戦国時代に憑依TSしたと思ったらトンデモ戦国だったでござるの巻   作:翔々

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第六幕 紅と葵

 

6-1

 

 

「きゃーーーーーっきゃきゃきゃ! かかった! かかった! かかったよう! 藤丸のばーか、お姉ちゃんの策にまんまと乗っかったねぇ! あたしがわざとやられて、調子に乗って攻めたところを、元気なお姉ちゃんと一緒に殺すって作戦さ! ばーか、ばーか、藤丸のばぁか!!」

 

 頬に空いた穴も塞がっていないのに、精いっぱいの煽りを披露する志摩葵。必死さの中に安心したような表情が混ざっているのは、私達が来なかったらどうしようかと不安だったのだろう、死ぬ程どうでもいいが。

 

「負け惜しみにすらなってねぇ悪口なんざ、腹も立たねぇよ。おら、とっとと始めようぜ。はぐれ透波対軒猿衆の決戦といこうじゃねぇか」

 

 刀にブーメラン、小太刀に手甲、人形繰り、そして己の牙。それぞれが得物を構え、軒猿衆のくの一達に対峙する。

 

 越後内外から誘拐され、人体改造を受けた、あわれな犠牲者の群れ。彼女達を救う手段を、私達は持っていない。悪意にねじ曲げられた人生を終わらせることしか、私達にはできない。

 

 志摩葵が嬉しそうに猿顔を歪ませて、ひとりの女の周りを飛び跳ねる。葵の姉、志摩紅に違いない。

 

「だーかーら、ばかなんだよーう! 軒猿衆の全部を相手にして、勝てるわけないだろーが! お姉ちゃん、あいつだ! あのムカつくやつが藤丸だよ! あいつをブッ殺しておくれよう!!」

 

 くふ、

 くふふふ、

 

 忍者として鍛えられた耳が、脳髄をゾクリと震わせるような熱の声を拾う。並の男が聞けば、一瞬で身も心もとろかされる。元男の私でさえ、背筋に妖しいものが走ったのを自覚する。

 

 これだ。上杉家は、この魔性に狂ったのだ。

 

「葵ちゃん、何も心配しなくていいわ。いままでお姉ちゃんがそうしてきたように、あいつらをやっつけてあげる。若いのがたくさんいるから、お肉もきっと柔らかいわね。今日はとびっきりのお刺身が作れそう」

「きゃははははは! やった、やった! 今日は藤丸のお刺身だね! あちきも頑張ってあいつらをブッ殺すよ!」

 

 狂った姉妹の笑い声を皮切りに、ふたりを囲む軒猿衆のくの一達がきゃあきゃあと叫び声をあげる。さながら猿の雄たけびの輪唱である。絶世の美女ひとりを歌うように、たたえるように、醜く歪められた人面猿達が声にならない声でコーラスをがなり立てる。

 

 おぞましさ、ここに極まれり。

 

「……見えてる罠なんざ無視して帰ろうかとも思ったけどよ、乗って正解だったと今は思うぜ。てめぇらを好き勝手にのさばらせてたら、とんでもなく後悔してたってな!」

 

 不愉快な歌声を切り捨てんばかりの勢いで藤丸が突撃する。その両翼に私と才蔵がつき、後の全員が遅れまいと続く。

 

 鋒矢の陣形で突っ込むはぐれ透波、包囲しようと広がっていく軒猿衆。

 

 甲斐と越後、両国の忍軍の決戦が始まった。

 

 

 

 

6-2

 

 

 つまらない。

 

 志摩紅という女がこの世に生を受けてから、一族でもっとも才能に恵まれた麒麟児と賞賛を浴び、やがて軒猿衆を継いで今日に至るまで、その五文字は常に心を離れなかった。

 

 つまらない。

 

 美貌も、才能も、家柄も、血筋も、女はすべて持っていた。気まぐれにどれだけの浪費をしようとも、彼女と縁を結びたがる男達が、それ以上の金銀財宝を蔵に運び入れてくる。罪のない民を忍術の実験台に殺せば、志摩の秘蔵っ子は才能に慢心する事なく研鑽に励んでいると、いっさい咎められずに人望を集め続けた。

 

 つまらない、つまらない、つまらない。

 

 彼女はおよそ挫折というものを味わった事がない。したとしても、周囲が成功にすり替え、あるいはもみ消してしまった。志摩の一族を盛り立て、ゆくゆくは軒猿衆を三大忍軍に並ぶ強者へと押し上げる英雄になれと、過剰な期待を寄せる親類縁者の顔、顔、顔。どれもが似たような、判をついたように同じ顔だった。

 

 だから殺した。

 

 自分よりも後に生まれてきた、自分とは似ても似つかぬ醜い猿面の妹だけは生かしてやった。あまりにも常人とは違い過ぎて、見るたびに小さな笑いがこみ上げてくるからだ。そこに肉親の情はない。ただの退屈しのぎ。主に尽くす奴隷には褒美をやるべきだと習ったから、ペットの求める優しい姉を演じているに過ぎない。

 

 この奴隷はそれなりに優秀だった。頭が足りないせいで、まともなお使いひとつこなせない。だが、足りないからこそ、欲望にはどうしようもなく正直だった。真っ当な人間なら倫理感でためらうようなタブーも、いっさい気にしない。次は何をしでかすのかと、嘲笑いながら見守る日々が続いた。

 

 狂気のボーダーラインをいよいよ越えたのは、上杉家の重鎮の末娘を襲い、里にかつぎ込んでからだった。幼少期に妹がこっぴどく虐められた相手、らしい。本人の言い分でしかない上に、紅にとっては心底どうでもいい事情である。それよりも、なぜ人さらいなどという凶行に及んだのか。恨みを晴らすなら、その場で殺すだけだろうに。

 

 そう尋ねると、この性根の捻じ曲がった妹は、どこまでも歪んだ答えを姉に返したのだ。

 

「こいつをあちきとおんなじにするんだよ!」

 

 天才たる紅の頭脳をもってしても、葵が何をいっているのか理解できなかった。

 

「こいつは自分がキレイだ、キレイだ、美しいって、いっつもいってるんだよ! お前とは違うって! ずるい! ずるい! だから、あちきそっくりにしてやるんだ! そうしたらずるくない! みんなびょーどーだよ! ねっ、そうでしょ、お姉ちゃん!!」

 

 きゃきゃきゃ、と嬉しそうに笑う妹の顔を、まじまじと見た。

 

 これが、増える?

 

 猿ぐつわをかまされ、涙を流してイヤイヤと怯える、美しい顔立ちの少女を見やった。

 

 これを、猿に?

 

 家中に影響力を持つ家柄の娘をさらった上に、二度とひと目にさらせない傷物にして報復する。上杉家を支える忍軍であっても問題視されるのは間違いない。まともな頭ではとうてい思いつかない、ハイリスク・ノーリターンの一手。どう考えても狂っている。

 

 だから許した。

 

 自分という存在がありながら美しさを喧伝する身の程知らずに、少なからず腹が立ったのもある。だが、それ以上に葵の発想が気に入った。天から与えられた人の美貌を、人の手でもって壊す。どこにも行き場の無くなった女を、自分の召使いに加えるのだ。己の加虐心を満たしながら手駒を増やす、実益に見合った献策である。

 

 姉の理解を得た葵は、完全にタガが外れた。当初は自分の恨みを持つ女に絞っていたのが、もっとさらって来いと後押しする姉に喜び、何の関係もない一般人にまで対象を広げたのだ。やがて目ぼしい美女が領内からいなくなると、山づたいに美濃、信濃、上総まで足を延ばし、ついには近江まで広がった。

 

 もはや上杉家は傀儡である。娘をさらわれた重役は軒猿衆によって族滅され、有力者のことごとくが紅の魔性に堕ちた。まっとうな商人達は越後を離れ、悪徳を是とする残りの者達が禁制品をバラ撒き、さらわれて改造を受ける前の少女達を毒牙にかける。行き場のない民は逃げる事も許されず、ひっそりと息をひそめるのみ。

 

 越後に地獄を作り出した元凶、志摩紅。

 

 彼女はいま、心からの笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

6-3

 

 

 軒猿衆がどれだけの数を揃えようと、覆せない事実が三つある。

 

 ひとつは、実戦経験の不足。透波忍軍と死闘を繰り広げたかつての軒猿衆はすでにない。紅が徹底的に使い潰したことで、構成員は何の力も持たなかった女達のみである。常軌を逸した訓練により、かろうじて忍者としての水準には達しているが、何の指示もなければ動く事もままならなくなる。

 

 ふたつ。軒猿衆は紅が頭領につき、葵が現場を率いる形で運営されてきた。どんなに拙い指示であっても、指示系統が一本化されていたおかげで破綻せずにこれまで回っていた。それが現在、葵だけでなく紅まで現場に出向いた事で、軒猿衆の統制が取れなくなりつつある。二〇〇を単純に分けて一〇〇ずつ率いるほど簡単にはいかない。包囲のいたるところに綻びが生じてしまい、空いた穴を埋めるのに手一杯の有様である。

 

 みっつ。はぐれ透波は、全員が精鋭である。何よりも突出しているのが藤丸、才蔵、桔梗の三人。立ちふさがる障害を一撃で骸に変え、矢継ぎ早に標的を変えることで突け入る隙を与えない。楽天丸と賽天太も息の合った連携をこなしつつ、藤丸達の背後を守る。鳶丸と綾は縦横無尽に暴れ回った。傍太とかがりの狙撃はいよいよ神がかった精度に達し、わずかな手傷もかなめの法力が癒やしてしまう。

 

 軒猿衆、総勢二〇〇余名が、たった十名を相手に崩壊しかかっている。信じがたい光景だった。自分の常識が、牙城が、美貌が、才能が、何もかも通用しない相手がついにやって来たのだと、志摩紅は確信した。

 

「ぎゃあーーーーーーーっ!!!!」

 

 遠くで耳障りな悲鳴があがる。喉首と心臓、二か所から小刀を生やした葵の断末魔だった。か弱くて美しい女に執着する性質から、しゃにむに後衛の巫女へ襲いかかったのだろう。護衛の返り討ちに遭うのも当然の結果だった。

 

 そんな事はどうでもいい。

 

 不出来な妹も、ゴミのような召使い達も、いまの自分には邪魔でしかない。

 

 この、目の前の存在に比べれば。

 

「ああ……あんた、良い男だねぇ。惚れ惚れするよ」

 

 絵巻物から抜け出てきたような美青年だった。透き通る美貌の中に、自分でさえゾクリと震わせる恐ろしさがにじみ出ている。天が二物を与えたのか、その腕が振るう刀は、水を斬るようにあっけなく人体を両断する。血飛沫の中で躍動する姿さえ美しかった。

 

 藤丸とかいう野獣のように下品な男と、名も知らない野蛮な女とともに駆ける姿を見た瞬間、紅は勝敗を捨てた。上杉も、軒猿も、はぐれ透波も、妹も、すべて脳内から消し飛んで、その男ひとりだけが焼き付いた。

 

「あんた、名前は?」

「才蔵。霧隠才蔵だ」

「ふぅん、良い名前だ。紅に霧。あんたの水の色を、私色に染めてあげる」

 

 才蔵は強かった。志摩の麒麟児とまで呼ばれた紅より、一段も二段も高みにある。金術の奥義として編み出した特大の雷も、電気信号を介して操る無数の血吸いコウモリも小手先の芸としてあしらわれ、目の覚めるような斬撃を幾つも受けた。避けるのがもったいないような気がして、臓腑の隅々まで激痛を味わう。

 

 最高だ。

 

 人生で最初の、最後の、とっておきの瞬間だと、紅は嗤った。

 

「ねぇ、才蔵。あんたみたいな男の手にかかって死ねるなら、私は幸せさ。だから、とっておきの褒美をあげる。私の腰に提げた一振り、見えるだろう? 軒猿衆が伝えてきた、一族の秘宝さ」

 

 妖刀・髭切。あらゆる妖怪を斬るとまでいわれた名刀。

 

 この男になら、くれてやってもいい。

 

「死んだら、あんたにとり憑いてやるから……ばいばい、色男さん」

 

 夢の中をたゆたいながら、紅は跳んだ。

 

 清水に触れたような爽やかさが、首筋に走った。

 

 

 

 

6-4

 

 

 妹が外見バケモノだと思ったら、姉は中身がバケモノだったでござる。

 

 二百人相手に八人+二匹で突っ込むこっちもアレだが、志摩紅はさらにアレだった。消耗戦に持ち込んだら勝てただろうに、途中から才蔵との一騎打ちに固執して指揮を放り出し、軒猿衆がカカシと化したのである。葵だけで攻めてこられた方がヤバかったな。

 

「おかげ様で、姉の仇を討つ事ができました。この御恩は忘れません。微力ながら、私も皆様に加勢します」

 

 自らの手で志摩葵を葬ったかがりが、深々と頭を下げてはぐれ透波入りを志願する。故郷の近江に帰ったらどうかといわれても、頑として受け入れない。

 

「姉を捜して放浪中、まったく助力しなかった親類に愛想が尽きたのです」

 

 晴れ晴れとした顔でそういわれてしまうと、断る理由も浮かばない。あっけらかんとした気風の良さが藤丸も気に入ったのか、来るものは拒まずといった調子で受け入れる事になった。

 

 ……しかし、なぁ。

 

 信玄のクソオヤジから私達にターゲットチェンジした飛び加藤といい、才蔵に熱烈なアタックを仕掛けた上に憑依宣言までかました志摩紅といい。

 

 よその忍者ってのは、心を病んだ連中しかいないのだろうか?

 

 

 

 

 上杉側の策略によって仕組まれた、今回の越後遠征。

 

 外交で得たものはまったくない。敵を減らすために交渉しに行ったというのに、肝心の上杉家首脳陣が軒猿衆によって骨抜きにされており、元凶の志摩姉妹ごと滅ぼした影響で領内が大混乱に陥っている。

 

 はぐれ透波にちょっかいをかける余裕も無いだろうから、結果的にはこれで良かったのかもしれない。

 

 一方、はぐれ透波の戦力は高まった。鳶丸と綾の忍犬夫婦は忍者にも察知できない危険を一瞬で嗅ぎわけ、飼い主である藤丸にも忠実に従う。かがりの飛刀術も、志摩葵を仕留めた腕前は伊達ではない。

 

 甲斐から滅多に出ない面々も、今回の越後遠征で人里にまぎれる経験を積んだ。これなら他国に乗り込むのも可能だろう。

 

 こちらから動くべき時が来たのかもしれない。帰りの道中、そんな事を考えながら、私達は隠れ里へと急ぐのだった。

 

 





人物紹介


◇志摩紅


 軒猿衆の頭領にして志摩葵の姉。猿のような妹とは対照的に、絶世の美貌の持ち主であるが、その人格は狂気に染まっている。無数の蝙蝠を操るほか、凄まじい威力の雷を操作する。

 才蔵を気に入り、彼の手にかかって死ぬと、軒猿衆の秘宝である妖刀・髭切の隠し場所を遺言で明かす。
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