ここはマヨヒガ、幻想郷の管理者である八雲家の者達が住んでいる場所である。その1人、八雲藍は先日負傷し、まだその傷が癒えていない橙の看病をしていた。
前腕骨及び第七頸椎骨折、寝返りも打てない大怪我である。
あの仙人の顔を思い出し、ギリ…っと歯を軋ませる。自分の可愛い式がこうも痛めつけられれば流石の八雲藍でさえも感情をむき出しにするようだ。
「藍」
不意に名前を呼ばれ振り返る。分かり切ってはいるが、その声の主は自らの主である八雲紫。
「でかけるわ」
「どちらへ?」
「永遠亭」
「……大丈夫なのですか?」
「大丈夫……とは言い切れないわね。
それでもそれが私の仕事よ」
「いってらっしゃいませ、お気をつけて」
八雲紫は自らの能力で裂け目を開くと足から吸い込まれていき、消えていなくなった。
「紫様……」
最近、紫はあまり体調が良くない。以前より体重に落ち、顔色も悪い。
彼女は賢者の中でも幻想郷の揉め事に最も干渉する役割にある。賢者として最も忙しいポジションにいて、何かあれば真っ先に出向く。
(隠岐奈様のように、裏で笑ってるだけならば……)
摩多羅隠岐奈、同じ賢者でありながら紫の負担にもなっている存在である。賢者達は皆幻想郷を愛しているが、思想が同じと言うわけではない。
例えば同じ食材でも調理法次第で好みが分かれるように、同じ物を愛していたとしても愛し方が同じとは限らないのだ。
正直に言えば藍は行動が予測できない上に自分の主人に負担をかける存在である隠岐奈が苦手……いや、嫌いである。
今だってどこかで暗躍しているのであろう、
下手をすれば最近人里でよく見る反妖の集団にだって繋がっているかもしれない。
彼女が幻想郷を愛しているのはわかっている。しかし、それは盆栽のような物だ。
自分の思い描く形にする為であれば容赦なく枝を切り落とす。自分たちが切り落とされないなんて保証はどこにもない。
(あの方と言えど完璧ではない。もしもの時の切り札を用意しなければ……)
* * * * * * * * * *
ここは人里にある埴安屋。埴安神袿姫が自らの能力で作り出した埴輪を販売しているお店である。
頬杖を突き暇そうにしている袿姫と、背筋をピンと張り何時でも戦闘体制に移行できる埴輪は対照的だ。
「あまり売れないですね」
「しょうがないわよ、下手に高性能な埴輪を売ると人里の
「何も人間如きの事など気にしなくてもいいのでは?」
「そう言うわけにもいかないわよ。魅須丸は怒ると怖いし、千亦ちゃんが可哀想でしょ?それに永琳も………ん?」
袿姫が何かを感じて埴輪の方を見ると、剣を抜いて自分の後方へと向けていた。振り返ると、八雲藍が立っている。
「ごきげんよう、埴安神様。それにしてもいい反応ですね、名前は磨弓でしたっけ?」
その問いかけに対し、まるで待ってましたと言わんばかりにドヤ顔で袿姫は語り始める。
「チッチッチッ、この子は磨弓じゃなくて磨矢よ。磨弓が最強の指揮官ってコンセプトなのに対して磨矢は一騎当千の最強の兵士としてデザインしているわ。
物理攻撃対策も完璧、強度はもちろん上昇させた上で再生速度は粉々に破壊されても数秒で再生するわ。さらに追加兵装を換装することによってあらゆる任務に柔軟に____」
「それについてはぜひ後日にゆっくり聞かせてください。とりあえず、我々の隠れ家へと招待します」
袿姫は言葉を遮られ少々不満であったが、大人しく藍の話を聞くことにした。
* * * * * * * * * *
「___という事になります。そこであなたの協力を得たいのですが……」
他者、特にあの神に聞かれぬようマヨヒガに埴安神を連れ込み、自分の意向を伝える。藍は幻想郷を愛しているものの、彼女が最も重きに置いているものは主人である八雲紫だ。時点で幻想郷や式の橙である。
「それで?私へのメリットは?」
「はい、幻想郷中に貴方の
「お前、勘違いしているな?」
「はい?」
袿姫の雰囲気が変わる。確かに数秒前までは目の前には気さくな少女がいた。しかし、いま藍の目の前にいるのは紛れもない“神”であった。
「私は性質上、社など必要ない。
そもそも
大妖怪である九尾の狐の藍でさえ気圧される程の神威。
藍は忘れていた。この神はただの神ではないのだ。
この神もまた幻想郷という範疇など超えている神の一柱であり、単身の能力だけで人間界に並ぶ一つの世界に君臨した猛者なのである。
「…………失礼しました」
「ふふん、わかればいいのよ!
まぁ、対価はあとで決めるとして……私に何をやらせたいの?」
「2つです。1つ目は、伊吹萃香の排除です」
「おや、確か鬼だったよね?」
「はい、先ほど話したように私の目的は隠岐奈様への牽制及び妨害です。我々が伊吹萃香の動きを把握できないのは、おそらく隠岐奈様が噛んでいるのもあるでしょう。
そして、もう一つは____」
「発見しました」
「……え?」
「伊吹萃香を発見しました」
藍が要件を伝えて磨矢が口を開くまでたった数秒。その一瞬の間にあの小鬼を発見したと言う。
「どうやって……?」
「あなたが思ってる以上に私は
困惑している藍を黒い笑みを浮かべ見つめる袿姫、その表情はまさに圧倒的な力を持った“上位者”の余裕であった。