凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~遥side~
要がめざめたというニュースは昼間のうちに鷲大師に広まった。そして俺が確認した「?」のマークにはやはり意味があったと、夕方に漁協に来てくれと教授から声がかかった。
俺は要と一足先に漁協へ入る。教授の他にはまだ誰も来ていないようだった。
「この人は?」
「紡のところの大学の教授。海洋学の研究やっててさ、海村の冬眠について陸側から徴させてもらってるんだ」
「初めまして、要君、でいいかな。僕は三橋って言うんだ、よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
要はいつものように愛想よく返事をする。ここら辺は本当に社交性の塊だ。
「えっと、要君にいくつか聞きたいことがあるんだけど・・・」
「紡がまだ来てないですね」
「遅れて合流するって連絡は貰ってるから、そろそろと思うんだけど・・・」
とはなしていると、漁協のドアが開くと同時にちさきが顔をのぞかせた。
「要! 起きたんだ!」
「ちさき・・・」
それから遅れて、紡が部屋に入ってくる。先ほどまで少し明るい表情をしていた要の顔は、わずか一瞬にして曇った。
「よう、久しぶりだな」
「・・・うん、久しぶりだね、紡」
要はなるだけ平静を装って紡に反応する。けれどその心情を知ってしまっている俺からすれば、そのポーカーフェイスはバレバレだ。
「要!」
そして一番最後に光が遅れてやってくる。こいつが遅れてやってきてくれたおかげで、なんとか最悪の雰囲気での説明会は避けられそうだった。
一通り役者が揃ったところで、三橋教授は咳ばらいを一つして本題に入る。
「んんっ・・・とりあえずみんな来たからいろいろ始めたいんけど・・・、要君、陸に上がって来た時のこと、どれくらい覚えてるかな?」
「・・・正直あまり覚えてはないですね。ちゃんと目が覚めたら氷が張った海のうえだった、って感じですかね。ただ、起きる直前、睡眠が浅く意識が戻ろうとしていた時に、体が変な海流で流されてる感覚はありました」
「それがさっき、俺が見つけた『?』のマークの部分の可能性が高いってことですか?」
「確証はないけど、僕たちはその方向で調査を進めるつもりだよ」
「で? いつになったら俺たちは汐鹿生に帰れるんだ?」
光は椅子をギコギコと揺らし、今か今かとその瞬間を待ち続けている。三橋教授は冷静に光に答えた。
「少なくとも、調査の結果は後数日もすれば出てくるはずなんだ。特に今回は遥くんが『?』をそのタイミングで見ている。可能性は結構大きいと思うよ」
「ただ、何か鍵が足りないっていうのが、俺たちが今直面している問題の現状だ」
特異点がどこかまでは分かるとしても、どうやってその壁を破るのかが分かっていないという事だろう。その鍵になるものがどれかというものを、俺たちはまだ得ていない。
「・・・音」
ふと、俺はそんな言葉を零す。なんで自分でそう口にしたにしたのか分からない。ただ、美海がエナを手に入れたあの日、音が聞こえたとそう言っていた。
それが、何かのヒントかもしれない。
「音が、どうしたんだ?」
「美海がエナを手に入れた時、音が聞こえたって言ってたんだよ。ピキピキっていうか、パキパキっていうか、乾いた音って言っていた」
「俺たちが海に入っても、それが聞こえる可能性があるってことかよ?」
「可能性はあると思う。・・・音の発生源が、汐鹿生なら」
だとすれば、汐鹿生に入る鍵は美海のかもしれない。一緒に来てもらう必要がありそうだ。
「僕たちもその方向で調査を進めようと思う。待ってて、もう少しだから」
三橋教授は真摯な対応で俺たちにそう投げかけた。当然、不満なんて覚えるところなんてない。
・・・少なくとも、俺は。
各々が帰っていく。俺も帰ろうとした時、後ろから声がかかった。
「遥、ちょっと」
「なんだ? 珍しいな」
「・・・」
要は何か言いたげな顔で俺を見ていた。なんせ起きてすぐだ。割り切ろうにも割り切れない部分は色々あり、そして変わった全てを受け入れることがそうやすやすと出来るはずがない。文句の一つ二つあっても仕方ないだろうと俺は付き合うことにした。
「なんか言いたいことでもあるんだろ? いいさ、付き合うよ」
「・・・なんであんなに、しかも鷲大師の人間でもない人の話にみんな簡単に首を縦に振れるのさ? ましてや、僕達の街を荒らす可能性すらある人間に」
「お前には、三橋教授がそう見えたのか?」
「分かんないけど・・・簡単には信用できないな」
要のいう事はもっともである。確かに外部、ましてや赤の他人に汐鹿生を踏み荒らされるかもしれないと危惧しているのだ。無理もない。
どれだけ大人びても、こいつはまだ中学二年生のままだ。陸とのつながりも、完全に信じきれちゃいないのだろう。それこそ、光以上に。
「だが現状、協力体制でやってくのが一番ベストだと思わないか? むしろこちらの意見を全面的に通してくれていることを考えても・・・」
「・・・遥は、そんなに簡単に他人を信じる人間だった? 陸に残って丸くなった? 少なくとも、僕の知る遥はもっと・・・」
「もっと・・・なんだよ? 言ってみろ」
大人げなく、要が口にした言葉にイラっとしてつい口調が強くなる。
俺は本当に、そんなに他人を信用しない人間だっただろうか? 違う。信じないのではなく、遠ざけてその距離にいなかっただけだ。親しかった全ての人のことを、俺はちゃんと信じていた。
その真実だけは捻じ曲げられたくないから。
「言えよ。俺がどんな人間だったか」
「・・・もっと、冷めてたさ。それこそ僕のことなんて友達とも思っていないんじゃないかって思ってしまう位に」
「・・・はぁ、あのなぁ」
内面的な幼さが前面に溢れ出てきて、俺は思わずため息を吐いてしまった。
「そういうこと、俺と一対一の時以外で言うのは絶対やめろよな。少なくとも、海村にいたあの頃からお前らが大切な人間だってことは何一つ変わっちゃいないんだよ。あの時も、今も。ただ、俺が自分から遠ざかろうとしただけだ」
「じゃあなんでそうしたのさ」
「・・・嫌なんだよ。親しくなった人がいなくなるのは。両親にしたって、美海の母親にしたってそうだ。大好きだった人間がいなくなる。その痛みがお前に分かるのかよ?」
「・・・そう、だったんだ。僕、何も知らなかったんだね。ごめん」
要は少し自分の中で落としどころを作ったのか、素直に謝る。けど、謝られることじゃない。勝手に俺がそうして、俺が言わなかっただけだ。
「謝ることじゃない。俺の自分勝手にすぎないんだからな。言わなかったことも」
「・・・なんか、僕の知らないところで色々進んで、いろいろ変わってるんだね」
少し俯いて、ほんのり悲し気に要はそう言った。多分、ここまでの話だけじゃなくて、先ほどのちさきと紡のこともあるのだろう。
あえてその名前は出さずに、俺は続ける。
「ああ。けど変わらないものもあるんじゃないか。それこそ、お前の心の中はそう簡単に変わるもんじゃないだろ。そりゃ、お舟引きがお前の中だと昨日のままってのもあるけど」
「それが形になるかどうか、分からないけどね」
「諦めない限りは終わらないんじゃないか? ともかく、それはお前のものだからな。自分の好きなようにやってみればいいんじゃないか? 色恋沙汰なんて、そんなもんだろ」
「・・・そんなの、無理だよ」
要は小さく、誰にも聞こえないように呟いた。そりゃ、あの距離を見たら無理もない。
・・・まったく、進展があったと思ったらすぐトラブルなんだから、キリがない。
『今日の座談会コーナー』
いっそ遥と要をバチバチさせてしまったほうが面白いのでは?と今作。おかげさまで結構楽しいです。
それこそ全キャラ同士がなかよしこよしなんていかないもんですから、これくらいの
衝突は書かないと絵にならないでしょうと。
さて、物語は進んでいきますね。ゆっくりぼちぼち参りましょう。
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)