凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百二話 空っぽの心

~遥side~

 

 今日もまた、水瀬と何も話せないまま時間はいつの間にか夜になっていた。

 どこか息苦しさを感じ、俺は逃げるように散歩に出かける。向かう場所は、決まっていつもの所だ。

 

 堤防の上に座って、ぼんやりと海を眺める。今はもう、一人だけの景色・・・

 

「あの」

 

 ふと、後ろから声がかかる。水瀬がどうやら遅れてきていたらしい。

 

「千夏」

 

「あなたもここ、来るんですね」

 

 水瀬はきょとんとして俺の方を見る。そりゃそうだ。千夏にとってこの場所はずっと自分にとってのお気に入りの場所で、そこに見も知りもしない俺がいるんだから。

 この場所を教えてくれたのは水瀬、お前だっていうのに。

 

「まあ、通なやつに教えてもらってな」

 

「へえ、そうなんですね。・・・隣、いいですか?」

 

「いいよ」

 

 俺の隣にちょこんと水瀬が座る。その光景は五年前のあの頃と何も変わらないものだった。

 でもそこに、あの頃の記憶はない。

 

「遥・・・は、どうしてここに?」

 

「散歩だよ。今日はそこまで寒くないし、体を動かすにはちょうどいいと思ってさ。それに、この場所でこうやって海を見るの、好きなんだ」

 

「分かります」

 

「それに、こうやって海を見てたら待ってる人たちが帰って来る気がしてな」

 

「まなか、ですよね?」

 

 それもある。

 俺の同期でまだ眠ったままの人間はまなかだけだ。いつも寝坊してばかりで鈍くさいところがあったまなかのことだ。一番最後になるとは思っていたけど・・・。

 俺が待っているのは水瀬、お前なんだよ。

 

 それはもう帰ってくることのない水瀬。心の奥底で封印された、かつての記憶を持った。

 帰ってこないと分かっているのに、本人の生きたいように生きればいいと言っているのに、それでも俺は、あの頃の水瀬に帰ってきて欲しかった。

 

「まあ、それもあるしそれだけじゃない、かな」

 

「なんですかそれ」

 

「・・・なんだかな、寂しい気持ちにもなるよな。こうやって今の海を見ると」

 

「そうですね・・・」

 

 無理やりにでも話題を変えて、水瀬の意識をさっきの話から遠ざける。もし続けようものなら、きっと俺の口からポロリと零れてしまう気がした。

 それに、今の海を見ると悲しい気持ちになることに嘘はない。今だってずっと胸を締め付けられるような痛みが襲ってくる。

 

「・・・」

 

 そして互いに会話が無くなる。動こうにも動けない、金縛りにあったように。

 ならばもういっそ全てが狂ってしまえと、俺は突拍子もなく水瀬に投げかけた。

 

「なあ、水瀬は・・・好きな人とかいるのか?」

 

「急にぶっ飛んだ質問しますね」

 

「今時の中学生の恋愛事情って分からんもんでな。別に誰か教えてくれとか聞かないから大丈夫だよ」

 

 俺がカラっと笑うと、水瀬は頭に指を当て、うーんと悩んだ。

 それから、あいまいな答えを口にする。

 

「・・・あれ、でもどうだろう。・・・いたような気がするのに、思い出せない・・・? やっぱいないのかな?」

 

「・・・!」

 

 一瞬垣間見えた小さな隙間。

 けれど、その隙はしっかりと俺の瞳が捉えていた。

 

 ひょっとしたら、まだ水瀬のどこかに記憶が・・・ある。

 

 もちろん、それをこじ開ける方法なんて知らないし、まだ仮説にすぎないものである以上、簡単にひっくり返ることだってある。

 それでも・・・そこに一握の希望があるのなら・・・まだ、生きる意味はあるのかもしれない。

 

---

 

~千夏side~

 

 目覚めた時、恐ろしいほどに頭の中はすっきりしていた。まるで、空っぽになったみたいに。

 けど、大丈夫。思い出せる。私はお舟引きの時に海に落ちた人を救おうとして飛び込んで、そのまま冬眠に巻き込まれたこと。

 ここはあの日から五年後の世界。私にとってはついこの間のことだけど、みんなの話に合わせるべきところだ。

 

 でも、私の家に来た島波遥さんを見た時、ほんの少しだけ胸がチクリとしたのはなんでだろう。

 この人とは面識も何もまるでなくて、初対面のはずなのに。少し悲しそうだったその顔を見た時、ほんの少しだけ心が痛くなった。

 ひょっとしたら、私とこの人には私の知らない何かがあった・・・?

 

 でも、分からない。だから今は考えるのをやめにしよう。

 

 折角同じ場所にいるんだから、仲良くなりたい。お母さんが言うには料理もとても上手らしいし、教わったりもしてみたい。

 今はまだちょっと距離があるけど、それでもいつかは・・・。

 

 そして、いつもの散歩コースに、遥さんはいた。

 色々話す。私のことを知ろうとしてくれているんだろう。私もそれに応えようと、自分のこと、ほんの少しだけ話した、

 

 私が自分の恋愛事情を話したところで、今度は私から問いかけた。

 

「じゃあ逆に質問なんですけど、遥には好きな人とかいるんですか? 街で大学生してるって聞きましたけど」

 

「俺か? ・・・うーん、ちょっと過去に色々あったからな。恋愛からは距離を置いてるよ。・・・けど、気になってる人はいる」

 

「誰か・・・は流石に」

 

「内緒だよ。それに、俺自身がまだはっきりとそう分かっているわけじゃないからさ」

 

 遥さんは少し物悲し気に笑う。本当に、過去に大きなトラウマを抱えているのだろうという事ははっきりと分かった。

 ・・・私は、その力になれたりするのかな。

 

 だから、私は一歩踏み出す。

 

「悩んでることあったら、話してもらえたりしますか? どこまで力になれるか分からないですけど」

 

 

~遥side~

 

 

 力になれることはないか、水瀬は確かに俺にそう聞いてきた。

 もちろん、返答には困る。人の厚意を無駄にしたくない感情と、、水瀬を傷つけたくない感情が混ざり合っては崩れていく。

 記憶のない状態で想いでの話なんてしても水瀬は困惑するだけだ。

 

 俺が今悩み立ち止まっているのは水瀬の記憶について、ただそれだけなのだから。

 

 だから結局俺は逃げてしまう。極力誰も傷つけないように、と。

 

「・・・悩みごとってもんじゃないけど・・・もしこのままみんな冬眠から目覚めて、でも何も変わらないままだったらどうしようって思うことは時々あるんだ。この異常気象は終わらずに、海もどんどん冷たくなるって考えると、ちょっと怖い」

 

「遥は、確か海村出身でしたよね? 両親が眠っていたりとか?」

 

「・・・まあ、そんな感じかな」

 

 今の水瀬に俺の過去の話をする勇気はなかった。全く、とんだ軟弱ものだ。

 

「海は・・・もう一度変わらないといけないと思うんだ。そしてもう一度変われた時、多分その時はきっと全てが良くなる気がする。・・・そう思わないと、やってけない」

 

「じゃあ、私も信じますね。・・・多分それが、今力になれる一つのことですから」

 

 水瀬は自分の立ち位置をちゃんと図って、俺にそう投げかけた。良いも悪いも言わせない完ぺきな返答だ。

 

「・・・ああ、頼むよ」

 

 俺は小さく頷いた。その厚意をせめて無駄にしないように。

 

 そして、海の目覚めは近づいて行く。今日もまた、ゆっくりと。

 

 




『今日の座談会コーナー』

前回ほど時間の経過を早くしていないので、仲が深まりにくいというのを今回意識して書いてます。といっても、ある程度親交を深めないと今後の展開が破綻しかねないですが・・・。
実際大学生になった今、いかに展開に無茶があったのかがよくわかりますね。ご都合主義という訳にもいかないですし、なんとかしないと・・・。

と言ったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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