凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~遥side~
俺は様子のおかしくなった千夏を背中に乗せる。目を閉じているが、呼吸は安定している。ただ眠っているようにも見えた。
二人分の重さで上昇を続ける。そして陸が見えたところで、千夏は目を覚ました。
「・・・あ」
「いいから、今は寝てろ。家まで連れて帰るから」
「・・・うん」
それからまた千夏は目を閉じる。ほんの少し感じた違和感に見て見ぬふりをして、俺は陸へと上がった。
上陸地点で他の皆が待っていたが、俺は一人、家に寄って帰る旨を告げた。
背中にいる千夏を送り届ける義務があるからな。
「私も、付いて行っていい?」
美海が声を上げる。さっきの件もある。千夏のことを心配に思ってるのだろう。
急いでいるわけでもないし、美海をないがしろにするつもりもない。俺は二つ返事でOKを出した。
「分かった。それじゃ、まなかのことは光、任せてもいいか?」
「いいけどよぉ・・・後で家来いよな。こういう時の説明って、お前が一番分かりやすいんだよ」
「はいはい、分かってるっての」
どのみち美海を送ることになるんだろうし、そこについてはなんの心配もない。
俺たちは二手に分かれて、まずはそれぞれの場所に向かった。
---
道中の空気は少し気まずかった。美海が少し不機嫌そうにしているのが目に見えて分かったからだ。
それに弁明する形で、俺は美海に告げる。
「・・・悪かったよ、さっきのこと」
「何が?」
「先に一人で上がれって言ったこと。別にないがしろにしたいとかそんなつもりは微塵もなかったんだよ。ただ、美海の体調を思って・・・」
「本当は?」
核心を突く、容赦ない一言。美海は俺が後ろに感情を秘めていることが分かっているようだった。
ため息一つついて、俺は答える。
「・・・もし、千夏がどうしようもない異常事態だった時に、美海に取り乱してほしくなかったから・・・その現場を見せたくなかった。もっとも、それは杞憂に終わったけど」
「あのね、遥。その場にいてもいなくても、私は多分、同じくらいの心配をするよ?」
怒っているわけではない美海のその一言。けれど今はそれがなによりも痛かった。
・・・本当に、成長したよな。
「だよな、悪い」
「ん」
俺がちゃんと自分の言葉で謝ったのもあって、美海は許してくれるそぶりを見せた。そして今度は、千夏の心配に変わる。
「それで、千夏ちゃんは?」
「今は眠ってるだけだよ。でも、あの様子から見るに多分頭痛とかしてたのかもしれないな。・・・もともと、昔から体が強いやつじゃなかったしな。今回海に入ったのでその病気が再発した可能性も捨てきれないけど・・・」
「それは、検査してみないと分からないよね」
「とはいっても、それを一番分かってるのは本人のはずだからな。起きるのを待つしかない」
「そうだね」
そんなことを話しているうちに、俺たちは水瀬家へついた。扉を開けると、夏帆さんが待ってましたと言わんばかりに出てきた。
「おかえり。・・・千夏、どうしたの?」
顔から血の気が冷めていくのが分かった。けれど、心配ないと伝えるように俺は夏帆さんに応える。
「疲れて眠ってるだけですよ。呼吸も整ってますし、変な様子は見受けられないです。・・・といっても、ずいぶん疲労がたまってるはずなので、今日はもう休ませてあげた方が」
「分かった。少し待ってて」
夏帆さんは俺から千夏を引き受けると、そのまま千夏の部屋まで千夏を抱きかかえていった。もう若いと言える年頃でもないだろうにそれだけの体力があるのはさすがだ。
しばらくして、千夏を部屋で休ませてきた夏帆さんが俺たちの前に戻ってきた。
「お待たせ。・・・美海ちゃんも冷えたでしょ。お風呂、使っていいよ。ちょうど湧いてるし」
「ありがとうございます。・・・遥、覗きに来ないでよ?」
「誰がするかよ。男としての器がダダ下がりになるだろ」
「冗談だよ冗談。それじゃ、借りますね」
それから美海は慣れた足取りで風呂場へと向かっていった。そして二人になったところで、夏帆さんから一心に視線を浴びる。俺は覚悟を決めて、リビングへと向かった。
座って間髪入れずに、夏帆さんは口を開く。
「それで、汐鹿生はどうだった?」
「街自体が閉ざされていたって感じですかね。まだほとんどの人が目覚めてないですし、水温も低いままですし。五年間の間で、あまり変化という変化は」
「・・・千夏は、どうだった?」
「・・・さっき言った状態に嘘はないですよ。ただ、陸に上がる直前に頭痛のような症状を訴えてたんです。それだけだったんですけど・・・まずかったですか?」
「ううん、さっき千夏を部屋に送るのと同時に軽くチェックしてみたんだけど、特に異常はなかったよ。ただ、変だなと思って」
「変?」
「千夏のポケットにペンダントが入ってたの。でも、この五年間、家にこれはなかったよね?」
そう言えば、このペンダントのことを俺は夏帆さんに言い忘れていた。それを今の今まで忘れていたこともまあ、それなりに問題だろうけど。
「・・・それ、五年前に俺が千夏にプレゼントしたものなんです。それがどうやら海に落ちてたみたいで」
「そっか。そうなんだ。・・・なるほどね」
夏帆さんは全ての話が繋がったのか、一人で無駄に頷いていた。一体何が分かったんだろうか。
「とにかく、千夏は自分の宝物をちゃんと取り戻せたわけなんだね」
「それが宝物かどうか、千夏が覚えているかどうかは分かりませんけど」
俺が弱気でそう答えると、夏帆さんは首を横に振った。
「信じないと、何も変わらないまんまだよ」
「そうですね」
信じれば、千夏の記憶は戻ってくるんだろうか、なんて思うのは、最低だ。
だから、これ以上は何も言わないでおく。そうする方が互いのためだ。
「それより・・・ちゃんと帰ってきてくれて、ありがとう」
「約束しましたからね。ちゃんと二人で帰るって」
あの日から、「ただいま」と「おかえり」の価値をちゃんと捉えれるようになった。何気ない日常のその一言が、どれだけ大切なことか。
「さて、私からの話はこれで終わり。遥くんも、ちゃんと後でお風呂入るように。そうは言っても身体冷えてるんでしょ?」
「まあ、流石にあれだけ水が冷たいと体に良くないですね・・・。冬の格好で海に入らなければならないってどういう状況ですか、ホント」
「ホント。・・・なんとかなってくれればいいんだけどね」
どこか諦めにも似た夏帆さんのその瞳を、俺は忘れることは出来なかった。
---
~美海side~
嫌な感情が湧いてくる。
この場所にいると、アウェーな気持ちになって仕方がなかった。千夏ちゃんの両親と遥の仲は随分とよくなって、だからこそ、気持ちが遠くに行ってしまうんじゃないかって思ってしまっている自分がいるのが悔しい。
あの吹雪の夜。
あの日、遥の心を確かに私の方に引き寄せることに成功した気でいた。
けど、フェアに戦うという約束を私はちゃんと優先させた。それが、今になって少しだけ後悔に変わる。その感情が生まれてしまうことが、また悔しい。
どうしたら、私は遥の心の傍に居れるだろう。
今だってまだ、自信が無い。あの日のように、ずっと甘えたままでいてほしいと思ってしまう。
・・・私、どうしたらいいんだろう。
どうしたら・・・千夏ちゃんに、勝てるんだろう。
心の雲は、そう簡単には晴れてくれないみたい。
『今日の座談会コーナー』
思えば、美海の気持ちにフォーカスを当てているシーンて結構少ないイメージあるんですよね。処遇が負けヒロインかて。
といっても、この作品の境遇的にかなりアウェー過ぎるので、はてさてどうしたものかというところですよね。しっかりとフォーカスを当てて、筋道を当てていきましょうと。
最近目の上のたん瘤だったタスクがようやく終わりそうなので、更新頻度を一気に上げていきたいところ。
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)