鬼は値踏みするように幸人と火蓮を舐めるように観察している。
その手にはよく見ると、無惨にも血まみれになった毛玉が握られていて……。
「あぁ!? 太郎丸!?」
付けている首輪には見覚えがあった。
それは間違いなくずっと探していた太郎丸の物であった。
「何じゃい、このワンコロはお前のかい。はっ、野放しとは責任感が足りとらんわ……だからこういうことになる!」
「や、やめ……!」
幸人の静止の声を上げるが、鬼はそれをまるで無視。
鬼は無慈悲にも太郎丸を口に入れ、そのまま飲み込んだ。
「うっぷ……ふん、犬畜生では足しにもならんわい」
「……!」
太郎丸をわざわざ見せつけるように食い殺した鬼。
対する幸人の感情は。
驚愕、恐怖、悲哀、憤怒。
さまざま渦巻く心中。
だが、一番飛び出ていたのは。
「……くそ……!」
もっと早く見つけていれば。
もっと真剣に探していれば。
そんな後悔の念でたまらなくなっていた。
「やはり食らうなら人間がいいのう。娘の肉は柔らかくて美味だからのう」
そう舌を出しながら鬼は火蓮を見て言う。
「えぇ!? ちょっと、待って待って! 私も鬼なのよ!? ご同輩よご同輩! なのに食べるなんて、あんまりよそんなの!」
「あん? なんじゃお嬢ちゃん鬼なのかい。全然匂いもせんから分からなかったわい。まあとなるとワシの縄張りで勝手に人狩りをする鬼を生かしては帰せんな」
そんな殺意満々の言葉を聞いた火蓮は唖然と顔を青くしていた。
ちなみにさっきまでの臨戦態勢をとっていた時の闘気は既に霞の如く消えている。
そして幸人は聞き捨てならないことを聞いてしまった。
「今、人狩りって」
「馬鹿言わないでよ! 私は鬼だけど人を食べたことなんかないし、危害を加えたことだってない!」
必死に弁明する火蓮。
その必死さが逆に怪しい……とも言えなくもないが、実のところ幸人は火蓮のことは少し前から信用し始めていた。
何せ命の恩人なのだから。
「安心せい。何にせよここで死ぬることに変わりないわい」
そう言い口角を上げる鬼に、強力な圧が生まれた。
本格的に殺そうと殺気を放ったのだろう。
「くう……火蓮、こうなったら二人別々に逃げよう。そうすれば一人は助かる確率が高くなる」
「は? 冗談も大概にして頂戴。それじゃあ私を狙ってくるに決まってるでしょ。ていうか幸人、あんたも男ならカッコよく私を逃がすくらいはやりなさいよ」
「ふざけすぎだ、それじゃあ確実に僕が死ぬ。それを言うならせめてその刀貸してくれよ。素手じゃ流石にどうにもならんって」
「嫌よ。これは命の次に大切なものなの。他人には貸せないわ」
「お、お前……!」
そうこう幸人が火蓮とこそこそと話している内に鬼は仕掛けた。
血鬼術 針山地獄────!
「!?」
鬼が鬼血術を発動する。
刹那、鬼を中心に巨大な円を描くように地面から大量の針山が伸び、幸人と火蓮の逃走を阻むように立ち塞がった。
針山の壁の中に閉じ込められた形だ。
「や、やばいって……完全に囲まれた。あれを抜けるのは無理だ」
見ると針山の高さは裕に五メートルは超えていて檻のように並ぶ針の隙間を通り抜けるのは不可能だ。
「どうするのよ、もう……幸人がボケっとしてるから悪いのよ」
幸人は思わず引っ叩いてやりたい衝動に駆られたが、それどころではないのでグッと我慢する。
「ブハハハハハ! もうこれで逃げられん! 大人しく穴ぼこだらけにおなりやぁぁ!」
血鬼術
言うが早いか、鬼の前身から鋭く尖る円錐型の角が不気味に生えてくる。
そして直後、その無数の角が四方八方に急激な勢いで放出された──!
「くっ、幸人! 私のピッタリ真後ろに隠れて!」
「言わずもがな!」
「言わずもがな!?」
と、そんな口を利きつつ咄嗟に火蓮の言う通りにするも、幸人はやっちまったと心臓がピクリと跳ねた。
あの大量に飛翔する角から遮蔽物もない場所で身を守るの困難。
数秒後には二人して蜂の巣に……。
しかし直後、幸人のそれは杞憂だと知らされる。
火蓮はいつの間にか抜刀して刀を構えていた。
それは真紅に光る灼熱色の刃。
そして火蓮の行う
────火の呼吸 肆ノ型
火蓮が刃を連斬し、火が走る剣閃の幕を張った。
それにより正面から突き刺さらんと向かってくる角の群勢。
そのことごとくを打ち払い、後ろに居る幸人の身も守った。
(す……凄い)
高速で飛んでくる角を見切る眼力と、それに対応する反応速度に剣速、誰にでも出来るわけのない難しい技術が要求された筈。
それを目の前でやってのけた火蓮に、幸人は少し尊敬にも似た称賛の念を感じていた。
「ちぃ……全て凌ぎきるとは小癪な小娘よなぁ。それに呼吸だと……貴様、鬼なら何故に鬼殺隊の──!?」
血鬼術が防がれ動揺を見せる鬼。
火蓮は間髪入れず技を叩き込む。
────火の呼吸 壱ノ型 烈火
「かっ、上等じゃあっ!」
血鬼術 棘櫛────!
鬼に向け烈火の如く突進した火蓮。
それを鬼は自分の腕を木枝のように広がる棘の武器に変化させ、正面から迎え撃つ。
火炎を纏う刃と無機質な棘の枝がぶつかった。
直後に響く鋼と鋼の激突音。
だが拮抗したように見えたのは一瞬のこと。
突進の速度を乗せて振われた刃に甲高い音を立て棘の腕は切り飛ばされ、地へと落ちた。
「ぐっ……!」
鬼の顔が歪む。
身体の傷よりも、予想外の結果に精神的に衝撃を受けているようだった。
(ちぃ……ワシとしたことが強さを見誤った……! まさか鉄の強度を誇るワシの血鬼術を切断する程とは……!)
たじろぐ鬼。
そこへ火蓮はすかさず追撃を仕掛ける。
────火の呼吸 参ノ型 ……
「!?」
鬼の首を見据えていた火蓮だったが、思わず技の型を解いてしまう。
鬼が突然に火蓮に背を向け走り出したのだ。
(このまま、まともにやりあえば間違いなくやられるのはワシの方……ならば打つ手は一つ……!)
瞬時に形勢が不利だと判断した鬼が取った行動。
「え」
幸人は動けなかった。
勝手に巨体故に愚鈍だと思い込み、少し離れていれば対処できるなんて甘い考えを持ち。
予想外の火蓮の実力を見て安心しないまでも気が緩んでの傍観者を決め込むという。
そんな危機感の欠如した幸人が俊敏に自分に向かってくる鬼に無防備に等しい体たらくを狙われるのは必然だった。
血鬼術 串刺抱擁────
血鬼術により腕、肩、胴体、あらゆる肉から鋭い針を生やし、抱きつき串刺しにせんと全体重をかけ飛びかかる。
鬼は火蓮との攻防を放棄して、幸人に攻撃を仕掛けたのだ。
この時、鬼の目論見は二つあった。
一つは針で串刺し、半殺しにした幸人を人質に使うことである。
火蓮が幸人を身を挺して守ったことを考えれば充分効果が期待出来た。
或いはもう一つ──。
刹那。
幾つもの鉛色に尖る棘が深く突き刺さり、鮮血が溢れた。
「か、火蓮……何で……!」
「……だから、あんたね……ボケっとしすぎ……だってば…………」
幸人が棘の直撃を喰う寸前。
疾風の様に駆けた火蓮が、辛うじて幸人を突き飛ばし、代わりに鬼の攻撃をその身に受けた。
棘に刺し貫かれ、血を流す。
磔の刑の様に刺され、身動きが取れずにいるところを火蓮は更に鬼の膂力で投げ飛ばされた。
「
既に勝ち誇った様に鬼は笑った。