凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~遥side~
美海と入れ替わる形でシャワーを浴びて、俺は光の元へ向かうことにした。
その隣には美海もいる。
「ところで、光は何を知りたがってるの?」
隣を歩く美海が尋ねる。
「まあ、おおかたまなかの身に何があったかってことだろうな。というより、俺もまなかの様子が気になるから見に行こうと思っていた節はあった」
「ふーん、そうなんだ。・・・それで、遥の中でまなかさんがどういう状態になってるか予想はついてるの?」
「まあ、ある程度な」
あの場所がどういう場所かを知っていれば、理解に時間はかからない。
聞くところによると、五年前のお舟引きのあの日、あかりさんがおじょしさまになろうとしていたらしい。
まなかがそれを庇った形で冬眠に巻き込まれたなら・・・まなかがおじょしさまになったという事だろう。
でも、それならどうしてエナを・・・?
「ただ、いくつか分かっていることがあるとすれば・・・多分、まなかのエナは失われてしまってるかもしれない」
「・・・あの時、それを避ける方法はなかったの?」
「今になって思うけど、もともとエナがはがれつつあったのかもしれないな。それこそ最初に音を聞いたのは美海だろ?」
「あの音が、エナのはがれる音って?」
俺は言葉の代わりに一度首を縦に振った。
「だからあの場では早急に陸に上がることを優先させたんだ。それこそ、エナのない状態であんなところで眠ってたら、死んじまうぞ」
「でも、まなかさんがエナを本当に失ってしまってるなら・・・もう、海には」
「・・・それはまた、その時になったら考えるさ」
今から先の不安を語ったところで意味がない。
そんなことを思ってると、美海は何かに怯えたような表情をしていた。
「・・・嫌だよ、私。自分の居場所に帰れなくなるのって」
「そんなこと・・・誰だって、怖いに決まってるだろ」
それに俺は、一度そうなりかけた身でもある。・・・というより、昔は居場所を失い続けていた。その怖さを知ってるつもりではいる。
「だからこそ、今ある場所を大切にしないといけないんだね。・・・ホントに、そう思う」
「美海・・・」
美海はちゃんと分かっていた。今あるものが永久でないこと。だからこそ、大切にすべきなこと。
それこそ、美海も俺と同じように、何度もそういう経験をしている。分からないはずがなかった。
「そしてさ・・・私も、いつかは誰かの居場所になりたい」
「ああ、そう思うよ」
心の拠り所。子が親を思う感情。
そうやって誰かの大切な居場所に、俺もいつかはなれるだろうか。
---
まなかは、潮留家の客間で眠っていた。医者が来るには遅い時間で、検査は明日という事になったらしい。
けれど、そこにはちさきがいた。学校帰りで寄ってくれたのだろう。
「お疲れ様、遥」
「ああ。それより、まなかのこと見てくれたのか? ちさき」
「うん。私個人で軽めの検診くらいは出来るから。といっても、専門的なことは先生に聞かないと分からないけど」
「それで、状態は?」
少し声音を落として尋ねる俺に対して、ちさきはそこまで事態を重く受け止めてないような声で答えた。
「うん、チェックした限り特別問題はないよ。呼吸も安定してる。ただ、光とか要とかと違って、無理やり引っ張り起こしてきたんでしょ? 目覚めるのには時間がかかるかも」
「そうか」
「ただ・・・」
ちさきは少し気まずそうに言葉を濁す。その反応で何を言いたいかすぐに分かった。
「・・・エナか」
「うん。エナがね、ないの。私一緒に行けなかったから海でのまなかの様子がよく分からないんだけど。・・・少なくとも、これまでと違う事だけは確か」
「海にいた時からエナははがれ続けてたんだ。・・・何が原因でそうなったか分からないけど」
「ねえ遥、これって・・・」
ちさきがそう問いかけたところで、やかましいのがやって来た。
「遥、おせーぞ!」
「いや、これでも急いできたんだが・・・、はぁ」
しかしこの喧騒が、今はどこか落ち着いた。
「んじゃま、ちょうどいいタイミングだし二人に何があったか話す。・・・というか、要は?」
「まなかの調子を確認した後に、疲れてるからって帰ったぞ。確かに、顔色少し良くなかったし」
「入れ違いか。まあいいや」
要は必要とあらばその時に聞いてくるだろう。こちらから無理に干渉する必要はない。なんなら気を悪くするだけだろうし。
気を取り直して、俺は淡々と説明を始める。
そこには光の協力も必要だったため、適宜問いかけを入れながら。
「まず確認だけど、光、まなかが海に引っ張られた時のことは覚えてるか?」
「ああ。泳げなくなってたあかりを引っ張り上げて・・・その代わりに、って感じだったはずだ」
「そこにまずことの発端があると考えてる。あかりさん、おじょしさまとしてお舟引きに参加したんだろ? それで、本来おじょしさまであかりさんが海に引き込まれそうになってたところをまなかが代わったと俺は考えてるんだ」
「つまり、まなかが今のおじょしさまってこと?」
ちさきの質問に俺は首を縦に振った。
「それが証拠に、まなかが眠っていた場所はこれまで作られたおじょしさまの偶像が沢山沈んでいる場所だった。・・・言い方悪いけど、おじょしさまの墓場とも言える」
「言い方悪いな」
「言ったろ」
前置きしてるんだから突っかかられても困る・・・。
「そこでまなかは眠っていたんだが・・・光、あのカーテンがエナかもしれないって話はしたよな?」
「ああ。でもどのみち、まなかのエナはあん時はがれつつあったんだろ?」
まなかの身に不幸があったというのに、光はえらく冷静だった。その冷静さのあまり俺が驚いてしまう。
けれど、喚いてもじたばたしてもどうにもならないことがあると光も分かったのだろう。光にとってはまだ数か月の話でしかないけど、成長スピードは格段に速い。
「んで、最後の空洞の揺れ。これに関しては真偽が分からないけど、海神様の怒りかもしれないと思ってる」
「何に怒るんだよ・・・まなかを連れて帰ることにか?」
「たぶん、な」
「そっか、海神様からすれば、おじょしさまを奪われたことになるもんね」
その場にいなかったちさきが、一番分かりやすい例えをしてくれた。
「ここまでの話を整理すると、今のまなかはおじょしさまである可能性があるってこと。それと関係してかせずか、エナを失ってしまってるってことだな」
「なるほどな。・・・まあ、お前と別れてから一人で考えってっと、薄々そんな風に思えてたけどな」
「お前がか?」
「おかしいかよ?」
「らしくないなって思ってさ」
「うっせ!」
光を茶化して、それを見たちさきが笑う。こんな光景、ずっと昔からあったよな。
・・・違う、俺とちさきだけだ。これを懐かしんでるのは。それがどこか、もどかしい。
「まあでも、起きてくれりゃなんとかなんだろ。今更焦ったって何にもならねえ」
「そうだな。だから俺たちに出来る事があるとすりゃ、いつ目覚めてもいいように普段通り過ごすことだな」
とはいっても、変わってしまった後の普段通りだけど。
それを十分に意識してしまっているのか、ちさきは小さな声で呟く。
「・・・驚かれちゃうかな、私」
「まなかなら受け入れてくれるだろ。それに、遥だって変わっちまってら」
「だからまあ、そんなに気負う事なんてないだろ、ちさき」
変わってしまったもんはしょうがない。俺たちもずっとその場には立ち止まってられない。
ちさきもそれを分かってるようで、ちゃんと前を向いて答えた。
「そうだね」
今はただ、寝坊助の目覚めを待つだけ。
それは昔、皆で学校へ行っていたあの頃のように。
『今日の座談会コーナー』
光、ちさき、遥での掛け合いってこの作品の中では結構珍しいですね。単体では初ではないでしょうか。
それこそ、原作の序盤のほうの喧嘩のシーンがありますが、あれは他の面々がいる中での絡みなのでノーカウント。
一対一の絡みが好きな作者ですが、一対一対一の掛け合いというのも中々面白いですねと再確認。多すぎると存在が空気のキャラが出来ちゃうので難しいところですが。
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)