凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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忙しさ相まって更新ペースはダウンです。


第百三話 あなたが傍にいるならば

~遥side~

 

 次の日の朝、水瀬家に一本の電話がかかってくる。

 この家に直接電話をかけくる人間はそうはいない。俺はある程度高を括ってその受話器を取る。

 

「もしもし、紡か?」

 

「当たり。よくわかったな」

 

「この家にこんな朝っぱらから電話かけてくるのお前くらいしかいないんだよ。光の馬鹿なら電話かけるよりうちに走って来るし」

 

「それもそうか」

 

 電話の向こうで紡が苦笑しているのが分かった。

 

「で、なんかようか? 昨日の今日のことだからある程度予想は出来るけど・・・」

 

「ああ、多分それで合ってる。汐鹿生に入るルートが判明した」

 

「だよな」

 

 手短に返事して一旦話の流れを区切るが、俺は内心でそれを喜んだ。

 ずっと帰ることが出来なかったあの場所に、やっと帰ることが出来る。そこを住処に出来るかどうかは分からないにしろ、俺ははっきりと、五年間あの場所から遠ざかっていたのだから。

 

「それで、今日からもう行けるのか?」

 

「そうあわてるな・・・。といっても、俺たちとしてもなるべく早急に向かってもらいたいからな。他の皆にはもう連絡してある。これからすぐ漁協に集合してくれ」

 

「分かった」

 

 せっかく出来たチャンス。しかし未曽有の出来事なだけに、これからまた閉ざされてしまうかもしれないなど色々考えているのだろう。なるほど、それなら確かに急いだほうがいいことに変わりはない。

 

「それじゃ、電話切るぞ」

 

 紡が電話を切って、俺は一息つく。

 動き出した全てを整理するために感情はぐちゃぐちゃになっているけれど、そこに嬉しいという感情が眠っているのも確かだった。

 

「あの・・・」

 

 ふと、後ろから声が聞こえる。どうやら千夏が俺の電話を聞いていたみたいだ。

 

「ん、なんだ?」

 

「汐鹿生、行くんですよね?」

 

「まあ、そう言う流れになるけど・・・」

 

「付いて行っても・・・いいですか?」

 

 向けられる、真っすぐな瞳。その瞳のせいで、すぐにダメだと口にすることが出来なかった。

 別に、千夏に来てほしくないわけではない。けれど、この不安定な状態の千夏を、どのような状態で保存されているか分からない海に連れていくのにはリスクがあった。

 それが好転につながる可能性もあれば・・・悪い方向へと流れが変わる可能性もある。下手にはいもいいえも言えなかった。

 そこに助け船を出したのは、その後ろから顔を覗かせていた夏帆さんだった。

 

「千夏。・・・それは、よく考えてからの発言?」

 

「お母さん・・・。・・・うん、半端な気持ちで言ってないよ。五年前、私だってお舟引きに参加した。だから、そこで何があったかをちゃんと見届ける義務があると思うし、私も、そうしたい」

 

「・・・お母さんとしては反対なんだけどね、今回ばかりは。・・・もしまた何かあって、千夏がいなくなるの、嫌なの」

 

 夏帆さんは例にもなくはっきりとNOを口にした。ここまではっきりと自分の意見を主張した夏帆さんを見るのは初めてで、だからこそその覚悟がうかがい知れた。

 

 ・・・でも、だからこそ、俺は。

 

「夏帆さん、行かせてあげてみてはどうですか?」

 

「遥くん・・・」

 

「確かに、怖いですよ。どうなるか分からない、何が待っているか分からない海。イレギュラーなんて起こっても不思議じゃないです。・・・でも、分かるんです。海に、何かが変わる鍵が眠ってるって。そこには多分、千夏もいた方がいいと、そんな気がするんです」

 

 そして、海に何かあるなら、千夏の閉ざされた何かが目覚めるかもしれない。

 

「・・・そこまで押されちゃ、仕方ないわね。けど約束して。ちゃんと帰ってくること。人に迷惑かけないこと」

 

「うん、約束する」

 

「遥くん、あれだけ啖呵きったからには、千夏のことお願いするよ」

 

「もちろんです」

 

 これまでも責任を負う場面はいくらでもあったけど、今回ばかりは訳が違う。

 絶対に、絶対に守り通さなければいけないもの。もうこの人たちに失う悲しみを味合わせてはいけないから。

 俺は首を縦に振って、真っすぐな瞳を夏帆さんに向ける。

 

「うん、それならいいかな。・・・それに、私だって海のこと、知りたいもの」

 

「そう言えば、夏帆さんも海村の出身でしたよね」

 

「といっても、海から出て、ここに来てもう20年近く経つよ。・・・その間、一回も海に入ることはなかったし、今更どんな顔してあの場所に向き合えばいいかも分からない」

 

「お母さん・・・」

 

 よくよく考えてみれば、この人から海のことを聞くのは初めてだった。

 この場所に来て20年。この人にとって大事なものは海より保さんだった、それだけの話なのだろう。

 けど、その決断をするのはそう簡単なことではない。

 

 いつか、ちゃんと、この人から見た海の話を聞こう。

 それが、未来の俺を選ぶきっかけに繋がるはずだから。

 

「だから、何があったか、教えてね。それくらいしか、私には出来ないから」

 

「ええ、必ず伝えます」

 

「それじゃ行ってらっしゃい」

 

 しっかりと手を振られ、俺と千夏は漁協に向かう。皆もずいぶんと待っていることだろう。遅れすぎては申し訳ない。

 

「・・・」

 

 隣を歩く千夏は黙ったまま、何も言わない。さっきの夏帆さんの態度を見て、色々と思うところがあるのだろう。

 やがて、重たげに閉じていた唇を動かす。

 

「大丈夫、ですよね?」

 

 不安そうなその声に、俺は戸惑う。なんて答えればいいかすぐには出てこない。

 大丈夫だという保証はない。けど危険だと思いたくもない。

 だから、言えることは一つだけだ。

 

「気にすることはないよ。何かあったら、俺が守るだけだから」

 

「・・・なんか、申し訳ないですね」

 

「いいんだ、望んだことなんだから」

 

 そう言い聞かせないと、やってられない。

 

---

 

 漁協についたのは、やはり俺たちが最後だった。

 

「おせーぞ遥」

 

「悪い。色々あってな」

 

「何だよ、色々って」

 

「やあ、千夏ちゃんも来たんだね」

 

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 光は不満を垂れ、要は少し訝しむように千夏を見つめている。それからあとは・・・

 

「美海、お前も?」

 

 俺の問いかけに対して、美海はこくりと頷く。

 エナを手に入れたときに音を聞いた張本人だ。一緒に来てくれるに越したことはないだろうけど・・・それでもやっぱり、少し不安だ。

 

 それから紡が教授を連れて説明を始める。正直聞いたところで分からない話ばかりで、俺はそれを右から左へ流した。

 結局、汐鹿生に入るキーポイントは音と、流れ。それだけの話だ。

 

「で、これから五人に向かってもらうわけだけど、準備は大丈夫か?」

 

「・・・嫌な気分だね。自分たちの家に帰るってのに、準備しなくちゃいけないとかさ」

 

 要が厭味ったらしく言うが、確かにその通りではあるだろう。

 当たり前のように帰り慣れた場所のはずなのに、今じゃ未踏の地を開発するような言い回し。当たり前が当たり前じゃなくなる。それはとても、嫌なことだ。

 

「でも、言ったってキリがないだろ。確かに、気持ちは分かるけどよ」

 

 光が要を諫める。きっと同じ言葉を俺が要にぶつけていたら、また対抗されて噛みつかれるだろう。それほどまでに、要の心にある傷は大きいのかもしれない。

 ・・・いや、ひょっとしたらそれは俺の問題か。

 

「千夏ちゃん、大丈夫なの?」

 

 クイッ、と俺の服の端を掴んで、美海が耳打ちするような声で問いかける。

 

「海に入る分には大丈夫なはずだ。・・・といっても、不安だからな、極力俺が隣にいるようにする」

 

「・・・私も」

 

「?」

 

「私も守ってもらって、いい?」

 

 美海からぶつけられる、どこまでも素直な言葉。

 けど、そんなこと、言うまでもない。

 

「言うまでもないだろ。傍にいるよ、もちろん」

 

 そう言うと、美海は安心したような表情を浮かべた。

 

 

 ・・・さあ、海へ向かおう。 

 そこに何が待っていようとも。

 

 

 




『今日の座談会コーナー』

美海からのアピール、あまり書いたことなかったですねそう言えば。こういう一面を書くというのも結構楽しいものです。
そして今回の話は前作にはなかった新規のシーン。思えば夏帆さんに脚光を浴びせたエピソードってそうなかったですからね。いつか、今の大人世代に脚光を浴びせた作品を書いてもいいかもしれないですね。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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