よろしくお願いします。
薄暗い息の詰まりそうな空気の巨大な岩窟内。
等間隔に並べられた松明の灯りがその場にいる二人の熾烈に交差する影を映し出す。
一人は白髪の巨体の男。
筋骨隆々の肉体は高熱を帯びたように赤く染まり、血管が強く張り出ている。
特筆すべきは脇下辺りから伸びる腕。
都合四本の腕を統べる白髪の男の浮かべる形相とたるやまさに鬼の如し。
異様に発達した糸切り歯はまるで獣のそれ。
人ならざる異形の姿がその手全てに漆黒の棘の生えた金棒を携え、轟々と振るう。
片や対峙するもう一人はまだ若い。
敢えて言うなら平凡、ただの普通の少年に見えた。
髪の色は対比するように黒。
一振りの抜刀した日本刀を手に握る。
そんな敵対する少年へ白髪の男は殺意を込めて襲っていた。
薙ぎ払う、振り下ろす、突き放つ。
圧倒的な手数で怒涛に迫りゆく四本の金棒の攻撃の嵐。
乱打、乱打、乱打。
しかしいずれも空振り、空を切り、地を穿つ。
少年は紙一重でなんとか掻い潜り続けている。
一撃でもまともに受ければ即死は免れない。
間近で躱す少年は嫌でもそう直感していた。
それでも恐れや焦り、緊張する様子はまるでない。
それどころかどう反撃に転じようかと窺っている節さえある。
「……!」
瞬間。
あるかないかの針穴程度ではあった。
だがそれでも反撃への糸口を見つける。
金棒の攻撃の嵐にわずかな余白が生まれたのを少年は見逃さなかった。
刃を叩き込むのに間に合う隙あり、だ。
強靭に鍛えられた肺で瞬時に大きく息を吸い、直後爆発的な加速を前方へ働かせる。
白髪の男の首から刃までの線を引く道を見切り、少年は技を繰り出した。
いや、正確には繰り出そうとした。
その刹那。
少年の動きがぴたり、と止まる。
時の流れが遅くなったように感じ始めた少年が理解した現状は。
「──ッ」
自分の刀を握る腕の肘から先が炎に包まれ、熱さも痛みも感じないままに消失したことだった。
「────か……!」
少年はこの現象が何か分かっていた。
しかし何故自分に起こったか分からなかった。
理解が追いつかないままに声を上げようとする少年。
その頭上には脳天目掛けて金棒が振り下ろされ────────。
気が付けば草の生い茂る冷たい地面に倒れていた。
…………?
何故だか凄く絶望的な状況下に身を置いていたような気がして嫌な感覚が脂汗をかく体と心臓にこびりついている。
悪夢でも見ていたのだろうか。
だがそれも意識の覚醒と共に晴れた霧の如く、夢の記憶は霧散してしまっていた。
同時に何か大切なことを忘れてしまっているような激しい胸騒ぎを掻き立てるも、思い出せないだけかも分からないが全く心当たりの無いことである。
見渡せば今はすっかり夜で、辺りは月明かりが照らす見晴らしのいい平原が広がり、静寂の自然の中に唯一音を立てる冷たい風が吹く。
そういえば一人で星を見に来ていて、大の字で寝転んでいたらいつの間にかについ眠ってしまったらしい。
見上げれば丁度よく雲はかかっておらずに、綺麗に夜空を彩る星々を観察出来た。
普段は星を綺麗だなんて思う感性などは微塵も持ち合わせいないので天体観測なんて珍しいのだが、今日は父の命日なのだ。
父と言っても血は繋がっていない里親だったが、それでも一人でやっていけるまで育ててくれた恩があり、自分にとって本当の父であった。
その父が星を見るのが好きでよくこうして夜空を観察することが多かった。
だから父の命日には墓参りがわりにここで星を見ることにしているのだ。
よく星のことや剣術の技を教えて貰ったり、他にも色々としたもので……。
……………………。
「…………さて、行くか」
誰に言うでもなく起き上がり、伸びをひとつ。
そしてまたあの先へと歩き始めたのだ。