凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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個人的に今話のサブタイトル好きです。
それでは本編どうぞ


第十話 海色の瞳、ゆらゆらゆらり

~千夏side~

 

 私は水瀬千夏。

 両親は、父親が陸の出身。母親が汐鹿生の出身。まあ、端的に換言するとハーフだね。

 この世界の一節では、陸と海の人間の間で生まれたハーフは、海の人間のみが持ち合わせるエナを持つことは出来ないという。

 

 ・・・でも、私はエナを持ってる。

 

 もちろん、最初から持ち合わせていたわけじゃなかった。

 まだ小さかった頃、海沿いを歩いていたら誤って海に転落してしまった。当然、まだ泳ぎを習うような歳でもなかったから、私の身体はどんどん海へと沈んでいった。

 

 苦しい。助けて。

 

 心の奥底で呟かれた言葉は誰にも届かない。その時は運悪く私一人だったから、当然両親もいない。

 もう終わりだと思った。目を閉じて、陸の光を浴びることを、生きることを諦めようとした。

 

 ・・・『音』が聞こえたのは、その時だった。

 

 ピキキ・・・と何かが動く音。それが私に張り付いたようになり、やがて体にしみて溶けていく。

 次に目を開けたときは、体が軽く感じた。

 

 地上でするのと同じように、息を吸い込む。体に入ってきたのはしょっぱい水なんかではなく、きれいな空気だった。それでいて、視界は果てしない青。

 

 私はその時、はじめて自分にエナがあると実感した。

 

 ただ、私はもともと体が弱い人間だった。とはいえ、それは生活に支障をきたすほどでもない。

 けれどこの時、エナを得てから、私の病気はひどさを増すことになった。

 

 原因不明。対処も出来なければ治療法もない。

 だから、動ける日は動こうと決めて、毎日海へ向かうことにした。

 

 

 そしてつい最近、ようやく病気が少し和らいだ。

 長い間だった。ひどいときに入院していた病院は、海とは程遠いものだった。

 

 だから私は、学校へ向かうついでに、久しぶりに海を泳いでみた。

 

 ・・・が。

 

 泳ぎすぎてしまった。現在地の把握が出来ない。

 

 色々と面倒だから海村には行くなと母に教えられているので、普段は深くまで潜ることはないのに、どうやら調子に乗りすぎてしまったみたいで、深くまで進みすぎてしまったようだった。

 

 えーっと・・・どうしようかな。

 じっとすることは出来なかったので、その場をぐるぐると泳いでみることにした。肌をもってマッピング。さて、ここはどこだろう。

 

 なんて、そんな出まかせな行動をしていたせいか、一人の少年とぶつかってしまった。

 

「-っ!!」

 

 頭と頭の衝突。当然、大ダメージだ。

 その場で悶絶、うずくまって頭を押さえた。

 

 そして顔を上げると、その少年とばっちり目が合ってしまった。

 

「っ!!!」

 

 気が動転してたため、その時私が何を思っていたか覚えていないけど、私はすぐさま上を向いて泳ぎだした。とりあえず地上に逃げることだけを考えていたのは覚えている。

 

 

「あ、おい待て! 浜中ならあっちからが早いぞ!」

 

 制服のまま、うっかり海に飛び込んでしまっていたようで、私が浜中の人間であることを知られてしまった。しかし、それすら気にする余裕もなく、私は一目散に逃げるように陸へ上がった。

 

 せめて、お礼くらい言えればよかったのに・・・。

 

 しかし、陸に上がると急に体がふらふらとしだした。熱っぽいけだるさ。どうやら軽く風邪のようなものになってしまったようだ。

 無理をすれば学校にいけないわけでもないが、何せ病み上がりだ。あまり激しいことはしていられない。

 

 親には謝り倒したうえで、今日は学校を休むことにした。

 ・・・はぁ、何してるんだろ、私。

 

 

 

---

 

 

 昼の四時ごろになると体調はすっかり回復した。

 ちょうど母親から買い物のお願いが入っていたのが幸いし、私は外に出ることが許された。さっきの今で海に入ろうとは思わないけど。

 

 ・・・それより、海、だいぶ冷たくなってたな。

 数年前も毎日のように泳いでいたけど、今日は今までにないくらい冷たい海だった。あまりいい予感はしない。

 

 さやマートで頼まれたものの買い物をすます。残った時間は海辺の散歩に費やすことにした。

 普段、この時間は帰りの学生とすれ違う。休みがちだった私からすれば、あまり気分のいいものではない。

 

 だから、海辺を歩く。あの広がる青を見れば、そんな鬱屈とした感情、すぐに吹き飛ぶのだから。

 

 堤防に座り、ぼんやりと揺らめく波を見る。

 ・・・ああ、綺麗だ。

 

 こうやって眺めていると、いつもそう感じる。

 

 そうしていると、少し遠くから足音が近づいてくるので意識が戻った。

 足音がする方向を向く。

 そこからやってきたのは、今朝、ぶつかった男だった。

 

 えっ・・・嘘・・・!?

 

 当然、テンパる。恥ずかしくて逃げだしたのに、今更どんな顔をして会えっていうのだろうか。

 しかし、落ち着いてみようと奮闘する。

 第一、今は私服だし、さっき、そこまでまじまじと顔を見られてないなら、バレない可能性だってある。

 

 なにより、平静。うん、なんとかなる。

 

 うまく作り笑いを浮かべて、私は尋ねた。

 

「? どうかしましたか?」

 

 驚いてか、男の人は少しうろたえていたが、ちゃんと要望を述べてくれた。

 

「ああ、いえ。たまたま通りすがっただけなので。・・・あの、名前、伺ってもいいですか?」

 

 ・・・え? 初対面で? いきなり名前?

 けれど、別に嘘偽る必要もなかったので、私はちゃんと、自分の名前を述べることにした。

 

「はい。私、水瀬千夏って言います」

 

 

---

 

~遥side~

 

 水瀬、千夏。

 さんざん聞いてきた名前だ。そして、そのたびにどんな人間なんだろうと想像を膨らませていたような気もする。

 そしてその人間は、今目の前にいる。

 

 それには、一種の感動すら覚えた。

 

「どうしたんですか? 名前聞いたまま固まっちゃって」

 

「あ、いえ。・・・そうだ、自己紹介、まだでしたね。俺は島波遥って言います」

 

「はぁ、島波君ね。学生っぽいけど・・・何年生?」

 

「中二ですね」

 

「そうなんだ」

 

「「・・・」」

 

 

 沈黙が起こるのは当然とも言えた。

 とはいえ、俺が聞きたいのは名前の事だけじゃない。それこそ、今朝の騒動の張本人がそこにいる。聞きださないわけにはいかなかった。

 

 ・・・回りくどい言い方でもするか。

 

「あの、浜中の生徒、ですよね?」

 

「はい。それが・・・どうかしましたか?」

 

「・・・今日、俺とぶつかりましたよね?」

 

「・・・」

 

 沈黙は肯定。少女は顔を俯かせ、赤らめていた。

 確認ができたので一応当初の目的は達成したことになる。別にまた逃げられても構わないと思ったが・・・。

 

 今度は逃げ出さず、ぶつぶつと懺悔の言葉を漏らした。

 

「すいません・・・、忘れてください・・・。事故なんです・・・」

 

「忘れるったって・・・。あと、問題はそこじゃなくて」

 

 十中八九、エナの事である。

 

 見るからに陸の少女。しかし、エナを持っているというのは奇怪だ。

 それが再三聞いてきた名前の人間となると、ますます知りたくなる。

 

「あなた・・・どうしてエナを持ってるんですか?」

 

「・・・誰にも言わない?」

 

「俺の場合、他言するメリットがどこにもないので」

 

 海で広めたらそりゃ大問題になるし、陸で広めても白い目で見られるだけ。これは内密的にとどめておく方がいいと判断した。

 

 その言葉で腹をくくったようで、水瀬さんは俺の方に向き直った。

 

「・・・分かった。でも、その前に一つだけお願い」

 

「なんなりと」

 

「私、中学二年生。・・・同級生なんだ。だから、敬語は使ってほしくないかな」

 

「・・・そうか、分かった。じゃあ、遠慮はしないでおく」

 

「うん。そうして。・・・それじゃあ、話そうか」

 

 覚悟を決めた瞳は、先ほどと色が違った。

 今なら何でも聞いてくれるだろう。そうくくって俺は質問を投げかけてみることにした。

 

「まず、単刀直入にだけど、どうしてエナを?」

 

「私も分からない。一応、お母さんはもともと海の人間なんだけど・・・」

 

「ハーフ、なのか?」

 

 水瀬は一度首肯した。

 

「それでいて、エナを持ってるのか・・・。そんな前例、聞いたことないぞ」

 

「みたいだね。お母さんも言ってた。だから今は、エナを持ってる、っていう事実だけで考えて、そこから先に行かないようにしている」

 

 賢明な判断だった。

 というよりは、陸海の複雑な関係上、体裁的にそうせざるを得ないのかもしれないが。

 

「汐鹿生には、来たことあるのか?」

 

「ううん、それはないかな」

 

 そう言う水瀬は少し寂しそうだった。

 

「海に汐鹿生っていう海村があるのは知ってる。お母さんからも聞いていたし、絵本もたくさん読んでもらったし。・・・でも、そこにあるのに、私はあそこにはいけないの」

 

「それはやっぱり・・・」

 

「うん。その理由で合ってると思う」

 

 話の内容から、水瀬の母親が追放者であることは容易に察せる。

 あとは簡単。追放者の娘が、それも陸の人間が、汐鹿生に入ったらどうなるか。

 

 それはもう、大惨事になるだろう。

 

「もちろん、憧れはあるし、嫉妬もしてる。・・・私だって、エナ持ってるんだもん。一度は訪れてみたい」

 

「そうか・・・」

 

 

 叶うといいな。

 

 その願いは口にすることは出来なかった。

 

 

 話をしていると、急に腹の下のあたりが苦しくなりだした。

 タイムオーバー、時間だ。

 

 これまで、陸に上がる時はなんらかのケアをしたり、してもらってたりしていたが、今日はそんなこと微塵も考えていなかった。

 

「ごめん。エナが少し乾いてきたし、頃合いだと思うからそろそろ帰るわ」

 

「そっか。まあ、続きとかあるならまた明日。というか、いつでもいいからね」

 

 そう言ってもらえるのはありがたいが、光らの前ではそうそう話せねえよ・・・。

 

「悪いな。んじゃ」

 

 そしてようやく、夕暮れの海に飛び込んだ。

 

 

 水瀬千夏、か・・・。

 

 

 

 海村にとって、そして俺にとって彼女は、一番、今後を左右する可能性のある存在だった。

 




〇オリジナルキャラクター紹介
・水瀬千夏
14(13)歳/8月2日生/♀
浜中生/エナを持っている

現状プロフィールはこんなところでしょうか。
メインキャラなので、今後どんどん情報解禁されていく感じですね。

それでは今回はこの辺で。

また会おうね(定期)

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