静寂した夜、外れの小山、某所にて。
────火ノ呼吸 参ノ型
火蓮の火を纏う斬撃が暗い空間に流星の様な軌跡をなぞって放たれた。
それは容易に鬼の頸を胴体から斬り離す。
「グ、ゲェ……!?」
僅かな断末魔をあげ、地に落ちた鬼はそのまま黒い塵となり霧散して消えていく。
その鬼が存在した痕跡すら残さなかった。
「……結局、今日も鬼殺隊の人とは会えなかったな」
「んー、いい考えだと思うんだけどね」
言いながら火蓮は血振りをして刀を鞘へと納める。
ちなみに火蓮の場合、斬る際に自分の鬼火で刃を纏うので鬼の肉を斬った後も血や油は付着しなく、本来は血振りの必要はないらしい。
それでもするのは剣術を教わったときからの習慣だとか。
(本当、便利だよな……)
幸人は心中そう思う。
例えるなら包丁で肉を切った後のぬるぬるがないようなものだ、と。
「とりあえず今日はもう帰ろう。夜食何がいい?」
「おうどん食べたい」
そんなやりとりをしながら帰路に着く。
幸人が火蓮と出会った日から十日ほどが経過するが、その日から毎日こんな調子であった。
目的は鬼殺隊の人に、鬼殺隊の入隊の仕方を訊くためだ。
なにせ入隊したいと思ったはいいが、如何せん方法が不明だ。
職業斡旋所に訊いても知らないと言われる始末。
ならば直接、鬼殺隊の人に教えて貰うのが一番。
そう考えた幸人は、夜に山まで行って鬼を探し狩っていく。
そうしていればその内、鬼狩りに来た鬼殺隊の人と会えるのではと、火蓮に提案した訳だ。
まあそれも今のところ空振り続きなのだが。
翌日の日中。
幸人は一人、買い出しのため町に出ていた。
主に食糧で他に雑貨系を少々。
特に食糧は火蓮が居候することになったのでいつもより多めに買うつもりだ。
聴くと普通鬼は人間の血肉を食べ栄養を補給するらしいが、火蓮は何故だか食事は人の時と同じで大丈夫とのこと。
それでも時々、人の血を摂取したくなるようで、初めて「血を頂戴❤︎」なんて言われたときは流石に引いたもんだ。
その他にも火蓮は他の鬼に比べるとかなり異端の部類らしい。
特筆すべきは”
本人曰く、それはかなり凄いことらしい。
普通は鬼が太陽の光を浴びると一瞬で崩れ落ちて消滅するみたいだ。
それでも念のため、日の元に出るときは熱い風呂に浸かるときみたいに指先からゆっくり出ると言っていたが。
(て言っても、実際に鬼が日光を浴びたとこを見たことないからな。本当に凄いかどうか分からん)
まあでも本当だから鬼とは日の沈んだ後にしか出くわさないのだろう。
確かにあの山には日中の時間帯に行ったことは何回かあるが、鬼を見かけたことは一度もない。
逆にこの間初めて夜に山に行ったときからは、ずっと最低一体は出くわすぐらいだ。
あらためて考えると恐ろしいことである。
身近にそんな鬼が出る場所があったとは。
(……でも火蓮が僕が倒した鬼があそこを縄張りにしていたから以前は他に鬼がいなかったみたいなこと言ってたっけ)
なんでも全ての鬼が血鬼術を使える訳ではないらしく、血鬼術を使えるのはそれなりに強い奴らしい。
すると幸人は急に不安になる。
あの山に鬼が蔓延るようになったのは自分があの棘の鬼を倒したせいなのか、と。
(やべぇ、もし町に鬼の被害が出たら間接的に僕の所為なのか……!?)
………………。
いや、そんなこと考えるのはやめよう。
そもそもあの時殺らなければ殺られていたのだ。
誰がどう考えてもあの場合は仕方のないことの筈だ。
(僕は悪くない。僕は悪くない。僕は悪くない)
と、脂汗を流す幸人が念じるように心の中でそう呟いているうちに、買い物は終わっていた。
今は帰宅するべく変に重い体で歩いている。
なんか無駄に疲れたような気がする幸人。
すると。
「あのう、すいません。道をお尋ねしたいのですが」
「え、ああ。いいよ」
前から歩いてきた人に道を尋ねられた。
背の丈や声の幼さを考えるに幸人よりは年下の少女だ。
あまり見かけないので珍しい三度笠を被っている。
その少女は手に持った簡易に描かれた地図を差し出してきた。
「こちらのお宅を探しているのですが……」
「えっとね、ここは……」
瞬間。
地図を見て幸人はギョッとする。
その地図に描かれた場所は勘違いでなければ御手洗邸、つまり幸人の住む家を目的地にされていた。
(えぇ……一体うちに何の用だろう。僕はこの女の子のことは知らないし……もしかして父さんの方の知り合いか?)
そう、幸人が今住んでいる家は、元々幸人の里親である父の住居であって、その父が亡くなったあとは幸人が一人で住んでいたのだ。
「……あー、分かるような分からないような……ちなみにこの家にはどんな要件で?」
この時の幸人、やや慎重な姿勢を見せていく。
もし悪い要件での来訪だったら面倒なことこの上ないからだ。
例えば幸人の知らないところで父が借金でも作っていて取り立てに来たとか。
どっかでやらかした喧嘩の相手が今頃になって家を突き止め
どちらにせよそんな風には見えない少女だが、だからこそ敢えてという可能性がある以上は口を滑らせる訳にはいかない。
「……申し訳ないですが当事者以外には伝えられない要件でして」
「……まさか、血生臭いようなこと?」
「まあそんな感じです」
なんてこったい案の定……!
予感的中と言ったところだ。
これはこの女の子を案内する訳にはいかないと幸人は決心する。
「……いやぁ、ごめん。やっぱり分からないや。悪いけど他を当たってみてほしいな」
「そうですか……いえ、こちらこそお手間を取らせてすいません。ありがとうございました」
そう幸人が笑顔で言うと少女も笑顔で返してくれた。
そして挨拶をして別れて間もなく。
幸人はそそくさと歩く速さを上げ始めた。
(やばい、これはやばい。早いとこ帰って居留守を決め込まなくてはならなくなった。場合によっちゃ、夜逃げも視野に入れなければ……くっ、父さん、なんて余計な置き土産を……!)
既に逃亡の算段を企てる幸人。
本人は気付いてないが、事を悪い方向に考えてしまうのが幸人の癖であった。
そしてそう上手くは物事は運ばず。
「…………ん?」
「………………」
(………………)
「…………あの」
「はい、なんでしょう」
「何で付いてくるんだ?」
「付いていってる訳ではありません。
(それ付いてくる奴の台詞じゃねえか?)
ここで幸人は察する。
こいつ、勘付いてやがる、と。
流石にさっきの態度が不自然過ぎて少女に要らん疑惑を持たせてしまったらしい。
幸人としては珍しい凡ミスだった。
(ちっ、このままじゃ帰れないじゃないか……!)
となると残る手段は一つ。
全力で走って撒く他ない。
幸人は割と足の速さには自信があった。
買い物の荷物を持ってる状態だが、これくらいはどうってことないと判断する。
「ああっ!?」
「っ!?」
幸人は思いっきり大声で明後日の方向へ指さした。
すると釣られて少女はその方向へ顔を向ける──その隙を逃さない……!
(今だっ!)
刹那。
幸人は疾風の様に駆けていた。
それはもう側から見たら何事かと思う程の見事な全力疾走で少女との距離をぐんぐん離していった。
そして五分後。
「はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ、ごほごほ、おえっ……嘘ぉ……」
「あの……そろそろ白状しては頂けませんか?」
幸人は嗚咽を吐くほど本気で走ったというのに、振り返れば涼しげな顔をしている少女が立っていた。
これには幸人、落胆するばかりである。
火蓮と会うまでは足の速さで負けたことはなかったのだ。
その火蓮も、鬼の身体能力があるからということで仕方ないと思っていたのだが。
「はぁ、はぁ、分かったよ、僕の負けだ。それで一体、僕に何の用なのさ」
息を整えながら素直に観念した幸人はそう聴いた。
簡単には逃げられないと悟っての降参であった。
「え? あなたが御手洗さんご本人だったのですか?」
「そ、そうだけど……」
幸人は一体どんな厄介事が飛び出るかと身構える。
しかし出たのは予想外の言葉だった。
「鬼殺隊に入隊希望の人がいると耳にしたので訪ねようとしていたのですが……」
「え?」
まさかのお客さんである。
この瞬間、幸人は自分が無駄な体力を消費したと理解したのだった。