「火蓮、大丈夫か、なあ。ごめん、僕を庇ったせいでこんな目に……!」
幸人は投げ飛ばされ地面を転がされた火蓮に駆け寄った。
意識はない。
突き刺さった棘の傷は痛々しく流血している。
かなりの深傷だ。
素人目でもそれは絶望的だと判断せざるを得ない程に。
その様子を鬼はダメ押しするでもとどめを刺すでもなく、ただ歪んだ笑みを浮かべ眺めていた。
「坊主、お前がその娘の足を引っ張ってくれなければワシとて危うかった。いや、助かった。有難う有難う」
嫌味ったらしく挑発気味な物の言い方をする鬼。
それでも幸人は特段、鬼に対しては怒りの念を感じてはいなかった。
(そう……僕が……)
僕が邪魔だったんだ。
火蓮は出会ったばかりの僕を庇って戦っていた。
僕がいなければ余裕で火蓮が勝てていたんだ。
攻撃を喰らうことなんてなかった筈なんだ。
僕がせめて自分の身ぐらい自分で守れていたらこんなことにはならなかったんだ。
幸人の心中に渦巻く後悔、そして激しい自己嫌悪。
どれだけ自分を責めても卑下しても収まらない感情。
今までを振り返り、客観的に考えた時の自分の行動の愚かさにどうしようもない不甲斐なさを強く感じる。
今ごろ嘆くぐらいなら何故最初から火蓮を逃してやらなかった、何故自分はぼんやり突っ立てたんだと、やまない自問自答。
幸人は他でもない、自分自身が許せなくなっていた。
(何やってんだ……僕は……!!)
そしてそれらの感情はすぐに、全てが怒りへと転換した。
息を吹き込む風船のように膨張する怒り、憤怒の念。
更にその怒りは────
「さて、と。坊主の絶望を楽しむのはここらへんにして、そろそろ息の根を止めてやると────」
「火蓮、悪いけど借りるぜ」
その怒りは、
(……? 何じゃこの坊主……急に気配が変わった……さっきとはまるで別人のよう……!)
幸人は、火蓮が投げ飛ばされても離さなかった真紅の刃の刀を拝借した。
触れた火蓮の手はほんのり暖かかった。
更なる攻撃をしようと一歩踏み出した鬼は、幸人の変わり様に思わず後ずさる。
(だがこの坊主は間違いなく人間。鬼殺隊でもない……ならば鬼の小娘のように意外な力はない筈。ワシが斬られるなんてことはあり得ない……!)
不穏に感じながらも冷静に考えれば、感情に身を任せ無謀に挑んでくるただの人間を相手に不覚を取る要素は皆無。
いくら日輪刀を手にしたところで赤子に包丁を持たせたのも同じ程度のこと。
そう判断した鬼は使用するまでもないと侮りながらも発動する。
(しかし用心に越したことはない……念には念をじゃて)
血鬼術 棘櫛────!
火蓮が切断した腕は既に再生されていた。
そして今度を両の腕を棘の木のように変貌させる。
鬼はその馬鹿力にものを言わせて、無謀な勢いを押し潰す気でいたのだ。
────そう鬼が態勢を整えた瞬間。
幸人は爆発したかの如く駆けた。
爆風の様に速く、力強く、そして荒々しい。
それは技や武術というより、身体能力と運動神経と肉体強度をゴリ押しで合わせて動いていると言ったところだ。
「ォォォッ!?」
思わぬ幸人の突進に、鬼は意表を突かれた。
いつの間にか刃圏に入っていると理解した鬼は幸人を無理矢理弾き飛ばそうと大きく外へ棘の腕を振る。
しかしそれを幸人は寸でのところで回避。
結果、鬼に一太刀分の隙が生じた。
(このガキ、目がいいと言うより、勘がいい! 動きは素人の癖にワシの攻撃を躱しよった!)
一瞬でも驚くも、鬼はすぐに考える。
だとしてもずっと勘頼りはありえない。
武術の”ぶ”の字も知らない様な童、逃げ場のない中だ、いずれ捕まえ仕留められる。
鬼はそう思った。
「首だな……」
幸人が狙ったのは鬼の首。
腕を切断しても再生したことから、もしかしたら首を斬っても再生するかもしれない。
だけど火蓮があの時に見据えていたのは鬼の首だった。
首を斬れば倒せるからなのかは分からない。
しかし何にせよ試す価値はあるし、
鬼の懐へ接近した幸人は、大きく息を吸い、膝を曲げ跳躍する構えをとった。
「ッ!? 来るか……面白い!」
幸人の技が繰り出される直前、鬼は自分の首周りを覆う様に棘を生やした。
斬撃から首を防御するためだ。
(ワシの血鬼術の硬度は鉄並み、今生やした棘は密度の高い更に硬い棘! そしてワシの首はその五倍は硬い!)
────
(打って弾いて怯んだところを今度こそ串刺しにして…………!!?)
そこで
金属と金属が擦れるような音が一瞬鳴ったと思った次の瞬間には、鬼の頭は斬れていた。
それはかなりの力技だった。
刃を棘にめり込むほど強く打ち、そのまま押し斬ったのだ。
「ば……か……な……」
鬼の頭部がごとっと落ちる。
鬼はそのまま後悔する間も何を間違ったか考える間もなく、黒い塵となって霧散していった。
鬼の消失と共に辺りを囲っていた大きな針の壁も崩れて無くなり、残ったのは静かな闇と血の匂い。
それと火蓮が出した鬼火がまだ残っていた。
(これがなかったら流石に駄目だったろうな)
今はろくに月明かりもなく、鬼火がだけが唯一の光源になっている。
鬼が夜目がきくのか知らないが、幸人は真っ暗闇ではどうしようもなかった。
「……仇は討ったよ。ごめん、火蓮」
鬼は倒した。
それでも幸人は、自分のせいで火蓮を死なせてしまったという耐え難い事実が肩にのしかかるのを感じて──────
「誰の仇を討ったって?」
「え」
振り返るとそこには何事もなかったかのように火蓮が立っていた。
あと何でかニヤニヤしていた。
「火蓮……え、大丈夫なのか。あんなに傷を……あれ、傷がなくなってる……?」
見ると服には血が沢山付いていたが、さっきの痛々しい傷は全部きれいさっぱり痕すら残さず消えていた。
「私は鬼だって言ったでしょ。あれくらいの傷ならすぐ治るわよ。幸人が倒した鬼だって腕が再生してたじゃない、あれと同じね」
「あっ、そうなんだ……」
それなら心配する必要などなかった……とまでは流石に思わないが、とにかく無事なら本当によかったと幸人は安堵した。
もし自分のせいで女の子を死なせてしまったのではこれから過ごす一生にずっと消えない後味の悪さを残すことになっていたところだ。
……それとは別に心にしこりが出来ていたのだが。
「で、誰の仇を討ったの? ね、誰の? ね?」
「太郎丸の仇だよ」
「ッ!」