戦国時代に憑依TSしたと思ったらトンデモ戦国だったでござるの巻 作:翔々
7-1
ヤバい。
何がヤバいって、マジでヤバい。
「世の中がこんなクソなのは全部忍者が悪い。だから一番強い伊賀をぶっ潰しに行く」
などと藤丸が言い出して、隠れ里総出で大遠征の支度をおっ始めたのである。
待て、頼むから待ってくれ。確かに前回「そろそろこっちから動くべきかもね」みたいな提案はした。飛び加藤から軒猿衆までこのかた、ずっと後手に回っていたからだ。いい加減にこちらが先手を打ちたいと焦ったのは否定しない。
だからって、いきなりラスボスのアジトに乗り込むとか無謀にも程がある。馬鹿な真似は止めろと詰め寄ったら、うるせぇの一声とともに頭突きをくらった。おお、昼間なのに星が飛んでいる。
「越後がどうなったか、お前も見ただろうが! 忍軍なんてもんがのさばってるから関係ねぇ連中まで迷惑すんだよ! 誰もやらねぇなら、俺達がやるしかねぇだろ!!」
ダメですわ、完全にプッツン来ておられる。聞く耳持たねぇですわ。
普段の藤丸なら、まだ聞き分けが良い。気に入らなければ実力行使で突っぱねるが、それでも筋が通っていれば聞くだけの配慮はするからだ。7割ぐらいは途中から手が出るものの、こっちが避ければ無問題なので許容範囲である。
その申し訳程度のブレーキが、完全に外れてしまっている。上杉家を隠れ蓑にさんざん暴れ回った軒猿衆の実態を知ったからだろう。元は一般人だったのを騙されて忍者にされた自分と、何の罪もないのに誘拐されて人体改造を受けた犠牲者を重ねてしまい、嫌悪感で暴走状態に陥っている。
こうなったらもう止まらない。慎重な大人組は一言二言いっただけで諦めるし、その場のノリで動きたがる楽天丸達はいいぞやっちまえとけしかける一方。かなめから越後の話を聞いた風子まで怒りに燃えてて期待できない。才蔵? ニヤニヤ笑ってるだけだよ。
つまり、私しかまともに反対する奴がいないってこった! ハハッ、笑っちゃうぜ! これだからワンマン社長の組織運営はダメなんだ、良い時はうなぎ登りでも判断ひとつで転がり落ちる。戦国時代ってそういうの多そうだよね、止めた部下も切腹したり。
だが、そうさせないために私がいる。どうも月に何日かあるキッツい体調の日と重なってるんだけど、ええい構うものか! 気合入れてイクゾー!
ダメでした。
今回ばかりは藤丸も本気だった。半分やけっぱちな怒りのこもった拳を絶不調ボディにくらい、呻いた瞬間に車田ばりのアッパーがもろに入って屋根を突き抜けた。地面に墜落した時には気絶してて、目を覚ましたらとっくに翌朝。
ぶっ倒れたままの私と看病で残されたモブ巫女以外、全員を引き連れた藤丸が遠く伊賀へと出立したと聞かされた、寝ぼけ眼な私の心境を述べよ。
3、2、1、Q。
「いま攻められたらどうすんだよあの馬鹿……!」
はい立った! フラグ立ったよいま!
だ、だだだ大丈夫だ問題ないでも私しかいなくねっていうかこのモブ巫女虫も殺せないから戦力にカウントできねぇ飛び道具あっ駄目だ全部持ってってる薬もねぇ刀もねぇカラクリそれほど使えねぇ私の手甲どうしたっけやっべメンテ中だわっておいおいおいマジか素手か素手でやるんか頼む頼む頼む来るな来ないでいや振りじゃなくてマジでやめてあああああ鳴子の音ぉぉぉぉぉぉ!!!!
7-2
ごうごうと風が吹き荒れていた。
朝までは微風。落ち葉がふわりと浮きあがる、何の変哲もない山の天候だった。それが突如として嵐のような強風に変わり、木々に隠されたはぐれ透波の里を露わにする。ほぼ無人となった、隠れ里の有様を。
「お初にお目にかかる、はぐれ透波! 風魔忍軍・
腹の底から響く大音量が、山全体を揺らした。ズシン、と足音を立てて里の入り口に姿を現したのは、仁王像のような筋骨隆々の大女である。二の腕は並の女の胴よりも太く、みっしりと膨らんだ太腿は幾重にも渡って筋肉が層をなしている。鍛え抜いた、などという言葉は生ぬるい。アマゾネスの女王じみた女だった。
阿毘羅に続いて姿を見せるのは、天女のような羽衣を風に揺らす女。隣の大女と並べば、明らかに細さが際立っている。一瞬、遠くを見透かすように目を細めてから、鮮やかな紅色の唇を開く。
「私は
声量は阿毘羅よりも小さいのに、どこまでも響く声だった。奥屋敷から飛び出した人影もいぶかしんだのか、耳を触って聴覚を確かめている。里の入り口にずらりと並んだ女達に気付くと表情を消し、ひた、ひた、と距離を詰めてきた。
彼我の距離、およそ十歩。忍者であれば零に等しく、互いに必殺の間合いである。もう一歩踏み込めば阿毘羅が反応する、その境界を見極めたが故だった。
「三大忍軍のひとつが、こんなド田舎にわざわざ来るとはね。伊賀といい風魔といい、案外暇だったりするの?」
軽口を叩きながらも、視線は居並ぶ敵をつぶさに観察している。絶望的な数の差を理解した上でのクソ度胸。大した肝っ玉だ、と風魔忍軍は相手の評価を上乗せした。
すらりとした肢体の女である。中肉中背、ほどよく鍛えられた筋肉の線が、黒地の装束にうっすらと浮かび上がっている。手元の動作を見せないためか、たっぷりと広がった袖の中に両手を隠しており、武器の有無が確認できない。
何よりも際立つのは、その没個性ぶりだった。美人であるか、不細工であるか。目は切れ長か、垂れているのか。鼻はワシのようか、それとも小さいのか。面と向かっているにも関わらず、脳が認識するのを放棄しているかのようにおぼつかない。
美人だろう、と阿毘羅は思う。おそらく、きっと、たぶん。五感の研ぎ澄まされた忍者をもってしても、眼前の女を把握するのは至難の業だった。
「俺はどうせなら藤丸と一戦交えてみたかったんだが、ほかでもない小太郎様のご意向でな。本命を優先させてもらう」
「ここを潰すつもり?」
里を背にした女の声に、少しだけ力が籠もる。おぼろげだった影が実体を持ち、ようやく個性が露わになった。男にも見えるし、女にも見える。極めて性差に乏しい、中性的な面持ちが敵を見据えている。
「いいえ。小太郎様の目的はあなたよ、桔梗。信玄公の忘れ形見。禁忌の儀をもって女となった、武田の若殿。あなたを風魔のものにせよ、それが小太郎様から下った命令なの」
吽毘羅の告げた内容が予想外だったのか、桔梗の眉間に皺が寄った。
「……私の秘密がバレバレなのは聞かないけどさ。どうして私が狙われるのか、理由ぐらい聞いても?」
「あなたが大人しく従えば、小太郎様が教えてくださるでしょう」
「嫌といったら?」
「実力行使になるな」
獰猛な笑顔を浮かべた阿毘羅の声に、桔梗が小さくため息をついた。勘弁してほしい。そういいたげに肩を落とし、全身をだらりと弛緩させてから、
瞬時に吽毘羅との距離を詰めた。
「ほう!」
「チッ」
桔梗の繰り出した貫手が吽毘羅に届くよりも早く、阿毘羅が鍛え抜いた肉体を盾に割り込む。ゴムタイヤを叩いたような音の後、上腕の痺れと痛覚に阿毘羅は思わず歓声を上げた。主との稽古以外ではご無沙汰の感覚である。
不意打ちを防がれた桔梗は舌打ちを隠せない。会話を続けるそぶりの擬態は完璧だったはずだ。しかし、阿毘羅には見抜かれ、おそらく吽毘羅にも察知されていた。付け加えるなら、貴重な初手を制したにもかかわらず、阿毘羅を負傷させる事も出来なかった。透波も、伊賀も、軒猿も蹴散らした拳が、ついに防がれたのだ。
このふたりは、強い。
「驚いたわ。幻のようにあやふやなのに、意外と力強いのね」
「いいね、思ったより楽しめそうだ。小太郎様がいうだけはある」
無言で控えていた阿女隊、吽女隊が隊列を組む。あっという間に布かれた包囲網の中心で、桔梗は口に含んでいた丸薬を飲み干した。煙羅の助八謹製の強心剤である。一分一秒でも活動時間を延ばさなくてはならない。
鳴子が鳴ってすぐに、緊急の狼煙は上げた。巫女にも隠れるようにいってある。藤丸達が隠れ里に戻るまでの時間を、たったひとりで稼ぐのだ。それがどれだけの無理難題か。内心で藤丸をさんざんに罵ってから、桔梗は限界まで息を吸い込む。このコンディションで使いたくはなかったが、出し惜しみの許される状況ではない。
心気を回す。丹田に力を籠め、渾沌の力を想起する。強心剤によって急激に活性化した血流が全身を駆け巡る中、まったく異質な力が血液に混ざり出し、やがて自身と完全に一体化を果たす。
全身に奇怪な痣を浮かび上がらせる桔梗を見て、阿毘羅と吽毘羅が高らかに笑った。
「そこまで馴染んだか! こいつは上出来だ!」
「渾沌が根付いたのなら、手間が省けるというもの! お前達、かかりなさい! 首と胴体がつながっていれば、加減はいらないわ!」
前後左右、天地上下にいたるまで、風魔忍軍がいっせいに襲いかかる。雄たけびをあげて迎え撃ちながら、桔梗の思考は戦闘の中に埋もれていった。
7-3
殴る。蹴る。投げる。極める。貫く。叩く。払う。切る。掻く。捌く。折る。転ぶ。断つ。受ける。抉る。千切る。破る。刺す。噛む。避ける。引く。突く。いなす。当てる。回る。掛ける。潰す。沈む。砕く。飛ぶ。
すべてやった。
すべて見せた。
五歳で忍者になってから十四年、身に着けた技を残らず出し切った。強心剤による興奮と、死合がもたらす極限の緊張があわさって、次の手を考える余裕もない。思考ではなく本能が技を選択していた。
「阿女隊伍派、下がれ! 次は陸派だ!!」
目の前にそびえ立つ阿女隊と名乗る肉壁をひとつ壊すのに、最低でも三発はかかる。その間、どうしても一発は受けてしまう。苦労して倒す間に次の肉壁が現れ、同じ事を繰り返す。蓄積されたダメージが回復する暇も与えられず、次第にこちらの受ける回数が増えていく。
ただでさえ絶望的な戦力差だというのに、持久戦まで仕掛けられてはどうしようもなかった。風魔忍軍は自分のような相手の対処に慣れ切っているらしい。
「肉体はともかく、精神はいつまで保つかしら? 吽女隊、もう一度よ!」
また嫌なのが来る!
阿女隊という鉄壁によって守られた向こうから、吽女隊のくの一達が印を結んだ瞬間、自分の頭がぐわんと殴りつけられたような衝撃が走り、構えの体勢が崩されてしまう。サイキックウェーブとでもいうのか、極彩色の波のような力が飛んでくるのは見えても、回避のしようがない。
フィジカルの阿女隊と、サイキックの吽女隊。
これが風魔なのだと、身をもって理解する。伊賀忍軍が規模として最強なら、風魔忍軍は質でもって最強ということか。はぐれ透波をシステマチックに特化させればこうなるのかもしれない。忍者ひとりひとりの強さが他と比較にならないのに加えて、前衛と後衛の役割分担が異常なまでに徹底している。
つまり、自分とは致命的に相性が悪い。
丸薬の効果もとっくに切れていた。ドーピングでごまかした動きの鋭さが半分以下にまで衰え、力任せに沈めてきた相手が倍以上に耐えている。全身の筋肉が悲鳴をあげ、ひっきりなしに飛んでくる精神波がもともと丈夫ではないメンタルを際限なく締めつける。
ずきり、と胎が痛む。
……ああ、しんどい。
7-4
「う、げっ……!」
無防備にうめいた瞬間、強烈なラリアットが喉に叩き込まれた。衝撃を殺す余裕もなく、大木の幹に背中をしたたかに打ち付ける。暗転しかけた視界の中でチカチカと火花が飛んだ。この丈夫な肉体は、眠るのも許してくれないらしい。
もはやサンドバッグよりも酷い有様だった。阿女隊の全員を退けた事で、いよいよ興が乗ったらしい阿毘羅とのタイマンになってから、ろくに力が入らない。ずるずると幹を滑り落ち、尻もちをつきながら、出血で赤く染まった目を開く。
二メートルはあるだろう阿毘羅が、満足げに見下ろしていた。
「まさか、ここまで粘るとは思わなかったぜ。最初から一対一なら、俺でも危なかっただろうな」
「……そい、つは、どうも……ごふっ!」
肺の息が処理できない。限界以上に力を酷使した代償である。指一本動かないどころか、内臓の機能が病人並に低下しきっていた。本調子に戻るまで何日かかるのか、自分でもわからない。そんな日が来るのかも怪しいが。
むせる私の前で、阿毘羅がひときわ大きな声で笑った。
「気に入った。風魔に来いよ、桔梗。お前ならうちでやっていける。小太郎様も愛してくださるだろう」
「あ、い?」
声にならないうめきに、全身の筋肉を膨らませた大女が頷く。
「小太郎様は、すべての女を愛される。老若美醜を問わず、どんな事情を抱えた女であってもだ。外の世界では爪弾きにされた俺を受け入れ、そのままでいろといってくださった。阿女隊も吽女隊も、ワケありの女達が最後にたどり着いた家なのさ」
「阿毘羅の言葉は正しいわ、桔梗。人の世では、弱者が強者を上回る力を持てば、よってたかって迫害されるしかない。それが彼らにとって不都合だからよ。その異能や剛力で下克上をされるのが怖いから」
脳髄まで直に響く声でささやきながら、吽毘羅が膝をついた。私の顎をくいと持ち上げ、無理矢理に視線を合わされる。頭の中を覗き込もうとする瞳だった。いやいやをする元気もない。
「あなたもそうよ、桔梗。男ではなくなり、かといって純粋な女でもない。この戦国の世に、あなたほど稀な人はいないわ。そんなあなたを愛せる男が、この世のどこにあって? まさか、はぐれ透波だとでもいうつもり?」
痛い。頭が割れるように痛い。
……違う、頭ではない。
どこだ。この痛みは、どこから来ている。
「いいえ、違うわ。ここには、あなたを愛する者はいない。あなたの居場所は、はぐれ透波ではない。誰もあなたを愛さない。誰もあなたを救えない。たとえあなたが誰かを愛そうとしても、返されるのは愛ではない。ただの偏見と失望よ。あなたは何度だって絶望する。あなたがあなたでいる限り」
心だ。
このわずらわしい声が、心のあちこちをぐさぐさと刺してくるんだ。
「覚えておきなさい、桔梗。あなたを救えるのは、小太郎様ただひとり。あの方だけがあなたを愛してくれる。あなた自身の声でいうのよ。風魔に行く、と。あなたはそれだけでいい。たった一言、それだけでいいの」
あい。
いばしょ。
ふうま。
こたろう。
ぐるぐるとしこうがうずまいている。
おもってもいないことばがきざみこまれていく。
これは、わたしのことばじゃない。
「吽毘羅、残念だがここまでだ。藤丸達が帰ってきやがった」
「そう。もう少しで刷り込みが終わったのに……良いでしょう、それなら仕込んでおくだけのこと。でも、可哀想ね。風魔の里でなら、痛い思いをせずに済んだでしょうに」
わたし。
わたしとはなんだ。
わたしはだれだ。
「小太郎様に託された『四凶』のひとつ。渾沌に並ぶ禁忌、『
「よぉし、引き上げだ! 仲間の死体を残すなよ! 全員撤退!!」
わたしはおれであり、ここにきたのではなく、ここでうまれた。
ちがう。
おれはわたしであり、たけだのおんながおとこになった。
ちがう。
じゃあなんだ。
わたしはなんなんだ。
わたしをこんなにしたのはなんだ。
あたまがいたい、しこうがまとまらない、ぐるぐるぐるぐるのうがゆれてだめだかんがえるなこんとんだわたしであってわたしじゃないこんとんがそうさせるかこでみらいでげんじつでゆめですべてはさだかでなくこんとんがはらのなかでああやめろうごくなうごめくなわたしがわたしじゃなくなるわたしでないおれはこんとんがなんだうるさいだれだしきゅうをやめろゆりかごのなかにゆっくりとはいあがってああだめだはいるなはいってくるなやめろむrだこれいじょうはやめていやdやめておねがいいやだいやだいやだはらがもuがまnできな――――――――
―――けぷっ。
7-5
「ちくしょう、俺達が留守にしてすぐかよ! きたねぇ手を使いやがる!」
甲斐から木曽路を通じて美濃に出る。計画通りに信濃へ入ろうとしたところで、緊急を知らせる忍び煙が隠れ里の方角から上がったのを見た藤丸達は、全速力で来た道を戻っていた。
「手薄になった里を急襲。あいつの危惧が的中したな」
「何がいいてぇ、才蔵!」
「事実をいったまでだ」
並走する皮肉屋の顔を見るまでもない。どうせいつもどおりの冷笑を浮かべているのだろう、と藤丸は思った。他人の神経を逆撫でする事に定評のある男だが、この場でいわれるのは特に腹が立つ。原因を自覚しているからだ。
「よりにもよって、指摘した本人がぶん殴られて気絶してんだからなぁ。誰のせいだっけ?」
「てめぇもか、楽天丸! 敵より先にはっ倒すぞ!」
「その元気は後でとっとけっての!」
今回ばかりは、楽天丸の煽りにも冷たいものがあった。遠征自体には賛成したが、参謀役である桔梗を置いていくのには反対の票を投じたからである。お互いにアクの強すぎる藤丸と才蔵、ついでに自分との緩衝材になれる桔梗がいなかったら、この組織は立ち行かないと考えている。
先行していた風子が、声を張り上げた。
「相模の方に逃げてく連中がいるよ! たぶん風魔だ! 相模には風魔忍軍の根城がある!」
「ふうまだぁ!? 伊賀に続いて風魔かよ! 三大忍軍ってのは気が小せぇな!」
「それだけ俺達が注目を集めてるって話だろうよ! さぁ、急ぐぞ!」
弾丈の声に急かされるまでもなく、とっくに全力を出している。口論する余裕も無くなり、全員が里の無事を確認しようと必死だった。
獣道を抜け、破壊された罠に舌打ちする暇もなく、里の入り口へと殺到する。いち早くたどり着いた風子が、呆然と立ち尽くしているのにも構わず、藤丸は隠れ里に踏み入った。
「こいつは……」
里自体の被害が少ないのは、入り口の区画が戦場となったからだろう。だが、今朝の光景とは明らかに一変していた。
大木はへし折れ、桶をひっくり返したような血飛沫が幾つもの水溜まりをこしらえ、髪や歯、指といった人体のパーツがいたるところに散らばっている。鍛錬で踏み固まったはずの地面は、大地震にでも遭ったように地割れを起こし、地中に暮らしていた虫達の死骸がぼろぼろとこぼれ落ちていた。
里に残った戦闘員は桔梗だけである。昨晩から不調を訴えていたまま藤丸に談判し、昏倒するような状態の彼女が、これだけの激戦を繰り広げたのだ。いったい、彼女が相手にした敵はどれほど強大だったのか。
その桔梗は、どこにいったのか?
「ああ、皆さん、こちらです! こちらに来てください! 桔梗さんが、桔梗さんが……!」
「蘭!? 無事だったのかい、あんた!」
桔梗の看病役として残した巫女の声に、風子がさっそうと駆け出した。藤丸達も続いていく。
たどり着いた先は、かなめや蘭といった巫女達の修行堂だった。他者を癒やす法力が十全に働くよう、望月千代女がかなめに遺した手順にのっとって建設された、里で唯一の診療所である。負傷した桔梗を癒やすために、蘭が担ぎ込んだのだろう。
応急手当で血まみれになった前掛けのまま、蘭がおろおろと藤丸を見た。どうしていいのかわからない、と言いたげだった。その足元には、小さな寝息をたてる人影が寝具に横たわっている。
額から二本の赤角を生やした、真っ白な髪の桔梗が、ぐっすりと寝入っていた。
人物紹介
◇桔梗
七話目に来てとうとう人外系TS娘に変身を果たす。外見イメージはFGOの巴さん一臨(やや貧乳)にツノを生やした感じ。月に数回の体調不良は生理ではなく、腹部に沈殿していた渾沌が全身に広がろうともがいていた。
◇阿毘羅
風魔忍軍・阿女隊をまとめる筋骨隆々の大女。女子レスラーのような体格から繰り出される肉弾戦は迫力満点。頭領の小太郎を裏切ることは決してなく、彼が先に死ぬと後を追って自害するほど。
◇吽毘羅
風魔忍軍・吽女隊の長を務める妖しげな美貌の女。阿毘羅と並んだら三分の一ほどの細さしかない。天女のような羽衣をまとい、精神波による遠距離戦を得意とする。頭領の小太郎を盲信しており、彼が先に死ねば彼女も自害する。