「ところで火蓮、灯りなんて持ってない? 流石にもう日が暮れて真っ暗だ」
その後、火蓮にも太郎丸の捜索を手伝ってもらい当たりを散策している内に、結局見つからないまま夜になってしまった。
こうなってしまうといくらなんでも灯りもなしでは、一旦撤退を余儀なくされる。
「それなら私、火を出せるわよ。ちょっと待ってて」
言うと花蓮は両の手を水を掬う時の形にして、じっと何か念じ始めた。
幸人はマッチか火打ち石でも持ってるのかと思ったが、どうやら違うらしい。
「とうっ!」
と、次の瞬間、火蓮の手の平から握り拳くらいの大きさの火の玉がボッと飛び出した。
「ええっ!?」
人間の手から火が出るという怪奇現象を前に、並大抵のことでは動じないと噂の幸人も流石に驚嘆の声が出た。
「火蓮、お前まさか、妖怪だったのか……!」
幸人は思わず一歩後ずさる。
話には聞いていたが、まさか実在するとは思わなかった。
「違うわよ失礼ね。これは血鬼術といって鬼特有の異能らしいわよ。『血鬼術 鬼火』って技なの」
「鬼ぃ?」
正直、鬼も妖怪も大して変わらないような気もするが、いずれにせよ刃物をぶら下げて火まで出せる奴なぞ危険人物過ぎる。
こりゃあ速攻で警察に突き出すべきだナと、心に決意する幸人であった。
「ま、まあとにかく明るくなった。ありがと」
火蓮の出した鬼火は宙に浮き、当たりを火の光で照らしていて、それも自在に操作出来るようだ。
照明として申し分なしである。
「にしてもそのワンちゃん全然いないわね。もうどっか行っちゃったんじゃないの?」
「うん……そうかも……」
確かに火蓮の言う通り、その可能性は充分あり得た。
しかしこの辺りから移動していたとしたら、もう探し出すのはかなり厳しいだろう。
小さいとはいえ山は山。
途方もなく探すのは無理がある。
というか実のところ、幸人はもう九割方諦めていて既に帰宅する方向で算段していた。
「確かもう少し上の方が台地になっててそこに水場があったはずね。もしかしたらそっちに居るかもだから行ってみましょうよ」
しかし火蓮を付き合わせた手前、何となく早々に諦めましたともなんとなく言い出しにくい幸人。
面倒くさいことこの上なかったが、仕方ないのでここは火蓮の案に頷いた。
幸人は歩きながら考えていた。
そう言えば火蓮は自分のことを鬼だとかなんとか言ってたな、と。
最初は何言ってんだと思っていたが、さっきの火の玉を出す術を見て考えが変わった。
どう考えても普通の人には不可能な芸当だ。
あながち火蓮が言ってたことは適当でもないかもしれない。
まさか本当に本物の鬼なんだろうか。
しかしとなると一つ、猛烈に不安を駆り立てることを思い出してしまう。
屋敷の使用人が言ってた、人喰い鬼が出没するという噂のことだ。
(……え? まさか……こんな華奢な女の子が……?)
いや、あり得る。
そもそもこんな女の子が一人で刀持ってこんな時間にこんな所にいるのがまず不自然。
火の玉が出すような異能があるのだから、姿形を変化させるような術も使える可能性は充分にある。
そして少女に化けて近づいて相手が油断したところを、刀でバッサリ斬り捨てたその後に……!
(ムシャムシャいく気だーーっ!!)
面倒くさいどころの話ではなかった。
身の危険が発生してしまった。
このままではやばい。
死ぬ、死んじまう。
危うく鬼の術中、罠にかかるところだった。
これは早いとこなんとか隙を見て逃げなければ。
あるいはいっそのこと隙を見てこっちから仕掛けるか……?
「ちょっと幸人、どうしたの大丈夫? 急に魂が抜けでたみたいに惚けちゃって。あと言っとくけど襲ってきたら遠慮なく叩っ斬るからね?」
「っ! や、やだなぁ。そ、そんなことする訳ないじゃないかハハハハハ」
直後、まるで見透かされたようにそう言われた幸人は不覚にも動揺を隠しきれず表面に出してしまった。
まずい。
変に不信感を与えてしまってはせっかく相手がまだ女の子の演技をしてるという隙をみせているのに、正体を表して殺りにくるかもしれない。
(くっ……サシの喧嘩なら自信があるが流石に人喰い鬼じゃ相手が悪い……。しかもこっちは丸腰、あっちは刀だ)
しかし仮に咄嗟に逃走を謀ったとして、向こうの方が足が速いかもしれないし、やたら速く動くあの自由自在の火の玉で攻撃されてはひとたまりもない。
(くそ、万事休すか……!)
ちなみに、幸人が今考えていることが深読みし過ぎの思い違いだと分かるのは、ここから数分後くらいである。
「着いたけど……パッと見は居ないわね……。それか、もうとっくにお家に帰ったんじゃないの? 犬は帰省本能強いらしいし」
気が付けば火蓮の言ってた水場に到着していた。
火の玉で当たりを照らすが、太郎丸は見当たらない。
「そ、そうかな。僕の勘ではこのあたりにいそうな予感がしないことないないような……」
苦肉の策だった。
ここで捜索を打ち切って目的が無くなった途端、襲いかかってこないとも言い切れない。
少しでも何かいい考えが浮かぶまでの時間稼ぎになるならと、もう少し探すことを提案する幸人。
まあ、そもそも取って食う気なら、真面目に犬探しに付き合う必要するないが。
ていうかもしかしたら太郎丸は既に頂かれている恐れすらある。
(そうなると太郎丸が前菜で、僕は主菜ってこと? いや、逆の可能性もあるか? いやいや、普通犬と人なら人が主菜だろ……)
こと時の幸人、慌てすぎてもはや現実逃避じみた訳の分からないことを考えてまくってるが、本人はその無意味さに気が付かない。
「っ! 危ないっ!」
「っ!?」
突然、火蓮は鋭く叫ぶと一緒に、幸人を思いっきり引っ張って飛び退いた。
そして飛び退くとほぼ同時、幸人がたった今立ってた位置へ長さ二メートル程の太い針のような棒が強烈な勢いで突き刺ささる。
「もー、とろいわね。危うく串刺しになるところよ?」
「ご、ごめん、助かったよ……」
引っ張られ倒れた幸人に比べて、火蓮は既に刀の柄に手をかけ臨戦態勢をとっている。
遅まきながら幸人はその火蓮の姿を見て、今自分たちは何者かに攻撃されたのだと気付いた。
そしてすぐ、その攻撃の主と対面することとなる。
「ほうほう……今のを躱すかいお嬢ちゃん。少しは身体が効くようじゃのう……」
闇からのっそり現れたのは身長三メートルはあろう体躯の大男。
ガチガチに鍛えられた筋肉、額や身体のあちこちから生える棘、睨まれればそれだけ萎縮してしまいそうなでかい一つ目。
幸人はさっきまで自分は何を馬鹿なことを考えていたのだろうと悟った。
ーー鬼とはああいうのを言うのだ。