戦国時代に憑依TSしたと思ったらトンデモ戦国だったでござるの巻   作:翔々

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第二幕 裏切者

 

2-1

 

 

 日の本の国において、最も精強なる忍軍を三つ挙げろといわれれば、誰もが伊賀・甲賀・風魔を挙げるのは間違いない。では、その次に強い忍軍はどこか? これも答えは決まっている。

 

 透波忍軍(すっぱにんぐん)

 

 甲斐半国に過ぎなかった武田家を何倍にも押し上げたのは、まぎれもなく信玄の才覚あってのことである。その偉業の立役者こそが、『飛び加藤』の異名をとる加藤段蔵であり、彼の率いる透波であった。

 

 忍者の操り人形になるのが常識の大名にあって、武田信玄は極めてまれな男だった。彼は忍者と対等の関係にあろうとし、あるいは彼自身が忍者を支配下に置かなければならないと考えて、その通りに動いた。

 

 非道非情を問わず、あらゆる手段を用いて貪欲に支配圏を拡大する信玄の姿に、加藤段蔵は己の仕えるべき主君を見出す。独立独歩を是とする忍者にはありえない思考であり、そんな彼を「飼い犬に堕ちた」と嘲笑う同輩は後を絶たなかった。そのことごとくを黙らせて、己の心血を注いで作り上げたのが、三大忍軍に次ぐほどの忍者集団・透波である。

 

 全ては信玄の覇業を見届けるために。その果てに全国を統一し、無駄にのさばった伊賀や甲賀、風魔をたいらげ、己の組織が日の本一の忍軍となる。

 

 打算と野望の入り混じった契約関係ではあったが、信玄への忠節は彼なりに持っていた。なにより、己の持つ忍としての力を発揮し、主君から一も二もなく真っ先に頼られるのは気分が良かった。自分あっての主君であり、自分がいなければ信玄の威光はあっという間に陰りを見せるだろう。それが嫌なら、今以上に自分を頼るがいい。さらなる繁栄をもたらしてみせよう。

 

 もっと、もっと、もっとだ!

 

 ……依存と承認欲求に突き動かされながら、主君を支えること数十年。蜜月の時は終わった。信玄はあっけなく病に倒れ、彼の仕えた家は周辺国によって虫食い同然の有様に堕ちた。男の青春は、夢のように唐突な幕切れを迎えたのである。

 

 段蔵にとって、最悪の裏切りとともに。

 

 

 

 

「信玄の野郎、わしらにうまいことを言っておきながら、裏では自分の犬となる忍軍をこさえていやがった」

 

 唇端から血をしたたらせた男の声は、憎悪に満ちていた。

 

「武田の家をここまで大きくしたのは、誰のおかげじゃ。わしらに決まっとる。そのわしらを差し置いて、ぬけぬけと別の忍軍を用いるつもりだったんじゃ。つまり、わしらはとっくの昔に用済みだったということよ」

 

 臓腑をえぐるように吐き捨てた念が、その場にひざまずく男達に伝播する。地についた爪が割れ、カタカタと刀が揺れる。頭領たる男の無念は、部下の誰もが同じだった。

 

 これは、裏切りである。

 

 主を持たないことを信条とする忍者が、その矜持を曲げてでも主君を持った。同輩の侮蔑も甘んじて受け入れ、誰にも仕えぬという自由も捨てた。これまでに何人の忍者が命を落としたかもわからない。忍者があるべき姿も、思いも、何もかも捧げたのに。

 

 あの男は、全てを踏みにじったのだ。

 

「……断じて許せぬ。しかし、その信玄ものたれ死におった。恨みを晴らそうにも、地獄の底まで追ってかなきゃならん。わしらの怒りは、どこにやればいいんじゃ!!」

「はぐれ透波!」

「そうだ、奴らだ!」

「奴らのせいだ!!」

 

 頭領の問いに、部下達は答えを見出した。

 

「段蔵様! 我ら、とうに準備は出来ておりまする! はぐれ透波の殲滅を!」

 

 我が意を得たり。加藤段蔵は嗤い、宙に舞った。

 

「ったりめぇじゃ! 奴ら、一匹残らずブチ殺してくれようぞ!!」

 

 

 

 

 

2-2

 

 

「男のヤンデレってタチが悪いんだなぁ」

「あ? なにいってんだ桔梗」

「気にしなくていい」

 

 隣の藤丸にひらひらと手を振ってから、縦横無尽に襲いかかる飛び道具にてんてこまいな桔梗ですこんにちは。グゥレイト! 数だけは多いぜ! 夏の蚊柱みたいに矢と苦無と手裏剣が飛んでくるんですが、こいつらどうやって持ってきたの? 四次元ポケットか何かか?

 

 鉢屋衆とかいう忍者くずれを滅ぼしてから一週間。女が私だけだった隠れ里にかなめ達が入ったことで、今までの住居じゃ手狭どころかまるで足りないことが判明した。全員でえっちらおっちら大工仕事に精を出し、男用と女用の宿舎だけはどうにか完成させて一安心、といったところで別の組織が侵入してきた。その名も透波忍軍。

 

 かなめがいうには、はぐれ透波を作る前から信玄のクソオヤジが契約していた忍軍らしい。父親の信虎を追放してにっちもさっちもいかなくなった頃の信玄を主君とあおぎ、24時間365日休み無しのブラック待遇で何十年も働き続けた、戦国時代の社畜である。

 

 なんでそこまで尽くすのか、と千代女のババァが生前にたずねたら、

 

「あの殿様はワシがいなければ、回るものも回らんからな」

 

 満足げに笑ったそうな。ワンマン社長に尽くすサラリーマンの鑑かよ……。

 

 そんなオッサンが何で攻めてきたんだと藤丸が聞いてみると、自分達がこれまで汗水流して働いてきたのに今さら別の忍軍を作るとか許せない、本人が死んだから残されたお前らを潰す、と返された。

 

 うん。八つ当たりにも程があるし、ふざけんなとキレた藤丸達は正しいと思う。けれど、一触即発でお互いの得物を取り出す中、私だけが別の感想を抱いていた。

 

 

 

 世 知 辛 ぇ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。

 

 

 

 だってさぁ、あれだぞ? このオッサンの置かれた状況と、これまでの半生を現代風に例えてみたら、以下みたいになるのよ。

 

 フリーランスでバリバリ仕事をこなしてた人間がある日、グループ企業のゴタゴタで代替わりして間もない若社長にスカウトされたわけだ。こいつとならデカい仕事ができると惚れ込んで、雨の日も風の日も休まず働いて、時々キャバクラに呼ばれたりなんかするたびに、

 

「お前がいてくれるからうちは安泰だ」

 

 とか、

 

「お前がいなくちゃ何も進まない」

 

 とか殺し文句で持ち上げられて、ああ本当にうちの社長は俺がいなくちゃ駄目なんだ、なんて思っちゃったから、本気で24時間戦える企業戦士になってしまった。家庭も持たず、趣味も持たず、人生すべてを捧げ尽くす。まさに社畜の中の社畜、キングオブ社畜。

 

 そうして入社から休まず働き続けて数十年。とうとう社長が亡くなって、あの人がいなくなった会社にいても意味がないなんて感傷にふけっていたら、自分よりもはるかに可愛がられた秘蔵っ子の存在を知らされたわけだ。実際はともかく、世間からはそう見えるわな。一度も仕事してないもん私達。ひたすら内勤で研修オンリーでした。

 

「あの言葉は嘘だったのか」

「俺は使い捨ての駒でしかなかったのか」

 

 真相に気づいてももう遅い、相手はとっくにあの世行き。だったらあいつの大事なものをぶち壊してやる。狂気に駆られた男はナイフを手に取って凶行におよび、翌日の新聞の一面を飾る――という、サラリーマンの悲哀を描いたサスペンスドラマである。

 

 ここトンデモ戦国時代だよな? 現代の社畜を取り上げたノンフィクションじゃないよな? やりきれねぇ……やりきれねぇよ……なまじ現代知識が半端に残ってるせいで、同情しちまったじゃないかよ……!

 

 だが倒す。この桔梗、敵には一切容赦せん。

 

「貴様が桔梗か! 信玄の忘れ形見、貴様だけはこの場で殺す!!」

 

 おうバレテーラ。さすが三大忍軍に次ぐ組織を作り上げた猛者である。望月のババァが墓場まで持っていったはずの秘密もすっぱ抜かれたらしい。

 

 奴の部下達がモーセの海割れのごとく左右に別れて、私までの道を一直線にこじ開ける。真っ向から対峙した瞬間、加藤段蔵の姿がふわりと浮いた。

 

「飛び加藤の真髄を見せてくれるわ!」

 

 術を唱えた様子も、跳躍の予備動作も読み取る事ができない。まるで空中浮遊のように自分の背丈まで浮き上がるや、不規則な軌道を描きながら虚空を加速して急接近してくる。

 

 交錯する瞬間、殺気を浴びたのは首、心臓、肝。しかし、私が寸前でかわしたのは右腕の大動脈。慌てて振り返った時、相手はホバリングしながら宙で姿勢を整えている最中だった。

 

 ……いや待て、ホバリング?

 

「カカカ、透波奥義・極楽鳥をよくぞかわした! ただのまぐれではなさそうじゃわい!」

「桔梗、やつの背中を見ろ! それがあいつの飛行術のからくりだ!!」

 

 背後から兄貴分こと切り回し弾丈の声が届く。横に並ぶと、火薬をたっぷりと詰めた仕込み錫杖が赤く光っていた。既に敵陣めがけてお見舞いしたのだろう、プスプスとキナ臭い。

 

 弾丈に見抜かれたのが予想外だったのか、宙に浮かぶ段蔵の目がギロリとこちらを睨んだ。そういえば、先程から風もないのに段蔵のマントだけがばさばさと揺れている。このあたりの地形からして、ああも局所的に強風が吹くわけはない。

 

「チッ……初見で見抜くかよ。信玄の野郎め、人材発掘の目は腐らずじまいだったか」

 

 このジジイ、戦国時代に小型ジェット背負ってやがった。

 

 私の口がポカンと開くのを責めないでほしい。予想できるかこんなからくり。道理で浮いた時に予備動作が無いはずである。背中のからくりが強風を生み出すんだから、跳躍で地面を踏み込む必要もないし、膝を曲げることもない。軌道のコントロールにだけ集中すればいいのだ。

 

「わかったところで、貴様ら若造に何ができる!」

「それはどうかな!」

 

 タネが明らかになったのなら怖くはない。ようするに、相手はフラフラ飛んでるだけの初見殺しなのだ。先ほどの格闘戦で腕前は見抜いた。確かに経験豊富だが、寄る年波には勝てない。もう少し若ければ、私の右腕は持っていかれただろう。それができなかった時点で老人の勝ち筋は遠ざかった。

 

「でぃぃぃぃやっ!」

 

 震脚による踏み込みで得た力をバネにして飛翔。必要なのは高く飛ぶことではなく、目にも留まらぬスピードだ。近くにある木々を蹴りつけること数度、段蔵の眼前に飛燕の速度で躍り出る。

 

 狙いは喉首。引き絞られた矢のごとく、十分に引き付けた貫手を放つ―――!

 

「甘いわ!」

 

 当然に読んだ段蔵の脇差が薙ぎ払う。その刀身が上腕に食い込むや、パキリと折れたのを見た瞬間、彼の顔は仰天した。

 

「大陸の気功術か!? おのれ、こしゃくな!」

 

 残念。ただ力を込めただけです。

 

 喉笛めがけて一心に奔る貫手をかわすために急浮上した段蔵が、地に残ったもう一人の敵を警戒しようと見下ろしたところで、続けざまの驚愕を味わった。

 

 切り回し弾丈。はぐれ透波において、彼の果たす役割は大きい。からくりへの飽くなき探求心から秘密兵器開発に青春を捧げ、ついに生み出したるは仕込み杖こと『秘密兵器・爆砕天錫杖』。これ一本で猛毒・火炎・冷凍・電撃・破砕・切断を可能にし、潤沢に詰め込んだ火薬によってさらなる進化を果たした。その術の名は。

 

 バズーカ砲である。

 

「大将首、もらったぁ!」

「うおおおおおおっ!?」

 

 盛大な発射音とともに放たれた砲弾が飛来するのを、浮き上がったばかりの無防備な老人に避けることは困難。かろうじて身体を逸らすことはできたものの、二基のブースターの片方に命中し、あえなく墜落するのだった。

 

 うん、科学の力ってすげー!

 

 

 

 

2-3

 

 

「……やりおるわ。貴様らの腕前を見誤ったことを認めよう」

 

 死屍累々。部下達の骸ばかりが転がった戦場に立ち尽くす頭領が、歯ぎしりとともに勝者を称える。口汚く罵りたいだろうに、内心の激情をひた隠す矜持は見事だった。

 

「だが、これで終わったと思うな! この加藤段蔵、たとえ透波忍軍が滅ぼうとも、必ずや貴様らの素っ首を叩き落としてくれるわ! 覚えておれ!!」

 

 叫びとともに放り投げたのは、破損したからくりの残骸と、それに括り付けられた無数の爆薬玉。巻き起こる煙が晴れた時、老忍の姿はどこにもなかった。

 

「ハッ! 尻尾巻いて逃げやがった負け犬が、偉そうな口きいてんじゃねぇや! 俺達はぐれ透波は逃げも隠れもしねぇ、いつでも相手してやらぁ!!」

 

 本日誰よりも敵忍者を斬殺しまくった狂犬系リーダーこと藤丸が勝利宣言し、はぐれ透波VS透波忍軍の新旧忍軍対決はこちらの圧勝が確定した。

 

 

 

 

 透波、破れたり。

 

 その報は全国の忍軍に知れ渡り、武田の衰退と新たな忍軍の出現をはっきりと刻み付けた。

 

 己の支配権の拡大を狙い、こぞって契約を結ぼうと躍起になる大名達。

 

 敵か味方かを見定めようとする各地の忍軍。

 

 ある者は強敵の登場に舌なめずりをし、またある者は存在自体を煙たがる。

 

 

 

 ―――この日を境に、私達はぐれ透波の日常は、目まぐるしく変わるのだった。

 

 

 





人物設定


◇加藤段蔵


 『飛び加藤』とも呼ばれるベテラン忍者。透波忍軍の設立者であり、武田家を継いで間もなかった信玄のために全力を尽くした。全盛期には伊賀忍軍の上忍とも互角だったであろうと噂される。

 寄る年波には勝てず、初手で桔梗の首を取れなかった時点で彼の敗北は決まっていた。撤退後には果たして……?

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