戦国時代に憑依TSしたと思ったらトンデモ戦国だったでござるの巻   作:翔々

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第八幕 逆襲(前)

 

 

8-1

 

 

 道中の口論がいよいよ収まらなくなりつつある。

 

「藤丸。お前がこないだからお題目で掲げている忍軍潰しだが、それを成し遂げたからといって、本当に自由の身になれるのか? 俺には到底そう思えん。むしろ、はぐれ透波が三大忍軍に代わって全国を統べる方が、よほど理にかなっているではないか」

 

 才蔵の不満は日増しに募っているようだった。もともと一匹狼気質で誰の下にもつきたがらないのに、藤丸を頭領として担がなければならない現状に嫌気がさしている。だがそれ以上に、透波・伊賀・軒猿を撃破した事で、自分の剣才が本物であると確信を持ってしまった。地位も名誉も求めようとしない、藤丸の消極的な姿勢が歯痒くて仕方がないのだろう。

 

「才蔵、お前、本格的に頭がイカレてきたんじゃねぇか?」

 

 長い付き合いの腐れ縁である。藤丸にしても、才蔵が不満を抱いているのはわかる。しかし、どうして才蔵が富や名声をそこまで欲しがるのか、根本の部分で理解できない。

 

「全国制覇だの忍軍統一だの、俺はちっとも興味がねぇんだよ。忍者なんてものがいるから、こんな面倒くせぇ事に巻き込まれたんじゃねぇか。俺はな、この世から忍者なんてものを全員ブッ殺して、その後は好きに暮らすぜ。みんなそうすりゃいいんだ」

「……お前とはつくづく性が合わんな、藤丸」

 

 互いに忍者としての才に溢れながら、どうしようもなく嚙み合わない。忍者としては才蔵が正しいし、人としても自己顕示欲と出世欲を剥き出しにする才蔵の方が人間らしいといえる。

 

 およそ人外の力量に達しつつある藤丸を認めているがゆえに、その在り方が残念でならない。どうして忍者らしくあろうとしないのか。なぜ、天は余人の羨む才能を、およそ忍者からかけ離れた望みを持つ男に与えたのか。惜しいと思う、その未練が糸となって、才蔵をはぐれ透波に結び付けている。

 

 ―――その糸が切れつつある、と楽天丸は分析する。

 

「もう。どうしてケンカばっかりするのかな、ふたりとも」

「今更だろ。あいつらなんてほっといて、メシにしようぜ」

「ま、待ってよ、お兄ちゃん」

 

 ここ最近、ため息をついてばかりの賽天太の腕を引っ張り、女ふたりが休んでいる茶屋になだれ込む。全員分の焼き餅が並べられた机をはさんで、かなめと桔梗がのんびりと白湯を飲んでいた。

 

「……」

「やっと来たね。冷める前に食べちゃいな」

 

 黙って会釈するかなめと、席に着くよう急かす桔梗。さながら静と動で対照的なふたりだが、こちらは外の藤丸達と違って仲が良い。男と女でこうも違うかね、と思いながら、楽天丸は弟と並んで腰を下ろした。

 

「はい、おまけ」

 

 皮手袋で覆われた桔梗の手がすらりと伸びる。鬼化した際にツメが変容したとかで、人目にさらさないための工夫らしい。別に隠さなくてもいいのに、と楽天丸は思うのだが。

 

 たっぷりと餡の乗った草団子が一本ずつ、兄弟の前に差し出された。

 

「わぁ、おいしそう。桔梗のお姉ちゃん、いいの? 食べてもいいの?」

「あいつらには内緒ね。いつまでたっても来ない大人にはあげません」

「へへっ、いっただきまーすっと」

 

 一口で思いっきり頬張る。いくら忍者として鍛えても、甘味の魅力には抗いがたい。ヨモギの苦味と小豆の芳醇な甘みが口いっぱいに広がり、自然と笑顔になってしまう。賽天太の方を見れば、目をぱちくりさせながら、大事そうに少しずつ齧っている。

 

「うめぇな、これ」

「さっきまで横にいた人が食べててさ、美味しそうだったの。旅の醍醐味だよねぇ、ご当地定番ってやつ? 越後じゃ何にも食べられなかったし、今回くらいはアリでしょ」

 

 にこにこ笑って焼き餅をついばむ桔梗の頭は、頭巾ですっぽりと覆われている。額からニョッキリ生える赤角を隠すために尼の真似をしているのだが、彼女の口から経文を聞いた事は一度もない。どうせ知らねぇんだろうな、とジト目で見る。

 

 桔梗。

 

 変な女、というのが最初の印象だった。男所帯のはぐれ透波でただひとり、平然と生活する元男。信玄の嫡男だったと聞かされた時は、こいつも世間知らずの坊ちゃんかよ、と嫌になったりしたが、一緒に暮らす内に認識を改めた。

 

 普通過ぎるのだ。

 

 貴族特有の高貴さも感じられないし、教養をひけらかす事もない。わがままらしい振る舞いも楽天丸が知る限りはない。多少手が出るのが早いぐらいで、理不尽な暴力をされた経験もない。

 

 どこにでもいる、面倒見の良い凡人。それが桔梗という女だった。

 

 その平凡さこそ必要なんだろう、と楽天丸は思う。はぐれ透波というアクの強すぎる面々が組織としてまとまっているのは藤丸の強引さあってこそだが、不満や軋轢が抑えられているのは桔梗の存在が効いているからだ。

 

 男どもの揉め事に首を突っ込んで緩衝材になり、女達の要望をまとめて藤丸へ直に伝える。しち面倒くさい役割を桔梗が果たしているからこそ、いまの隠れ里は円滑に回っている。もし彼女がいなかったら、はぐれ透波はどうなっていただろうか。きっと今以上にギスギスとした、居たたまれない空気で満ちていたに違いない。

 

 いっそ、その方が良かったのではないか。

 

 未練があるから悩んでしまうのだ。なまじ離れがたい居心地の良さのせいで、ずるずると引き延ばしてしまうから、柄にもない、甘ちゃんじみた真似をしてしまう。自分が馬鹿にしてきた連中と同じになってしまう。

 

 

 

 ────ああ、それだけは嫌だな。

 

 

 

「兄ちゃん?」

「何でもねぇよ」

 

 草団子を食べ終わる頃、自分も焼き餅をふたつ胃袋に放り込んだ桔梗が、湯呑みを持ってきた茶屋の主人に話しかけていた。

 

「お爺さん、なんかずいぶんとお客さんが多いね?」

 

 気が付けば、茶屋の中が客でごったがえしていた。立ち食いでも構わないと餅を頬張る、疲れ切った顔がそこかしこに見られる。往来に視線をやると、自分達が目指す方角から逃げるように歩を進める人々の姿があった。

 

「多いなんてもんじゃありませんや。こないだからずっと大行列ですわい。一刻も早く上方から逃げようってね」

「逃げる? なんでまた」

「いやもう、恐ろしい話でさぁ」

 

 忙しさに目を回す店主の老人が、この世の終わりのような顔をして告げた。

 

「三日前にドカーンと音がしたと思ったら、とんでもない量の煙が京の方から上がったんですよ。そうしたら家財一式抱えたお客さんが来るわ来るわ、みんな口々に「都が無くなった」なんていうんでさ」

「みやこがなくなった?」

「海の向こうの武器を使っただか何だかして、一晩で都が吹っ飛んじまったんだとか。町も寺も関係無し、あらゆるものが焼け落ちて、いっさいがっさい焼け野原だそうで。住まいどころか食うものも無いから、みんな散り散りに逃げてるってわけです」

 

 世も末ですねぇ、と他人事のようにつぶやきながら、店主が新しい注文を取りに離れていった。

 

 

 

 

8-2

 

 

 ない。

 

 ない。

 

 なんっっっっにもないっ!!!

 

「……おいおい、どうなってんだ? 京は大層栄えてるって助八から聞いてたんだが、キレイさっぱり更地じゃねぇか。甲斐の方がまだ人通りがあるってもんだぜ」

 

 藤丸の呆れたような呟きが寒々しい。

 

 京の都。日の本の中心にして、権謀術数うずまく悪鬼羅刹の巣食う街。およそ一千年の間、この地に根を下ろす皇と公家、さらには神社仏閣の主達が水面下で争う魔窟の宮――――の、はずであった。

 

 そこには何もない。寺も、神社も、賽の目のような街並みも、何もかもが消え失せていた。かろうじて残った柱にもたれかかりながら息絶えたボロ布の死体と、それにたかる野犬。カラスの群れが西国へと飛び立っていくのまで見える。もはやこの土地では生きていけないと、野生動物にまで見放されたのだ。

 

 通りの向こうから杖をついてきた僧侶が、肩を震わせながら、

 

「終わりじゃ……この世の終わりじゃ……雑賀衆め、ありったけの火薬を集めて何をしでかすかと思うたら、「日本全国を吹っ飛ばしてやる」などと血迷いおった。京の街は手始めに過ぎん。あの馬鹿どもを止めなくては……ああ、しかし、どうすれば……」

 

 どうやら事情通らしい。詳しく聞こうと近づいたところで、僧侶の身体がうっすらと透き通っているのに気付いた。装束の下は焼けただれており、この世のものではないのだとわかる。

 

 楽天丸がぎょっとして硬直するのも構わず、僧侶はただの一度もこちらを見る事なく、かつては十字路があったであろう地点で立ち止まるや、進む方向を90度変えながら去っていった。

 

「……自分が死んだのにも気づいてないのかな。最期に歩いた道をそのままなぞってるとか?」

「知らねぇよ。あの坊主にだってわからねぇだろう」

 

 私の呟きにすげなく返した藤丸が、それより、と続けた。

 

「細けぇ事情は置いとこうぜ。弾丈がいってた通り、雑賀衆がとんでもねぇ量の火薬とからくりを持ってるのは間違いねぇ。都一つを丸ごと吹っ飛ばしてもまだお釣りがくるだけ残ってるはずさ。わざわざ関東から来てやったんだ、俺達が根こそぎぶんどってやる」

「い、異議なーし!」

 

 楽天丸の陽気な声―――幽霊を見たショックで現実逃避している―――に従い、一行が歩みを進める中で、私だけがひっそりとため息を吐いた。

 

 したかったなぁ、京見物。

 

 

 

 

8-3

 

 

 近江街道から京入りしたかと思えば、跡形もなく綺麗さっぱり焦土と化した都をてくてくと歩く羽目になった私達。楽しみにしていた神社仏閣は消失し、民家の一軒すらも残ってはいない。雨露をしのぐための屋根すら失った人々が、なけなしの家財道具を背負ってひとり、またひとりと他国へ散っていく。

 

 避難民の波を掻き分けるように、時には混ざるようにして下京へと入る。明日には雑賀衆の根城である紀伊へ入れるだろうところで、私達はまさかの因縁と対峙する羽目になった。

 

「待っていたぞ、はぐれ透波」

 

 その声には、凄みがあった。自分の人生のすべてを燃やし尽くても足りず。地位も、名誉も、財産も、己を慕う部下達も、何もかもを捧げた果てに、ひとつの極点に至った男の声だった。

 

 加藤段蔵。

 

 透波忍軍を率いてはぐれ透波に挑み、敗北した老忍。だが、いま目の前に立つ痩身からは、かつてない程の覇気が溢れていた。猛禽類のように鋭い眼光は私達の動作のすべてを見逃すまいと輝いている。ほんの少しでも隙を見せれば、即座に仕掛けてくるだろう。

 

「へぇ、誰かと思えば、あのデカッパナのモモンガ野郎じゃねぇか。甲斐から流れて京くんだりまで逃げてやがったのかよ。道理で見かけねぇわけだ」

 

 軽口を叩く藤丸だが、私にはわかる。隣にいる幼馴染は慢心などしていない。強敵を相手にワクワクが止まらない、根っからの戦闘狂のそれだ。藤丸からそんな声を引き出せた時点で、老人が以前とはまったく別の次元に到達している事の証明だった。

 

「ご老体なら家に帰って縁側で茶でも飲んでるのがお似合いだぜ? ……ってところだが、違うらしい。相当修行しやがったな、見ただけでわかるぜ」

 

 く、

 くくっ、

 

 不気味に笑ってみせる段蔵。その唇からのぞく歯は、ほとんどがすり減って無くなっている。

 

 過酷なトレーニングにおいて、想像を絶する心身の苦痛に耐えるために食いしばった結果、奥歯が割れたり摩耗してしまうのは現代のアスリートにも起こる。だが、目の前にいるのは老人である。かつては伊賀忍軍の上忍とも並び称されたとはいえ、老いには勝てず、からくりに頼らざるを得なくなったはずの男に過ぎない。

 

 そんなロートルすれすれの老忍が、どれだけの修練を積めばこうなるのか。赤黒く染まった忍装束は、己の血で染め上がったのだ。数えきれない血反吐を浴びたそれは、呪物めいた禍々しさすら感じさせた。

 

「煉釖藤丸、桔梗、そしてはぐれ透波。貴様らの首を奪る、わしはそのためだけに修行をやり直した……いや、違う。それでは勝てぬと信じ、かつてない程に己を追い込んだ。地獄の責め苦も生温い程に、この老骨が砕け散っても構わぬと、限界を超えたのよ」

 

 ぎろ、と鷹の目が私を見た。

 

「桔梗。武田信玄の娘、あの憎き男の忘れ形見よ」

「なに? 藤丸じゃなくて、私に用なの?」

 

 

 

「武田の名跡を継ぐ気はあるか?」

 

 

 

 一瞬、世界が止まった。

 

「────────────は?」

 

 何を言ってるのかわからない。硬まってしまった私に構わず、段蔵が続ける。

 

「信玄は死んだ。甲斐・信濃は織田の手中に入り、掌握しかけた駿府は徳川がものにした。名の知れた一族は落ち武者狩りに遭うか、かくまわれた先で奴婢に落ちた。が、貴様はどうだ? 五体満足で小憎らしいほどに壮健ではないか。余計なものまで生やしたようだがな」

 

 頭巾に隠された双角を見抜いてなお、老人の態度は変わらない。そんなものは問題ではない、と心底思っているらしかった。

 

「貴様が分不相応にもあの男の後継になりたいという野心があるのなら、わしが叶えてやろう。父親を追放して八方塞がりになった世間知らずのお坊ちゃんを、百万石の大名にまで仕立て上げたわしが支えてやるというのだ。織田も徳川も何するものぞ。武田桔梗、貴様を日ノ本一の大々名の座につけてみせよう」

「寝言は寝てからほざきやがれ! こいつが頷くタマかよ!」

「貴様には聞いておらんわ! 桔梗、返答は如何に!!」

 

 横に立つ藤丸を一喝した老忍が、真っすぐに私を見据えてくる。その瞳には、不思議なほどに敵意もなければ、害意も感じられない。己の矜持に従っての問いかけのような、ある種の覚悟すら漂わせるまなざしだった。

 

 もっとも、返事は決まっている。

 

「否、だ。それしかないよ」

 

 越後で藤丸に告げた思いは変わらない。こんな間違った世の中の権謀術数に関わってたまるか。織田にも、徳川にも、武田の家さえ真っ平ごめんだ。段蔵が何をいおうと、その意思は曲がらない。

 

 ただ、不思議だった。どうして目の前の老人がそんな誘いをかけるのか。自分を裏切った男の子供、それも忍術比べでこっ酷くやられた相手。殺したいほど憎いはずの存在を支えようとする、その魂胆がわからない。

 

 ────あるいは、おそらく。

 

 老人にとって、この問答こそが。己の在り方を貫くために必要な、最後のひと押しだったのかもしれない。

 

「そうか」

 

 理由を尋ねても、答えは返ってこないだろう。私に拒絶された瞬間、心の底からほっとしたように────嬉しそうに笑った老人が、ぶるりと全身を震わせた。

 

「そうか、そうか、そうか!!」

 

 過酷極まる修練によって痩せ衰えたはずの肉体が、内側から爆発したように膨れ上がった。枯れ枝のような腕が、太股が、胴体が、めきめきと筋肉を纏っていく。つい先日に痛めつけられた風魔忍軍・阿毘羅よりもスマートに、だがそれ以上の密度で束ねられた、死合うための肉体へと変容していった。

 

「ならば良し! 我が生涯の心残りは、これで全て無くなった! あとは貴様らの首を奪り、透波忍軍の総仕上げにかかるのみよ!!」

 

 老人が右手の親指と中指を合わせるや、バチン、と鳴らす。瞬間、私達を囲むようにして、四つの影が現れた。その姿は、いずれもが同じ。私の眼前に立ちふさがる、歴戦の老忍と瓜二つ。

 

 まぎれもなく、四人の加藤段蔵であった。

 

「ゆくぞ! 加藤段蔵、最期の忍働きを受けるがいい!!」

 

 

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