今日も日が昇り、鬼はすでに泥酔し、狛犬は巫女を叩き起こしている。「紙切れ片手に飛び回って疲れてるから」という私の言い分に耳を貸す狛犬ではなく、無慈悲に布団を引き剥がした。
「あうん〜、別に少しくらい寝てても良いじゃないのぉ?」
「ダメです!私はあなたの身の回りの管理を任されてる立場ですので!」
「あっはっは、毎朝毎朝楽しそうだねぇ」
「あんたこそ毎朝、いや四六時中呑んでて飽きないのかしら?」
「飽きるも何ももはやこれが普通さ。長い時間シラフで過ごす方が飽きるね」
「もはやアルコールで脳みそ焼き切れてんじゃないかって境地ですね」
あうんは相変わらず臆さずに物を言う子だ。見た目は12歳くらいの癖して偉くキモが座った少女である。しかし、時折見せる表情は愛犬であったり妹だったりのような感じがして抱きしめたくなる時もある。
伊吹萃香はいつも飲んだくれてる小鬼である。というかコイツが何故うちに居るのかはわからない。いつの間にかうちに住み着いてたのだ。
基本はだらしないが、数度だけ見たことあるしまった表情は姉という感じがする事もある。
自分は巫女候補として選ばれる前に家族の下を離れることになった。元気にしているだろうか?少々心配である。胸の中で久しい家族の姿を思いかべる。父や母、姉と暮らす情景。笑顔の絶えない家族だった。笑顔の、笑顔 えがお
えがお?
あれ
わたしに
かぞくなんて
* * * * * * * * * *
「霊羽さん、霊羽さーん」
ハッと目が覚めると、胡座をかいたあうんの膝に頭を乗せていた。
「あれ……私……」
「霊羽さんったら……布団剥ぎ取って床に転がしても起きないですし、体調悪いんですか?」
「起きない私が悪いとはいえ何してんのよ……ん、萃香は?」
「人里に遊びに行くってそのまま出かけちゃいましたよ。あとすっごいうなされてましたけど、なにか悪い夢でも見てたんですか?」
「んーと、なんだろう……あぅ……思い出せない」
夢の内容について思い出そうとするとズキリと頭に痛みが奔り思考を阻害する。
「頭が痛いんですか?どれどれ……」
横にあうんの分身が現れ、おでこにおでこを重ねてくる。吐息が耳にかかってこそばゆい。
「んー、少しだけ熱がある気がします!今日は1日安静の日ですねぇ」
「えっと、今日もいろいろ行きたいところあるんだけど……」
「だめなんです、今日は安静にするのが仕事です!」
「………ねぇ、あうん」
「なんですか?」
「……あなたは、あなたは私の味方よね?」
唐突にこんな事を聞いたからだろうか?ニコニコしたあうんの表情に一瞬だけ翳りが見えた気がした。
「んー、えらく唐突ですね……まったく、何を言ってらっしゃるんですか?いつでも私は霊羽さんの味方ですよ」
「そう……よね」
萃香と出会ったあの日から、何もかも違和感を感じる気がする。あうんも会話しててもほとんど気が付かないのだけど、あの日に萃香に怯えていたあうんとはどこか違う気がするのである。
(……そういえば)
この子は賢者の1人、摩多羅隠岐奈に作られた存在だと聞く。もし、私とその神が対立した時、あうんはどうするのだろうか?
「霊羽さん?なんか今日おかしい……うぁっ!?」
霊羽はいきなりあうんの胸元に顔を埋め、手を背中へ回しちょうど良く締め付ける。
「んぅ……しょうがないですねぇ……」
あうんは霊羽の頭を包み込むように抱きしめ、髪をサラサラと撫でた。
暖かい。永遠に、永遠にこのまま時が止まってしまえばきっと何かが崩れる事なんてないだろう。疑心暗鬼
その光景を虚空より見つめる少女がいた。彼女の名は霍青娥、邪仙と呼ばれている。実際には博麗神社にはおらず、神霊廟と同じように作り出された仙界に隠れ家をおいている。
彼女が博麗神社へ近づくことを賢者達はかなり嫌がってるようで、神社敷地に踏み入ると探知する呪いが青娥専用に設けられているので近づけず、遠隔で除くだけの仙術をわざわざ使っているのである。
右目に貼ったそのお札を剥がすと青娥は不満げな顔でため息をいた。
(べったりねぇ、あの子犬。
めんどくさい小鬼が居ないと思っていたら……
うーん、あの子犬は隠岐奈様の小間使いだったけ?)
煙管の煙に包まれ自分の弟子の友人の事を思い出す。冷静沈着で凍血な少女、摩多羅隠岐奈。似たようなタイプでもノリも良く意外と抜けてる神子とは違って正直関わりたくない相手である。
(あの方から鍵を直接奪うなんて下手したら殺されかねないし、肝心な箱もなかなか手を出せないわねぇ)
他にも気になることが山ほどある。賢者達と月の民の話や閻魔の諸々、最近人里によく出没する造形神についてなどだ。
青娥は別にこの幻想郷の上に立ちたいとか覇権を握りたいなどの支配欲みたいな物は無い。ただ自分のやりたい事やり、欲しい物を手にれようとしているだけある。
しかし、今回彼女が欲する“それ”は賢者たちが“鍵”や“箱”と抽象的な名で呼び、隠し通している物なのだ。
それは人間、妖怪、神など幻想郷の様々な勢力が狙い、奪い合いは激化し涯には乱世を呼ぶ危険な代物でもあった。
(やはり狙うは白玉楼か。
しかし悔しいわね。
死霊術士であり、不死である尸解仙の青娥は白玉楼の亡霊乙女に対し一見有利なのである。
しかし、仙人の不死はあくまで死神を回避する事で得る擬似的な不死であり、死そのものを呼ぶその亡霊乙女は大変珍しい仙人の天敵であった。
「どうしたことかしら………あ……?」
どうあの亡霊を処理しようかと頭を抱えた青娥に、一つの案が浮かんだ。それは単純で効果的、今すぐにでも実行に移せるものである。
「うふふ……なんでこんな事にもっと早く気づかなかったのかしら!」
満面の笑みで隠れ家を飛び出した。