戦国時代に憑依TSしたと思ったらトンデモ戦国だったでござるの巻 作:翔々
8-4
正面から襲い掛かる加藤段蔵と桔梗がぶつかるのと同時に、残りの段蔵がとった行動は、その身を犠牲にしての足止めであった。
かなめを除いた藤丸達が四人。斜め四方を囲むように陣取った四人の加藤段蔵が一斉に飛翔するや、空中を縦横無尽に飛び回る。それらの背中には、もはや隠そうともせずに小型ジェットのからくりが二基。
「修行で身につけた技が分身とは、しゃらくせぇんだよ!!」
空中から突撃してくるひとりに斬りつけながら、藤丸が叫ぶ。加藤段蔵が『飛び加藤』と呼ばれるようになった奥義・極楽鳥。背中のからくりによって空中戦を仕掛けてくるのは、前回の戦いで桔梗から聞いていた。
実際に相対すると、やりにくい事この上ない相手である。野生の獣のような勘働きをする藤丸には、たいていのフェイントが通じない。そんな彼であっても、いっさいの予備動作なしに宙を飛ばれるのは度肝を抜かれてしまう。なるほど、これを初見でやられては、並大抵の忍者ではかなうまい。
だが、種は既に割れている。加藤段蔵が『飛び加藤』であるためには、背中のからくりが無くてはならない。加えて、精密な動作を要求されるからくりの操縦のために、どうしても本人の注意がおろそかになる瞬間が生じる。
そのタイミングさえ見切ってしまえば、はぐれ透波で最前線に立つ藤丸にとっては小細工も同然であった。
「そこだぁ!」
「ぬ、うっ……!」
ホバリングによる急制動で静止したひとりに、全力で小柄を投擲。危うくかわした隙に、本命の袈裟斬りを見舞う。
左肩から心の臓まで、刀身が深々と斬り割るのを、藤丸は確かに知覚した。わずかに遅れて、大量の血飛沫が噴き上がる。返り血が頬を濡らすのも構わずに、藤丸は叫んだ。
「分身じゃねぇだと!? どういうことだ、こいつまさか、本物!?」
「ほ、惚れ惚れする、ほどの、斬撃だな」
血液を失って青白くなりつつある老人から、思いのほか若々しい声が漏れる。否、声だけではない。生気が失われるにつれて、頬のこけ具合から皺の数、さらには骨格までもが変わりつつあった。まるで、抑え込んでいた本来の姿が現れるように。
そこにいたのは、老人などではない、中年にさしかかったかどうかの忍びだった。加藤段蔵とは似ても似つかない、まったくの別人である。これほどの変装技術を見せつけられたのは、藤丸にも初めての経験だった。
「ま、負けたのは、段蔵様だけではない。我ら透波忍軍、その全てが、はぐれ透波に負けたのだ」
「……」
「憎かった、悔しかった……だ、だが、それ以上に、勝ちたかった。忍びとして、自分を打ち負かした相手に、勝ちたいと願ったのだ。そのために、我らは捨てた。国も、同輩も、ついには己さえも捨てて、最強と慕った、加藤段蔵その人になったのよ」
大量の血を吐いてなお、名も無き忍者が笑う。悔いのない、憎らしいほどに晴れやかな顔だった。
「か、感謝するぞ、はぐれ透波。我ら、透波忍軍。みな、忍者として生き、忍者として散った。後悔は……無い。ああ、本当に……見事な、敵であった……」
生気を失った両眼が閉じられると同時に、自重に耐えかねた亡骸が刀身を残して崩れ落ちる。地に伏せるよりも早く、背中のからくりが爆炎とともに破裂した。
もうもうと立ち昇る煙が晴れた時、その忍びの遺体は、塵ひとつ残さずに消え失せていた。
「……気に入らねぇが、根性だけは認めてやらぁ。見上げた連中だぜ、透波忍軍」
ひとつ、またひとつと轟音が鳴り響く。才蔵が、楽天丸・賽天太の兄弟が、それぞれの敵を仕留めたのだ。
ならば、本物の加藤段蔵と桔梗は?
8-5
突進と同時に振るわれた、羆のような剛腕を受け止めた瞬間、お互いの力量が近いのを察した。
「こ、んのっ!」
「ほう! 人外の化生になったのは、力だけではないらしい!!」
心底嬉しそうな加藤段蔵だが、その目は笑ってなどいない。身体を膨らませただけの脳筋に見せかけながら、ぶつかった瞬間に合気じみた捌きを仕掛けてきたのだ。
体幹を崩されそうになるのを必死にこらえきった時には、私の腕を支点に高々と跳躍している。頭の高さまで並ぶと同時に、こめかみ目掛けて蹴りをお見舞いされた。野生の獣並の身軽さである。
蹴りを防ぐために、とっさに上げた腕をさらに踏みつけて、加藤段蔵が天高く飛翔する。地に足をつけたままの私を見下ろしながら、両手で印を結んで叫んだ。
「受けてみよ! これぞ加藤段蔵が最終奥義! 真・極楽鳥じゃあ!!」
その背に太陽を纏いながら、老忍が一匹の神鳥となって飛来する。重力による落下速度など最初から無視した、音速に届かんばかりの速度での神風特攻。まともにぶつかれば、二凶を取り込んだ私でさえ無事では済まない。
だが、極楽鳥の種は割れている。空中での制御を司る背中のからくりさえ壊せば、彼の術は使用不可能になる。わざわざ地上に降りてくれるなら、その背に目掛けて攻撃すればいい。
段蔵が飛来すると同時に、私もまた跳躍した。音速で空を切りながら突き出された貫手をかわし切れず、右頬がぱっくりと斬られる。首筋を狙っての一撃である。かわせただけで御の字だ。
一切の迷いなしに飛来した代償に、老人の無防備な背が私の前に広がる。今ならどんな技を繰り出しても当たるだろう。ましてや、小型ジェットなどという装備をさらけ出してしまえば。
「もらった────!」
力尽くでもぎ取ってやろうと、全力を込めて腕を振るう。二凶の紋様を浮かび上がらせた手が、老忍の背を目掛けていき、
────何もない宙を切った。
「!!」
「カ、カ、カ! かかりおったわ!!」
何の支えもない空中でぐるりと一回転した加藤段蔵が、十分な遠心力を乗せた膝蹴りを私の顔面に放った。めきゃっ、と音を立てて鼻骨が折れる。防御もできないままにくらい、私の身体が何メートルも吹っ飛ばされ、どこかの邸宅だったらしい石壁の瓦礫に突っ込んだ。
鼻血を流しながら起き上がった私の前で、加藤段蔵が悠々と両手を広げてみせた。その両足は、地面から数メートルも離れた宙に浮いている。
「……からくりじゃ、ない?」
「いったであろう、真・極楽鳥とな」
ニィ、と口元を歪ませて、恐るべき老忍が大笑した。
「あの日、貴様らに敗北したおかげで、わしは全てを失った! そして悟ったのだ! 人生の全てをかけて築き上げた組織も、磨いたはずの業も、老いのかわりに得た境地も、すべて些事であった! わしが真に求めていたのは、そんなものではなかったのだ!」
太陽よりもなお赤く、加藤段蔵の装束が炎を纏いつつある。火術というには生温い、紅蓮の輝きを放ちながら、飛び加藤はいよいよ魔鳥と化す。
「所詮わしは、一匹の忍びよ。どこまでいってもそれでしかない。ならば、ただ一介の忍びとして極みに立ってみせよう。その道行きに────」
「────今は亡き主君の忘れ形見を、人のまま死なせてやろう」
8-6
加藤段蔵。
正史において、その忍者は架空の存在とされる。江戸時代に書かれた軍記物語や絵巻物では『鳶加藤』というニックネームで登場し、武田信玄と上杉謙信を幻術にかける大仕事をやってのけるという役割を持つ。
出自は不明。身につけた忍術の由来も不明。ただ、上杉謙信の前で牛を丸ごと呑んでみせる『呑牛の術』を披露したり、武田信玄にはどんなに高い塀や堀も飛び越える『飛躍術』をもって仕えようとするが、物語によっては信玄を暗殺するために腕前を見せるなど、役どころは多岐に渡る。
今世における彼は、よく言えば純粋、悪く言えば単純だった。忍者でありながら武田信玄の下で働き、雨の日も風の日も、主のために忠を尽くした。個のままであれば伊賀の上忍を超えたであろう才能を、組織運営にかまけたために擦り減らし、他の忍軍頭領から笑い物にされた回数は数えきれない。
それでも、彼自身は後悔などしていなかった。余人にどう思われようと、彼は彼として生きた。青春と引き換えに、主を甲信二ヶ国の大名に座らせ、自身は三大忍軍に迫る忍軍組織の頭領となった。常人には到底不可能な偉業である。ひとりの忍者としては成功した部類であろう、けして自惚れではない、と密かに自負していた。
そのプライドを、木っ端微塵に砕かれるまでは。
────武田信玄。
殺しても足りない憎しみを抱きながら、愛にも似た献身の対象。
────はぐれ透波。
彼の功績を、水泡に帰した忍軍。
────桔梗。
彼の人生を費やした男の忘れ形見にして、化生に堕ちゆく存在。
愛憎相半。正反対の感情が混ざり合い、どろどろに溶け合った結果、何が生まれたのか。もはや段蔵自身にもわからない狂気が原動力となり、彼の限界を超えさせた。からくりに頼る事なく、天狗の如き神通力でもって自由自在に空を飛ぶ術を得た。
その力をもって、宿敵と相対した時。彼の人生は、結実を迎えたのだった。
8-7
天空から、すべてを焼き尽くす紅蓮の炎とともに落ちる鳳。
迎え撃つは、血のように赤い双角を生やした一匹の鬼。
重力と速度。二つの乗算から繰り出された破壊力を、己の五体で受ける。その衝撃は凄まじく、踏みとどまった両脚から伝わる衝撃で周囲は爆心地さながらのクレーターと化す。
ごぼり、と大量の血液を吐いて、魔人が呻く。その胸に空いた大穴は、背中にまで届く空洞となっていた。
「あと一手、及ばぬ、か」
「……みたいだね」
全力を込めた貫手。老忍の捨て身の大技に合わせたカウンターがもたらした結果である。それを放った桔梗も無事ではない。落鳳を貫いた五つの爪は根本まで剥がれ、全身が火傷にまみれていた。
二凶によって人外となった鬼相手に、一介の老人がこれほどの傷を負わせたのである。飛び加藤の恐ろしさを、桔梗はその身で思い知らされた。
「あんた、本当に強かったよ。もし最初に戦った時にこれなら、私の負けだった」
「……忍びにたらればは無い。わしは負け、こたびも負けた。嫌も応もないわ」
桔梗に胴体を貫かれた段蔵の姿は、さながらモズの早贄である。だが、その顔には死の恐怖も、憎しみもない。武田に対する憎悪で凝り固まっていた老人とは思えない程に、いまの段蔵は穏やかだった。
命の鼓動が尽きる中で、その顔が哀れむようにくしゃりと歪んだ。
「じゃが、ああ……無念よ」
「無念?」
「桔梗、おぬしは強過ぎる。神通力を得たわしでさえ止められず、さらに強くなるじゃろう。だが……それでどうなる? 人でなし、鬼を超えて、その先は? 誰がおぬしを殺せるのだ? いま、ここで死ねば……あるいは信玄の子として人の世におれば、人として踏みとどまれたであろうに、の」
一語ずつ、何も知らない童に言い聞かせるように話しながら、桔梗の腕に伝わる加藤段蔵の熱が高まっていく。火術と比べるのさえ生温い、魂への刻印じみた燃焼であった。
空洞となったはずの心臓から全身に至るまで、恐るべき老忍が燃え盛る。青白い炎に包まれながら、最後に残った口が叫んだ。
「さらば、桔梗! はぐれ透波よ! 飛び加藤が地獄で先に待つ! は、はは、ははははは……!!!」
魔人・加藤段蔵の哄笑が響き渡る。その声が止んだ時、桔梗の腕には老人の遺体は灰さえなかった。彼の率いた忍軍の精鋭と同様、この世に生きた証を塵一つたりとも残さなかったのである。
8-8
飛び加藤との死闘を語ったところ、仲間の反応は以下の通り。
「……クソジジイめ。どんなに強くなろうと、死んだらおしまいだろうが。やっぱり、縁側で茶でも飲んでりゃよかったんだ。忍者なんて因果な生き方してる限り、畳で死ぬなんてできやしねぇ。まっぴらごめんだぜ」
加藤段蔵とその配下達の覚悟を認めはしても、忍者という生き方そのものを嫌悪する藤丸には、彼らの末路が受け入れられず。
「それが俺たちの生き方ではないのか? やはりお前は弱いな、藤丸」
戦いで死ぬ事を当然と考える修羅の才蔵は、弱者だと嗤い。
「いっちゃあ何だけどよ、俺もそう思うぜ、藤丸。お前、突っ張っちゃいるけど、アマちゃんだぜ」
才蔵ほどではないにせよ、弱肉強食を是とする楽天丸も追随した。
「……藤丸のあんちゃんのこと、悪くいっちゃあだめだよ。みんなで仲良くしなきゃいけないもん」
意外なのは賽天太だった。藤丸を擁護するようでいて、その実まったく同意していない。むしろ藤丸が少数派、いってしまえば弱者だと考えている節がある。押しの強い兄に隠れてはいるが、賽天太の根っこも忍者なのだろう。
手酷い言われ様の藤丸は当然の如くキレた。
「てめぇら、ガタガタうるせえ! 先に行ってやがれ!!」
「ふっ……そうさせてもらう」
才蔵を筆頭に楽天丸が続き、かなめと護衛役の賽天太がマイペースに歩いていく。四人の背を舌打ちしつつ見送ってから、藤丸がおう、と声を掛けてきた。
「かなめに治してもらったんだろ? 突っ立ってねぇでさっさと行こうや、桔梗」
「はい、パース」
「うおっと!」
遠慮なしに投げつけたブツを危なげなくキャッチされる。一瞥した藤丸が、なんでぇこりゃ、と呟いた。
「加藤段蔵の置き土産だよ。遺灰がわりにその刀だけ残ってた」
「あのジジイがねぇ……お、銘があらぁ。『朱雀』だってよ」
刀身の半ばから切っ先にかけて、一匹の鳥が舞い上がる姿が彫られた日本刀。藤丸の手に握られたそれは、正しい持ち主の元に来た喜びを示すように、赤く輝いていた。
人物紹介
◇加藤段蔵
はぐれ透波に負けた老忍。リベンジに燃える彼は甲斐を離れ、全盛期を超えるほどの腕前に達した。隠れ里から近畿へと向かう藤丸達の前に現れ、雪辱戦に身を投じる。
原作以上に強化されたお爺ちゃん。ゲーム本編での彼が会得したのは分身の術で、自分を含めて五人の加藤段蔵となっていた。この小説ではひたすら己自身の技量を上げる事に専念し、からくりに頼らず自力での空中浮遊を会得。その姿に感化された透波忍軍も過酷な鍛錬に身を投じ、生き残った四人が修行前の加藤段蔵を再現するに至った。
原作とは違い、藤丸達への恨みよりも信玄個人への愛憎が重く、その子供の桔梗に対する激重感情が炸裂。もし桔梗が段蔵の誘いに乗っていた場合、彼は本気で桔梗を支えるつもりだった。もっとも、そうならないだろうと察していたので「やっぱりか」と諦め半分、死ぬ前に腕を競える喜び半分でああなった。
◇朱雀
原作では各地の祠を藤丸本人が訪ねて力を借りる。この小説では、祠のそばで修行中の加藤段蔵が神通力を得た際に共鳴する形で宿り、彼の死とともに刀として発現した。
◇藤丸くん
原作より相当柔軟になっている。