邂逅と激闘の夜は明け、幸人を待っていたのは
朝イチに旦那の命でやって来た使用人に呼ばれ、筋肉痛の身体を引きずって屋敷に向かうことになったのだ。
もちろん要件は太郎丸のことだが、幸人は正直なところ昨晩のことをなんて報告したものか考えあぐねていた。
流石に実際に起こったことをありのまま説明しても信憑性を疑われる可能性の方が高いだろう。
人喰い鬼の噂も、ほとんど迷信や獣、野党の類を比喩した表現を言ったものなので実際に鬼が居ましたと騒いでも信じて貰える訳もない。
結局のところ幸人は旦那に「懸命の捜索の甲斐なく発見には及びませんでした」と報告することになるのだが……。
「お帰り。どうだった?」
「クビだった」
結果、免職である。
側から見れば理不尽極まりない処遇だろう。
旦那が自分の飼い犬が見つからないことへの鬱憤を幸人へ八つ当たりした形であったからだ。
まあ実のところ幸人の少々のサボり癖が旦那の耳にも入っていて、解雇の理由にはそれも含まれていたので半分は自業自得なのだが。
ともあれ今日から幸人は瞬く間に強制的に無職へと転職することになったのだった。
「クソ……やっぱりもっとしっかり探していれば……」
分かりやすく落ち込む幸人。
一晩たっても悔やまれる。
もっと真剣に最初から探すつもりで準備していれば違う結末になっていたのではと考えずにはいられなかった。
クビになったことを差し引いても、だ。
「後悔先に立たずって言うけどね。でもいつまでもクヨクヨしても仕方ないんじゃないの」
火蓮が半ば同情の目を向けながらそう言った。
幸人も火蓮の言う通りだと思うし、そう割り切ろうと努力はしてるのだが、中々そうもいかない。
幸人はしばらくこのことは引きずりそうだと理解していた。
「ところで一つ、相談というか提案があるのだけど」
「……? 何さ?」
急に爛々とした目で接近してする火蓮。
ちなみに何故火蓮が居るのかと言うと、山から下山したあと流石に予定通りに警察につき出すなんて出来ないので、一宿一飯ぐらいはすると幸人が誘ったのだ。
火蓮も火蓮で宿がなかったので遠慮なくと言った具合で色々あり今に至る。
「幸人。あなた、私と組まない?」
「え」
“?”が頭上に出たかの様な反応の幸人に、火蓮は言葉を続ける。
「……今とある鬼を探しているの。この手で倒すためにね」
「鬼……って、それなら昨夜倒したじゃないか」
幸人の手にはその時の感触がまだありありと残っていた。
思えばあの鬼も正当防衛とはいえ殺してよかったのだろうか。
「馬鹿ね、あいつ一人な訳ないじゃない。鬼は他にも沢山いるのよ。私もそうだけど」
「えぇ……そうなんだ」
あんな危険な奴が世の中にうろちょろと蔓延ってるということだろうか。
毎日平和だと適当に過ごしていた自分はなんと呑気なことかと思う幸人であった。
「それでね、その鬼を探す上で他の鬼との戦闘は避けられないと思うのよ。昨日みたいなことがまたあるかも知れないし」
「まあ……そうかもな」
と言ったものの、鬼が沢山いるからと言ってそんなにほいほい出会うものなのだろうか。
もしそうなら危ないからやめておけと止めたいところだ。
「そうなると雑魚相手なら倒せる自信があるけど強力な血鬼術を使うような奴がいたら私一人では太刀打ち出来ないかもしれないでしょ」
「そうかな……」
幸人は、昨日は自分が足手纏いにならなければ問題なく火蓮なら勝てたと思っている。
それほど火蓮の技は凄かったし、そうそうに遅れをとるようなことはないような気もした。
「そこで幸人、途中から見てたけどあなた中々やれるじゃない。あれだけの実力があるなら他の鬼にも通用する筈よ。」
「お前……起きてたのか」
褒めて貰ったのは素直に嬉しいが、もう一度あの化け物と戦えと言われたら身が竦む。
幸人はここまで聞いて何となく察したが、火蓮は自分に鬼探しを手伝って欲しいと言っているのだ。
あの時は怒りに身を任せて動いてたから恐怖とかは全くなかったが、また同じようにやれるかどうか……。
(それに……)
同時に幸人の脳裏にはあの瞬間、火蓮が自分を庇って傷ついた光景がよぎった。
思い出しただけで自分の情けなさに怒りが込み上げるほどだ。
また同じことが起こるのは避けたかった。
「だからお願いしたいの。私と一緒に鬼殺隊に入って鬼探しを手伝って欲しい」
そう最後に真剣な面持ちで頼み込む火蓮。
「鬼殺隊……?」
「そう鬼殺隊。そこで活動すれば個人で探すよりも色々と情報も手に入るし」
鬼殺隊。
鬼の存在を知って分かったが、鬼を殺すと書いて鬼殺、つまり鬼殺隊ということだろう。
どれくらいの組織かは分からないが今まで全く聞いたことのない名前だった。
(って、言われてもなあ……)
と、思うこの時の幸人、まあ内心これっぽっちも乗り気ではないのである。
やってみようかなという前向きな姿勢は毛頭ない。
そもそも鬼と戦うとか、足手纏いとかという話の前に、幸人は次の職を探さなければならない焦燥でいっぱいであったのだ。
故に火蓮の誘いは話が始まって十秒経たずに右から左だった。
正直それどころじゃないと思っているのだ。
「ちなみに鬼殺隊ってちゃんと給与も出るらしいわよ。仕事クビになったなら丁度いいんじゃ……」
「やります」
その瞬間、幸人の考えは百八十度ひっくり返った。
思わずそういう大事なことは早く言いなさいと叱りたくなる。
渡に船とはまさにこのこと。
まだ内定したわけでもないが、無職問題解決への糸口が見えたおかげで気が軽くなる幸人。
前職の仕事も腕を買われて雇って貰ってた都合もあるので、それを生かす職に巡り会えたのは僥倖だった。
鬼と戦い? 足手纏い? まあ何とかなるだろ。
そんな考えが幸人の脳を瞬時に走ったのだった。
「本当! ありがとう幸人! それじゃああらためて、これからよろしくね!」
「こちらこそ」
笑顔で言う火蓮に幸人はキリッとした声で返事した。
我ながら現金だなと思う幸人である。
「ところでその鬼殺隊の入隊の手続きとかはどこでやってるんだ? なんか用意するものとかあるのかな?」
昔いろんな求人を見回ったことがあった幸人だが、鬼殺隊の“き”の字も見たことがなかった。
もしかして特定の地域でしか受け付けないものなのか。
いずれにしろ頼みは火蓮の知識だけだった。
「……そう言えばどこでやってるのかしら。私も詳しいことはあんまり知らなくて……」
「え」
……………………。
「…………火蓮。やっぱり、今の話は無かったことに」
「待って待って! 調べるから! これから調べるから!」
慌てる火蓮をよそに、幸人は次の就職先のあてを考え始めるのだった。