこ、どちらがよろしいので?」

 

ふざけたように、心にもない茶番を始めてきたセキシに、繭は「冗談よ」とだけ言って墓地から外へと続く林道へと足を向けた。

 

けらけらと巨体に見あわぬ、低く軽やかな笑い声を立てた、かつて繭の祖父で沙凪の父親であった男から生み出された蟲も、少女の三歩程度あとをついてのっそりと進んでいく。このセキシにしても、別段自身のことを本気で少女の祖父だと思っているわけでもなく、彼女を孫として愛する情動はまるでない。生前の、生部野■■であったころの記録は保持しているにせよ、それは今のセキシである自身とは切り離された事象であり、直前の祖父だ孫だというのは、生部野家特有のブラックジョークみたいなものであった。

 

 

 

「ま、あやつ以外にも赤尸になれずに死ぬものなど沢山おりますからな。多少珍しい失敗例だった、というだけ。そこいらの細やかな配慮を今のわたくしに求められてもね。それより、繭さま」

 

あっさりと、血を分けた我が子の惨状の話題から切り替えた蟲は、前を行く主君に尋ねた。

 

「あの呪具┈天沼鉾を式盗り殿に貸してしまってよろしかったので?宝物殿の中でも五指に入る代物でしたのに」

 

「うちみたいな袋叩きが基本の戦法の家に、あんな火力あっても使わないじゃない。それよりは月ごとに定額払ってくれるっていうんだから有難く貰っておいた方が財政の足しになると思うけど」

 

 

 

市場にだせば億単位の価格がつく呪具を、つきあいはそれなりに長いとは言え外部の呪詛師に貸したことを問えば、少女の唇から漏れ出したのはそんなあっさりとした答えだった。こういう、時折の浅慮を子供らしいというのか当主にはふさわしくないと咎めればよいのか。

 

 

 

「しかしですね、此度の死体の盗難に一枚嚙んでいたとまでは申しませんが、式盗り殿は『あの』久永家の未来視をもっておいでなのですよ。あらかじめ盗難を予期していたと考えるのが道理でしょう。それを我々に黙っていたことを考えますと、あの鉾を貸すのは早計だったようにも思いますが┈」

 

「そこは帰り際に釘を刺しておいたわ。『今回は結果としてうちに被害が出てないから不問にするけど、次やったら刻んで山の養分にしてやる』ってね。しばらくはあの盗人も大人しくしてるんじゃないかしら」

 

 

 

物騒なセリフをさらりと吐いた当主とは裏腹に、それでもイモムシ頭の赤尸の顔は物憂げだった。人間のような表情金がないはずのその顔がムニュムニュと、何か言いたげに動いているのを見て、繭は苛立たしげに黒絹の髪をかいた。枝毛のひとつもない美しい黒髪が、赤い振袖の肩に、きらきらと暮れ方の光をはじきながら散らばった。存外に、子供特有の無邪気さとはかけ離れたこの少女には珍しい、幼げなしぐさである。

 

 

 

「┈あなた、天沼鉾に何か思い入れでもあったの?さっきからやたらと気にかけてるけど」

 

「いえ、沼鉾というか┈そうでした、繭はまだ幼いころでしたものね、知らないのも無理はありませんが。あれの片割れは大事件で使われて問題になりましたもので、どうも不吉な印象が私にはぬぐいがたいのです」

 

天沼鉾。奈良の昔から存在する名家、生部野家においてもかなり貴重な分類の呪具の一つである。

 

この呪具にはかつて失われた片割れがあり、その銘を天逆鉾と言った。十年前に非術師の団体が主導して引き起こした「星漿体殺害事件」において、ある呪詛師が五条悟を瀕死にまで追い込むのに使われ、その後傷を受けた本人の手によって破壊されている。いかなる攻撃をも通さない五条家の至宝を傷つけた、というある種の伝説的な呪具であり、呪術界きっての不吉の象徴でもあった。その片割れである天沼鉾もまた、郡上涼利に貸したことでよからぬことに使われ、ひいては生部野家に不利益をもたらさぬか、ということをこのイモムシ頭の呪霊は懸念しているのであった。

 

「星漿体の殺害に天逆鉾が関わったことぐらい私だって知ってるわよ。でも、沼鉾は天逆鉾みたいに無下限を破るような効果はもってないでしょ。名高い五条悟の前じゃ爪楊枝以下の威力なんだから心配いらないわ」

 

繭のきっぱりとした口ぶりに、イモムシ頭の呪霊もそれ以上の反論を差しはさむ気にはならず、黙って歩く速度を速めた。

 

あのとき。ほこり一粒もない静謐な宝物殿の薄暗がりに立っていた、式盗りの白い凡庸な顔は、キャップのつばと前髪でほとんど表情は見えなかったが、その琥珀色をした瞳だけが炯々と、らんらんと輝いていることだけは確かだった。さまざまな呪具をいれたガラスケースを背にして、長大な青銅の鉾を手にして佇むその姿は一枚の絵のごとく馴染んでいて、ともすればこの女のために作られた呪具なのではないか、という錯覚すら、赤尸の脳裏を掠めたくらいである。

 

 

 

『いい武器だな。未来視で見た時もそう思ったけど、生で見ると格別だ』

 

 

 

手入れを絶え間なく続けているおかげか、はたまた呪具に備わった加護ゆえか、青く錆びることなく鏡のようにきらめく刃には、わずかに微笑む式盗りの口元が映り込んでいた。

 

レインコートを纏った女はそのまま、あきらかに身長の倍程度はあるその鉾を一度二度、軽く振り回した。尋常ではない重さを、滑らかに制御した呪詛師はぴたりとその刃を止めてじっと見つめていた。その光景を目にしたときからずっと、イモムシ頭の赤尸の中にはひとつ、疑問がべたりと張り付いて、消えることなく今に至っていた。

 

「さっさと来ないと置いていくわよ」

 

「………失礼いたしました、只今」

 

急かす声に、ずりずりと這って主の下へと急ぐうちにもやはりその疑問は絶えず彼の心を、淡く、薄く苛んだ。オークションが終わるころには東の端から宵闇が見え隠れしていた程度だった空の色はすでに逆転しており、薄墨に紺を溶かした天蓋の西に、今しも沈んだ太陽の残像ばかりが残っている。それなりの標高を誇る山からは、その風景がまさにパノラマのように広がっていた。

 

―式盗りはいったい、天沼鉾を誰に向けるつもりなのだろう。

 

あの鉾では五条悟を傷つけられないのならば、誰があの、鏡のごとく光る切っ先を向けられるのだろう。

 

–––キャップを被った、レインコート姿の呪詛師が手にした巨大な鉾を勢いよく振りぬく。刃が夜風を切り、黄金の月の光を浴びながら、だれかの胸を深々と刺し貫く。そんな光景を、ふと赤尸は想像した。けれども肝心の刺された誰かの顔は彼の想像力で補完することはかなわず、黒く塗りつぶされたまま、ただ、その口がにんまりと笑っているような気がするだけだけだった。




解説

郡上涼利
悪事を積極的に働く呪詛師。冥さんに今回のことで「あ、こいつまじで高専と敵対したな」と思われたのでこれからお仕事を減らされる。姉にも妹にもなりきれない人。じつは兄がいた。

お兄ちゃん
鰻重は持って帰った けど弟たちがあんまり食べなかったので、結局自分で食べた。涼利のことはなんとなく三兄弟の一番上、ということで変なシンパシーを感じている。

帯戸川さん
死んじゃった。書いてるときはもうちょっとDV男っぽかったけどやめた。

木春
生首のお姉さん。もとは呪術師だったけど死後に呪物になってる。石とかは特にない。術式は、見たものをきれいな結晶にできる、というもの、お兄ちゃんみたいに呪力を纏ったもので守れば一応防げる。

生部野沙凪
故人。なんと歌姫先生の同級生。とくに本編にかかわっておらず、夏油の離反時は実家に連れ戻されていたため噂しか知らなかった。ちなみにトラック内で喋ってた『彼』は沙凪本人ではなく、どっちかというと「自分のことを生部野沙凪だと思い込んでいる異常な蟲」。幸運なことにあとちょっとしたら記憶は消えて、普通の赤尸になれる。よかったね。

名前の由来はそのまま蛹。「羽化できなかったもの」、蛹のまま死んだ人。

生部野繭
きゃわいいロリ当主。サイコパスとかいうわけではなく、普通にこの家の教育が狂ってるだけ。家の相伝術式である「賜血脈縛」の担い手。効果は自分の血を摂取した呪霊の一時的支配。特級とかになると血の量が尋常ではなくいるので、どっちかというと雑魚の大量使役がメイン。これを補うためにセキシたちが作られている。

イモムシ頭のセキシ
おじいちゃん。人間だったときの記憶と、今の蟲である自分といい感じに折あいをつけてセキシライフを満喫している。

冥さん
取り逃がした。このあとしっかり、涼利の仕事を減らして干し殺しにしてやろうともくろんでいる。夜蛾先生は優しいのでお金返せとは言われなかった。じつは歌姫先生からお香典を預けられていた。

猪野君
あんまり出なかったね。

久永
未来視を涼利に譲渡したひとの苗字。

天沼鉾
涼利 は アマノヌボコ を そうびした!
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