凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~遥side~
光、要、美海、千夏と共に、冷え切った海をコンパスの指針と微かに聞こえる音を頼りに進んでいく。
渦を避けるように進んでいくと、いつしか俺たちを押し戻そうとしていた海流が弱くなるのを感じた。
もう少しだ。もう少しで、俺たちの汐鹿生に辿り着く。
五年ぶりの・・・俺たちの街だ。
そしてたどり着く。
そこは、俺の知る汐鹿生ではなかった。街は寝静まり、まるでそれは死んだように・・・。
・・・いや、眠ってるだけだ。死んでるなんて言えるもんか。
温み雪に覆われた汐鹿生の大地に足をつける。五年ぶりの対面だ。
「これが、汐鹿生かよ・・・?」
ショックを受けたように光が呟く。他の皆も言葉を失っているようだった。
「・・・なあ、光」
「なんだ?」
「家、戻っていいか? 俺、五年ぶりなんだ。ちょっと気持ちの整理つけさせてくれると、助かる」
ここに帰ってきて、これほどショックを受けるとは思っていなかった。
けれど、こんな再会・・・何一つ嬉しくない。俺が眠ってしまっていた間に、海はこれほどまでに変わってしまっていたっていうのか。
「・・・お前がそこまで言うんなら、仕方ないな。いいよ、行ってこい。俺もちょっと親父の顔拝みに行きたかったところだ。まあ、あとで学校に集合ってことで」
「悪い」
皆より一足先に抜け駆けして、俺は一人家へと向かう。最後に家に行ったのは、島民前の宴会の時か。・・・そうか、あれ以来なんだな。
「・・・なんか、涙もねえや」
ウロコは、この未来をもう見ていたというのだろうか。
でも、だからといって、それが抗わない理由にはならないだろうに。
汐鹿生のはずれの俺の家に辿り着く。見るからに埃っぽくなったその家は、重ねた年月を痛いほどに映し出していた。
もうそこに対する感情など何もなく、少しだけ立てつけが悪くなったドアを開けて、俺は呟いた。
「・・・帰ってきたよ、父さん、母さん」
そこにいないと分かっていても、俺はちゃんと「ただいま」を口にする。それがどれだけ、むなしい行為だと分かっていたとしても、この日常だけは、決して失いたくない。
「・・・にしても、ほんとに埃っぽいな。他の家どうなってんだろうな」
五年も経ってりゃ全部の家同じようになってるか。掃除は大変だろうな。
「まあいいか、そんなこと。・・・それより、せっかく帰ってきたんだ。少しくらいゆっくりさせてもらうとするか」
そして椅子に腰かける。視界には色あせた写真が写った。俺と、父さんと、母さんと、三人が写った写真が。
どれだけ痛く、苦しい思い出だとしても、絶対に忘れたくない、忘れてはいけない思い出だ。今はちゃんと、それを胸に刻みつけよう。
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~千夏side~
遥さんが先に抜け出したのを機に、一旦単独行動のフェーズになった。
美海ちゃんと一緒に行動するのでもよかった。けれど、私は何かに惹かれるように動いていた。美海ちゃんもそれに気が付いているようだった。
「千夏ちゃん、一人行動したいの?」
「え? いや、特別そういうつもりがあるわけじゃないんだけど・・・何かに、呼ばれてる気がするって言うか、変なの」
「遥・・・のこと?」
「違うかも。それだったら、真っ先に追いかけていると思う」
「そうだよね」
美海ちゃんは少し困ったように言葉を小さくする。・・・やっぱり今は、一人でいたほうがいいかも。そう思ってちゃんとその思いを告げる。
「ね、美海ちゃん。一旦ここで分かれよ? 私、どうしても気になってる場所へ行きたいの」
「え、うん。分かった、そう言うなら」
最後まで不思議そうな顔をする美海ちゃんを置いて、私はどこかに歩き出した。何に引かれているのか分からない。どこにたどりつくのかも分からないけど、私は独りでに動き出す私の足を信じた。
寝静まった、冷たく暗い汐鹿生を行く。
私が昔憧れていた汐鹿生はこんなところじゃなかった。こうなったのは、全て五年前のお舟引き、あの日かららしい。
けど、過去を悔いても何も変わらない。前を向いて歩くしかないから。
「・・・あれ?」
街のはずれ、ふと私の足は止まった。目の前に落ちている煌びやかな何かに目がいったから。
そこまでたどり着いて、それを拾い上げる。
「え・・・?」
その途端、私の中に何かが入り込んだ気がした。ずっと空っぽのように思っていた心の何かを埋めるように。
けど、それが何かは分からない。私は目の前の、ペンダントを拾って何を手に入れたのだろう。
「・・・戻ろう」
きっと、このペンダントに引かれていたんだろうと思う。それが証拠に先ほどまでの胸の高鳴りはどこかに消えていた。
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~遥side~
ぼーっとしているだけで時間が経つのを感じる
この何もない、絶望に似た空虚が今はどこか気持ちがいいものに感じる。
二人がいなくなったのは、もうとっくの昔だというのに。
・・・
それから間もなく、コンコンとドアを叩く音が聞こえた。開けてみると、千夏が立っていた。
「あれ、美海は?」
「ちょっと色々あって、別行動になりました。どのみち、学校に合流って話なのでいいかなーって思って」
「せっかくの汐鹿生だもんな。一人で回った方が気も楽だろ。それよりなんだ、橘氏もなんだし中に・・・」
そう言いかけて、ふと千夏が手に持っているものが目に入って俺は言葉を失った。
「それ、どこで?」
「え、これですか?」
千夏が持っていたのは、俺が五年前にプレゼントしたペンダント。それがなんで、今、こんなところに・・・。
「落ちてたんです。それを、たまたま拾って」
「なるほど、そういうことか」
言われてようやく納得がいく。
五年前、千夏はこのペンダントを持ったままお舟引きに臨んだんだ。そして、冬眠に巻き込まれた際、汐鹿生にこれを落としたのだろう。
・・・ずっと、持っててくれたんだな。
今はただ、それが嬉しかった。けど、そんな感情を千夏の前で見せるわけにはいかない。
「それより、まだ時間あるのなら中、入ってもいいよ。といっても、もう五年使ってなかったから掃除が行き届いてるか分からないけど」
「大丈夫ですよ。お邪魔します」
千夏は遠慮することなく俺の家に入る。遠慮してくれないその姿勢が、今はありがたかった。
「ここが、遥さんの家なんですね」
「といっても、五年前から陸にいたからこんなありさまだだけど。・・・ここで、家族と暮らしてたんだ」
「そう言えば、両親は、眠ってられるんですか?」
悪意のない、千夏の質問。けれどそれが俺には辛かった。
また、あの思い出を口にしなければならない。もうずいぶんと昔の話だというのに、悲しみはいまだに払拭できないでいた。
「・・・父さんと母さんは、死んだよ。昔、事故にあってさ」
「え、そうなんですか・・・。すみません、変なこと聞いて」
「いや、いいんだ。それに、いつかは話さないといけないと思っていたからさ」
ほんの少しの嘘を織り交ぜて、俺は千夏に過去の話をした。両親が死んだ、その成り行きを。
それに神妙な顔で頷いて、千夏は答える。
「・・・大変、だったんですね」
「ああ、大変だったよ。それに、今だって心の辛さが晴れたわけじゃない。でも、俺もこんな歳になったわけだからさ、そろそろ前を向かなきゃいけないんだ」
「別に、無理する必要なんて、ないですよ」
「だと、いいんだけどな」
分かってる。
どれだけ背伸びをして、我慢しても、急に大人になんてなったりはしない。着々と一歩を踏み出し続けて、ようやく大人になれる。
でも、その道の途中は苦悩と我慢の連続だから。
「それよりどうだ? 初めての汐鹿生は?」
「・・・いいところだとは思いました。でも、どこか冷たくて・・・」
「だよな。・・・ほんとは、こんなもんじゃなかったんだけどな」
全ては、あのお舟引きから。
・・・あれ、お舟引き?
そこで俺は、ひとつ大事なことを思い出す。
お舟引きの・・・墓場。誰も知らない洞穴は、これまでのおじょしさまが眠ってる場所だ。
・・・待てよ、それなら、あの場所には何かがあるんじゃないか?
「・・・千夏」
「なんですか?」
「行きたい場所があるんだけど・・・どうする? ついてくるならそれでもいいし、ここにいてもいいし」
「行きますよ。限りある時間なんですから、のんびりは出来ないです」
「分かった」
あの場所に、何が眠っているかは分からない。
けれど、あの場所が海にとって大切な場所であることは分かっている。それを思い出しただけで、胸のどこかが熱くなった。
行こう。今の海の答えが、あの場所にあるかもしれない。
『今日の座談会コーナー』
伏線をあちこちに張り巡らせるのはいいんですが、その回収を忘れちゃ元も子もないですよね。特にアイテムなんて結構簡単に扱えるはずなのに、前回はその所在を曖昧にしてしまっていたので・・・。
はてさて、前に進んでるような、そうでないような感覚。懐かしいですね。折角のリメイクなんでどこまでも自己満足貫こうと思います。
と言ったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)